集団的自衛権の政局 - 窮余の策の解散総選挙と閣議決定の正統性

今週号の週刊ポストが、集団的自衛権の是非を問う解散総選挙の可能性について記事を書いている。マスコミでは、まだこの観測を大きく取り上げる報道はなく、その現実的可能性を考えている者は、この時点では少数にとどまるだろう。記憶では、安倍晋三が5/15に官邸会見で集団的自衛権の方針演説をやった直後、国内で最も極右のBSフジの番組に自民党の議員が出演し、解散を仄めかす場面があった。が、その後の報道では特に話題になる場面がなく、安倍晋三が飼育している番組キャスターや政治評論家の口から、解散の観測気球が上げられるという瞬間がない。後藤謙次や田崎史郎の出番となっていない。この2人や岸井成格がテレビで観測を口走り始めると、「永田町で解散風が吹き始めた」状況になる。今のところ、解散風は風速2メートル程度の「軽風」の段階にすぎず、この週刊ポストの記事やBSフジでの自民党議員の発言は、いわゆるブラフであり、安倍晋三が手を回した公明党への牽制の政治だ。現時点では、解散観測のジャブは、安倍晋三が公明党と自民党内への脅迫に使う「奥の手」のちらつかせである。だが、私自身は、解散は十分にあり得るのではないかと予想している。政局の動向を鑑み、安倍晋三の立場に立って考えたとき、この「伝家の宝刀」を抜く以外に、集団的自衛権の解釈改憲を実現する方策があるだろうか。

まず、何より、安倍晋三の強引で勝ち気な性格がある。今回、安倍晋三は勝負に出ていて、必ずこの獲物を仕留める腹を固めている。撤回する、つまり先送りするという選択はない。先送りは安倍晋三の敗北だ。安倍晋三の脳内では、勝利と成功の想定しかなく、12月には日米防衛協力のガイドラインが再改定され、その具体的な予算措置が2015年度の予算案の中に盛り込まれている。その中には、辺野古の新基地建設工事もあれば、フィリピンの米軍基地の駐留費負担もある。他にも、国民があっと驚くような「日米同盟世界版」の政策項目が並んでいることだろう。集団的自衛権の行使が憲法解釈で容認されたことを前提とした、海外での自衛隊の米軍への一体化措置が様々に組み込まれているはずだ。これまで、「米軍再編」は日本国内での出来事を指す言葉で、在日米軍に自衛隊が統合され、米軍の指揮下に編成替えされることを意味したが、今後はその従属配備や補助任務や肩代わりが世界大に広がるのである。それらの諸オペレーションを新年度の防衛予算に反映させるためには、秋までに憲法解釈の変更を確定させ、集団的自衛権行使の法制環境へ移行させないといけない。すなわち、この政局に安倍晋三が勝利して凱歌を上げるという決着がないといけない。これまでの想定では、それは公明党が最終的に屈服して合意するという図だった。

だが、創価学会が頑強に抵抗し、公明党が協議で時間引き延ばし戦術に出て、入り口のグレーゾーン対処のレベルで乖離が明確になった以上、週1回のペースの自公協議の積み重ねで、秋までに集団的自衛権の合意が得られる見通しは相当困難な状況になった。何度も言うように、誰もが言うように、この政局では公明党がカギなのだ。公明党が最終的に合意に折れるという図なしに、集団的自衛権行使の解釈改憲が達成されるという政治はない。であれば、その必要条件が見込めないとき、安倍晋三の選択肢は二つしかないのだ。断念して先送りするか、解散総選挙に打って出るかである。自公協議は、回を重ねれば重ねるほど、両者の安保政策の相違を際立たせ、集団的自衛権の合意に3か月後に収斂するという楽観的な展望は失われるだろう。自民党の中は、それなら連立組み替えしかないという武闘派と、公明党の顔を立てて柔軟にという慎重派に分かれる。党内に亀裂が入り、そこにTPPの農産物関税や法人税減税の代替財源の問題が絡む構図となる。また、国民から反発の強い原発再稼働の政局も重なる。もし仮に、ここで内閣支持率が低下する傾向が顕著になると、党内での反安倍の気運は活発になり、そうした抵抗勢力の発生と跳梁を抑え込むためにも、安倍晋三は解散風を使おうとするだろう。議員に選挙の心配をさせることで、執行部への求心力を高める手に出る。

