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尖閣有事のシミュレーション - 地上戦となる八重山諸島
今週号の週刊文春の中に、「自衛隊vs中国人民解放軍 尖閣海戦で日本は中国に圧勝する」と題した古森義久の記事がある。この記事は、米国の雑誌「フォーリン・ポリシー」に寄せた米海軍大学のジェームズ・ホルムスの論文を紹介したものだ。ホルムスは元米海軍将校。中国軍が尖閣の占拠作戦に出て、自衛隊と海戦になった場合の分析と予測が示されている。それによると、艦隻の数では中国側が優位だが、機能は日本側の水準が高く、戦闘においては日本側が地上配備した88式地対艦誘導ミサイルが威力を発揮して中国側艦艇を撃破し、この海上の局地戦で自衛隊が勝利すると言っている。射程200キロの地対艦ミサイルが勝負の決め手になるから、八重山諸島の全域に大量に配置しておけと言っている。ホルムスのシミュレーションには、孫崎亨が指摘しているような戦闘機による制空権という要素がない。戦闘機ではなくミサイルが鍵になっている。ただ、議論を詳しく見ると、ホルムスは中国側の地上配備の中距離ミサイルに注目し、特に新開発の対艦弾道ミサイルが脅威だとも指摘している。この兵器は、確か、前にNHKが「エアシーバトル」を説明した番組で登場した記憶があるが、上空の衛星から標的の情報を得て攻撃するもので、米軍の「エアシーバトル」計画の策定を条件づけている脅威である。


ホルムスが、米海軍でさえ怯える中国のハイテク型対艦ミサイルを視野に入れながら、尖閣の海戦では日本側の地対艦ミサイルが戦局の決め手となると言い、先に中国側艦隊が撃滅されると予想するのは、どうもシナリオとして腑に落ちない感じもする。要するに、この軍事想定では双方のミサイルの撃ち合いなのだが、中国側の地上配備ミサイルの発射が封じられ、日本側の地対艦ミサイルだけが有効に命中する結果になるのは、ホルムスが何か想定上の操作をしているから、あるいは捨象をしているからだ。八重山諸島に配備する地対艦ミサイルは、トラックで移動する可搬兵器だが、その位置情報を常に監視して追跡するくらい、中国軍にとっては朝飯前のことだろう。それこそ、孫崎亨の言う航空部隊の出動の場面かもしれない。ホルムスのシミュレーションは、航空兵力の動員が全くないのである。海上に丸裸の艦隊が浮かぶだけで、島からミサイルが飛んで来るだけだ。こんな図はあり得ない。19世紀以前と20世紀後半以降がセットになった架空の海戦図で、20世紀前半の契機が欠けている。艦隊の出撃には航空部隊の支援が伴う。島からのミサイルが中国艦隊を撃滅しても、艦対空ミサイルをかいくぐった上空の戦闘機が、海上の自衛艦を捕捉して撃沈する。制空権の問題は、海上で艦隊が作戦行動するかぎり、必ずついて回る問題だ。捨象はできない。

ホルムスの予測には、軍事的な面での前提の捨象だけでなく、重大な政治的な捨象もしくは盲点がある。それは、台湾軍の存在と動向だ。この点は、実は日本国内で尖閣海戦を脳内演習している右翼も同じで、尖閣有事は自衛隊と中国軍の戦争だと決めつけている。私は以前から、尖閣有事は中国・台湾の連合軍と自衛隊との戦争になると言い、自衛隊からすれば二正面作戦、中国・台湾からすれば挟み撃ちの海上作戦になると言っている。すなわち、軍事シミュレーションで優劣を比較検討するときは、戦闘艦、潜水艦、ミサイル、航空部隊の数において、台湾軍を自衛隊の敵戦力としてカウントしなくてはならない。なぜなら、この有事は領土をめぐる軍事衝突だからだ。目の前の自国領の争奪戦に台湾が介入しないはずがないではないか。当然、台湾はハイテク化された陸海空の戦力をこの一戦に投入する。そして、台湾の戦略目標を達成しようとする。尖閣を領土として保全確保する結果を導くべく防衛行動する。中国は尖閣有事で台湾と共同するだろう。中国の主張と論理において、尖閣は台湾省の帰属であり、現在の台湾の政権が尖閣を(一時的に)領有するのは何の問題もない。むしろ、その方が国際政治上丸く収まる形式になる。ホルムスは、八重山諸島配備の地対艦ミサイルに注目して自衛隊の有利を言うが、射程200キロの可搬型地対艦ミサイルなら、台湾北岸にどれだけ大量に展開できることか。

