■ 金のユリ作戦を知ってます? 「シバちゃんのため息(2010.2.1)」より
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久しぶりにゴールデン・リリーの話をしよう。このゴールデン・りりーとは昭和天皇の読まれた歌にちなんで「金のユリ」と名付けられた戦時中の略奪作戦を総称するものである。始めてこの話を読んだときは本当に驚いた。それはシーグレイブ氏の「Yamato Dynasty」で始めて世に紹介され、さらに続編である「Goldwarriors」で全貌があきらかにされた。(始めて聞く方はクリックしてダウンロードしてください)
前者は二年ほど前に日本語版が出版され、続編である「黄金の兵士」は現在日本語版を準備中だという。この件は私にも連絡があり、私がネットで翻訳を公開していることをシーグレイブ氏は承知しており、その勇気を高く評価してくださっているとのことである。私の翻訳は素人のレベルであり、さらに名古屋弁?が登場したりするので、あいにく採用する事は出来なかったようだ。(あったりまえだよね・・・、私はわかればいい、というレベルの翻訳だから・・・)

「金のユリ作戦」のことをほとんどの人は「まさか」といって信用してくれないのだが、現実に私の元には裁判中の事件を担当する弁護団の人からメールをいただいていて、少なくともフィリピンに想像を絶する金塊が秘匿されていた事は事実なのである。(この裁判とは、埋蔵金を発見したフィリピン人サンティーの娘がスイスやアメリカ、さらには日本の銀行に対し起している預金返還交渉である。もう決着が付くはずなのだが、最近連絡が来ていない。)

この「作戦」を知って始めてM資金、小野田さん事件、マルコス政権の末路・・などが説明できるのである。
ただ問題なのは、この作戦が本当に皇室主導でなされたものか、軍部が勝手にやったものなのか、もっと疑うのなら、米英も参加しての八百長だったのか、誰も答えてくれないことである。もちろんシーグレイブ氏によれば天皇が決定した事になっているが・・・。

私も単純だったので、シーグレイブ氏の書くまま全面的に信用してきたが、今から思えばそれほど単純なものではなく、ヨーロッパのユダヤ人富豪の財産や、アジアの華僑の財産を没収する事が第二次大戦の動機そのものだったのではないかとも思えるのである。要は世界の富を英国と日本で山分けしようとしたのではないかと。一番考えられるのは、アヘン貿易のおかげでヨーロッパには金の在庫がなくなってしまっていた可能性があり、金本位制が出来なくなっていたということである。(憶測です)

私は、大本教の研究や満州での日本軍の活動を研究してゆくうち、世界には大きな二つの陣営がある事に気がついた。それのひとつがツランで、今ひとつが英国ワン・ワールドである。

今までの研究で日本軍は西欧各国の覇道主義に対しツラン同盟、もしくは大アジア主義で対抗しようとしていたことがわかる。しかし、日本の内部に侵入していた英ワン・ワールドの手先に主導権を奪われ、日本はワン・ワールドの一員として八百長試合に参加した。
これはひとつの仮説に過ぎないが、天皇はワンワールドの一員として参加する振りをして多大な犠牲を払いながらも実利を取ったと考えることができる。その証拠として、戦後日本は有り余るような略奪資産を利用する事で世界の覇者になったのである。昭和天皇は戦争には負けたものの最後はアメリカに勝利して死んでいった。言ってみれば「目的は手段を正当化するのである」、この事を学ばない事には歴史が見えないのだ。

もちろんそれらを私が正しい事だと言っているのではない。世の中にはきれい事ではすまないこともあると言うことだ。


■ 「黄金の百合作戦」は、「南京大虐殺」と同様にユダヤ金融資本による日本非難のプロパガンダではないか? 「国際情勢の分析と予測(2006.8.24)」より
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●シーグレイブ夫妻著「黄金の戦士」、山下の黄金をアメリカが秘密裏に回収した
GOLD WARRIORS 黄金の戦士 山下の黄金をアメリカは秘密裏に発見した

