● 通州事件〔Wikipedia〕
通州事件(つうしゅうじけん)とは、1937年(昭和12年)7月29日に中国の通州において冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が日本軍部隊・特務機関及び日本人居留民を襲撃し、大量虐殺した事件。日本軍は壊滅し、日本人居留民の385名のうち223名が虐殺され、女性はほとんど強姦されて殺害され、殺害方法も猟奇的なものがおおかった[1]。また朝鮮人慰安婦も殺害されている。
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@zhangsan999 性器、耳と鼻を切った。 通州区と日本人の済南事件、イベント使用一致男性日本死体のペニスを切断


■ ユネスコ記憶遺産に「通州事件」と「慰安婦と日本軍規律に関する文書」を登録申請!複数国の民間団体 「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現(2016.6.5)」より
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日本政府が仕事しないため、日本と外国の民間団体が「通州事件」と「慰安婦と日本軍規律に関する文書」の資料をユネスコ記憶遺産に登録申請!

http://www.sankei.com/life/news/160603/lif1606030029-n1.html
「通州事件」日本などの民間団体がユネスコ記憶遺産に登録申請
2016.6.3 19:57更新、産経新聞

 反日活動の阻止を目指す「なでしこアクション」(山本優美子代表)など民間団体は3日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)記憶遺産への2017年の登録を目指し、「慰安婦と日本軍規律に関する文書」と、日中戦争の発端となった盧溝橋事件直後に200人以上の日本人が中国側に殺害された「通州事件」の資料などを期限までに申請したと発表した。

 「慰安婦」資料は日米の公文書など。日本枠2件は選定済みだが、複数国の共同申請は枠外でできるため米国在住日本人・日系人団体となでしこなどで申請。通州事件は「20世紀中国大陸における政治暴力の記録」として「通州事件アーカイブズ設立基金」(藤岡信勝代表)がチベット亡命政府前議員と共同申請。「慰安婦は性奴隷という誤解を解きたい」「政治利用ではなく一次資料を登録したい」などとしている。


Good Job!

「慰安婦と日本軍規律に関する文書」については、確かに多くの一次資料があり、これこそが登録されるべきだ。

また、「通州事件」についても、多くの一次資料があり、登録されなければならない。





 「慰安婦」資料は日米の公文書など。日本枠2件は選定済みだが、複数国の共同申請は枠外でできるため米国在住日本人・日系人団体となでしこなどで申請。


本来なら日本政府が日本枠2件で選定して登録申請するべきだったが、残念ながら日本政府・外務省には支那や韓国などと戦う気概がなく、軋轢を避けてばかりいる。

そこで、今回は、日本枠2件以外の「日本と外国の民間団体が共同申請」という形式での登録申請だ。

産経新聞記事には【「慰安婦」資料は日米の公文書など。】と記載されている。

慰安婦問題について記した米国の公文書としては、米国陸軍が1944年、ビルマ(現ミャンマー)で朝鮮人慰安婦20人を尋問した調書(ナンバー49)が有名だ。

(※mono.--以下略、詳細はブログ記事で)

■ 歴史から消された「通州事件」 「浮世風呂(2013.9.3)」より
(※ 詳細略、ブログ記事で。ブログには写真も掲載されています。)
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通州は、北平(現:北京市)の東約12kmにあった通県(現:北京市通州区北部)の中心都市で、日本人を妻とする殷汝耕が南京政府から離脱して設立した冀東防共自治政府が置かれていた。

また、北京議定書に基づき、欧米列強同様に日本軍が邦人居留民保護の目的で駐留していた。

★逃げのびた通信社の安東利男記者によると比較的治安の良い日本人街だったのに、突然中国人の兵士が小銃や機関銃を連射しながら街に飛び込んで来たそうだ。

記者は割烹旅館「近水楼」の天井裏に逃げ込み惨状を目撃することとなった。
女中四人が中国人兵士に射殺され、死体を凌辱したのを目撃し隠れて居るところを兵士らに見付かり、他に見つかった人達と共に数珠繋ぎで連行され、順番に銃殺されそうになり、崖下に飛び降りて北京まで怪我を負いながら逃げて助かったという。

日本人街は惨状を呈していた。

同じく逃げて助かった浜田巡査の妻は強姦されたあと、連行される途中に逃げて助かった。
しかし、長男は銃剣で刺され死亡、長女に至っては強姦されたあと陰部に手榴弾を突っ込まれ爆死した。

食堂にいた男児は中国兵士に壁に打ち付けられ頭が割れ脳ミソが出ていた。
止めに入った五人の女性も全員銃殺されて断首、テーブルに一列に生首を並べた。

食事処の旭軒では女子店員八人が強姦され、衣服を剥ぎ取り全裸にして並べ、順番に陰部を銃剣で刺して殺害した。

道端では女性の全裸死体が並び、全員の陰部が抉り取られていた。

男性は生きたまま目玉を抉り出され、腹から腸を引っ張り出されて死んだ。

子供は牛の様に鼻や喉に針金を突き通され、車で引き回され、木に吊るされて死んだ。

カフェの女子店員も強姦され、
一人は強姦中の首を絞められ死亡、
一人は強姦の後に長い箸を陰部に突き刺されて死亡、
一人は強姦の後に口に大量の土砂を詰め込まれて窒息死していた。

中国の兵士は事前に日本人の住所をリストアップしており
街の中の日本人宅を狙い撃ちにしている。

これは紛れもなく事実である。

指揮官は、張慶餘と張硯田と宋哲元と判明したが
実行部隊の兵士と首謀者三人は逮捕もされていない。

385名の日本人のうち、223名が殺戮され、幼児12人も殺されていた。

犠牲者には妊婦もおり、腹を裂かれ胎児を引き出され
代わりに土砂が子宮に詰め込まれて母子共に死亡していた例もある。

これ等の野蛮な行為は中国に古来から伝わる中国軍の「作法」だそうな。

日本人は決して忘れてはならない日がある。

昭和12年7月29日を忘れるな。

■ 通州事件~日本人が大虐殺された隠された歴史 「荒んでいく世界(2013.7.29)」より

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■ 通州事件を忘れるな! 「風林火山(2011.9.27)」より
(※ 前後略)
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当時の日本が支那に和平を訴えても、このような支那人による恐ろしい極悪非道のホロコースト(大量殺戮)が日本人に対して行われていたということだ。

しかしながら、日本の敗戦後、戦勝国に都合のよい歴史を押しつけられ、鬼畜・支那人によって何度となく行われた日本人市民に対する極悪非道の残虐な事件は、東京裁判でも却下され、忘れさせられてしまった。

戦勝国は日本を侵略国と定義する為、日本の被害はすべて闇に葬られた。

さらに断じて許せない事は、支那人が日本人市民に対して行ったおぞましい殺戮の証拠写真を、日本人が支那人に対して行った証拠写真として捏造し、日本政府を糾弾する外交カード、そして現在の中国人の反日教育に利用されている。









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