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まったく。
と、ヤガミは思う。

いつも口は半開き、ちんちくりんで、半目で、眠そうで。
おまけに無邪気で無頓着で無防備で無警戒にあけすけで。

言葉で考え羅列する。
心を言葉で埋めないと、思考が彼女を傷つける。

素直に言っても遠回しに言ってもヒサ子は同じ反応しか返さない。
まっすぐにしか反応しない。
だからごまかしがまったくきかない。できるのは、けむに巻くことだけだ。
なるべくけむには巻きたくない。しかし巻かなければ傷つける。それは、嫌だ。

布地のほとんどない格好。
ほとんど目もあてられない裸同然の格好。

…そんなものを見続けて冷静でいられるほど俺は出来ていない。
傷つけるのは嫌だ。だから見ない。見たくないわけじゃないが。
見たいと匂わせるのすら、嫌だ。念仏は宇宙の真理について考察している。唱えることを行動すると、落ち着くのに丁度いい。宇宙は何も考えない。ただ動いているだけだ。だから、いい。余計なことを考えずに、行動できるようになる。

…俺はこいつのそばにいたい。
こいつをあらゆるものから守りたい。自分からも。
口には出来ない。

俺は、いつ、死ぬかもわからない、そういう生き方をしているからだ。
いつ死ぬかもわからないなら、こいつの心にいない方が傷つけない。
失わせることで傷つけさせたくない。

何ひとつからも傷つけたくない。

抱きしめてどこかにさらいたい。
望んではいけない。

口付けて自分を感じさせたい。ヒサ子を感じたい。
望んではいけない。

そばにいる。言葉をかわす。これだけでいい。
望んでいいのは、これだけだ。

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冷静に見せてるつもりなのかなあ・・・と、ヒサ子はくすり笑いながら思う。
真っ赤になってるのに。

頭をぎゅうとする。
大丈夫だよ。あなたと一緒にいたいよ。

いっつも何を考えてるのかほんとにわからない。
めがねとサングラスを重ねがけしてきた時にはどうしようかと思った。

「俺は俺で楽しんでいる」

お?

「世の中はいい奴ばかりじゃない。あまり徴発的な格好はやめたほうがいい」

突き放す、つもりなのかな。

『ヤガミはそれだけいうと、水から上がって帰りました。』

わー!

待って待って!

追いかけながら、考える。

そうだね、世の中はいい人ばかりじゃないかもしれないけど、

でもね、ヤガミ。
ヤガミには、もう、ちょっとだけ近づいてきてほしいなと、思うんだよ?
あなたは恥ずかしがりやのつもりでやさしいから。

ヤガミにも、私のこと、ぎゅ…って、してほしいんだよ?
ヤガミの感じていること、感じたいよ?
ヤガミの考えてること、知りたいよ?
ヤガミのこと、一緒にいるって感じたいよ?

ね?

ヤガミ

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~二人の時間~

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やわらかな波間が光を穏やかに散らしていた。
真夏の強烈な日差しと照り返しに比べれば、それこそたゆたい休んでいるにも等しい海だ。
その、海の上には清澄な青が広がっている。
わずかに深みを帯びた、遠く、高いけれども近い空。雲の彩りも長く霞んでほとんどない。
素足をつければ心地よく焼いてくれるだろう砂浜は、きめ、細やかで光に麗しかった。
街並みを見れば、ここが世界として成立するために必要なだけの人々の生活の営みが間遠に行き交っている。それでも、リゾートを満喫するためか、嬉しそうに時に悩ましげに、人の足はここ小笠原に絶えない。

その、海岸を、白いワンピース姿の小さな少女とアロハ姿の青年が行く。
少女の肌は赤く焼けており、南国の気候に良く似合う、ちょっとくすんだブロンドは長く足元まで届いて背中をきらきらと光で覆い尽くしている。歩くたびに風と揺れてふわふわ広がるのが、半歩タイミングを遅れさせて歩いている青年の目に心地よいリズム。けれども少女はそんな青年のぴったり隣にいたがるので、なかなか楽しむことは出来ない。

