ロシアゲート
■ 元CIA諜報員が明かす、ロシアに取り込まれたトランプと日本の命運 「2018年5月23日(水)18時30分 ニューズウィーク日本版」より
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<ロシアの諜報活動を知り尽くした元CIA諜報員が分析するロシアの浸透力とトランプを取り巻く疑惑の本質、そして日本への影響とは>

2016年11月、ほとんどのメディアの予想を覆す形でアメリカ大統領に当選して以来、ドナルド・トランプはアメリカの内政と外交をこれ以上ないほど揺さぶって来た。公約だったTPP(環太平洋経済連携協定)やイラン核合意からの離脱をあっさり実行する一方、長く膠着状態していた北朝鮮の核・ミサイル問題では、金正恩・朝鮮労働党委員長を歴史的米朝首脳会談の場に引っ張り出そうとしている。

一方、日本ではほとんど忘れられているが、アメリカ国内ではロシア側による大統領選への工作活動や、トランプの側近や家族のロシア側との不適切な接触に関する疑惑「ロシア・ゲート」がまだくすぶっている。今年11月には連邦議会の中間選挙が行われるが、上下院とも過半数を制している共和党がよもや過半数を失うことになれば、政権運営に致命的な影響が出る。選挙の趨勢を決めるカギの1つが、ロバート・ムラー特別検察官によるロシア・ゲート捜査だ。

大統領選の早い段階から、ロシア・ゲートがトランプのアキレス腱だと指摘してきた本誌コラムニストで元CIA諜報員のグレン・カールが5月中旬に来日。東京の日本記者クラブで記者会見を行った。冷戦終結前から旧ソ連・ロシアの諜報活動を知り尽くした彼が分析するロシア諜報機関の浸透力とトランプを取り巻く疑惑の本質、そして日本への影響とは。


(以下、会見内容の抜粋)

<今日のゲストはグレン・カールさん、現在はニューズウィーク日本版コラムニストですが、これまではCIAのオペレーション・オフィサーをされていました。本日は、アメリカで大きなニュースとなっているロシア・ゲート、ロシアの大統領選介入疑惑がアメリカの外交や内政に与えている影響などについて冒頭お話しいただいて、質疑に移りたいと思います。CIAの方としては、これまで1979年にウィリアム・コルビーさんが元CIA長官として(日本記者クラブに)お越しいただいたことがあります。あとは情報機関としては、イスラエルのモサドの元長官が記者会見をされています。私は本日の司会の共同通信の杉田(弘毅・編集委員室長)です。それではカールさんよろしくお願いします。>

ご紹介ありがとうございます。私も駆け出しのころ、コルビー長官と会ったことがあります。彼ほど輝かしい経歴は残せませんでしたし、質と言う点では違うかもしれませんが、同じように率直に、腹蔵なく物を語る人間でもあります。またフィクション小説の世界でジョン・ル・カレという作家がいて、彼はステレオタイプ的にCIAなどの諜報機関を退役した人間を描いています。ニューイングランドに住みついて、有機トマトを栽培するが過去からは逃れられない......そういう人間が彼の小説には出てきますが、私がまさにその典型と言えるのかもしれません。ニューイングランドに住んでいますし、トマトの有機栽培もしている。そして、今でもこのようにロシアの諜報活動について語っています。

ル・カレの小説では、退役した諜報機関員は悪い運命にさらされていくのですが、私はそうはならないように願っています。私自身はこの2年ほど、ロシアの諜報機関がアメリカの大統領選に介入し、トランプの取りまきに取り入っていると発言してきました。私は公の場で発言した初めての人間です。なぜ今日、私がここに座っているかと言いますと、この2年あるいは2年半ほどの間、ロシアの情報機関がトランプのビジネス関連の取り巻き、そして家族にも食指を伸ばしてきたことを非常に心配してきたからです。それが1点目。2点目は、ロシアがより広くアメリカ世論、アメリカの選挙への干渉という形でさまざまな諜報活動を展開している、ということです。

