■ 日露首脳会談 対日関係を強化したいプーチン 中露蜜月は見せかけ 「Yahoo!ニュース[WEDGE](2013.4.26)」より

 4月の日露首脳会談に先駆けるかたちで、3月に行われた中露首脳会談。習近平国家主席は初外遊先としてロシアを選び、プーチンも大統領に返り咲いた後、早い段階で中国を訪問した。蜜月にも見える両国関係だが、ロシアは大いに中国を警戒する。日本がロシアと付き合うのに必要な視点、戦略とは何か。

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 「中露関係はかつてないほどの高水準」―。3月下旬、習近平国家主席はロシアを初外遊先に選び、プーチン大統領と会談した。冒頭のフレーズは首脳会談後に公表された共同声明にて繰り返されたもので、中露の蜜月ぶりが対外的に演出された。

 日本の報道はそのプロパガンダを鵜呑みにするものが多いが、中露国境が最終画定され、大規模な合同軍事演習が開始された2005年頃をピークとして、中露協調は頭打ちの状態にある。むしろ、最近では、中露戦略的パートナーシップの内実は複雑化しつつある。

■中露関係は離婚なき便宜的結婚

 中露関係は、ロシアから中国への資源や武器の供与という実利協力と、対米牽制という戦略協調という、2つの要因から成り立っている。しかし、いずれも一筋縄ではない。

 資源協力に関しては、今回の首脳会談でも、天然ガスの輸出価格をめぐって両者とも妥協せず、十余年に及ぶ価格交渉はまとまらなかった。 最新鋭戦闘機スホイ35などの十数年ぶりの大型武器供与も、実は細部調整は難航している。中国によるロシア製兵器のコピー問題や、引き渡す戦闘機の仕様などが固まっていないためだ。それでも、中国側は中露間の軍事協力を派手に宣伝するものの、ロシア側の姿勢は抑制的である。むしろ、クローズアップされたくないのが本音であろう。ここに中露関係の本質が見て取れる。

 他方、対米牽制というモチベーションも、中露間の温度差は開きつつある。尖閣問題で対立する日本が対米関係を強化する動きを牽制するために、中国はロシアとの戦略的連携を利用しようとしている。

 習近平はモスクワの大学における講演で、日中戦争で中国軍がソ連の援軍下で日本と戦ったエピソードを持ち出し、第二次大戦の戦勝国同士の歴史的連帯を呼びかけた。しかし、ロシア側の反応は冷ややかだった。

 今回の共同声明でも、中国側が求めた第二次大戦の歴史認識に関する文言をロシア側が受け入れなかったほか、主権や領土などの「核心的利益」を相互に堅持するという表現に関しても、ロシア語のテキストでは、12年の共同声明から、それまでの「根本的利益」(korennye interesy)という表現から「枢要な利益」(kliuchevye interesy)という一般的な表現に置き換えられている。中国に言質を与えない工夫だ。

 ロシア政府関係者によると、中国側から、尖閣問題と北方領土問題において対日共闘を何度も呼びかけられたが、ロシアはそれに応じず、日中関係に関しては今後も中立的な立場を維持していくという。

 05年から開始された中露合同軍事演習も、最近では様相が変化している。かつては中露の緊密ぶりを第三国へ政治的にアピールする「外向け」のものであったが、昨年4月に黄海で実施された海軍演習は、軍事能力を相互に把握する「内向き」の演習に転化した。ロシアからすれば伸長する中国海軍の実力を、中国はロシアが先行する対潜水艦作戦能力を相互に情報収集することが狙いであった。つまり、相手を知るための軍事演習なのである。

 それでもビジネスとしての実利的協力と、対米関係の切り札である戦略連携が途絶えることはない。中露関係は「離婚なき便宜的結婚」と呼ばれるように、中国と決別する選択肢はロシアには存在せず、毎年、首脳会談で相思相愛を相互確認しなければならないのである。

 最近、ロシアは安全保障面において中国への警戒感を強めており、もはやそれを隠そうとはしていない。その背景には、両国間の力関係の格差がある。中国の国内総生産(GDP)がロシアの4倍以上となり、ソ連時代の兄弟関係の立場が逆転し、上から目線の中国に対してロシアの心中は穏やかではない。

 中露国境を挟んだ人口格差に加えて、中国の教科書ではロシアが中国北部の領土を略奪したと記されており、将来的にロシア極東地域が中国の影響下に入ることをロシアも本気で懸念し始めている。プーチン自らも、中国からの移民を厳重に監視する意向を示すなど、対中懸念に言及するようになったため、筆者とモスクワで面談する軍関係者までも、かつては政治的タブーとされた中国脅威論を平然と語るようになっている。

ロシアが恐れる中国の核

■ロシアが恐れる中国の核

 ロシアが中国を警戒する新たな要因として、北極進出の動きがある。1999年以降、中国の極地観測船「雪龍」がオホーツク海を経由して北極海へ向かうようになり、オホーツク海を「内海」とみなして軍事的な聖域とするロシア軍関係者の間に波紋が広がっている。そこで、極東地域でのロシアの軍事演習には、中国の海洋進出を意識したと思われるものが見られるようになっている。

 「北極海への抜け道」に抵抗するかのように、11年から冷戦終焉後初めて大規模な軍事演習がオホーツク海で実施された。昨年7月の演習では、「雪龍」が宗谷海峡からオホーツク海南部を通過するタイミングで、サハリン東岸から対艦ミサイルが発射されたため、中国公船のオホーツク海立ち入りを牽制する意図があったのではないかとの見方も浮上した(詳細は防衛研究所編『東アジア戦略概観2013』参照)。

