「焼き鳥屋の受難」


 みたらし団子茶房<巫>。
……、のすぐ隣。否、隣というより併設と言っても良いほど接近したところにある、わずか四畳ほどの小さな建物、それが焼き鳥屋「六」である。
 たいして人気もなければ客も来ない。ほぼ常連だけで何とか稼ぎを出している現状である。世界の珍鳥焼いてます、が売り文句なのだが、もともとが野菜中心の生活をしている巫では、鳥は卵を食べるだけ、ということもあって、客足が悪いのはある意味当然のことでもある。
「ふむ、今日は140000わんわんか……。まあ、今日の客数から考えればこんなものかな」
 店主は売り上げを数えながらにやりと笑った。
 ちなみに今日の客は一人である。あきらかに桁がおかしい。
「こんばんわー」
 収支計算も済ませたことだしそろそろ暖簾もしまおうか、と店主が立ち上がったとき、また一人客がやって来た。
「いらっしゃい」
「とりあえず、ねぎまとかわとつくね」
「へいっ!」
 店内に香ばしく焼ける匂いがする……、事もなく出された三品。
「ねまきと革とつくし、おまちぃ!」
「……、いや、そうじゃなくて。ねぎまとかわとつくねだよ」
「その前に、その三品の代金払ってもらえます?」
「何で間違って出されたものに金払わなきゃなんねえんだよ!」
「もー、あんまりわがまま言わないで下さいよぉ」
 そう言った店主は両手を挙げて、パンパンと二度叩いた。
「およびで?」
 どこから現れたものか、突然店内に力士顔負けの体格の良い大男が姿を見せる。
「10万わんわんになります」
 店主は満面の笑みを浮かべて、客に請求書を渡す。
「です」
 客の隣に立った大男が指を鳴らしながら店主の後に言葉を続ける。
 客は一目となりの男を見た後、店主の方へ視線を移した。顔は笑っているが目は本気のようである。
「……、分割でも良いですか……」
「いいですよ。では、ここに住所と名前、それから身分証も出して下さいね?」
 客はおとなしく店主に言われた通りの作業を行う。そして、立ち上がって一目散にその場から逃げ出した。
「毎度有り~、またきてくださいね」
 とても上機嫌な焼鳥屋店主の声が、客の後を追いかけていった。

 理力隊へ配置転換して以降、有馬信乃は巫国内ではほとんど仕事をしていなかった。政庁へ出仕しても日がな一日図書寮に籠って書を読みふけっていた。ここが一番サボるのに適当な場所だからである。そこへ、侍女隊のミツキがやって来た。
「信乃さん、ちょっと……」
「どうしました?」
「じつは……、ちょっと大切なお話があるんです」
「ほうほう、なんでしょう?」
 ミツキは他に人がいないか周囲を確認して確かめると、静かに扉を閉めた。
「あのですね……、じつは……」
 それは何かを躊躇う口調、だが決意を固めた顔つき。
「摂政さまが、ぼったくり店を開いてるって噂があるんです!」
 二人の間にはほんの刹那の沈黙。
「……、まさかミツキさんのとこまで噂が広まってましたか……」
 信乃はこめかみを押さえながら大きく長いため息をついた。
 それはほんの数週間前のことである。開店とほぼ同時にぼったくり疑惑がかけられていたとある店。店主が摂政であることを知っていた信乃は密かに摂政執務室へ赴いて事の是非を聞いていた。本人曰く、世界の珍鳥なんだからこれは適正価格だ、と言っていたが、大人一食分で高級官吏一月分の給料が飛ぶ焼き鳥屋など認められようはずもない。
 改めないと業務停止処分ですからね、と釘を刺し、その後こっそりと視察に行ったときには、適正価格のお品書きが並んでいたためほっと安堵していたその矢先の出来事である。
「どの程度まで広まってます?」
「えーと、侍女隊ではもうほとんどの隊員が……」
「店名まで知られてますか?」
「いえ、そこまでは。ただ、摂政さまの店としか」
 同僚である侍女隊の面々に名前も覚えてもらってないとは……。ほんの少し同情を覚えつつも、だが顔つきは役人としての職務遂行へと赴くものに変わっていた。
「どうかこのことは内密にし……」
 そこまで言いかけた時である。
「うええええええええええん! 六でぼったくられたですううううーーーーー!!!」
 閉め切っているはずの図書寮。その壁の向こうから大きな泣き声が聞こえてきた。
「ミツキさん……、黙らせといて下さい……」
 信乃は額を押さえながら天をあおいで、図書寮を出ていった。

「ん~、ふっふ~ん♪」
 何やら上機嫌な焼き鳥屋店主。外国から取り寄せた桃色の「びきに」一丁で開店準備をしている。なんでも有名なぶらんど品というものらしく、こんな小さな布切れ一つで昨日の売り上げを越えると言うから驚きである。だがそんなものを簡単に買えてしまうほど、今の店主には蓄えがあった。ただその数百倍の債務もあるが……。
 褌の次はこれもいいか、などと考えながら今日の仕込みをしていると、店の扉を開く音が聞こえた。
「あ~、すいません。まだ準備中なんですよ~」
「……、なにやってんですか、そんな格好で……」
 低く震える女性の声。いつの間に用意されたのか、桜模様のバットが握られている。
「あ……、い、いや……、ち、ち、ちちがうんだ、これは……」
「何が違うと?」
「ほら、夏だし、暑いし、開店前だしっ! こんな恰好でもいいかなって!」
「ほんっとうに、そうなんですね?」
 やたらと早いししおどしのように、こくこくと頭を縦に振る。
 もしも彼女が参謀に務めていなかったら、ここまでの大事にはならなかったのかもしれない。笑って済ます……、ことはなくても、黄色い悲鳴の一つや二つで終わっていたことだろう。運の悪い店主である。
 だが、運の悪いときというのは、決まって重なることが多いと言うのが、世の常であった。