そんな風に、ちぐはぐというより、ついては離れ、離れてはまたくっついて、二人は絶対に一定の距離からはがれようとはしなかった。

どちらが望んだ距離というわけでなく、自然と生まれている、二人だけの距離に、しかし本人たちは気付かない。

「ねえヤガミ、何か食べよう」

少女がうれしそうに唇を閉じて微笑みながら青年を見上げる。すると青年はまた、何かを語りながら、海岸線の道路沿いに軒を連ねる海の家に、二人で足を運ぶのだった。

さりげなく、青年は少女の手にはやや重たそうなバッグをこちらに催促し、今更のように持とうとする。少女は遠慮をして、それでやりとりは終わりになってしまうが、心の中では終わらない。

…ずっとそのことを考えていてくれたのかな…

彼の、海の家に対する薀蓄を楽しげに聞きながら、ここにしよーと言い出し表情を見上げて確かめる。相変わらずヤガミの顔は仏頂面だが、こちらに見られていることに気付くと、照れたり、笑ったり、その都度表情が生まれる。

海の家の長いベンチに腰掛けようか、それとも奥の座敷で座りながら食べようか、ぱっと彼女が決めるとヤガミはそれに従い、どんな基準があるのかは知らないが、すぅと必ず先に席につく。

メニューは定番の海鮮系を中心とした焼き物やビールが、これは珍しいことにやや良心的な価格で提供されていた。午後からは泳ぐつもりがなかったので、ヒサ子はビールを頼んだらカクテルじゃなくて大丈夫かとからかわれた。

からかいながらヤガミは考える。自分のポジションは入り口側、場所は、まあ、ヒサ子が海のよく見えるところがいいといったので射線が通ってしまうが、今の小笠原ならこれぐらいの警戒でも充分だろう。座敷で向き合っているが、ヒサ子のほうは隣に座りたがっているようだった。

…午後に島を回る時には、どこかに立ち寄ったらそうしよう。どこにも立ち寄らなかったら、次に会った時にそうしよう。

記憶しながら注文したのは、夜明けの船では滅多に食べられないソース焼きそばだった。

懐かしいな。

ヒサ子と分けながら食べる。今度夜店にでも行く機会があったら話してやるか。

口の端に青ノリついてるぞ、と拭ってやろうとしたら、ヤガミもーと言われた。互いに拭いあうのは恥ずかしいので、自分で拭った。その日の午後も、楽しかった。

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コーン。

「ソナーに感あり。流氷です」
「あいよ」

ミズキの報告にエリザベスがいらえる。

『座標誤差なし、カタクチイワシの鼻先ほどの狂いもないぞ』
「隠密航行よろしく」
『アイ、マム。隠密航行。パヴォニスには17時間46分後に到着予定』
「これより四半舷休息にする―――みんなしっかり飲み食いして休みな」

きゅー、くるるるるる…と鳴きながらポイポイダー、海水の満たされたウォードレスで頷いた。

MAKI、ポーンという小気味よい音と共にアナウンス。
これより四半舷休息に入ります、連続稼動中のクルーは休息に入ってください。

魚群のまだない火星の深海では、音は、海流と、敵と、自分たちの立てるものしかない。

この海域には流氷が多いが近海で一戦、派手に丸々二日かけて地球・月・宇宙都市の連合軍を蹴散らした後だ、敵の待ち伏せも、また近隣都市船からの増援もないと既にわかっている。艦体の痛みも激しいので、時間をかけて面倒を見てやる必要があるだろう。妥当な判断と言えた。