 オホーツク海は、冷戦時代の「原子力潜水艦の聖域」に加えて、「北極海への抜け道防止」という、新たな戦略的価値が付与されつつある。今回「雪龍」は、千島列島北部のパラムシル島南部を抜けてオホーツク海から太平洋に抜けたが、もう一つの出入り口が北方領土付近となる。

 ロシア軍は、国後・択捉両島の駐屯地を整備し、対艦ミサイルの配備を計画するなど、軍近代化を着実に進展させており、オホーツク海の意義が強まれば北方領土の軍事的価値も相対的に高まり、今後の領土交渉にも影響を与えることになろう。

 中国による海洋進出の動きを受けて、昨年5月に大統領に復帰したプーチンは、北極・極東地域の海軍強化の方針を打ち出した。具体的には、20年までの装備予算のうち、約4分の1が海軍増強に充てられ、20年までに調達予定のボレイ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦8隻のうち、1番艦のユーリー・ドルゴルキーが本年1月に就役したほか、フランスから導入するミストラル級強襲揚陸艦も来年の配備が予定されている。

 しかし、ロシアが最も懸念するのは、自らの影響圏である北極海やオホーツク海への中国船の立ち入りではない。軍関係者によれば、最大の懸念は、中国の核戦力にあるという。

 両国の核戦力の格差が縮小することも問題であるが、ロシアにとって不可解な「核の先行不使用(no first use)」を掲げる中国の核政策そのものも疑念の対象となっている。中国には核使用の自己規程がなく、実際に使用する可能性があると疑っているのだ。中国海軍によるレーダー照射事案などを目撃するにつけ、不安は募る一方だ。ロシアが中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄して、中距離核を保有したいと繰り返すのは、こうした理由による。


ロシアが送る日本への秋波

■ロシアが送る日本への秋波

 中国との対等な関係を維持することがままならないうえ、安全保障上の懸念も増大しつつある。そこで、ロシアは、中国の伝統的なライバルであるインド、さらには南シナ海の領有権問題で中国と対抗するベトナムとの戦略的関係を強化している。

 中国より先行するインドとの軍事技術協力では、第5世代戦闘機の共同開発などが進められている。ベトナムには、キロ級潜水艦6隻の売却や原子力発電所の建設、かつてソ連の軍事基地があったカムラン湾をロシア海軍の補給拠点として再生することが決まった。対等性を失いつつある中国とのハイレベルの戦略的連携を維持するためには、中国と距離を置く諸国との関係を強化して、ロシア外交のバランスを保つ必要があるのだ。この傾向は、中国が台頭すればするほど今後も強まるであろう。

 日本に対して、プーチンが領土問題解決に前向きな姿勢を示しているのもこのためだ。11年9月にプーチンが大統領選挙への出馬表明を行って以来、日露間の首脳会談や外相会談において、日本との安全保障協力をしきりに求めるようになっている。

 昨年9月の日露首脳会談においても、アジア・太平洋地域の戦略環境の変化を踏まえて、北極協力をはじめとした「海をめぐる協力」を具体化する方針が確認された。これを踏まえて、10月下旬にプーチンの最側近であるパトルシェフ安全保障会議書記が来日し、日本との間で安保協力を前進させることで合意した。

 ロシアの海上安保協力は、米国にも向けられている。昨年6月、米海軍がハワイ沖で主催した環太平洋合同演習に、初めてロシア太平洋艦隊が正式参加するなど、米露間の海洋協力も新たな段階を迎えている。

 ロシアは中国の海洋進出が将来的に北方にも広がると認識しており、日米との海洋安保協力を求める誘因となっている。しかし、日露の安保協力は、同盟国ではないことに加えて、日本国内でも抵抗感が根強く、自ずと限界がある。何より、中露関係を毀損してまで、ロシアが対日接近することも想定されない。

 ロシアの多くの識者が指摘するように、現時点でプーチン自身も明確な対中戦略を有しておらず、日米と中国との関係において、ロシアが自らの立ち位置を模索する中途半端な状態が今後も続くと予想される。こうした状況下で、対中牽制で日露連携というロシア側からの誘いに応じると、肩すかしを食らうであろう。

 4月下旬、モスクワで安倍首相とプーチン大統領による首脳会談が予定されている。日本の首相としては、10年ぶりのロシア公式訪問となる。

 残念ながら、領土問題の進展は期待薄である。両国の主張に隔たりが大きく、政治的妥協も許されない国内環境が双方に存在するからだ。特にロシアは「反プーチンデモ」が行われるなど、国民の支持を得られているとは言い難い状況にあり、そうした中での領土問題の譲歩は、致命傷にもなりかねないからである。

 軋む中露関係を背景に、ロシアは今後も日本との関係強化を求めてくると予想され、日本側が領土問題で拙速な対応を行う必要もない。中露関係の帰趨をしっかり見定めて、それが日露関係に及ぼす影響を冷静に分析することの方が先決だ。

 そのためには、二国間関係のみを切り取るのではなく、俯瞰した戦略的視点が必要となる。今回の日露首脳会談の「地ならし」として、2月に森喜朗元首相がプーチンと会談したが、民主党政権下でも森元首相が特使として起用された。これは他に人材がいない証左でもある。戦略的視点を備えた次世代の対露交渉のキーマンを育成することが、領土問題解決の近道ではないだろうか。

兵頭慎治 (防衛研究所米欧ロシア研究室長)









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最終更新:2013年07月19日 16:30