スターリング・シーグレイブ、ペギー・シーグレイブ共著
二〇〇三年発行、Verso出版

序 生き埋めにされた

第二次世界大戦が終結する数ヶ月前、フィリピンにおいて、山下奉文将軍はルソンの山々で遅延活動を闘っていた。一方、日本の皇室の皇子たちは未来にそなえて準備していた。彼らは略奪した金の延べ棒と、また別の盗んだ財宝を近くの洞穴やトンネルの中に隠すことに忙しかった。それらは後に発見される運命ではあったのだが。これらは数千年にわたり集積されたアジアの十二の国々の財産であった。日本陸軍に付属した専門家集団は組織的に、宝庫、銀行、工場、個人の家、質屋、画廊を空っぽにした。そして一般人からも奪った。一方、日本のトップの強盗たちはアジアの地下社会と暗黒経済から略奪した。この点では、日本はナチより遙かに徹底していた。それはあたかも、東南アジアを巨大な掃除機で吸い取っていったかのようだった。略奪品のほとんどは韓国を通る大陸経由で日本に届けられた。残りは海上輸送であったが、一九四三年初期に合衆国の潜水艦による海上封鎖が完全になってからは、海上輸送ができなくなった。そこで、財宝を隠すことが決定的に重要になった。財宝を隠すことができたら、日本が戦争で負けても、金融的には負けることにはならないのだ。この戦争がどのように解決されようとも、日本はフィリピンを維持することをずっと期待していた。皇子たちによって監督されて、百七十五の「皇室」の財宝を隠す地下室がこの島々の中に建設された。一九四五年六月初旬に、バンバングから二十マイル以内に合衆国の戦車隊が接近したとき、百七十五の地下室の主任技師たちが集められ、八番トンネルとして知られていた地下二百二十フィートの地下室で送別会が催された。そこには、壁という壁に金塊が山と積まれていた。夜が更けると、彼らはしこたま酒を飲んで、愛国歌を歌い、万歳(「長生き」)を何度も何度も大声で叫んだ。真夜中に、山下将軍と皇子たちはその地下室を抜け出た。そして、地上への連絡トンネルをダイナマイトで爆破した。技師たちは墓に入れられた。彼らは生き埋めにされたのだ。儀式的な自殺ができなかった者たちは、黄金に囲まれて徐々に窒息していっただろう。そして、その地下室群は秘密にされるだろう。数日後、皇子たちは潜水艦で日本へ逃げ帰った。そして三ヶ月後、山下将軍はアメリカ軍に包囲された。

 半世紀の間、このぞっとする生き埋めの物語は知られることがなかった。隠された財宝は山下の黄金伝説として無視された。しかし、墓に入れられたのを見た一人の目撃者が、八番トンネルにわたしたちを連れて行き、個人的な話をしてくれた。戦時中、ベン・ヴァルモレスは特別な日本の皇子付きの若いフィリピン人の従者であった。この皇子はフィリピンにおけるすべての皇室の財宝を隠す場所の建設と、目録作りと、封印を担当していた。高等教育を受け、時として感傷的だったからか、この皇子は最後の場面で、ベンの命を惜しみ、ダイナマイトが爆発する直前に、ベンを八番トンネルから出した。私たちがインタビューしたとき、ベンは七十歳代半ばで健康がすぐれなかったが、一九四三年から一九四五年にかけて彼が見たことと、皇子の仲間たちの中で経験したことを何ヶ月かにわたって、私たちに話してくれた。ベンは遂に、わたしたちに彼がその皇子と関係した他の皇子たちを確認することができる決定的な手がかりを与えてくれた。
+ 続き

■ 再度、「YAMATO DYNASTY」 について。 「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報(2006.8.8)」より
(※ 前中後略)
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この「ゴールデン・リリー」(黄金のユリ)というのは、昭和天皇の御製から採った作戦のコードネームだそうですが、この作戦の内容がなんと、「戦時中に大日本帝国がアジアで収奪した貴金属をフィリピンの地下に蓄積して来たるべき日の日本の再興に備える」というのですから、ぶったまげました。これが事実だとすれば、天皇の戦争責任だけじゃあ済みませんわ。

ところが、この本の他の部分はおおむね文献に基づいて書かれているようなのですが、この「ゴールデン・リリー」に関しては、殆どインタビューで取材した内容をもとに書かれているのです。そうすると検証のしようがありません。

このプロジェクトの説明の中一番、不可解なのは、1940年に結核で倒れて戦時中は富士の裾野で静養していたとされる、秩父宮雍仁親王 Prince Chichibu がフィリピンにしばしば出向いて、この作戦の遂行を監視していたというのです。ホンマカイナ。

私の調べた範囲では、この事実を裏付けるような資料はまったくありません。
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それで少し調べてみると、このヤマト・ダイナスティの記述と続けて出版された、「ゴールド・ ウォリア-ズ(黄金の戦士)」 を根拠にして、戦時中の占領下にあった地域の人たちが日本に対して損害賠償訴訟を行っているようなのです。

なんだ、そういうことか。このヤマト・ダイナスティの裏表紙に「レイプ・オブ・南京」のアイリス・チャン女史がコメントを寄せていたので変だな、とは思っていたのです。対日戦時賠償という利用がされているようです。

私は、このヤマト・ダイナスティという本、非常によく書けていると思います。しかし、戦時中の記述は???な部分が多いのです。














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