● 連合国軍最高司令官総司令部/GHQ〔Wikipedia〕
連合国軍最高司令官総司令部は、ポツダム宣言の執行のために日本に設置された連合国の機関である。1945年(昭和20年)8月14日に、連合国軍の1国であるアメリカ陸軍の太平洋陸軍[4]総司令官・ダグラス・マッカーサー元帥が連合国軍最高司令官 (SCAP) に就任し、同年10月2日、総司令部が東京に設置された。同年9月には、占領下に置かれた日本を管理する為の最高政策機関として、イギリス、アメリカ、中華民国、ソビエト連邦、カナダ、イギリス領インド、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、オランダ、アメリカ領フィリピンの11カ国(後にビルマとパキスタンが加わる)で構成された「極東委員会」が設けられ、連合国軍最高司令官総司令部は、極東委員会で決定された政策を遂行する機関という位置づけになった。
+ 引用
3/3 三宅博(日本維新の会) GHQのプレスコードの存在とテレビ報道について


【プレスコード】
1 SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
2 極東国際軍事裁判批判
3 GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
4 検閲制度への言及
5 アメリカ合衆国への批判
6 ロシア(ソ連邦)への批判
7 英国への批判
8 朝鮮人への批判
9 中国への批判
10 その他の連合国への批判
11 連合国一般への批判(国を特定しなくとも)
12 満州における日本人取り扱いについての批判
13 連合国の戦前の政策に対する批判
14 第三次世界大戦への言及
15 冷戦に関する言及
16 戦争擁護の宣伝
17 神国日本の宣伝
18 軍国主義の宣伝
19 ナショナリズムの宣伝
20 大東亜共栄圏の宣伝
21 その他の宣伝
22 戦争犯罪人の正当化および擁護
23 占領軍兵士と日本女性との交渉
24 闇市の状況
25 占領軍軍隊に対する批判
26 飢餓の誇張
27 暴力と不穏の行動の煽動
28 虚偽の報道
29 GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及
30 解禁されていない報道の公表
☆● ☆ GHQ焚書 「歴史逍遥『しばやんの日々』」より




プランゲ文庫とは

 アメリカのメリーランド大学図書館に、第二次世界大戦後1945年から1949年までに日本で出版された印刷物のコレクションである『プランゲ文庫』がある。このコレクションは連合国軍占領下の日本で民間検閲支隊によって検閲目的で集められた出版物なのだが、マイクロフィルム化・デジタル化が進められ、事前予約により誰でも閲覧が出来るという。


 明星大学の勝岡寛次氏はこのプランゲ文庫を5年間にわたり調査され、平成十七年(1995年)に『抹殺された大東亜戦争~~米軍占領下の検閲が歪めたもの』という本に纏めておられる。この本の扉には、当時の検閲官が手書きで修正したり文章の抹消を命じている原稿の画像が紹介されており、本文においても検閲によって削除された文章が網掛けで表示されているので、これを読むとGHQが戦後の日本人にどのような歴史を封印し、どのような歴史を押し付けようとしたかが見えてくる。

(※mono....以下長文詳細はサイト記事で)

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☆ GHQ焚書



■ 『われは海の子』--終戦後、GHQの指導で文部省唱歌から追放された、7番の歌詞 「来栖宥子★午後のアダージォ(2017.7.17)」より
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(※mono....前半略、詳細はブログ記事で)

