黒田 二国間関係の最大の障害になっている慰安婦問題からみていきましょう。この問題は、日本政府が河野談話を出し(1993年)、元慰安婦の女性たちに償いと謝罪、支援をする「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)を官民共同で創設(1995年)したことで解決するはずでした。ところが、あくまで日本の国家としての謝罪と賠償を求める挺対協が納得せず、結果的に国民世論も同調し、それに押された政府も日本への非難、要求を蒸し返した。この本にも、韓国で日本のアジア女性基金の取り組みが挺対協によって後退させられていくプロセスが詳しく書かれていて、韓国政府が挺対協に振り回されてきたと指摘されています。
なぜ挺対協という一運動団体に政府が振り回されているのか。そこには、韓国社会の変化、あるいは国家状況の変化があると私は考えています。韓国は“NGO国家”つまり“非政府国家”になってしまったということです。とくに左派系NGOが影響力を拡大した盧武鉉政権の時代から国家より個人が重要という社会的雰囲気になりました。官と民の力関係が変わって、官が民をコントロールできなくなってしまっている。
武藤 私も同じ問題意識を持っています。いわゆる「三金」、金泳三、金大中、金鍾泌氏のような実力者がいた時には、政府の野党対策も比較的容易だった。
挺対協に話を戻しますが、彼らは、一部にあったかもしれないことが一般的であったかのように誇張し、慰安婦問題を国際社会にアピールしてきました。その事実関係の過ちが明らかになれば、問題解決の契機になると私は考えています。
韓国内でもそのことを分かっている人はいますが、声を上げると社会的に抹殺されかねません。実際、『帝国の慰安婦』という本を読めば、挺対協の事実主張の誤りが分かりますが、この本は挺対協の支援を受けた元慰安婦の女性らの申請で発禁となり、著者の朴裕河・世宗大学校日本文学科教授が名誉毀損で刑事告発されています。朴裕河さんは真剣に日韓の和解を追求している学者です。その人の書が正当に評価されないのが今の韓国です。
ただ彼らにも弱みがあります。彼らは、日本が元慰安婦の女性たちに償いと謝罪、支援をするため官民一体で1995年に立ち上げたアジア女性基金について、「日本政府の賠償責任を回避するためのまやかしだ」として全面否定し、元慰安婦の女性たちに受け取りを拒否させ、当初受け取った7人の元慰安婦たちに対して嫌がらせをしました。それが「元慰安婦を支援する組織」のやることですか。
その後さらに54人がアジア女性基金の償い金を受け取りました。これは元慰安婦の立場を考慮し公表されませんでしたが、この時受け取っていれば、おばあさんたちにとって、より安らかな老後だった筈です。
日本が、アジア女性基金のやり方や挺対協の妨害行為についてうまく情報発信をすれば、挺対協が盛んに運動しているアメリカでの評価も変わるでしょう。挺対協の主張する事実関係の誤りが理解され、挺対協に対する支持が弱まれば、彼らに扇動されている格好の韓国社会の状況も変わるのではないでしょうか。
黒田 しかし、アジア女性基金式の解決策は、本誌の読者には受け入れられないかもしれません(笑い)。その読者の怒りに火に油を注ぐようなことを敢えて申し上げますが、私自身は、慰安婦問題で改めて外交決着をすべきだと考えています。第一次が河野談話、第二次がアジア女性基金で、第三次外交決着です。
そこで課題となるのは、NGO国家となった韓国が、もう一度国家としての権威を取り戻して、日本と外交決着を図る意志を持てるかどうかです。朴槿惠大統領は、世論の大反対を戒厳令を敷いてまでして押し切って日韓基本条約を締結した父親の朴正煕大統領のように「歴史が判定してくれる」と決断できるのか。
慰安婦問題の解決に向けての一番の障害である挺対協ですが、日本は国家的、法的な責任を認めろというのが彼らのコアな主張です。韓国の外交当局者も本音では、それは無理だということは分かっていますが、猛烈な批判を恐れて声を上げることができない。
しかし、その挺対協も韓国内で孤立しつつあるんです。アジア女性基金への妨害行為で、彼らの運動が本当に元慰安婦のおばあさんたちのためのものなのかと、朴裕河教授らが問題提起し運動を始めている。日本が受け入れられないような強硬な主張をすることでおばあさんたちの救済を遅らせているのではないか、という批判が出はじめているのです。
