「おやおや――――」
だが、実に嬉しそうにアークはそのか弱い抗議の声を途中で圧殺する。
「身共の力をご存じない?
当然ですねえ、身共は本日帰還を果たしたばかりですから」
両腕を大げさに広げるその仕草が、本当に似合わない、と、ミハネは感じた。
まるで三文役者のような男。だが、次の台詞は演技力などなくとも、一同を凍りつかせるのに十分な残酷さを演出していた。
「既に!
身共の出張営業を開始してから十分近く!
どうして戦争のターンに入り、警戒レベルの高くなっているであろう警察組織や、ISS、まして国軍が動いていないんでしょうねえ?」
オソスギ、オソスギ、ケケケ!
九官鳥がまたけたたましくわめく。
「あるのですよ。
身共クラウデスの本店、宇宙要塞ウマイヤには、一連の空間、および事象を、人の認識に働きかけ、フィクション化してしまう装置が――!」
「私たちのシュチニクリンは、」
「他のコたちには、みいんな『お話に』見えちゃう、聞こえちゃう」
「ああ、」
「現実感がないって、ほおんと――」
≪おそろしいわよねえ、キャハハハハー!≫
「助けは誰も来ない。お前たちは世界から孤立したという訳だ。
どうする――――?」
包丁を背負った男……おそらく出てきた名前のリストからして、これがヤイーバだろう……が、初めて口を開き、レジの前の壁から、預けていた背中を離した。
瞬間。
「うおおおおおおおおーーーッッ!!!」
シュワルツェネッガーもかくやの野太い叫びと共に、機関銃の炸裂する爆発的な大音声が店内をつんざいた。いつの間にか厨房に潜んでいた店長が、隙を見て、クラウデスの面々に銃撃を加えたのだ。
まさに奇襲、しかし――
「あら。フレンドリー・ファイアのない腕前はご立派だけれど」
「ご自分の相手がどなたか、わかっていらして? ねえ――」
≪素敵なオジサマ、ざあんねん! キャハハハハー!≫
鉛玉は、無常にも、いずれも彼らの体に食い込むことなく弾かれ、すべて床に転がっていた。
「畜生が!」
「残念、だったな」
ヤイーバの大包丁は、既に店長の首にかけられている。
どうやらレジ前にいた彼の動きは、あえて隙を作ってのカウンター狙いだったようだ。
ガチャン!
「!!」
クラウデスたちの目線が物音に集まる。
次に動いていたのは瓶底眼鏡の女性。今の混乱に乗じ、先程制されたトランクケースを開ける動きを完了して、既に中から何かをつかみ出そうとしているところである。
「させないと――言っているでしょう!」
「きゃあ!」
アークの苛立たし気な罵声から意図を汲み取ったのか、バール男が彼女をすぐさま引きずり倒した。トランクケースがどたばたの余波で弾かれて、中身が床へと転がり出る。
それは、彼女が握り締めていたのと良く似た形状の、機械的な金属のリングだった。
「そ、それを彼に――!」
首元にバールの返しが食い込むのも構わずに、瓶底眼鏡の女性が必死に告げた。
誰に、告げた?
決まってる――
私だ!!
ミハネは目の前に来ていたリングを咄嗟に拾い上げた。
これを、彼に、彼に――
「誰に渡す、だって?」
何度となく、客席へと案内してくれた際に見つめた、よく見慣れてしまった彼の背中。
その背中が、この上もなく満ち足りてする冷笑を唇に湛えたヤミノの手から、力なく、ズタズタに引き裂かれた姿で、ぶら下がっていた。
ヤミノが彼をつかんでいる部位は、首。
「少々茶番を起こすにも手間取りすぎたようだな、なあ、娘――?」
世界が、真っ赤に染まった。
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「あああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!」
叫んでいるのが自分だと気付かなかった。
自分がこんなに長う大きな声を出せたことも初めて知った。
握りしめたリングが震えている。
それともやっぱり震えているのは自分?