臨検が出来なかったのでRB隊の武装が心もとない、次の都市船に寄港の際には物資の補充を頼むか、と思いながら、飛行長席から立ち上がろうとしたその時だった。

「―――で、どうだったんだい? 久しぶりの羽根伸ばしは」

後ろを通り過ぎるエステルが、聞き耳を立てているような気もしたが、エリザベスのこの手のいやがらせはいつものことなので平然とヤガミは答える。

「楽しかった。それだけだ」
「そうかい、そりゃ何よりだ。次のお誘いが来てるよ、一週間後、今度は夏祭りの夜だそうだ。待ち合わせ場所は―――」
「いい。自分で確認する―――」
「なんだい、つれないねえ。あたしゃお誘いがなくてここに来る奴も滅多にいないからつまらないんだよ」
「青の青の惚気でも聞いていればいいだろう」
「恥ずかしがってるのか、なかなか嫁が顔を見せてくれなくてねえ…」
「素敵な悩みだ、知恵者にでも相談するといい」

あ、こら、という声を背に今度こそブリッジを後にする。

―――MAKI。

『待ち合わせ場所は神社の境内入り口、階段前の石灯籠そばです。日時は…』

すべてを聞き終え、そうか、とヤガミは頷いた。

行くことが出来そうだな。

『アリアン、冥王星から援助の打診が来ています』
「願ったりかなったり、だ。受諾の返信をしておいてくれ」
『了解』

神聖同盟のリーダーとして、そして夜明けの船の支援者としての活動もある。ようやく尻尾を見せたセプテントリオンの足取りを、今度こそ逃さないようにしなければ。

「一週間後、か―――…」

艦内の照明が切り替わる。乗員のバイオリズムを崩さないため、夜の周期に入ったのだ。

うっすらとした光の中を自室に急ぎながら、思った。

本物の夜の下に出るのは、久しぶりになるか―――

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海は、毎日見ている。
けれどそれは海の中からの景色だ。

海は、毎日見ている。
けれどそれを一緒に見てはいない。

潮風を、こんな風に感じられるとはな―――……

「…えへ。来てくれてよかったですー」

赤い櫛飾りを上げ髪に差し、白地に金魚をあしらった浴衣は、あたりを青く黒くまっさらにするほどの夜によく映え、そしてそれ以上に、ヒサ子によく、似合っていた。

「実のところ、最後まで迷った」
「……そっかあ。ごめんね。でもよかった。一人でお祭りきても、さみしいし」
「お前のせいじゃない」

最後までなかなか片付かなかった仕事と、こなせなかった俺が悪い。だからお前のせいじゃない。そう、ぶっきらぼうにしてみせても、彼女はにこにこ笑って見上げてくる。

「ヤガミは優しいなあ。てっきりなんかその、怒らせたんだと思ってたよう」

自分がどういう心情でセリフを口にしたのか、こいつはわかっている。ああそうだ、こいつはいつもまっすぐで、ちんちくりんで眠たそうな顔でいろんなことに無邪気で無頓着なくせに、俺のことは、よく見ていて―――…

望んではいけない。そう、思っている俺の思考を飛び越えてくる。

疲れた心に何かが染み込んだ。知らず、笑い、感想が素直に口から出てくる。

「似合ってるじゃないか」
「え、えへへー」

照れて、袖で顔をちょっと隠す仕草に心も笑う。なかなか堂に入っている、だが俺も、こういう着物についてはひけはとらないぞ。

「ヤガミも! ヤガミもすごくかっこいい!」
「当然だ」

楽しく張り合うつもりですぐに応じた。それからねだるヒサ子の言葉にちょっと考えて、顔はそむけて、手だけは向けて、じっと、感触を待ってみた…。


  ぎゅう…


…小さな手の感触は、けれどもとても、暖かい。

そうだな、そうか。

どうせ望んでしまうなら、歩み寄るのも、悪くないか。

「どうした?」

ぎゅうと、握り返しながら、じっとこちらを見つめるヒサ子に問い掛け知らず小さく微笑みヤガミは思う。

さて、今日はどんな風にこいつと過ごそうか―――

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-The undersigned:Joker as a Clown:城 華一郎