そうした真っ当な考え方が挺対協の強硬な主張を押し切れば、韓国政府も、人道的、道義的責任において対処するという日本にも可能な範囲での取り組みを受け入れる名分が立ちます。朴大統領も「おばあさん方は余命いくばくもないから、早期に温かい配慮を」と言ってるわけですから。そうなれば、日本の外交当局者も頭がいいから、いろいろなアイデアを出してくると思います。
日本の世論は新たな外交決着に簡単には納得できないかもしれません。河野談話にしてもアジア女性基金にしても、解決のためとはいえ事実でない強制連行を認めるような形になったり謝罪を繰り返したりしたことで、逆に事態の悪化を招いていると多くの日本人は見ています。今回改めて謝っても、さらに事態を悪化させるだけではないかという懸念は消えない。
武藤 私は挺対協の主張は論外だと思います。彼らの言うラインでの解決などあり得ません。韓国は、日本との関係においては、倫理的、道徳的に優位に立とうとします。しかし、いったん韓国側の論理を否定し、その誤りを正したうえで、日本人としての気持ちを示すということであれば、日本が道義的に上位に立つことになり、韓国は二度とこの問題を提起できません。そういう形であれば、日本国民もやむを得ないと考えてくれるのではないでしょうか。
いわゆる歴史教科書問題についての宮澤官房長官談話(昭和57年8月)でも、「(日本)政府の責任において(教科書の記述を)是正する」と書かれています。韓国や中国から批判されたのではなく、日本の判断で取り組むのだと明確にしています。
黒田 近隣諸国条項ですね。ですが大使、近隣諸国条項も本誌の読者には、自虐史観的教育を蔓延させたと思われています。むしろ「自虐史観に染まった外務省が近隣諸国条項を主導した」と思うでしょう。あれは韓国とはコトを荒立てないという、過去の事なかれ外交の典型例でしょう。
武藤 私は歴史問題について、韓国の主張する歴史認識に日本が妥協するのはもう止め、お互いに客観的事実を探究していくべきだと考えています。それが日本国民の嫌韓感情に応える道だと思います。今までのやりかたは日韓関係にプラスにならないと思っています。
黒田 なるほど。日韓が膝を詰めて議論をしてもなかなか出口は見えてきません。問題自体が国際化していて、国際世論を味方に付けることも重要です。その国際世論を動かせれば、挺対協を孤立させ、当事者能力を失わせることは可能だと思います。
そのうえで、拡大版の女性基金を構想するのはどうでしょうか。アジアではなくて世界女性基金。安倍首相も国連やアメリカで女性の人権問題を取り上げています。その観点を入れて、紛争地域や戦地における女性の人権保護、あるいは将来に向けての女性の人権保護拡大といったように問題を拡大する。その趣旨の中に、過去の教訓として慰安婦問題を入れ込めば、国際世論を日本の味方にできるのではないでしょうか。脱北女性の問題を入れてもいい。
武藤 狭義の強制性はなかったのだという議論がありますが、強制性を日本が否定して国際的には理解を得られませんでした。黒田さんがおっしゃったような解決策を提示する一方で挺対協のアジア女性基金に対する歪んだ姿勢や、事実主張の誤りを国際社会に説得していけば、間接的な形ではありますが、強制性に関する日本の主張を理解してもらえるのではないでしょうか。
メディア発信を強化
黒田 慰安婦問題で新たな外交決着案を考えることに、日本の世論が「またか」と懸念するのはこれまでの経緯からすると当然だと思います。ただ今後、さらに問題が蒸し返されて第四次、第五次決着という事態になっても仕方がないと思う。外交は相手があることですから。韓国は実にやっかいな相手ですが。
武藤 これまでとの違いを明確にしたうえで決着させることが大切です。第一次、第二次は韓国政府から言われてやったという側面があった。しかし、挺対協には多くの事実認識の誤りがあり、第二次決着も妨害した。そのことを日韓双方で確認したうえであれば、第一次、第二次とは質的に違う決着が可能ではないでしょうか。
