■ 武谷三男編 安全性の考え方 岩波新書 「ブログ(2011.10.20)」より
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利益と有害のバランスが許容量 それでは「許容量」というものは、どういう量として考えたらいいのであろうか。米原子力委員のノーベル賞学者リビー博士は「許容量」をたてにとって、原水爆の降灰放射能の影響は無視できると宣伝につとめた。
 日本の物理学者たちは、討論を重ねた。こうして日本学術会議のシンポジウムの席上で、武谷三男氏は次のような概念を提出した。
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■ 利益と不利益とのバランスをはかる社会的な概念 「コメ自由化への試案 日本人が作りだした農産物 品種改良にみる農業先進国型産業論」より
(※ ブラウザの検索から「武谷三男」で検索を)
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武谷三男が提示した「安全性を考える」は遺伝子組み換え作物の安全性・社会的費用にもどのように考えたらいいのか? 問題を投げかけている。 ここではその解答は用意できない。組み換え作物の開発はさらに進んでいく。それを容認しながらも答えを出すべき課題を抱えている、ということをここでの姿勢としておこう。





☆ 医療被曝pdf
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Q: X線検査やCT検査はがんのリスクが高くなると聞いたのですが?
A: 最近は福島原発事故等の影響で放射線検査や治療を嫌がる患者さんが増えているよ
うです。
   放射線は現在、医療に欠かせないツールとしてX線写真、CTやPETなどの診断、X線や粒子線を用いた治療など幅広い分野で利用されています。確かに、少量であっても被ばくはしますので、 無害とはいいきれません 。しかし放射線検査や治療による、病気の早期発見、治療効果などの 有益性 もあります。
   今のところX線撮影やCT検査などの少量の放射線量が、がんのリスクを増加させるかどうかについては、まだ科学的に明らかにされていません。
(※ 中略)
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医療被曝の線量については国際的な規制値はありません。これは、線量が単に少なければいいというわけではなく、必要な検査結果や治療効果が得られなければならないからです。放射線検査による被ばくのリスクとともに、検査を受けないことで、病気の発見が遅れたり、治療のタイミングを逸したりするリスクもあります。 被ばくという不利益早期発見・治療という利益 をてんびんにかけ、医学的に検討することが必要です。


■ フクシマの放射線量規制値引上げを支持する 「地下生活者の手遊び(2011.5.31)」より
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放射線というものは、どんなに微量であっても、人体に悪い影響をあたえる。しかし一方では、これを使うことによって有利なこともあり、また使わざるを得ないということもある。
その例としてレントゲン検査を考えれば、それによって何らかの影響はあるかも知れないが、同時に結核を早く発見することもできるというプラスもある。そこで、有害さとひきかえに、有利さを得るバランスを考えて、【どこまで有害さをがまんするかの量】が、許容量というものである。
つまり 許容量とは、利益と不利益とのバランスをはかる社会的な概念 なのである。
岩波新書「安全性の考え方」*1武谷三男編 P123  引用者が適時改段

許容量(=規制値)とは社会的な概念

ここで重要なのは、放射線(に限らず、化学物質などへの暴露についてもいえるだろうが)の許容量とは社会的な概念であるということですにゃん*3。「許容量とは自然科学的な概念ではなく、社会的なものである」ということは、許容量のことを考えるにあたって、決してはずしてはならにゃーだろう。

許容量は社会的概念であるので、例えば原発で働く労働者や、病院のレントゲン技師などは許容量が一般人より大きめに設定されているわけですにゃ。放射線を取り扱う職業につくことで利益を得ているわけだから、がまんできる不利益の大きさもでかくなるということですにゃー。
というわけで
•職業被曝規制値50mSv/年 公衆被曝規制値1mSv/年
という現行法の設定になっているわけですにゃ(現行法では公衆被曝の規制値はないとコメ欄にて指摘をうけました。6/1 15:45ごろ追記)。
職業という利益と引換に、公衆被曝のにゃんと50倍の被曝が認められているわけですにゃー。
しかし、 いくら利益と引換だからといって、何の条件もなしに50倍もの被曝が認められているわけではにゃーのだ
(※ 以下略)








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