アメリカでは、選挙にもトランプにもロシアが関与していた、ということは党派を分かつ問題になっていますが、諜報機関員であればだれでも私と同じような反応をしただろうと確信します。いろいろな情報源からロシアの諜報機関の関与している、という明らかな兆候が見て取れる。私なりの評価、そしてなぜ私がそのような結論にいたったのかについて説明しますと、まずロシアの選挙への介入はここで議論する必要がないほど明明白白です。その多くは共和党ですが、トランプを擁護する人たちはこう言います。「多くの国、多くの諜報機関がアメリカの選挙に介入しようとしているじゃないか、アメリカも同じようなことをやっているのに、なぜことさらそのことを取り上げるのか」と。確かにその通りで、私が見るところ歴史上もっとも成功した例は第二次大戦前にアメリカの参戦を取りつけるための諜報活動をアメリカで展開した大英帝国です。ただ、今回のロシアの介入の度合い、規模、成功度はアメリカに敵対するケースとしては前例がないレベルだと言えます。

2点目ですが、軍の組織か文官の組織かはっきり証明できないですが、ロシアの諜報機関がトランプの陣営に何百回も接触したという証拠が残っています。記録に残されただけで400回以上。名前を知られた情報機関の人間が家族、取り巻き、そしてトランプ自身に接触したのです。

3つ目に、こういったロシアの活動は選挙に影響を与え、実際に効果を上げたということが言えます。1つ証拠もしくは指標として上げられるのは、トランプが選挙戦を展開する前、共和党員の90%以上がロシアを敵国と見なしていたのに、選挙後トランプがロシア支持を言い続け、ロシアに不利な形で政策を変えることを拒否し続けたこともあって、30%から40%の共和党員がロシアに好意的な態度に変わった、ということです。これは史上初めてのことで、唯一の説明として考えられるのは、ロシアの諜報機関の活動の結果そうなった、ということです。



ではなぜロシアはそんなことをするのか、何が目標か。私自身もCIAのキャリアの間でロシア側のカウンターパートと何度も接触した経験を持っています。1989年の後もです。冷戦後、ロシアの様々な活動の手順、態度、政策は変わりませんでした。アメリカとの関係ではゼロサムゲームで物事を見る。アメリカにとって悪いことは何でもロシアにとっていいことなのだ、と。バカげていると思うかもしれませんが、彼らはずっとそういう態度を取り続けたのです。

彼らはどういう目的をもっていたのか。彼らは一貫して次のことを追い求め続けました。この3年を振り返ってみても、すべての面で成功していると言えるかと思います。それはアメリカの政治制度の効率性を低下させるということ。ロシアに挑戦する、アメリカの利益を増進する能力を削ぐ、ということ。アメリカの国民の間で政府や政治制度に対する不満を高まらせる、ということ。アメリカの民主主義、民主主義全般の機能を低下させ、逆にロシアのような権威主義、全体主義を成功に導くこと。アメリカをヨーロッパからもNATOからも引き剥がし、EUをはじめとする世界の同盟国から分離させること。第二次大戦後につくられたパックス・アメリカーナなどの国際的規範を損なうこと。逆に、ロシアにとっての影響圏、国際秩序を大きく高めていくこと。とりわけヨーロッパや中東への影響力を高める。そしてすべての面においてロシアは成功したと思います。

何がその結果起きたのか。それが日本の利益ひいては日米関係にどのような影響を及ぼすのか、ということですが、ロシアがさまざまなキャンペーンを繰り広げ、トランプ自身もロシアとは別に自分の立場からいろいろ発言するようになったことがあいまって、結果的にアメリカはますます重商主義、孤立主義、ナショナリズム、一国主義の道を突き進み、これまでの同盟関係を破壊する方向に向かっています。世界は大きく変わりつつあります。主に中国の台頭によって、アメリカはその覇権的地位を失いかけていました。そのスピードはロシアの動きによって劇的に加速しています。おそらく40年ぐらいかけて起きるはずだったことが、たった2年で起きている。日本は1945年以来初めてと言っていいぐらい、中国の台頭に対しても世界秩序の崩壊に対しても一国で、自らの力だけで臨んでいかねばならない。そういう立場に追い込まれていると思います。

次に、なぜ私がこのような見方をするようになったのか。その経緯について説明したいと思います。皆さんにとっても関心のある、ユニークな話だと思います。2年半前のことですが、私はCIAを退職し、その後、物書きの仕事をしたり、教鞭をとったり、大統領選もウォッチしていました。一生を諜報機関に捧げた人間としてトランプの選挙戦に非常に関心を持っていたのですが、いかにトランプが諜報機関の工作員なら絶好の標的になる弱みだらけの人間であるかがすぐに目につき、また仰天しました。諜報機関の人間は人の弱みにつけこみ、それを利用するのが仕事です。トランプのプロフィールは諜報機関員の目に教科書通り、あるいはマンガのように弱みだらけの人間に映ります。これはとんでもない、公に記事を書いて国民に警鐘を鳴らさねばならないと、気付きました。

