“破壊のことば”



1.
 バルバド魔法の起こしうる最大最強の破壊力を招来する呪文。第一紀に編み出された究極の攻撃魔法。


2.
 バルバド魔法では、この世界は魔力に満たされているという考え方が出発点となる。魔力は、〈世界〉を運行する「媒体」である。人間という存在も魔力と関わる世界の一部であり、この媒体を介してうまく世界と交感すれば、世界を操作できる、というのがバルバド魔法の説明する魔法の原理である。“破壊のことば”は、全世界を満たしているこの「媒体」を一点に集める呪文である。正確には、術者の所在する地点に向けて凝集するように魔力を方向付ける。遍在するすべての魔力がひとつの点を目指そうとする結果、魔力の膨大に集中した特異点が生じる。一方、世界からは瞬間的に魔力という媒体が失われる状態が生まれ、無限に魔力が凝集した一点と、媒体を失った外部との間の格差が、特異点の飛散となって破壊という現象を生じさせる。
 これは「媒体」を操作することによって間接的に事象を生成するという魔法原理とは異なり、「媒体」そのものが直接的に破壊事象となるという意味で他の魔法呪文とは一線を画している。したがってこの原理によって為される破壊は、他の攻撃呪文のようないわば「世界内」の現象にすぎない破壊と違って、「世界そのもの」に対しての破壊であり、原理上、どのような防御手段も効かない。
 この呪文はこうした性格を持つゆえに術者もその絶対的破壊力から免れ得ないという欠点を持っているが、第一紀にこの呪文の根本原理を発見した魔法使いたちは、これを実戦において使用可能にするように術を改良した。彼らがこの原理をもとにしながら編み出した呪文である“破壊のことば”は、魔力を、一点ではなく、術者を取り囲むような球面に対して凝集させる。魔力がこの球面を目指し集中する結果、球内部は完全に外部世界から隔絶された領域となり、術者の安全は保たれる。一方でこの球面の大きさは世界全体からみれば点といってもいいほどの大きさにすぎないから、世界に対しての特異点という相対関係も維持される。よって、この“破壊のことば”は、何者も妨げえることのない破壊を招来すると同時に、その破壊を含むすべてから自身が完全に防御されるという、絶対的な攻撃呪文となった。
 “破壊のことば”が実際に発動した場合、その効果はほぼ一瞬にして生じる。全世界はその媒体を失うことで、あたかも疑念に揺れるように一瞬の不安定を体験し、同時にこの呪文が発動している間はすべての魔法作用が不可能となる。極小点に凝縮した魔力は瞬間的に飛散し、再び全世界を均等に満たすべく、破壊を伴いながら世界に戻っていく。この破壊は特異点と外界との相対格差によって生じるものなので、魔力が飛散してその凝集度が小さくなるにしたがってその破壊力は弱まっていく。そのため、全世界が破壊されるということはなく、その効果範囲は限定される。とはいえその効力、規模は他のどんな攻撃呪文と比較にならないほど巨大であり、攻撃範囲内ではどのような存在であれ必ず消滅する無双の恐怖であることにかわりはない。
 それゆえこの呪文に対しての唯一の防御手段は、必然的に、自分も“破壊のことば”を発動することに帰結する。一瞬でも呪文発動が遅れたほうが、虚無のなかに敗北するだろう。しかし、“破壊のことば”が同時に発動された例はないし、実際に同時に発動された場合どのような現象が起こるのかについてはわかっていない。

2.
 “破壊のことば”が第二紀において用いられたただひとつの例が、この世の栄華を極めた魔法の都・ハーデバウの滅びのもととしてのものである。第一紀にも及ぶともいわれたあまたの偉大な魔術師たちが住まう巨大な都を、この呪文は一瞬にして壊滅させた。壮麗な宮殿、神殿、回廊、連なる広大な街並みを、すべて瓦礫の廃墟に変え、術が発動されたとおぼしき中心部は、砂粒ひとつ残らず地面をえぐり巨大な球形の空洞のみが残された。(今では周囲の砂漠から吹き込む砂によってほとんど埋め戻されてしまっているが。)
 これは“破壊のことば”が実際に発動しその効果を伺い知ることのできる唯一の例でもある。しかし、ハーデバウを滅ぼした“破壊のことば”は、術者の能力ゆえか、完全なものではなかった。ハーデバウの魔法使いといえども、“破壊のことば”を完全なかたちで発動させるには足りないのだ。もし完全なかたちで“破壊のことば”が発動していたならば、ハーデバウの都は欠片ひとつ残さずにすべて消え失せ、地平の彼方に至るまでがその破壊力に蹂躙されて死の荒野と化していただろう。
 それでは、第一紀には“破壊のことば”が完全に発動した例があったのだろうか? その記録は第二紀には伝わっていない。もしそのような例があったとしても、その破壊の傷跡は第一紀末の大陸変動によって失われているだろう。

3.
 全世界の魔力を一点に招来させるという原理は、バルバド魔法の最大の秘密のひとつだ。バルバド魔法では、どのような呪文も、限定された範囲の魔力しか操作できない。あるいは、世界の魔力の流れにおける結節点のようなものをうまく操作することによって効果規模を大きくしているにすぎない。全世界のすべての魔力を操作するなどということは、バルバド魔法の常識から考えれば、不可能なことだ。その原理は、第一紀においても、それまでの常識を根底から覆すようなものだった。
 この原理は、世界を認識するものと認識されるものという関係の問題に関わっているとされる。“破壊のことば”の呪文は、複雑なものではない。長い詠唱や、特別な儀式を必要としているわけでもない。たった数節のことばによって生じる。この究極魔法は、極めて単純なひとつの原理によって生じているのだ。

4.
 ひとつの原理。魂。
 すべてに相対し、すべてを見据える眼。
 黄泉に通ずる窓。

 すべては、世界を‘見る’ために。












最終更新:2015年06月13日 13:17