ここまで日韓関係が悪化した以上、いったん関係を見つめ直して新たな次元のものにしていくべきです。この本の趣旨もそこにあります。日本が言うべきことは言い、韓国にもすべて自分が正しいと考える姿勢を改めていただく。いまのままでは対立は収まらないし、日本としても納得できません。
彼らには自分たちの主張が国際社会では評価されていないと悟ってもらうことが大切です。だからこそ、挺対協の誤りを各国に理解してもらう努力が必要になってくる。今度の安倍総理のワシントンでの上下両院合同会議の演説は、韓国が要求していた慰安婦問題での謝罪はなかったのに、おおむね好意的に評価されていますね。
黒田 ええ。韓国マスコミは批判の声ばかり伝えてましたが。
武藤 中国でさえ、韓国のような大々的な批判は避けている。韓国は慰安婦問題で、朴槿惠大統領を先頭にいわゆる「告げ口外交」をあちこちでやって、各国を自分の味方に引きずり込むことで日本に圧力をかけようとしてきました。しかし、それが効果を上げていないことが分かれば、自らも姿勢を見直すでしょう。
黒田 日本側の主張が韓国でなぜまったく理解されてこなかったのか。私は以前から、日本政府や外務省のアピールや取り組みが不十分だと思っていました。韓国を刺激してはいけないという事なかれ主義に日本の過去の対韓外交は縛られていた。
武藤 外務省も日本の立場を主張してきました。しかし、韓国は自分たちよりの発言をする、いわゆる「良心的日本人」の言うことを取り上げ、一方的に日本は誤っているとの論理を作り上げますから、馬耳東風なのです。
黒田 しかし、その日本の事なかれ外交もすでに過去のものになったと思います。一つは民主党政権が政治主導を言い出して、外務省から外交の主導権を奪ったうえで、財務大臣だった安住淳氏が「対韓制裁」という言葉を使いました。日本の政府高官が韓国に「制裁」という言葉を使ったのは歴史的に初めてですよ。
そして現在の安倍政権になって、対外発信に予算を随分とつけるようになった。韓国メディアでは最近、日本が対米世論工作やロビー外交に力を入れていて、韓国の脅威になっているという報道が目立ちます。俺たちも負けずにやるべきだというんですね。
ですから、政治の姿勢は明確に変わった。官も、武藤大使の時代から、韓国のメディアに対して言うべきことは言うようになったのも確かですしね。
武藤 ええ、報道内容に事実関係の誤りがあれば、きちんと指摘するよう取り組んできました。ただ、訂正記事が載ることはなかった。反論を載せろといっても応じなかった。そこで大使館のホームページに載せたりはしました。ただ、論評記事は言論や報道の自由の範疇ですからコメントはしませんでした。
メディアに抗議しても直接的な効果はあまりなかったのかも知れません。ただ、うるさいなとは思われたでしょう。それが報道の自制を促すよう今後も強化していくべきです。メディアだけではなく、有識者に対してもいろいろと言い講演でも言いましたが、「大使は全て韓国が悪いと言うのか」という反発が返ってくるだけでした。
黒田 分かります(笑い)。今回の安倍首相のアメリカ議会上下両院合同会議での演説も、早く韓国語にして韓国社会に発信すべきではないでしょうか。英語と日本語はあっても韓国語がない。それから昨年政府が公表した河野談話の作成経緯の検証報告書も韓国語で発信していただきたい。報告書を韓国の普通の人が読めば「日本も一生懸命やってきたんだ」と分かるはずです。
武藤 非常に重要な指摘ですね。外務省に言っておきます。ホームページに載せてもいい。
黒田 河野談話の検証報告書には、61人がアジア女性基金の償い金を受け取ったことも掲載されていますしね。これは韓国人にはぜひ知らせるべきです。
武藤 その点がもっと大きく報道されれば良かったと思います。
意図的な「日本隠し」こそ歴史歪曲
黒田 大使がこの本で強調されている一つが、国交正常化以降、日本が韓国に対して行った協力が韓国ではまったく知られていないという問題です。
武藤 黒田さんの本を少しクオートさせていただきました(笑い)。
黒田 その点は昔から大使と意見が一致しています。彼らが知らないふりをするなら、日本がアピールして韓国民に知らせるしかない。日韓の国交正常化50年は、先日のオバマ大統領ではありませんが「お互いさま」の歴史であり、韓国にとってもプラスがあった。その事実が韓国社会に知られていたら、日本は非情な国で過去をまったく償ってないという誤解や反日感情は生まれなかったかもしれません。
