ボロマールと別れた信乃は渡された褌をまじまじと見つめていた。
「おう、信乃さん。どうしたんでぃ」
後から声をかけてきた男、七さんである。
「あぁ、七さん。これを、ごらん下さい」
信乃は黒と白の褌を七さんに手渡した。受け取った瞬間に七さんは目を見開いて驚く。
「こいつぁ……」
「ええ、おそらく先日盗難された舶来品、熊猫の褌。やはり小僧達からの流出先はこの国のようですね……。外交問題となる前に、秘密裏に始末しておかないと」
「よし、一応これは俺が預かっておこう。信乃さんはすぐにうちの国に帰って特殊任務部隊の編制をしてくれぃ」
「わかりました。ではすぐに戻って仕事にかかります」
 信乃と七さんは立ち上がり、それぞれの方向へと進み出そうとした。
「おっと、ちょっと待ちな」七さんが信乃を引き止める。「こいつぁ俺からの選別だ。受け取ってくれい」
 七さんは手にしていた荷物から衣服を取り出し信乃に投げた。
 信乃は巫連盟専用戦闘巫女装束(七比良専用突撃巫女装束)を手に入れた。

 久方ぶりの巫連盟。ここのところ出仕に忙しく、信乃はろくに藩国へ帰っていなかった。なのに、雨がざあざあと降り注いでくれている、……気分は憂うつだ。
 政庁への道すがら、雨に濡れている一人の女性に出会った。姫巫女、藻女である。傘も持たずにびしょ濡れで、団子屋の軒先で雨宿りしていた。
「姫さま、政庁へ行かれるのでしたらご一緒なさいますか?」
 信乃は傘を差し出して尋ねる。
「やめとくわ。お仕事は摂政がやってくれるからだいじょ……くしゅん!」
 かわいいくしゃみとともに藻女は体を振るわせる。
「そうですか。ではせめて、お召し物くらいはお取り替えになられた方がよろしいですよ」信乃は戦闘用巫女装束を取り出して藻女に手渡した。「戦闘用ですが、まあ、濡れているよりはましでしょう」
「ありがとう。じゃあお礼にこれをあげるね」藻女は袖の下からてるてる坊主を取り出して信乃に手渡す。「頭にヘビの抜け殻が入ってるからご利益は強いと思うの。どこかに吊るしてあげて」
「は、はぁ……。では、僕は仕事がありますのでこれで」
 てるてる坊主を眺めながら、政庁へ向けて信乃は歩き出した。
 蛇は水神だから逆効果になるんじゃないのか……?
 頭の中でそんな疑問に悩みながら。 

 政庁の片隅、工部殿の前で、雹がずっと空を眺めていた。
「雹さん、どうかしました?」信乃が声をかける。
「え、あぁ。農業機械大丈夫かなと思って。作ったばかりなのにこんな長雨とは、ついてないですよね」雹はわずかに苦笑する。
「では……、気休め程度でしかないですけど、こんなものいかがです?」
 信乃は先ほど藻女に貰ったてるてる坊主を雹に差し出す。
「てるてる坊主ですか。ふむ、何もしないよりはましかもしれませんね」
 受け取ったてるてる坊主を雹が軒先に吊るす。二度手を打って、神様にお願いをした。
「あ、そうだ。信乃さん、ちょっと待っていてくださいね」
 そう言い残して雹は工部殿の中へと入り、手に一冊の書籍を持って再び現れた。
「この間、藩国の詳細な地図が欲しいと言ってましたよね。これをどうぞ、……といっても正確には地図ではないんですがね」
 信乃は雹から書籍を受け取る。表紙には「巫百景」と銘打たれていた。
「巫の美しい景色をまとめたものなんですがね、なかなか詳細に描かれていてそこに載っている地形を見るなら地図よりも詳しいですよ」
「そうですか、それはありがとうございます。では、僕は仕事があるので失礼」
 雹と別れた後で信乃は巫百景を捲ってみた。
 たしかに下手な地図よりは実に詳細な地形が描かれていたが、何より小国巫連盟において百景もあれば、それは藩国の地理を全て書き写すに十分な数字でもあった。
 これは、いいものを手に入れたかもしれない。ほんの少し、信乃の頬が緩んだ。

 信乃は政庁にある自分専用の文机の上に巫百景を置いて円座の上に座った。
 さて、これから仕事にとりかかるか、とマルフン人員名簿を取り出したところへ、みぽりんがお茶を持って現れた。
「お仕事お疲れさまですう」
「あぁ、ありがとうございます。ちょっと今手が放せないんで机の上に置いておいてもらえますか」
 書類に目をやったまま信乃は答える。はーい、と元気のよい返事のあとに、さらに大きなみぽりんの声が室内にこだました。
「あぁぁ! 巫百景じゃないですか〜〜!!!!」
 鼓膜が破れそうなほど振るわされた信乃は、耳を抑えながらみぽりんに顔を向ける。
「どうしたんですか、そんな大声で……」
「これ読みたかったですよ〜! というわけで貰っていきます〜」
「駄目ですよっ、それは仕事用の資料なんだから」
「じゃあ、これと交換です」
 人の話を聞いていないのか、みぽりんは信乃の机の上にどんぐりをおいて、とてとてと走って部屋を出ていく。間際に一度、みぽりんは顔を覗かせ「それは姫さまが作ったですよ〜」と言って去っていった。
 よくみると、それはどんぐりではなく、どんぐりごまであったが、信乃にとってはそんなことはどちらでも良いことだ。役に立たないという点では同義であるのだから。
 なんだかなぁ……。
 とりあえずどんぐりを袖の下に入れて、信乃は再びマルフンの書類に目を移した。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年05月27日 23:12