なんだか私が体目当ての嫌な女チックに描かれている気がするので、断りを入れるためにも描写させてもらう。

 スウィート・ハートは客単価が高い上に、定休日も飲食店の割に週休二日と多いし、都心から離れているせいもあって、あまり来客が多いとは言えない、明らかに趣味の要素が強い店だ。利用する側もそれを心得ていて、ユーザー層は、落ち着いた雰囲気を味わいに来る、藩都大学あたりで教鞭を振るっていそうな芸術家肌の壮年男性や、文化的事業に携わっていそうな、スーツ姿の格好良い大人の女の人なんていうのが多いことを、通いつめている間に発見した。

 私みたいに不純で若いお客さんは、どうやら少数派のようで、今日の客にも、今、目の前でずっこけて紅茶を自分の頭にぶちまけた、太い三つ編み瓶底眼鏡の白衣のお姉さんなんていう、エキセントリックな人ぐらいしか、私の他に若い女性は存在しない。
 なんでもいいけどこの人大丈夫なんだろうか。

 とにかく、普段友人と来る向きの喫茶店にはない、大人の雰囲気も、私がここに来る、密かな愉しみのうちの一つだった。

 まず、陶器製のシュガーポット。
 紙ペット状だったり、味気ない角砂糖で収められているのとは違う、重厚な佇まいに、大人を感じる。くすんだ赤い色合いも、渋い。
 テーブルも、足の細くて高い丸テーブルでセンスがいい。とてもじゃないが子供連れの主婦や、まして騒がし気な学生の一団なんかが紛れ込んだら、二つの意味で、一発でブチ壊しだ。
 すっかりつつき終えた後に眺めると、クリームで汚れていて恐縮なんだけれども、食器の類も凝っている。南向きで採光性の高い店構えなのに、床はクッキーみたいなブラウン地のデザインタイル、壁は淡いクリーム色で、やや床色のキツさが際立つなあと思ったら、シェードを降ろすと、がらりと印象が変わって、壁紙に映る深い影味がシックさを演出して、途端に床色が働き出す。その中でカップやソーサーといった白い陶磁器に走るえんじ色のシンプルなラインが、きゅっと心地よく目を引き締めてくれるのだ。

 また、壁に吊りかけられた灯りも、暖色系のオレンジで、どことなく自然の炎を思わせる、優しい空気につながっている。ことに日が落ちかかってから見るお店の様子は、シルクハットにも似たへんてこな形のおかげもあり、ユーモラスさの中に暖かみがあって、ほっとすること請け合いで、夜の十時までやっている理由はこれか、と、ひどく納得したことがある。

 一番なるほどなあと思ったのが、これがウェイトレスなんかのいるお店だと、自分も女だからアレだけど、下手に若くて見栄えがするだけの女性を立たせてキンキン声で真平らに愛想よく接客させていたらブチ壊しなのだ。トーンに愛想が浮かない、あの彼の棒読み接客こそが、全体の調和に溶け込んだ落ち着きに貢献している。これは一見さんだった時には気付かなかった、大いなる予想外の発見だった。

 ペンを走らせる書き物の音、ページをめくる乾いた音、また、談話する人々の立てる、気の払われた抑えた調子などが、いくつも、いくつも重なって、思わず眠たくなってくるほどに上品なリズムとなって耳に入ってくるから、クラシック音楽を聞いているみたいな、ああ、贅沢な時間を満喫してる気分……。

 それだけに、この平和を乱す文字通りの異邦者の来訪は、唐突だった。

 私の人生を変えた事件は、ここから始まる。


(城 華一郎)

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最終更新:2010年04月25日 17:04