このホルムスの想定でも分かることだが、尖閣有事の一戦で、仮に中国・台湾の連合軍が自衛隊に勝利を収め、尖閣諸島の物理的確保に成功した場合は、一帯の制海権と制空権を固められ、与那国島、西表島、石垣島、宮古島の八重山諸島は一時的に占領されるところとなる。それは、現地の自衛隊を排除し、逆に尖閣を防衛する軍事拠点を築くためだ。尖閣だけを占領しても、八重山諸島に自衛隊が常駐したままなら、すぐにそこから反撃(ミサイル・戦闘艦・戦闘機)されるからである。尖閣の奪還のために侵入してくる自衛隊を迎撃しなくてはならず、その拠点を持たなくてはならない。海自の艦隻をヒットする地対艦ミサイルを逆配備しないといけない。地図を見て欲しい。軍事作戦の立案とは、古今、そして畢竟、地図との睨めっこである。第二次大戦の戦争映画を見ても、ヒトラーが参謀本部のテーブルに大きな地図を広げ、参謀や将軍が囲み込んで作戦会議する場面が出る。ジューコフの白黒映像が出るドキュメンタリー番組でも、地図の上でコンパスを回して距離を測っている。中国・台湾からすれば、日本が尖閣の領有を放棄する講和条約に調印するまで、八重山諸島の占領を続けるし、そうせざるを得ない。日本国民への刺激を避けるため、占領は台湾の地上軍が担当するだろう。八重山の島嶼が上陸と占領の対象になるということは、そこで地上戦が起きるということだ。島の住民が戦火に巻き込まれるということだ。

ホルムスの想定と捨象で、もう一つ重要なのは、この尖閣海戦が日本と中国の軍事衝突であり、米国が参軍していない点である。米国は自衛隊の後方支援に回っていて、戦闘には加わらないことになっている。日米安保条約で日本を守る義務のある米国が、肝心の本番で戦場に第七艦隊を派遣しない。この奇妙な前提について、ホルムス論文は「何らかの理由で」としか言っておらず、深い理由説明を避けている。非常に面白いが、要するに、それが米軍の真意なのであり、米軍のメッセージを中国と日本と世界に送っているのだ。自衛隊の後方支援に回り、その勝利のために動くが、中国軍とは直接に流血の戦火を交えない。ホルムスの論文で重要な意味があるのは、実際の戦闘シミュレーションよりも、米軍は局外(日本の支援)に立つという「前提」の部分だ。これは、日本や中国に向けてのメッセージであると同時に、米軍内部に対して、米国国民に対してのメッセージでもある。戦争とは外交の延長であり、政治の一部である。国連でP2体制を運営する米国と中国は、かつての冷戦期の米国とソ連の関係と同様、直接に戦争するということができない。それをすれば、第三次世界大戦の破局となる。現実に尖閣有事が起きる場合を考えると、その直前まで、米国と中国の激しい外交戦の鍔迫り合いがあるだろう。米国は仮に日中間で軍事衝突が起きても、有事の進行を米国が管理して操縦できるよう、米国の国益を最大化する着地に持ち込むよう、日本の頭越しで中国と外交戦を演じるはずだ。

有事直前の外交戦の段階では、日米vs中国なのだ。と言うより、日本は米国の属国だから、情報を全てリアルタイムに収集できるわけではなく、米国の思惑と利害に左右され、翻弄されつつ、外交戦の段階では米国の指示に従わざるを得ない。そして、米軍のゴーサインが出た段階で尖閣海戦に臨むのである。作戦は米軍が設計する。日本(自衛隊)は現地戦闘部隊として実戦に動く。私のシミュレーションでは、この事情が日本側の司令系統を混乱させ、状況判断を遅らせたり誤らせたりする原因となり、中国・台湾の連合軍が勝利を収めるだろうという予想になる。自衛隊は自分で作戦を考えず、米軍に頭を預けてしまう。しかし、米国はこの戦争に無責任で、中国との外交戦で東南アジアに勢力圏を確保するというグランド・ストラテジーにしか関心がない。尖閣有事を東南アジアと太平洋の米中線引きの道具にしてしまう。右翼や官僚やマスコミが期待して言うほど、日本(尖閣)を守る軍事行動に熱意がない。戯画化して言えば、自衛隊は戦闘中に、「次にどうすればいいですか」と米軍に指示を仰ぎ、それを幕僚が調整している間に、時間を空費して敵軍に隙を与えてしまうのだ。自衛隊も無責任なのである。今の自衛隊にはそういう欠陥がある。米軍の東アジア戦略や世界戦略の道具としては機能するが、日本を守る防衛力としては使えない軍隊になりつつある。主体性がないのだ。石原慎太郎のような戦争指導者も含めて。

ホルムスは、自衛隊が勝利するという分析の結論を元に、この事実を中国政府がよく認識して、対日軍事行動に出ないだろうと楽観的な予測を述べる。だが、どちらが勝つにせよ、一度戦争が始まってしまえば、後はエスカレートするしかないのだ。この局地戦で中国が負けたとして、中国国内では必ず反撃して尖閣を奪い取れという要求が起きる。失地奪還の報復作戦に出なければ、共産党政権が民衆に倒される事態になる。戦争は総力戦へとエスカレートし、戦場は八重山諸島から北へと拡大する。Twitterでも書いたが、次の日中戦争は単なる国民総動員の総力戦ではなく、極限まで殺戮をするイデオロギーの戦争になる。イデオロギーの戦争は犠牲者を多くする。本当は、これを本論にするつもりだったが、前段の尖閣有事のシミュレーションで紙幅が尽きた。


by thessalonike5 | 2012-08-31 23:30 | Trackback | Comments(0)
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