武藤 私は1975年に韓国に行き、韓国語研修のあと大使館で経済協力を担当しました。当時、日本は請求権・経済協力協定に基づくもの以外にも、毎年の定期閣僚会議を通じて新たな経済協力を実施していました。しかし、他の国々の協力は報道されましたが、日本の協力は報道されませんでした。あってもベタ記事程度。
私は、国務総理や外交通商部長官らに大使離任の挨拶をしたときに、こう言って回りました。「私はなにも韓国に感謝しろと言うつもりはない。ただ日韓関係を改善させたいなら、日本が韓国に対して誠意をもって向き合ってきたことを韓国の人々に知らしむべきではないか。それは韓国の国民感情を和らげ、対日外交をやりやすくするはずだ」。みな嫌な顔をしていましたね。
黒田 このほど外務省のホームページで、戦後の日本のアジア各国への協力がアジアの発展に寄与したことを説明する「戦後国際社会の国づくり:信頼のおけるパートナーとしての日本」という約2分間の広報動画を、韓国語を含む10カ国語で流し始めたところ、すぐ朝鮮日報が「新たな歴史歪曲だ」と1ページもの特集を組んで非難キャンペーンをしました。さきほど日本の経済協力が「知られていない」と言いましたが、実態は「日本隠し」です。韓国は意図的に隠してきた。日本の支援・協力を否定することこそ歴史歪曲ですよ。
そのことが分かるのが、教科書の記述です。約10種類の高校の近・現代歴史教科書のうち、日本の経済協力に触れているのは1点のみ。それも1行です。しかも保守派の教科書だとしてバッシングされ、採択したのは全国約2400校のうち僅か3校です。
しかし実は、ある種の過去の償いの象徴である日韓国交正常化時の対日請求権資金、無償借款3億ドル、有償借款2億ドルの対韓経済協力資金はどのように使われたのか。韓国政府が1976年にまとめた「対日請求権資金白書」という500ページを超す報告書に克明に書かれています。釜山―ソウル高速道路や浦項製鉄所はもちろん、あらゆるインフラ建設に使われ、しかも個人補償にまで使われたことが記録されている。
この白書はぜひ復刻されるべきだと言って回っていたら、ソウルの日本人会(SJC)が複製してくれました。韓国語ですし、是非韓国人に読んでほしい。
武藤 そうした事実を公にできないことが、韓国の問題でしょう。自分たちの考える正しさに沿ったものしか受け入れられない。結局、韓国の人たちに日本がらみの事柄を客観的に知ってもらうためには、当面は国際社会を絡ませることが有効でしょう。最初は反発するでしょうが、いずれ自分たちの主張は「大丈夫かな」という意識が出てくる。そこが出発点だと思います。
黒田 日本の支援・協力が韓国の現在の発展につながったというのは韓国を除く世界中の常識なんですがね。
武藤 そのためにも日本は感情的なことを言わずに冷静に対応して、韓国の側に問題があると国際社会に理解してもらうべきです。
黒田 アメリカに言ってもらうのがいちばんいい。
武藤 シャーマン国務次官が今年2月、歴史問題をめぐる日本と中韓の対立で、「指導者が旧敵国を非難することで国民の歓心を買うのは簡単だが、そのような挑発は機能停止を招くだけだ」と発言したことに韓国は大きく反発したのは相当に気にしていることの表れです。
黒田 アメリカ当局者も、日本を歴史問題で攻撃して日米韓の関係を揺るがす韓国の姿勢にうんざりしているんですよ。“Korea Fatigue”という言葉があるくらいでね、韓国疲労症。
竹島を世界自然遺産に
黒田 竹島問題は近年になって、韓国人の愛国のシンボルとして激しくなったと私は理解しています。大使もこの本で、その転換点は盧武鉉大統領時代だったと指摘されています。それより前に金泳三政権が竹島に埠頭を造った(1995年12月建設着手)ことも転換点の一つだったと思います。この大きな現状変更に、当時の外務省をはじめ日本は韓国に遠慮があったのか対応が十分でなかった。その後、韓国はやり放題になりましたからね。
武藤 外務省として相当抗議をしましたが、現実として建設を止められなかった。
黒田 あの頃、民主化をきっかけにそれまでの日韓関係を支えてきた古くからの知日派が後退し、日韓双方がお互いを忖度しながら交渉するということがなくなったことも影響した。