私が記事を書けば、党派的な人間だと非難を受けるに違いないと思いました。共和党あるいはトランプに敵対的なオバマ支持者と決めつけられるに違いない、と。私はオバマに投票しましたが、しかし私の評価や反応は党派的なものではありませんでした。私は書く記事が受け入れられるようにするためには、非難を受けないためにはどうしたらいいか考えました。そこで私は戯画化した、非常に皮肉な視点で記事を書くことを思いつきました。ロシアの諜報工作員になりきって、ロシアの本部に「自分はトランプのこういう弱みを把握しているのだが、どう利用したらいいか?」と聞いて本部の指示を待つ、という書き方です。それでも私は心配だったので、雑誌に記事を送る前に同僚に送って反応を見ました。この同僚の名前は伏せますが、いろいろな国とコネクションを持っている人物です。

通常、彼と電話で話すことは一切なく、Eメールだけで済ませるのですが、この人は翌朝すぐに電話をかけてきて、「君は気が付いていないかもしれないが、記事は事実をとらえた、的を射たものだ」と話してくれました。確か2016年の1月のことだったと記憶しています。彼はヨーロッパのさまざまな国の諜報機関と常にコンタクトを取っている人間ですが、フランス、イギリス、ドイツ、オランダそしてバルト諸国の一国の諜報機関から、それぞれ報告が届いている、と。ロシアの諜報機関の工作員がトランプの取り巻きや家族、そしてトランプ自身ともモスクワで接触している。そういう情報が続々入っている、ということを話してくれたんです。

私自身もCIAに所属していたころは何百人、何千人という人間と接触してきました。相手は私が諜報機関の人間と気付いていない、ということも多々ありました。ある人間がCIAやKGB、FSBの職員と会ったからと言って、意識的に協力するつもりがない、ということもあると思います。しかし、工作員の側は目的を持っています。でなければ接触をしてこない。ヨーロッパ各国の諜報機関からどんどん情報が入って来る。記録に取られただけで400回以上、名前を知られたロシアの諜報機関の人間や関係者がトランプの取り巻きや家族、トランプ自身と会っているという事実が浮かび上がって来たのです。統計的な確率から言って、それだけの回数がたまたま偶然あるいは無意識に、ということはありえません。



その後、いわゆる「スティール文書」が公開されました。この人(編集部注:MI6〔英国情報部国外部門〕元職員のクリストファー・スティール)は英国の諜報機関にいた人で直接は知らないが、いろいろな人に聞いた評判だと完璧な人間、ということです。その報告書の中に私自身が認識し、聞いた情報が書かれていたのです。私自身がそういったことを知るようになったのは2016年の1月ですが、この文書が公開されたのは10月でした。ところが、この文章が出てもトランプの支持者や共和党は一貫して「うわさに過ぎない」「不公正な攻撃だ」と言い続けていたわけです。しかしその後、その文章に書かれていたことが1つ、また1つと裏付けられました。どの点を取り上げても反駁の余地がないほど裏付けられているのです。

さらに、その裏付けとも言えるのは死者が出ている、ということです。少なくとも1人、おそらくは4人ではないかと思われるのですが、クリストファー・スティールの報告書の情報源と言われた人たちが死んでいる。このことは異例と言わざるを得ない。

西側の諜報機関に名前を知られているロシアの工作員のトランプ陣営への接触ですが、表面的な調査や公開されている情報だけでも、何億ドルものカネがロシアのオリガルヒからトランプ陣営に流れ込んでいることが分かっています。たとえばトロントのトランプタワーは破綻の瀬戸際にありましたが、そのうち3億5100万ドル分が返済不能に陥るかもしれないほんの数日前に、ロシア系カナダ移民がトランプのところにやって来て、「素晴らしい物件だから私が保証する」と、パッと払ってくれたことがありました。同じような動きがあちこちで見られました。たとえば、メキシコにもトランプは物件を持っているのですが、同じようなことが起きています。彼はフロリダに彼は2000万ドルを払って家を買ったのですが、買った直後にロシアのオリガルヒに9000万ドルで売り払っています。1日も彼はそこに住まなかったんですよ。このロシア人はバカだったのか寛大だったのか分かりませんが、それだけの高額で買い取ったということです。これは資金洗浄に当たるのかもしれません。法的な位置付けがどうか私には分かりませんが。こういうことが多々明るみに出てきています。