 ▼歌碑には、3番までの歌詞が刻まれている。海辺に生まれ、たくましく育つ少年が主人公である。実は歌詞はまだ続く。少年はやがて鍛え抜いた体を持つ青年となり、大海原にこぎ出していく。終戦後、GHQの指導で文部省唱歌から追放されたのは、7番の歌詞が原因だった。
 ▼♪いで大船を乗り出して われは拾わん海の富 いで軍艦に乗組みて われは護らん海の国。この部分が、軍国主義を想起させるというのだ。昭和33年から再び教科書に載るようになったものの、3番までしか歌われなくなった。久しぶりに全曲を聴いてみた。やはり海洋国家、日本にふさわしい名曲である。
 ▼日本近辺の海底には、豊富な資源が眠っていることがわかってきている。尖閣諸島周辺での領海侵犯を常態化させている中国の公船は、九州北部海域の領海にまで侵入を始めた。海の富、海の国を守る覚悟をいよいよ固める時である。今日の「海の日」、「われは海の子」を7番まですべて歌う日としたい。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です *リンクは来栖
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『われは海の子』
 作詞 宮原晃一郎
 作曲 不   詳
1.我は海の子 白浪の 騒ぐ磯辺の 松原に 煙たなびく 苫屋こそ 我が懐かしき 住家なれ
2.生れて潮(しお)に 浴み(ゆあみ)して 浪を子守の 歌と聞き 千里寄せくる 海の気(き)を 吸いて童と なりにけり
3.高く鼻つく 磯の香(か)に 不断の花の 香りあり 渚の松に 吹く風を いみじき楽(がく)と 我は聞く

  -戦後教科書から消えた歌詞-

4.丈余(じょうよ)の櫓櫂(ろかい) 操(あやつ)りて 行手(ゆくて)定めぬ 浪(なみ)まくら 百尋千尋(ももひろちひろ) 海の底 遊びなれたる 庭広し       
5.幾年(いくとせ)此處(ここ)に 鍛へたる 鉄より堅(かた)き 腕(かいな)あり 吹く塩風に 黒みたる 肌は赤銅(しゃくどう) さながらに
6.浪にただよう 氷山も 来(きた)らば来(きた)れ 恐れんや 海まき上(あ)ぐる たつまきも 起(おこ)らば起(おこ)れ 驚(おどろ)かじ
7.いで大船(おおぶね)を 乗り出して 我は拾わん 海の富(とみ) いで軍艦(ぐんかん)に 乗組みて 我は護(まも)らん 海の国


■ GHQプレスコードは米兵強姦事件隠蔽のためだった 「失われた日本史  にきみたまの道(2016.10.28)」より
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水間政憲が書いた「ひと目でわかる慰安婦問題の真実」という本は、韓国が提起するでっち上げの慰安婦問題に係わる反論本である。
以下のサイトにて、資料引用頁が読める。
水間政憲 著『ひと目でわかる慰安婦問題の真実』について
http://dwellerinkashiwa.net/?p=1128
実は、この本、アメリカの進駐軍が上陸直後、日本人女性に対する強姦事件等が多発していたとする史料が載っている。

(※mono....資料文書大幅に略、詳細はブログ記事で)
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内務省資料によると、件数的には、8月30日から9月10日の12日間で、強姦96件、警察(への暴力?)77件、一般人(への不法行為?)424件が記録されている。
要するに、米兵は、その辺の山賊の類と変わりなかったのである。
実は、私の父、当時徴兵され横須賀におり、これら不法行為を働く米兵と素手で喧嘩し、投げ飛ばしたそうである。若い頃の武勇伝として何度も聞かされた。
相手は、黒人だったそうだ。
従って、水間政憲がこの本で書いていることを体験的に知る人は多いと思うのだ。
また、私の郷里では進駐軍に接収された施設が、見る影もなくガラクタ同然にされたとの記録がある。
沖縄米軍基地反対運動はやり過ぎな面はあるが、これまで警察が野放しにしてきたのも上陸直後の米兵の素行の悪さを知っているからなのであろう。だが、進駐軍が上陸直後にやった不法行為は、決して許されるものではない。
まして、GHQ「プレスコード」がこの種の不法行為の隠蔽工作のために最初に機能したことを知れば、GHQの存在は日本にとって悪夢としか言いようがない。
アメリカ人、そして米兵として日本に上陸した者たちは人として恥ずべきことをしたと自覚すべきだと思う。
ヒラリー・クリントンは、慰安婦問題について対日批判論者であるようだが、米軍こそが、非難されるべき対象であることに気づいているのであろうか?
また、講演等で、日本軍が悪いなどと発言した、(元米兵)ドナルド・キーンも同様である。日本人なら米兵の悪行について批判して当然だろう。
http://blog.goo.ne.jp/mannizawa/m/201403/1
ドナルド・キーン氏の、戦勝国としてのアメリカの欺瞞や戦争犯罪など
50年経てばもう時効だろうという文言を読んだことがあるが、今現在
アメリカの政策は続いているので、時効はあり得ない。
三島由紀夫研究などなさっている方であろうに、浅薄なことをいう人がいるものだ。
沖縄慰霊の日…ドナルド・キーン氏に聞く
http://blogs.yahoo.co.jp/alfmom29/36707334.html
こういう経緯を調べれば調べるほど、アメリカが押し付けたとされる、日本国憲法は表現の自由は保障されているが、GHQがマッカーサーの指示で米兵の強姦事件等を隠蔽したことを知るならば、マッカーサーは日本史上最低の統治者という評価にならざるを得ない。