武藤 そうですね、通常の外交ルートでの交渉しかできなくなりました。これが普通の国家同士の外交であればいいけれども、日韓のように山積する課題を抱えている関係では普通の国同士の交渉でうまくいくのか。
黒田 埠頭の建設は上陸や往来を容易にするということです。そして盧武鉉政権時代に民間人の往来が現実に自由化された。それまではなかなか行けなかったのが、観光地化され、いまや年間20万人以上が上陸しています。一日500人ですよ。盧武鉉政権時代に竹島問題は一気に大衆化、国民化したのです。
武藤 盧大統領は「過去の不当な歴史で取得し、侵略戦争で確保した占有地に対する権利を主張する(日本の)人々がいる」と言って歴史問題にしたのです。
黒田 日本は、かつて奪った島を再び奪おうとしていると曲解され、竹島への関心が一気に広がった。その背景にも韓国社会の変化があったと思います。盧大統領は戦後生まれで、解放後世代が初めて中心になった政権でした。過去の体験がない彼らは日本に侵略されたとか“独立戦争”を戦ったとか、そんな教えられた知識だけであの時代を見ています。その彼らの対日イメージが「独島は日帝侵略によって奪われ、再び奪われようとしている」という図式にぴったりと合致した。そこから竹島が対日ナショナリズムのシンボルとして局部拡大された。
武藤 そのとおりです。日本にも「日本が軍国主義化している」「右傾化している」などと非現実的なことを言う人々がいて拍車をかけた。
黒田 今や竹島は宗教化していますよ。国民宗教としての「独島教」ですね。日本の言い分などまったく聞こうとしません。
武藤 日本が何をやってもけしからんという反応が返ってくる。領土問題としてみると、「竹島の日」を制定したり教科書に記述したりという日本の取り組みなど穏健なものですよ。中国が尖閣諸島、あるいは南シナ海で何をやっているか見てほしい。それでも韓国が反発するのは、歴史問題になっているからです。
私は、竹島問題が将来解決に向かうためには、幾つかの要素が必要だと思っています。一つは、韓国に日本は重要な国だと再認識してもらうこと。この問題で激しく日本と対立するのは韓国の国益に反すると悟らせること。二点目は、歴史問題から領土問題に戻すことです。ここでも慰安婦問題が鍵になると思います。慰安婦問題をきっかけに韓国の人たちに歴史問題で自分たちの考えがすべて正しいわけではなかったと認識をあらためてもらう。そのことが竹島問題にもよい影響を与えると思います。
黒田 かつて朝日新聞の論説主幹が日韓友情の島として竹島を韓国に譲れと書いて批判されました。韓国は大喜びでしたが、友情の島といいたいなら日韓共同でユネスコの世界自然遺産として登録すればいい。自然遺産になると、韓国がつくった施設は自然環境保護のため全部撤去しないといけませんからね。あの島は「まず自然に返せ」ですよ。
武藤 おもしろいアイデアですね。
黒田 あの小さな島は、韓国の各種施設で満身創痍ですが、不思議なことに韓国では自然保護地域なんですよね。
大人同士の関係構築に向けて
黒田 嫌韓・反韓感情が高まっている日本では、韓国が何を言っても放っておけという雰囲気が支配的です。付き合うメリットはないと考える国交断絶論者も珍しくない。ここで改めて日韓関係が大切である理由を考える必要があるでしょう。その一つが中国問題ではないかと思うんです。これまで日米の側にいた韓国が、中国との距離を縮めている。このまま中国の側に追いやらないよう、日米の側にとどめることが必要だという機運が生まれたら、日韓関係の改善につながるかもしれません。
そこで大使にうかがいたいのですが、韓国が中国の側につく、たとえば米韓同盟を手直し、後退させたり、中国に軍事的に依存したり、といったことはあり得るのでしょうか。韓国人に聞くと、米中の間でバランスを取ろうとしているにすぎず、「そんなことはあり得ない」と言います。一方、日本では昔のイメージで、韓国が華夷秩序にまたも組み込まれようとしている、新たな朝貢外交の始まりだとしきりに言われています。
武藤 日本もアメリカも、韓国がごねると折れてなだめてきた。韓国はそれが当たり前になっていて、中国を怒らせるよりも、「アメリカさん、日本さん、すこしだけ我慢してくださいよ」という状況でしょう。