私は記録に取られたロシアの工作員との接触の回数に最初に目を付けた人間の1人だと思いますが、気が付かなかったことがありました。ロシアがより大々的にキャンペーンを張って、アメリカの選挙そのもの、つまりアメリカの世論操作を大々的にやっていた、ということです。これも次々に証拠が挙がっています。体系だった形で、非常にショッキングなほどアグレッシブにロシアの諜報機関の情報操作あるいはアメリカの有名人物の利用、アメリカ政府そのものと同盟国の地位を損なう動きが大々的にあったということに、その時は気が付いていなかったのです。そのことが世界のこれまでの規範ベースの秩序や制度を終焉に近づけています。

最後に一つだけ付け加えて質問を受け付けたいと思います。諜報機関や工作員がどのように活動を展開するか。やり方はいくつかありますが、1つは完全に秘密裏に行うことで、誰にも知られずに通すということがあります。一方で、隠すがある程度はあからさまに、堂々とやる。真実をすべて言うわけではない、一部だけ真実を言っておく。そういう隠し方もある。たとえば、相手国の諜報機関の人間と会ってコーヒーを飲んでも、「相手はだれか知らない」と言っておけばいいのです。すべて秘密裏に情報を受け取っているのですが、「相手と会った」ということだけを事実として明かすということは私もよくやっていました。

ロシアもまさにそういうことをやったわけです。「トランプとは確かに何度も接触しているが、しかし合法的だ。中傷されることは一切していない」と開き直ったわけです。一度は国民も疑問を持ったと思いますが、堂々と言われてしまうと納得してしまう、それ以上しつこく分析しないという風潮にどんどん進んでいったのです。一部だけ真実を語れば堂々と出来る。そういうことをずっとやって来たのです。

それではトマトの有機栽培に関する質問でも何でもお答えします(笑)。

<(杉田)カールさん、ありがとうございます。非常に生々しいお話で、ジョン・ル・カレの小説の世界そのものですね。それでは質疑に移りますが、私から一問だけ。ロシアとの接触やモスクワにおけるトランプ本人と工作員の接触など今日はいろいろなことが語られましたが、(ロバート・ムラー)特別検察官の捜査および報告書が出た後、アメリカの世論や政治状況を考慮したうえで、どういう風にロシア・ゲートが展開していくのか。決定的なトランプ陣営とロシア側の共謀(を示す証拠)が出て、トランプが大変な窮地に陥り弾劾という方向に進むのか。いろいろな政治状況を考えるとそこまでは行かないのか。>

次のようにお答えしたいと思います。この2年半、私は何度もインタビューを受けてきましたが、そのたびにアメリカの読者、聴取者に警鐘を鳴らすため、同じ表現を使ってきました。私が見るところ、アメリカは制度、政府、体制、民主主義、社会に1861年以来の最も大きな打撃を受けようとしています。1861年はアメリカが真っ二つに割れて、4年間の南北戦争に陥ったその年でした。

法律上の定義はさておき、諜報機関にいた人間から見るならば共謀は明らかです。意図しているかいないかに関わらず、外国の諜報機関の人間と関わり合ったということ。諜報機関というのは相手の国の国益でなくあくまで自分の国の国益だけを考えて動きますから。ムラー特別検察官がすでに立証済みで結論も出ていると思いますが、共謀の事実は圧倒的に真実です。しかし、そうなった場合にさらに大きな危機が生まれることを懸念しています。というのは、議会の共和党指導層は大統領としてのトランプは何が何でも守る、と態度を決めているからです。特別検察官が何を言おうとほとんど無力、ということになる。行政府と議会が結託すれば、特別検察官が何を言おうと死文化してしまうということです。これは未曽有のことで、行政府と議会がそこまでいけば、法律も国家の安全保障も重大な形で損なわれることになりかねない。歴史的な危機です。