月曜日。
私は彼になんて約束をした?
なんにも。
まだ、なんにも。
彼が身を呈して女の人を救っていた時、あるいはその人が何かをやろうとしていた時、私は何をしていた?
なんにも!
なんにも、なんにも、なんにも!
始まりも、ううん、始めることさえしなかった!
好きだったのに!
これからもっと、好きになりそうだったのに!
私はそれを、なんにも口にしなかった!
自分で認めようともしなかった!
世界が真っ赤に染まっている。
自分への怒り、運命への怒りで、ミハネの頭に血が昇って、それで世界がそう見えた、わけではない。
ミハネの手にしたリングが激しく震え、赤い不可視の、しかし赤い、何か、球体のようなものが、リングの中心部分で凄まじい高速回転を起こしていた。
「これは――!」
喜悦に偽りの仮面をかなぐり捨てて今こそ本心から笑うアーク。
バール男は赤い不可視の粒子の嵐に巻き込まれて、為す術もなく分解されていく。
「いけない、まさか、そんな――!」
瓶底眼鏡が突風に取り払われ、意外にも見た目よりずっと押さない素顔を晒す、三つ編み白衣の女性。
他の客たちは見えざる圧倒的な力に気を失い、唯一意識をかろうじてつなぎ止めていた店長も、自身の大きな体を支えきれず、レジの奥で崩れ落ちている。
「やあーん」
「何、なぁにーぃ!?」
≪こわぁーい!≫
双子が冗談めかすみたいに身を寄せ合った。
「――――」
ヤイーバは大包丁を構えたままである。
「く、は、は――
成程な、成程、こちらがメインディッシュだったというわけか!
激情と言う名のレアーな肉質、滴るは悲哀のレモンソース!
いいだろう、名乗らせていただく、我が名はヤミノ=クージャ!
ただちに貴様を……
!?」
ヤミノは、手にしていたボロボロの青年をその場に捨て置こうとして、眼前に、視界を遮らんとする彼の弱々しい掌が差し出されていたことに気付くと、苛立たしげに舌打ちする。
もはや興味すら失せたようで、首に手をかけていたにも関わらず、その膂力からしたら赤子の手指をひねるよりも簡単だろうに、ヤミノは彼をくびり殺さず、忌々しげにミハネの方へと突き飛ばした。
おそらくは、何が起こっているのか、その現象の見極めのための、捨て石程度のつもりだったのだろう。ふら、ふら、突き飛ばされたままに、青年は、もはや血染めのバンダナも半分以上解けかけた有様で、だが、歩み、ミハネの前で立ち止まった。
奇妙なことに、バール男の時にもっとも顕著であり、また、他の人間全般に効果を及ぼしていた、赤い力の奔流は、彼にはまったく影響していないようであった。
前を見ず、ただずっと空だけを、夜に沈んだ空だけを見上げていたミハネに、彼は血まみれで笑い、告白した。
「何、やってんだよ、あんた。
今時、流行らねえだろ、暴走なんて――冷めちまうよ」
折れて持ち上がらない右腕の代わり、左手で、ミハネの頬を撫でながら、
「変なケーキ食ってさ、馬鹿みたいに嬉しそうに笑ってる、あんたの方が、好きだぜ、俺は」
青年は、ミハネが握り締めていたリングに、そのままそっと手を重ねる。
ハッと三つ編み白衣の女性が我に帰って叫んだ。
「イメージして、叫んで!
守りたい人のことを強く思いながら、爆愛チェンジと!!」
べえ。
見えないように舌を出して、青年は呟く。
「戦隊モノよりは、ライダーだろ、やっぱ」
――――変身。
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チャチャラチャーチャー(OPイントロ)
謎の組織クラウデスに襲撃されたミハネとケーキ屋スウィート・ハート!
暴走するリングの正体とは、身を呈してクラウデスに立ちはだかった青年の運命は――!?
<第一話 イノチ、爆愛!>、完!
(城 華一郎)
最終更新:2010年04月25日 17:06