やわらかな雲と、笑い声。
あふれる日差しに揺れる緑。走り抜ける影。
窓際に並ぶ小物のシルエット。せっせと手を動かしては、時折額をぬぐう割烹着姿。
ちぃ?
と、小首を傾げる、ネコリスの尻尾……。
波打ち際の光があんまりにまぶしすぎて、彼女たちは、
その、光の海に手をかざした。
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『……………………』
まあるく唇に微笑みがこぼれる。
傍らにいる男性は、ぶしょうひげの似合う顔をした、黒髪黒目の純日本人だった。肩幅は広く、うっすらと線の浮いた体つきは、自分1人や2人くらいどーんとぶつかっても受け止めそうなたくましさで、肌を日光にさらしている。
いい海で、とても、ここが昔戦場になっていたとは思えない。はやる気持ちもそのままに、ついでにぐいと、早くも腰を落ち着け始めていた男性の腕をひっぱった。しっかりした手ごたえ。自分の腕なんかよりずっとずっと太い、その感触。
男性はごろんと折りたたみチェアから砂浜へと、慌てた様子もなくころげ落ちる。
「子供はこれだから……」
慌ててあやまりながら彼女が残ったほうの手を差し出した、その先で、彼は手荷物から銃を取り出した。
パァン!
『 !? 』
目に星が散るぐらいびっくりして振り返る。一緒についてきたはずの知り合いは、海に来てまで帽子とシャツを着込んでこっそり岩陰に隠れる小さな少女を追いかけていた。ちょうどその少女が、銃声と同じくらいのタイミングで、ころんだらしい。
何をしたのかはよくわからなかったけど、驚いて、拍子でしりもちをついてしまって、ちょっと涙目。
『あ、青森さん、ひどいです…』
す、と手がさしのべられる。手をとって、皮肉そうに笑っている彼の顔を見ながら、抗議。まるきり悪びれない様子で、どこを見ているのだろう、そのまなざしは、近くにいるのに、遠い世界の住人のように見えた。
『さっきから子ども子どもって…これでも20は超えてますよ!』
離れたところにいる2人はどうやら無事らしく、男性から少女をかばうように、知り合いは彼女の後ろにそっと回りこんでいた。少しほっとしながら抗議を続けると、へえ、その尻で、と、しげしげ眺める視線。お尻についた砂を払う手を止め、慌てて向きを変えながら怒ると、やっと男性は一緒に泳いでくれるつもりになったのか、ひょいと銃をまた抜いて、ぱぁんとまた見当違いのところを撃った。
むぅ。からかわれてる…!
後を追いかけて海に入ると、後ろではわあわあ泣きながら少女がかんしゃくを起こしたように海辺で立ちすくんでいる。ちょうど見ている間に、風がその頭から帽子をすくい取っていった。
冷たい感触にもすぐに慣れながら、すいすい、隣をついて泳いでいく。
『…女の子を泣かせてはダメなんですよ?』
困った人だな、と思う。急に、誰かの話をし始めて、なんだかごまかされたようだったけれど、彼女は2人、並んで波間に浮かび、のびのびと思いきり泳いだ。
静かな時間だった。
波の音が、ほんの目と鼻の先ほどの浜辺の音さえかき消して、自分と、男性と、2人、水をゆったりかき分ける泡立った音だけが耳と体に直接響く。
男性はにやにや笑いながら浜辺の方を見ていた。手足を泳がせ、一緒になって体をそちらの方に向けると、少女は眼鏡もはずしてこちらへ向けて、どんどん海に入ってくる。なんだかぎこちない様子で、てんでにばたばたしてて、ほとんど泳いだ事がないようなのは、見てても明らかだった。
「溺れるほうに10にゃんにゃん」
『青森さんがそういうことを言うなら、私は浅田さんが助けるに100にゃんにゃんですよ』
さっそく少女は溺れ始め、後ろから支えられるようにして、賭けの通りに助けられていた。
少女を支えている方の女の子とは、今日が初めてだったけれども、ずっと少女のそばについていて、真面目で、誠実で、優しくて、なんだか信頼がおける気がした。
『ほら、やっぱり』
ともだちを自慢するみたいに、にこにこ自分の勝利を告げる。なんだか途中、あまりにろくな食生活をしていない彼に世話を焼くみたいなことを言ってしまったせいで賭けの結果があべこべになってしまいそうだったけれど、
じ…と、彼の方を見つめて、勝った分、精一杯、ねだってみる。
『あの、あとで一回だけぎゅーしてください…』
「牛丼か?」
返事はすまし顔。
…わざとはぐらかしてる。
がくっとしながら、疑り深い、いかにも彼らしい指摘に答えているうちに、ぽつ、ぽつ、一所懸命、想いを伝える。とても、とても、遠回りな彼の親切。そういう遠回りさが、自分からは決してまっすぐいかない、不器用…ううん、大人なやさしさが、好きだと思う。
「子供に優しいのは当然だ。そうでない奴は死んでもいい」
そう答えた彼の顔が、一瞬とても真面目そうに見えた。それから自分を見たまま、にやっと笑う。
「ま、スパイならもう少しいい尻をしているか」
『 ……?! 』
『だから、なんでそこに行くんですか!』
笑ったままの顔を見ながら、ふと、気付いた。
あ…
また、はぐらかされた?
思いながら、じっと彼を見つめる。
笑ったような彼の横顔は、そのまま何も答えはしなかった。
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それからはまあ、勘違いで頬をつねっちゃったり、一緒にイルカに乗ろうと誘って、からかわれて、ようやく合流した2人とも一緒に遊んで、また、からかわれて、イルカに持ってっちゃわれた2人を助けた彼の仕方に、また怒ったり。
なんだか彼は、自分の周りでそうやってどたばた騒がれることが、とても楽しそうに見えた。
すっかり子ども扱いで遊ばれかんしゃくを起こしてる少女を見て、その子と一緒にいるのが、なんとなく、とても嬉しそうな、今日知り合ったばかりのトモダチを見て、それから彼を見て。
彼はもう、すいと陸に上がっていた。
笑みのおさまっていく口元。そのまなざしは遠く、けれど、とても近い。
またあそぼうね。
トモダチの、そんな声を最後に、ふつんと想い出は閉じられる。
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ここは小笠原。
笑顔と笑顔と笑顔の似合う、ほんのひとときの憩いの場。
もしまた懐かしくなったらお越しください。
想い出の、一葉一葉をお編みいたします。
ようこそ光の海へ、そして今日もあなたによいゲームのあらんことを!
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~小笠原の一日:扇りんく様ご依頼SS:青森さんといっしょ~
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-The undersigned:Joker as a Clown:城 華一郎
最終更新:2007年06月14日 05:52