同時に、この「伝家の宝刀」は、公明党に、集団的自衛権の改憲を認めるか、自公政権を解消して野に下るか、二つに一つを選択させる最後通牒の切り札となる。この切り札を切られて、果たして、公明党は最後まで粘り腰を維持できるだろうか。おそらく今度は創価学会に激震が走り、内部で侃々諤々の議論となるだろう。カードを切る以上は、安倍晋三は連立組み替えの準備を整えるという意味になるが、その点ではまさに万全で、野党の現状は、安倍晋三の連立組み替えと解散総選挙を、今か今かと待機し渇望するありさまと言っていい。今週(5/27)、橋下徹が集団的自衛権の解釈改憲は「立憲主義に沿う」という発言をした。また、民主党の細野豪志が集団的自衛権に賛成の立場を明確にしていて、民主党内ではこの問題を争点に二派に分かれ、右派が慎重論の海江田万里を降ろす策動を始めている。この政策で民主党が一つに纏まるのは不可能で、議論が煮詰まるほど分裂が濃厚になる。海江田降ろしの右派は岡田克也を担いでいるが、背後には長島昭久と盟友の前原誠司が黒幕でいて、橋下徹と裏で手を組んで野党再編に動いている。公明党と手を切った自民党は、一見、選挙での苦戦は必至と思ってしまいがちだが、野党がこの状態ではとても国民の期待に応えられる党派の存在はなく、小選挙区で勝つ候補は、今は自民党の現職以外に考えられない。選挙の情勢は、客観的に、安倍晋三が圧倒的に有利である。

仮に、安倍晋三が集団的自衛権の是非を問う総選挙に踏み切ったとして、果たして、小選挙区で反自民・反安倍の票の受け皿になる勢力は出現するだろうか。集団的自衛権に消極的な自民党の議員たちも、選挙となれば、安倍晋三の前に青菜に塩で、執行部の公認と支援を得るために服従と忠誠の姿勢を鮮明にし、今こそ改憲のときだと有権者に訴えるだろう。こう考えると、安倍晋三にとってベストの政治戦術は、「伝家の宝刀」で公明党を脅し、二者択一の踏み絵を踏ませ、抵抗を断念させることである。そして、公明党が尻をまくった場合は、そのまま解散に持ち込み、維新・みんなと選挙協力と政権構想を組むことだ。集団的自衛権を争点にした選挙に臨み、3分の2以上の与党議席(自+維+み+民右)を獲得し、政権を組み替えることだ。今、世論全体の過半数は集団的自衛権の行使容認に反対である。だが、その有権者が投票する政党がない。組織を持つ民主党が、集団的自衛権の争点で反安倍の対抗馬を立てて敢然と戦う態勢をとれない以上、選挙の結果は、集団的自衛権の行使容認の民意が出たという事態になってしまう。われわれにとって最悪の絵だが、もし、2ヶ月後に解散総選挙が打たれれば、それ以外の展開はないものと思われる。党利党略に徹する共産党は、例によって、この選挙を党勢拡大の好機と捉え、野党共闘で対抗馬を立てる方針は採らず、反対票の共産党1党への流れ込みを歓迎し、事実上、解釈改憲の政治を黙認する態度に出るだろう。