<読売テレビの春川と言います。貴重な話をありがとうございました。短く2つだけ質問を。こういうロシアの情報機関のインテリジェンス活動が分かっていたのに、アメリカの情報機関のカウンターインテリジェンスは機能していなかったのか、というのが1つ。もう1つは、更迭された大統領補佐官のマイケル・フリンが司法取引を行ったと日本では伝えられています。彼がどのような取引を行い、それがトランプ政権にとってどれぐらい深刻なのかということをお聞かせ願えれば。>

重要な質問です。外から見た限りにおいてですが、カウンターインテリジェンスは非常にスローであった、不十分であったと思います。トランプ陣営そのものに当たる、あるいはロシアの秘密活動に当たる、という2つのやり方がありましたが、どちらも遅すぎました。最初のやり方については2016年の早い段階でCIAやFBIから警鐘は鳴らされていたのですが、報道によると当時の共和党の指導層は行動を取るのを拒否しました。トランプと共和党を守るため、何らかの対応を取ることを拒否したのです。選挙へのロシアへの介入という面でもカウンターインテリジェンスは不十分であったと言わざるをえません。では何ができたかというと、私の立場から言っても、あくどいことはやれないので「こういう事実があった」と明るみに出すのがせいぜいでした。いずれにせよ、スローでありすぎたことが害を呼んだと言えるかもしれません。

マイケル・フリンはトランプの国家安全保障担当補佐官でしたし、元将軍でもあります。司法への協力、ムラー特別検察官への協力によってトランプの関与の度合いが立証されれば、という期待だと思いますが、私はそれはあまりにも楽観的だと考えています。そんなことは考えられない、というのが私の見方です。というのもロシアの諜報機関はそんなに無能ではないからです。

選挙戦に関わったトランプ陣営の人々、補佐官レベルの人々でトランプにどのような接触があったのか理論や仮説は立てられます。ただ、フリンがせいぜい言えるのはトランプが政策レベルでどのような行動をしたか、ぐらい。ロシアが諜報機関の工作員を使ってトランプの取り巻きにどういう接触をしてきたか、本当のところを明かすまではできないのではないでしょうか。ロシア側もそんなにバカではないので、分かるような形ではやっていないはずです。トランプ側がロシアにどのようなアプローチをかけたのかは既にいろいろな証拠が挙がっているので語れますが、反対にロシアの諜報機関側がどのようなことをやって来たのか、そこまで彼には分からなかったはずです。

確かにオリガルヒの資金が流れているということは示唆されています。諜報機関の工作員たちがトルコのアントレプレナー(起業家)を通してフリンに資金を流していたことは分かっている。ロシアのこういう関わりについて、トランプ陣営に証拠を突きつけることはできるのかもしれません。

<フリーランスのシバタ・ユウコと申します。3つ質問させてください。1つ目はトランプについて孤立主義や一国主義と言われますが、これは彼がロシアに耳を傾けた結果なのか、もともと信念を持っていたのか。2つ目はトランプあるいはアメリカは中国と貿易戦争に向かっていますが、中国はロシアのいわば同盟国でもあるわけですが、今回の貿易戦争はロシアの利害にとってどうなのか。3番目はアメリカの政局についてです。若いミレニアルと呼ばれる世代はオバマ世代とも言われ、人種やジェンダーについて進歩的な見方をしている。ということは、10年先あるいは15年先には二極化の動きは解消されているのか。それとももうその時には遅すぎるのでしょうか。>

諜報機関の人間というのは、利用できる人間を常に探し求めています。トランプという人間はコントロールのできない、変えることのできない人間です。彼は一生涯、同じ信念を持ち続けた人間です。若い時から孤立主義や重商主義に凝り固まってきました。70年代のインタビューを見ても、まったく同じことを言い続けている。30年前は「日本がアメリカを貶めている」という言い方をしていたのですが、「日本」を「中国」に置き換えれば今もまったく同じことを言っている、ということが分かります。ロシアはそんなことは気にしていない。ロシアの利害にかなうならばそれは利用する。ロシアがこうすべきだ、と思う方向に誘導するということです。これは文字通り笑い話ですが、サウジアラビアにトランプが行った時、サウジ側は建物の全面にトランプの写真を掲げました。それでトランプはサウジが大好きになり、サウジは偉大な同盟国だともてはやしました。そういう人間なのです。