■ GHQは東京裁判、日本国憲法によって日本国に「呪い」をかけたのではないか? 「美しい国への旅立ち(2015.12.12)」より
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GHQ日本占領による数々の「民主化」施策を評価している学者がいることを知っているが、GHQによる占領初期の露骨なイベント日付設定から判断すると、日本は二度と立ちあがれないように、「呪い」をかけられたととれる。

以下、かけられたとみられる、「呪い」?なるものの手口と思われるものを列挙する。

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●第一次戦犯指定・逮捕命令日:1945年9月11日
https://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF
私は、日本における暦の中で、9月11日、3月11日は特別な意味があるのではないかと思う。
アメリカの9・11事案と関連づけて、日本の3・11事案が仕掛けられたとの言説があるが、当時の民主党政権の裏切り?に対する報復措置?菅首相が東電を恫喝したのは、その代理人としての行為かもしれない。

●A級戦犯の被告人名簿公表日:1946年4月29日(昭和天皇誕生日は4月29日)
A級戦犯に昭和天皇が入っていないが、本らは実質的に戦犯であると暗示?
昭和天皇に対し、呪いの始まりを通告?

(※mono.--以下略、詳細はブログ記事で){
}

■ 今も生きているGHQの呪縛 - 【日本洗脳 工作の真実 WGIPの全貌に迫る】米軍の批判記事がGHQの逆鱗に触れ、朝日新聞の論調が一変 「浮世風呂(2015.6.17)」より
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 文芸評論家の江藤淳氏は『閉ざされた言語空間』(文藝春秋)で、占領軍検閲によって戦後の日本人は自分の生きた目をえぐり取られて「占領軍の目」という義眼をはめ込まれたと指摘している。この義眼が戦後70年たった今もなお、日本のジャーナリズム、言論界、教育界を動かし、「慰安婦」と「南京虐殺」をめぐる対日非難の国際的包囲網の中で、日本国民と日本政府をおびえさせている。

 戦後の朝日新聞の変節が、見事にそのことを示している。

 終戦の日、1945(昭和20)年8月15日の朝日新聞は「玉砂利握りしめつつ宮殿を拝しただ涙」(一記者謹記)と題する記事で、天皇を「大君」「聖上」と表現し、「英霊よ許せ」「天皇陛下に申し訳ありません」と強調した。

 翌日も「一記者謹記」として、皇居前広場の光景をこう伝えた。

 「広場の柵をつかまえ泣き叫んでいる少女があった。日本人である。みんな日本人である。…大御心を奉戴し、苦難の生活に突進せんとする民草の声である。日本民族は敗れはしなかった」

 朝日新聞の論調が一変したのは、米国の原爆投下は「国際法違反、戦争犯罪である」と批判した鳩山一郎氏(=後の首相)の談話(同年9月15日)と、米兵の犯罪を批判した解説記事(同17日)が、GHQ(連合国軍総司令部)の逆鱗に触れて、発行停止処分を受けたからである。