ただ、朴槿惠大統領は明らかに中国に寄り過ぎています。本にも書きましたが、就任前の彼女の頭の中は中国で埋め尽くされていた。彼女を大統領にするための準備組織にいた人はそう言っていましたね。
中国の現在の存在感を考えると重視するのも分からないではない。いまや韓国の最大の貿易相手で、北朝鮮に向き合う上でも重要な存在です。しかしこれまで、北朝鮮との関係で韓国を助けてきたのはアメリカと日本です。中国が東シナ海に一方的に設定した防空識別圏でも韓国のことは無視でしたでしょう。中国と仲良くすれば、結局は取り込まれます。
そのことを理解していれば、中国の側につくことはないと思いますが、韓国の人たちが希望的観測を抱きがちであることは気になります。すべて自分たちが正しいと考えるのもその傾向のためだと思いますが、国際情勢評価を間違えるとたいへんなことになります。
黒田 日本には執拗なのに中国とは歴史の清算をしなくても平気でいるのも不思議ですよ。韓国が中国に対し朝鮮戦争介入について謝罪や反省をしろと要求したことなどありません。
武藤 中国に対しては面と向かって言えない。
黒田 韓国はとにかく日本が絡む問題になると国際的常識に合わない行動を取る。日本大使館前の慰安婦像問題にしても、アメリカ大使館前に不法な反米記念像ができたら韓国当局が放置することはあり得ないでしょう。
武藤 そうですね。
黒田 なぜそうなのか。批判すると必ず韓国の外交当事者や政治家は「わが国には特殊な事情がある」と言う。日本に対する厳しい国民感情があるからだ、と。韓国には《国民情緒法》という、憲法より上位の特殊な法律があると自嘲気味に語る人もいます。
武藤 憲法裁判所の慰安婦判決がそうでしょう。
黒田 実際の法体系ではあり得ない判決が、国民感情に沿って出される。その根拠が《国民情緒法》だというわけですね。NGO国家化した韓国内で日本だけ適用される《法律》ですが、なぜ日本にはそれが通用するのか。結局、これまで韓国の無理難題に日本が応じてきたからでしょう。
しかし、民主党政権末期から安倍政権になって、日本はもう無理難題を受け入れなくなりました。私は、これは長期的にみると日韓関係正常化には必要なことで、《国民情緒法》も効果がないという経験が積み重なれば、撤回されるかもしれないと思っています。
武藤 安倍首相が4月のバンドン会議やアメリカ議会での演説で謝罪しなかったのも、これ以上韓国の言いなりにはならないという姿勢の表れだと思います。
私は1975年に韓国に初めて赴任して以来、韓国が強くなれば日韓関係は成熟するだろうと期待してきました。韓国は経済先進国となりましたが、「相変わらず」です。いい加減に大人になってもらわないと日韓関係は改善しません。事実は事実として受け止めて、大人同士の関係を築いてほしい。この本には、そんな希望を込めています。嫌韓で書いたわけではない。
日本が韓国をけしからんと考えるのも仕方がない面があります。しかし、感情的に行き過ぎた発言やヘイトスピーチの類いは控えたい。韓国の国民レベルでは反日感情はほとんどありません。韓国に対して倫理的に優位に立つ。そして慰安婦問題など懸案事項は国際社会を味方につける。この姿勢が対韓国では大切だと思います。
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むとう・まさとし 昭和23(1948)年、東京都生まれ。横浜国立大学卒業後、外務省入省。韓国語研修の後、駐大韓民国日本国大使館勤務。参事官、公使を歴任。前後してアジア局北東アジア課長、駐オーストラリア日本大使館公使、駐ホノルル総領事、駐クウェート特命全権大使などを務めた後、2010年、駐大韓民国特命全権大使に就任。2012年退任。
くろだ・かつひろ 昭和16(1941)年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信社に入社後、韓国延世大学校に留学。ソウル支局長などをへて平成元年から産経新聞ソウル支局長を務める。日韓関係の報道でボーン・上田賞、日本記者クラブ賞、菊池寛賞を受賞。著書に『韓国人の歴史観』『・日本離れ・できない韓国』『韓国 反日感情の正体』など。
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