2点目です。中ロはアメリカと対立しているという意味では同盟国同士で、トランプの中国との貿易戦争はロシアについて見れば一貫性がない、という指摘はその通りですが、トランプの政策に一貫性を求めてはいけません。そんなことを期待してはいけない。彼にビジョンはまったくない。その場その場、その瞬間その瞬間の考えに突き動かされる人間で、矛盾だらけです。ですからロシアについても、必ずしもロシアの利害に一致していることばかりではない。ただ公平に言うならば、アメリカを含むどのような国のどのような政府も、全ての面で一貫した戦略を取り続けた国はないと思います。

最後のアメリカ社会の傾向についてです。おっしゃることはすべてその通りだと思いますが、2つの理由から私には心配があります。1つ目は、アメリカの選挙システムが地方の保守派に不釣り合いなほど影響力を与えている、ということ。多くの国でもそうでしょうが、例えばヒラリー・クリントンは300万票も多かったのにトランプに負けました。アル・ゴアもそうでした。そういう制度になっている。保守バイアスがかかっています。

2つ目。こちらのほうが重要だと思いますが、私が公の場で発言するようになったのは、経験したことを退職後に本に書いたからです。いわゆる「高度な尋問」、つまり拷問のことなのですが、高度尋問プログラムに絶対反対を唱えるために本を書きました。アメリカの社会に警鐘を鳴らすためです。私はそれがアメリカ社会を変えたと思うからです。例えば、いま35歳以上の人に世論調査をしたとします。CIAなどの工作員が拷問するのをどう思うか、と聞けば35歳以上であれば大半が絶対やるべきではない、と答えます。それは反米的な行為だ、と。ところが9.11同時多発テロの後に大人になった35歳以下だと、過半数がCIAの立場にある人間ならそれはやってもかまわない、と答えます。

私が育ったころであれば、そんなことは考えられませんでした。それは私の知っているアメリカではありません。9.11テロの前のアメリカでは考えられませんでした。理性的な会話の中で「拷問すべき」と言うなんてとんでもないことでした。ところが、「高度な尋問」という言葉を大統領も共和党もよく使う。だから35歳以下も「いいんじゃないか」と思っている。人の態度は変わりやすく、1つの方向だけでなくいろいろな方向に動きます。日本もドイツも同じでした。アメリカもそうである、と知るべきだと思います。

文化や政策がいかに変わりやすいか、その例を挙げましょう。1902年、フィリピンで反乱が起きました。アメリカ支配への独立運動でした。当時アメリカは米兵を裁判にかけ有罪として絞首刑にしました。水責めを行ったからです。1945年と1946年には、日本兵と日本の諜報機関の工作員を戦犯として絞首刑にしました。やはり水責めをやったからです。今日、アメリカでは水責めプログラムを指導していた人物がCIA長官になろうとしています。私の以前の同僚です。



<NHKワールドのイチノセです。3つ質問があります。1つ目です。あなたの以前の同僚がCIA長官になろうとしています。多くの反対がありますが、誰が長官になるべきか個人的な意見を聞かせてください。2つ目はロシアの諜報機関の選挙操作が本当に効果を挙げたのかについてです。全ての目標は達成されたとおっしゃったが、トランプという人間をコントロールできないならば本当に成功したと言えるのか。3つ目はムラー特別検察官についてです。アメリカのメディアによれば、ロシアの選挙介入についての捜査の結論がそろそろ出そうだ、ということですが、いつごろだと思いますか。11月の中間選挙の前に出ると思いますか。>

ありがとうございます。ジーナ・ハスペルですが、彼女とはほぼ同世代です。あまりよくは知らなかったのですが、あらゆる点で彼女について言われていること——まともで有名で、プロフェッショナルとして有能でアメリカを救うと言う意味ではかなり功績があった——というのはその通りだと思います。だからといって、私の意見は変わりません。彼女をCIA長官に指名するのは恐ろしいことです。われわれは過去からは逃れられない。道義的な危機が時に起きます。選択の余地がない、あるいは選択肢が明確でない場合にどうするか。私がCIAにいた時に行われた、テロとの戦いにおける「高度な尋問」と言われたあのプログラムがまさにそれです。彼女を非難はしませんが、あのプログラムは大きな間違いでした。そういう人間を、拷問の加害者だった人物をアメリカの重要な立場に付けるということは、非合法的なやり方を正当化することにつながる。私はやはり反対です。