 GHQはすぐ、「連合国や連合国軍への批判」「ナショナリズムの宣伝」など、30項目の禁止事項を厳格に列記した「プレス・コード」を通達し、露骨な言論統制を始めた。その背景には、日本人に戦争についての罪悪感を植えつけるための情報宣伝計画「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)があった。

(※mono.--以下略、詳細はブログ記事で)


■ 「ノーマンは共産主義者」英断定 GHQ幹部 MI5、35年の留学時 「産経ニュース(2014.7.27)」より
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 カナダの外交官でGHQ(連合国軍総司令部)幹部だったハーバート・ノーマンが英ケンブリッジ大に留学していた1935年、英MI5(情報局保安部)がノーマンを共産主義者だと断定し、第二次大戦後の51年にカナダ政府に通報していたことが26日、英国立公文書館所蔵の秘密文書で明らかになった。ノーマンは50年代にソ連のスパイ疑惑が持ち上がったが、MI5が既に戦前から共産主義者と断定していたことで、ノーマンが関わり、左翼的傾向が強かった初期のGHQの日本占領政策の再検証が求められそうだ。(編集委員 岡部伸)
+ 続き

 ノーマンはカナダ人宣教師の息子として長野県軽井沢町に生まれ、日本語も堪能で、GHQ内で強い発言力を持っていた。

 秘密文書「ノーマン・ファイル」(分類番号KV2/3261)は、英国内のスパイ摘発や国家機密漏洩(ろうえい)阻止などの防諜を担うMI5などの文書のうち、「共産主義者とその共感者」と名付けられたカテゴリーに含められていた。

 MI5のガイ・リッデル副長官がカナダ連邦騎馬警察(RCMP)のニコルソン長官にあてた51年10月9日付の書簡では、33~35年にノーマンがケンブリッジ大学に留学中の共産主義活動に言及。「インド学生秘密共産主義グループを代表してインド人学生の共産主義への勧誘の責任者を務めていたノーマンが35年にイギリス共産党に深く関係していたことは疑いようがない」と記されている。この時期のノーマンは、33年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学して急進的な雰囲気に染まり、社会主義者クラブに参加していたことが知られている。

 文書によると、MI5の断定の根拠となったのは、インド国外のインド人を監視するインドの情報機関「IPI」の調査だった。同機関は35年4月、卒業直前のノーマンがインド人学生を共産主義グループに勧誘する責任者を務めたことが断定できる複数の証拠や証言を入手し、MI5に提供。MI5は同年7月、ノーマンを共産主義者と見なしたが、この事実はカナダや米国政府には伏せられた。

 ところが、50年に米上院でノーマンがソ連のスパイだという疑惑が浮上。さらに51年5月には、ノーマンと同じケンブリッジ大トリニティ・カレッジを同じころに卒業した英外務省高官のバージェンスとマクリーンが失踪し、同大在学中に共産主義に傾倒した5人によるソ連のスパイ網「ケンブリッジ5」の疑惑が浮上。MI5は、ノーマンはそこにつながる「ケンブリッジ・リング」の1人だという疑いを強め、51年10月に急遽(きゅうきょ)、RCMPに通報した。

 カナダ外務省は50年10月24日に同省高官だったノーマンを尋問したが、ノーマンは「共産党員だったことはなかった」と答え、その後も否定を繰り返した。

 作家の工藤美代子氏は「世界有数の情報機関、MI5がケンブリッジ時代のノーマンを共産主義者と判断してカナダ政府に情報提供していた意義は大きい。冷戦時代に『赤狩り』といわれて不当な弾圧として非難されたマッカーシー上院議員の主張は、一般論としては正しかったことが裏付けられる」と語っている。