「摂政さま、いらっしゃいますか?」
 がらりと引き戸を開けて中へ入った信乃の目の前には、桃色ビキニの七比良鸚哥と、バットを構えたりっかが立っていた。
「えーと、お楽しみ中のところ申し訳ありませんが……」
「楽しんでないからっ! 助けてください、信乃さんっ!」
 今にも泣き出しそうな顔で信乃の足下にすがりつき懇願する鸚哥。りっかはにこやかにこんにちわ、と信乃に挨拶をするが、周囲の空気はとても冷たそうだ。
「ん~、まあしょうがないですね。お助けしましょうか?」
「ほんとですか!?」
「Σ、信乃さん!?」
ほぼ同時にあがる二つの相反する声音。
「ええ、僕としてもいま摂政さまに怪我とかされると困るんですよね。はい、こちらをよく読んでください」信乃は鸚哥に二通の書状を手渡す。「本日この時をもって、焼き鳥屋六は業務停止に入ります。並びに摂政さまにはぼったくり容疑がかけられておりますので、政庁までご同行願います」
「摂政さま~、ぼったくりってどういうことでしょうか?」
 軽く二、三度バットを振ったりっかの声はさらに低く、そして冷徹になって、鸚哥の胸を突き刺す。
「い、いいいやいやいや、こ、これは何かの間違いですよ」
「政庁の方で申告を受けました。焼き鳥40本で40000わんわん、あきらかに不当な値段です」
「でででで、でもですよ。ほら、お品書きにはちゃんと一本1000わんわんって」
 鸚哥は手近なところにあったお品書きをとって焼き鳥の値段を指差す。そこには「焼き鳥一本一〇〇。」と書かれていた。
「お品書きにはちゃんと表記してるんだから、これならぼったくりじゃないですよね」
「えぇ、そうですね。ではぼったくりは無罪としましょうね~」
 信乃はにこにこと笑っている。それにつられて、鸚哥も笑う。
「では、詐欺罪でさらに重刑ということで。あー、現行犯なんで令状無しで逮捕ですから。りっかさん、そのお品書き、証拠として確保で」
「ちょ、っちょっと待って下さいよっ!! む、無実だーーー!! 助けてごみんかーーん!!」
「無理ですよ、護民官であるみぽりんさんからの訴えなんだから」
「………………っ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚いていた鸚哥はとうとう言葉につまり、寒々とした店内には気の早い蝉の声がよく聞こえるようになった。
 ――なんとかしなくては……、何か方法は……。
 ――そうだ!
「ぎゃーーーーー!」
 突然、鸚哥が頭を抱えて床を転がり出した。
「どうしました、摂政さま?」
 またか、と言ったような調子で信乃が摂政に尋ねる。
「あ、あたまが……」
「頭がなんです? 悪いんですか?」
「え、ええ、そうなんです。頭が悪くって……。うぅ……」
 信乃は袖の下から煙草を取り出し口にくわえた。そしてマッチで火をつける。
「ちょうど保育園も出来たことですし、1から勉強しなおして良くなって下さい」
「ちょ、いや、そうじゃなくて……」
「あの……、ほんとに何かの病気なのでは……」
 いつ殴りかからんかという体勢にあったりっかも、病気かもしれない、となるとさすがに手を出しづらいのか、鸚哥を心配してバットをしまう。
「あー、じゃあ腫瘍がないか調べましょう。ちょうどそこに包丁あるから切開して」
「Σなっ!」
「ご心配なく、刃物の扱いは慣れてますから。それとも、政庁でちゃんとした医師に診てもらいます?」
 信乃はぷかりと煙を吐いた。
「はい……、ご同行いたします……」

 翌日、何事もなかったかのように巫は回っている。みぽりんは食堂に陣取り、りっかは素振りをし、信乃は書に浸り、そして姫巫女は今日も街へ遊びに出かけていた。それでも政務は滞りなく進んでいる。
「あれ、信乃さん?」
 今日もミツキが信乃のもとへやって来た。手には大量の書類を抱えて。
「どうなさいました?」
「えーと、ここは摂政さまの執務室、ですよね?」
「そうですよ」
 昨日まではなかった図書寮の書が大量に執務室へ持ち込まれている。それを読みあさっているのは椅子に座って湯のみを傾ける信乃。知らぬものが見れば、ここの主のようだ。
「あの、摂政さまはどこに? この書類今日中に決済していただかないと明日からの仕事が進まないんですが」
「あぁ、じゃあそこに置いておいて下さい、僕が届けますんで。摂政さまの執務室はしばらく別の場所へ移っているんですよ」
「そうなんですか。でも、信乃さんもお仕事あるでしょうし、場所を教えてくれたえら自分で行きますよ」
「いえいえ、これが僕の仕事なんですよ。当分は僕を通して摂政さまに仕事を渡すことになりますんで、侍女隊の方にその旨伝えておいて下さい」
「そうなんですか? えーと、では、お願いします」
 ミツキは書類を机の上に置いて、ではー、と言って執務室を出ていった。
 さてと、急ぎのようだし刑部省まで行くか。
 信乃は手にしていた書をおいて、その変わりにミツキが持ってきた書類を取り上げる。

 今日も巫は政務が滞ることなく進んでいる。そして明日も、明後日も……。

<了>

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最終更新:2007年07月27日 03:09