ロシアの諜報機関が果たして効果を挙げたのかどうか、ということですが、諜報機関の人間は自分たちの側に取りこむ人間を「アセット(資産)」と呼びます。どのアセットでもコントロールが完全に利く人間はありえない。確かにこの人物(トランプ)はアセットの中でもコントロールが利かなそうに見えます。例を上げますが、これまで75年間、ヨーロッパはアメリカの外交関係の戦略的な中心に据えられてきました。トランプを擁護する人たちは「ポーランドのNATO部隊を強化した」「ウクライナに武器を与えている。トランプはちゃんとやっている、必ずしもロシアに取り込まれているわけではない」と言います。これは全て戦術的な動きに過ぎない。より大切な、根本的な戦略的視点から見れば問題があります。

トランプはしぶしぶポーランドに部隊を増派しました。その直前のスピーチはメディアにあまり報じられていないのですが、そこで彼はプーチンをほめたたえたのです。ワルシャワのバルト黒海何とか、というプログラムだったと思いますが、そこでヨーロッパに関するプーチンの世界観を絶賛しました。それにはポーランドやハンガリー、スロバキアが入って来るのですが、これはNATOの同盟関係とEUを大きく損なうものです。一方でNATOの会合をトランプが呼び掛けて開いた、ということは一切ない。逆に「カネを出せ」と言うばかりです。1200人ぐらい増派したからといって、それが何でしょうか。根本的なところでアメリカの対ヨーロッパの関係が変わっていることが問題です。

第二次大戦中のウィンストン・チャーチルの例を挙げたいと思います。彼はドイツがイギリスのいくつかの都市を空爆するのを許しました。ドイツの暗号を解読していたことをばらさないため、防ぐこともできたのにそれをしなかったのです。彼にとって苦渋の選択でした。トランプがそれと同じだと言うつもりはありません。彼が意識的にロシアの諜報機関の工作を許している、と言っているわけでもない。私自身のもっと小さなアセットを操った経験でも、第二次大戦のこのエニグマの例でも、国益というより大局的、戦略的な視点から時には犠牲を払うことがあるのです。

ムラー特別検察官がいつ結論を出すのかという質問ですが、私は法律家ではありませんし、水晶玉を持っているわけでもないですが、次のことを指摘したいと思います。アメリカのメディアではあまり注目されていないのですが、ムラー検察官が「共謀」をどう扱うか。共謀という概念は法律上非常にあいまいで立証も難しい。もしかしたらムラー特別検察官は裁判所で通りそうにないため、共謀の立証を試みないかもしれません。

ただ、それとは無関係に、諜報機関にいた人間として見れば明らかに共謀はあります。ジャーナリストなら複数の情報源から証拠を固めていく。法律家も裁判所に認められる証拠を集める必要がありますが、諜報機関員にその必要なく、状況証拠であれ何であれ、そういった示唆が圧倒的な数で上がってくれば、われわれにとってはそれが証拠と言えます。共謀はあったのです。公開情報だけをみても圧倒的な情報が上がって来ている。ムラー氏も何百万人の人たちもそう思っているでしょうし、私もそうです。真実は明らかです。証拠を挙げて有罪にできなくても、真実は明らかなのです。

諜報の世界では何か1つ敵の行為があったとき、それに対して何も行動をしなければ怠慢だと見なされます。今回は400件以上のそういった行為が明らかになっているわけです。それに対して何の行動も取らないのは、死んでいるか、国を裏切ったか、あるいは歴史を振り返れば失敗と決めつけられるに違いない。そう思っています。


集団的自衛権
■ CIAも劣化したものだ ―ブルース・クリングナー氏のインタビュー記事紹介 「代替案のための弁証法的空間(2015.9.20)」より
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本日(2015年9月20日)の『東京新聞』で、元CIAの北東アジア担当官で、現在ヘリテージ財団の「ジャパン・ハンドラー」の一人、ブルース・クリングナー氏(ヘリテージ財団上級研究員)のインタビューが掲載されていた。クリングナー氏は次のように言う。

『東京新聞』9月20日付け6面クリングナー氏インタビューより引用****


 集団的自衛権の行使容認は、米国が長年、日本に要求してきたことだ。だが、日本側はいろいろな理由を挙げて「難しい」と譲らなかった。だから安倍首相が容認に動いたときは、良い意味でとても驚いた。
 (中略)
 ただ、安保法制は日本からすれば安保政策の歴史的転換点であっても、世界的に見れば、哀れなほど小さな変化にすぎない。
 日本が集団的自衛権を行使できるのは敵対行為に対応する場合に限られ、PKOでも応じるのは後方支援くらいだろう。
 (後略)