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★ 天皇制批判、政治犯利用、自虐史観の基 GHQ幹部のノーマン マルクス主義色の「民主化」 「産経ニュース(2014.7.27)」より
(※ ニュース記事全文転記、太字・赤字はmonosepia)
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 英国MI5(情報局保安部)が共産主義者と断定していたカナダの外交官、ハーバート・ノーマンは、GHQ(連合国軍総司令部)で日本の占領政策に関わり、有数の日本専門家としての発言力を背景にマルクス主義色の濃い「民主化」を進めた。(編集委員 岡部伸)


 GHQ対敵諜報部調査分析課長として、ノーマンが以前勤務していた日本に戻ってきたのは1945(昭和20)年9月。ハーバード大時代に親交があった都留重人(後の一橋大学長)と、マルクス主義の憲法学者、鈴木安蔵を訪ね、「今こそ日本の民主化のために憲法改正を実践に移す好機だ」と憲法草案作成を働きかけた。


 治安維持法適用第1号の京都学連事件で検挙された鈴木は、ノーマンの助言を受け、天皇制廃止を主張していた元東大教授の高野岩三郎と憲法研究会を結成同年12月26日に政府の改正草案より1カ月早く憲法草案要綱を発表。この草案を参考にGHQが最終草案を作った

 その過程で、ノーマンは「君たちの憲法草案も(天皇制を廃した)共和制ではないが、どういうわけだ」と質問。鈴木が「今の状態で国民的合意を得ることがむずかしい」と答えたところ、ノーマンは「今こそチャンスなのに、またしても天皇が存在する改革案なのか」と反論したという。

 日本人の自発意思により作成した「民主的」とされる憲法草案も、ノーマンの工作で生まれたものだったということになる。ノーマンが重視したのは、1条の「天皇は、日本国の象徴であり(中略)この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」の部分で、「国民の総意」を口実に天皇制を廃止できるようにしたといわれる。


 また同年10月5日、府中刑務所を訪問し、志賀義雄と徳田球一ら共産党の政治犯にGHQ指令での釈放を伝えた。そして同7日と9日、志賀と徳田らを尋問し、占領軍に反対する人名と背景を聞き出した。彼らの情報を占領政策に利用しようとしたという。

 民政局(GS)次長のケーディスが中心となって実施した公職追放でもノーマンが右腕として関わる。同年10月4日の指令で、内務大臣、警察幹部、特高警察の罷免を指示。さらに政治家、官吏、教員から地方政界、財界、言論界まで20万人以上の日本人を公職から追放。対象者の人選はケーディスが核となり、ノーマンが協力したといわれる。追放によって、教育界や言論界で共産主義シンパや左派伸長の遠因となった。


 さらにノーマンは、「戦犯容疑者」の調査を担当。GHQから委託されて近衛文麿と木戸幸一をA級戦犯に指名し、起訴するために意見書をまとめた。

 ノーマンは木戸と姻戚関係にあった都留から情報を得て、同年11月5日と8日に「戦争責任に関する覚書」を作成してGHQに提出するが、「彼が戦争犯罪人にあたるとの強い印象をもった」と近衛への筆鋒(ひっぽう)は鋭かった。同年10月にマッカーサーから新憲法起草を指示され、戦犯指名されないとみられていた近衛に「A級戦犯」として逮捕令状が出されたのは12月6日。近衛は出頭期日の12月16日に命を絶った。ノーマンが近衛を戦犯指名するよう工作したといわれる。


 また、ノーマンがハーバード大学の博士論文として執筆した著書「日本における近代国家の成立」は、GHQが日本理解のバイブルとして利用したとされる。戦前の日本を人民の生活と諸権利を犠牲にし、封建的要素を濃く残した、いびつな近代社会と指弾するものだった。日本共産党の講座派マルクス主義理論に依拠する歴史観は、制裁的な占領政策を推進するニューディーラー(ルーズベルト大統領のニューディール政策支持者)たちに大きな影響を与え、戦後の日本に自虐史観を根付かせる要因となった。=文中敬称略 









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最終更新:2020年01月10日 21:01