宰相府藩国:燃料生産地

1.計画書

-「見て御覧。異なるもの同士が結びつき合うその力」-

1-1.因果の重視 ~無から燃料は生まれない~


●物語的補講

 しゃくん、と宰相はリンゴをかじった。

「うまいな。娘よ、これはどこのリンゴだい?」
「お父様、それはニューワールドのリンゴです。テラ領域の皆で育んだリンゴです」

●解説:計画の前の下準備

 空に白いきらめきが舞っている。
 人がよく見れば、それは西国の強い日差しを嘘のように巨大な水のタワーが散らした輝きだと知っただろう。
 この光と水に熟されて、リンゴが赤く熟れるそのように、物事には何にでも原因と結果というものがある。
 世界を動かす根源の仕組み、これを世に因果という。

 燃料もまた同じである。幾億の歳月を経て海中の微生物の死骸が温度や圧力により分子構造を変化させたものが石油でありガスとなっている。
 計画の発案者は、だから第一に地学者を呼び、日常の研究成果の一部を聞いた。

「数億年前海だった痕跡のある地層はどこにありましたか?」

 次に呼ばれたのは、事業の発注先を決めるコンペティションの担当者ではなく星見司だった。
 主任は尋ねた。

「かつて海のあった場所はこれからも海のあった場所であり続けるでしょうか?」

 時を渡り過去を書き換える存在も居れば、現在にあわせて過去が生まれることもある無名世界において、もっとも因果に沿って燃料が生み出され続けるスポットの選定が、こうして始まった。

1-2.物語 ~最強の基幹技術~


●解説:もう一つの因果の力

 真っ赤に熟したリンゴの落ちるを見て万有引力が明らかになったかは定かではない。だが、それでもリンゴは落ち続けるし、その原理は先に述べた法則に基づいている。

 プロジェクトマネージャーはアイドレスという世界独特の法則を知るために、燃料産出国のACE及び設定国民たちにリサーチを掛け始めた。

「ちょっと、いいですか?
 あなたの国にある古いお話で、その土地にまつわるものを教えてもらえませんか」

 口頭伝承や文献に残された物語から、後の燃料産出地となる土地周辺のものを選び出し、さらに共通項をピックアップすることで、同じようなスポットの絞りこみを掛けたのだ。

●物語的補講

「アイザック・ニュートン、彼には大層わかりやすい物語があるね。
 どうしてだか、わかるかい?」
「彼の見つけた法則が、それだけ根本的で見落としがちだったものだということを、後世の人たちが象徴的に語ってみせるために作ったお話だからでしょうか?」

 うんうんと宰相は娘の生真面目な答えに高齢のおじいちゃんらしく頷いた。

「彼の生きた物語は、彼が残した数式よりも、それだけ強くみんなの心に響いたんだろうね」

2.積み上げるもの

-「現実だけがいつでも架空を許す」-
-「そして想いが夢をいつだって現実にしていくんだ」-

2-1.団結の力 ~見えない地道な努力~


●解説:燃料採掘計画の発動

 綿密なリサーチの結果、遂に計画は実行段階へと突入する。

 油層を探るエコーマシン、試掘された原油の質を調べる電気抵抗測定器、また櫓のようにも見える採掘用のリグ、ビットと呼ばれる掘削用の刃付きドリル、ガス・水との分離施設や浄化槽、それらを一定量地中へと送り戻して最終的な採掘量を増やす二次・三次回収用の循環施設、原油自体も不純物を処理するための沈殿槽を設けるといった、現実的で極めてゲームの華となりにくい地味な要素を含んだ工程が、動き始めたのだ。

「予算は?」
「構わん、増産が成功すれば、まっとうな給料、まっとうな経費はいくらも回収が利く。人の心が奮い立つだけ引っ張って、堕落せぬだけ切り詰めてくれ」

 人事部のその鶴の一声でコンペティションも盛況に開催され、参加各国からは技術と心の粋がそれぞれに提供された。

 これらを主にまとめる要となったのは、宰相府のオペレーターたちであった。

●物語的補講

「素晴らしいリンゴ畑を作ることと、そのリンゴをみんなの手許に届ける力、どちらもなければ私はこのおいしいうさぎを娘の手ずからに切り分けてはもらえなかったな」

 犬でも猫でもない、長い耳を模したリンゴの赤皮を指して宰相は微笑んだ。
 娘は照れて、頬をそれこそリンゴのように赤く染めつつお盆でその口許を隠した。澄んだ瞳が恥じらうその仕草を、風のように優しく見つめて視線でくるむ。

「ありがとう。私は幸せだよ」

 宰相は、そう告げるとやおら立ち上がる。

「お父様、どちらへ?」
「私がお前たちの父親であるために、果たすべきだと思っている責任を果たしに行くのだよ」

 皺深い老齢の微笑みは、風の透明を帯びていた。

●解説:電網のアイドレス

 宰相府オペレーターズは、機器や施設の作り手たち運用者たちまた現場を支える周辺産業との連携、すべての間に入りこみ、一つの目的に沿った、見事な網(ネット)を完成させた。

 人の世では、いつだって人こそが力であり、人と人とのつながりを保ち育てることだけが、その力を束ねる唯一の方法なのだ。

2-2.想い ~結晶するココロ~


●そして最後の物語

 きらめく粒子が、幾筋も幾筋も砂漠の空を翔け抜ける。
 源は、遥か宰相府の地下であり、行き先は、人里離れた油田の上だ。

 超常の視力を持つ者ならば、あるいは七色の虹にも似たこの光条を見ることが出来ただろう。しかし、新聞や雑誌、嗜好品の類を載せて精錬所に向かう一台のトラックは無人の野を快調に飛ばすばかりで、運転手もその虹の存在に気付きもしない。

 一方、舞台は変わる。

「…………」

 虹の源、壁に据え付けられた螺旋階段、その最深部に、今、一人の人影が佇んでいる。
 魔法陣の中央、小さな一脚の丸テーブルを前にして、その人影は両手をかざしていた。

 かざすその手の傍らに置かれた、まあるいリンゴ。
 輝きを受けて、静かに光る。

 テーブルの上に積み重ねられているのは、大小とりどりの本だった。中には製本すらされていない、便箋の類も含まれている。
 『宰相府宛』とだけ表書きされたそれらから、きらめく粒子が立ち昇っている。粒子は綺麗に格子状となって編み上げられ、次々手の中から巣立って消えていた。

 宰相は、それらの粒子を慈しむように魔術師の瞳で見送っている。

「ありがとう、お前たち」

 本は、果たしてこの一大事業に際してニューワールド中から集められた想いの結晶であった。

 輝きは、きっと一つに束ねられ、大いなる恵みをもたらしてくれるだろう。
 だが彼の魔術師の瞳は今、その未来を見てはいない。

 ただ星屑を掃きかけたような輝きの、綺麗さだけを、喜んでいた。

 宰相はもう一度だけ楽しそうに皺深く微笑み呟く。

「ありがとう」

 きらめくのは、幾つもの物語の欠片――――。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年06月27日 19:28