今日(5/28)の中日の記事を見ると、米政府が日米防衛協力ガイドラインに集団的自衛権の行使を前提とした内容を盛り込むには、必ず閣議決定の手続きが必要だと主張しているとある。「日本側に慎重な国内調整と意思統一を促す狙いとみられる」と解説されている点に注目される。これは、安倍晋三に対して、拙速にやって混乱させるなという意味であり、ガイドライン再改定の納期を機械的に守ることよりも、日本国内の政治調整に万全を期す方が優先だという意味に解釈される。つまり、アーミテージの持論の示唆だ。と同時に、この閣議決定が国民に受け入れられるものでなくてはいけないという、閣議決定の正統性(Legitimacy)の担保について念を押したメッセージであるとも読み取れる。米国は、閣議決定の正統性について安倍晋三に宿題を課したのだ。後でひっくり返されて無効になるような、そんな乱暴な閣議決定はするなという勧告に他ならない。閣議決定の正統性の担保はどうやって調達するか。二つに一つしかない。一つは、公明党が合意することである。もう一つは、連立組み替えに出て、その組み替えを国民が支持したという実績を残すことだ。となると、実績の確保は、選挙結果の民意でしか証明できない。単に公明党を追い出して、維新・みんなと新政権を組み直して閣議決定を断行したのでは、米国の求める「慎重な国内調整と意思統一」にはならないし、世論もマスコミもそれを了承することはない。その場合は、ガイドラインの再改定そのものが危うくなり、米国にとってリスクとなる。

本来、安倍晋三はコンプレックスの強い臆病な性格の男である。だが、その裏腹の心理メカニズムとして、それを打ち消そうとする衝動が突出し、称賛されたい欲望が異常に強く、征服欲求や英雄願望が甚だしく強い。北朝鮮の金正日とよく似ている。今回、自らが主導して博打に出た5/15の会見演説は、ものの見事に失敗して自滅となった。マスコミも評価せず、北岡伸一にまで鼻で笑われ、滑稽な恥さらしの結末となった。官僚たちは、あのバカ丸出しのパネルの絵と安倍晋三の独演を哄笑し、集団的自衛権の政局での失点として冷たい視線を送っている。保守系の日経までが、世論調査で反対多数と報道を始めた。5/15の会見は明らかに裏目に出たと言える。知性が欠如し、徒に自信過剰で、自らを客観視することが苦手な安倍晋三は、あのパネルをテレビで見せて喚けば、国民は理解と納得に傾き、集団的自衛権の行使容認に賛成の世論が多くなるだろうと思惑したのだ。もともと無能で、論理的な説得の努力とか、政策議論の精密な評価予測とかができない安倍晋三は、自らの欠点を批判されたり、修正点を指摘されるのが嫌で、そのため周囲には常にイエスマンだけを揃えている。自身の発案による、あの5/15の見苦しいパネルとトークも、イエスマンと「お友達」の監修の産物で、誰も「これじゃ逆効果だ」と言わなかった。5/15以降、政局は安倍晋三に不利に動いている。安倍晋三がこの政局で反転攻勢に出、そして勝利を収めるためには、「伝家の宝刀」を効果的に使うしかないだろう。

6月はサッカーW杯でマスコミの話題と国民の関心が埋まる。集団的自衛権の論議も、世間の表面上は中休みとなる。それが終わった頃、後藤謙次や田崎史郎の出番となるのではないか。



by yoniumuhibi | 2014-05-28 23:30 | Trackback | Comments(1)
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Commented by ゆたか at 2014-05-29 04:44 x
>公明党と手を切った自民党は、一見、選挙での苦戦は必至と思ってしまいがちだが、野党がこの状態ではとても国民の期待に応えられる党派の存在はなく、小選挙区で勝つ候補は、今は自民党の現職以外に考えられない。選挙の情勢は、客観的に安倍晋三が圧倒的に有利である。

株価暴落でもあれば支持率急落→安倍降ろしの流れになりますから、その前に総選挙をしなければ、という動機もあると思います。この男には。

>今回、自らが主導して博打に出た5/15の会見演説は、ものの見事に失敗して自滅となった。

首相は23日に行われたウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで、この問題について国民の理解を得ることは簡単ではないことを認めたそうです。
「国民には理解しにくい課題であり、反対が強い」
と。

そうではないですね。
自分がろくに理解できていもしない課題を、外祖父の私怨を晴らす一念だけで通そうとしたから説得力がなく、反対が強いのです。
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