引用終わり*****


(※mono.--中略、詳細はブログ記事で)
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 クリングナー氏のやり方、「さすがはCIA!」と言いたいところだが、ちょっと待った。アメリカの外交も随分劣化していないか?
 ふつうこうした隠密活動というのは影でコソコソやるものであって、自慢気に堂々と顕示するようなもんじゃないでしょう。クリングナー氏ときたら、公の目に触れるヘリテージ財団のレポートで、自分の業績として高らかに誇っているのだ。

 ここまで日本人は舐められているんだよ。こんなのに手玉に取られている自称「保守」、自称「愛国者」っていったいなんだ? あなたたちはバカにされてるだけなんだよ。 




日米関係】 / 【東京電力
■ CIA対日工作のターゲットは東電破壊だった。 「超高層マンション スカイヲーカー(2013.11.7)」より
(※ 前後略)
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要するに、米国は日本中に危険な原発を作らせることが軍事戦略上のメリットがあったからなんだろう。
つまり、いつでも随時、米国の軍事戦略上の都合に応じて日本の原発を破壊することができるということ。

1980年代からCIAは日本経済に照準を合わしていた。米国の対日工作の目的は、「日本弱体化」なのだ。

その最大のターゲットは東京電力だった。

経済成長の源泉は、「エネルギー」だ。大量エネルギーを生む供給力を断てば成長力は弱体化できる。
その中核は、「東京電力」であり「関西電力」だ。

東電は福島原発爆破で実質倒産となり、関電は原発稼動停止で電力供給力を大幅に失った。

加えて、米国内で原発を随時廃炉にしたいが、投下資金の回収を行うのに日本に肩代わりさせたということだけなんだろう。だから、日米原子力協定では米国からの濃縮ウランの日本の買い付けに関し、一定量を買い付ける約定を交わしているハズだ。つまり、今回のような大破壊があって、事実上原発稼動が停止することで大量の濃縮ウランの使い道がなくなっても、日本は米国から一定毎量を買い付ける必要がある。また、原発が不稼動状態で急遽火力発電で補完的に充当しようにも、追加量の原油や天然ガスの購入が不可欠であって、その仕入先は米国を支配する国際金融資本であるワケなのであって、要するに、福島原発大爆破で日本は従来通りの一定毎の濃縮ウランに加え、原油や天然ガスなどの資源を米国から買い付ける必要がある。その追加的需要の結果、原油価格や天然ガス価格は跳ね上がり、米国の資源メジャーは丸儲けってワケ。

自爆テロ】 / 【モサド
■ 自爆テロはCIAとモサドの仕業 「ザウルスでござる(2013.9.20)」より
(※ 前後略、詳細はブログ記事で)
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 自爆テロというと、イラクのバグダッドあたりで連日のようにやっていたものだが、今度は舞台がシリアに移ってきた。実はいわゆる”自爆テロ”というもののほとんどはCIAとモサドによる政治的破壊工作であることが2012年5月にトルコの新聞「アイディンリク」によって暴露された。
 「CIAとモサドは、イラク、パキスタン、リビヤなどいくつかの国でこの自爆攻撃を行ってきた」と、アイディンリク紙は月曜日の記事で報じていた。
 このレポートは、イラク占領時にCIAとモサドの工作員がモスクを爆弾攻撃することでシーア派とスンニー派の間の軋轢を増幅させてきたことを示している。
 「これらの工作員は、シーア派とスンニー派のモスクを標的にすることで自分たちの目的を達成してきた。全ての爆弾攻撃は自爆攻撃と宣言され、自爆犯は死亡したと発表されてきたが、事実はそうではない」とアイディンリク紙は報じている。
(※ 中略)
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「自爆テロ」とメディアに報道させているが、実際は自爆ではなく、遠隔操作爆弾であって、何度でも”自爆”できるのである。CIAとモサドは、何も知らないアラブ人を好きなように殺戮し、それをあろうことかアラブ人自身の仕業であるようにメディアを操作して巧みに演出しているのである。

■ CIAが日本大使館を盗聴 「ネットゲリラ(2013.7.1)」より
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ロシアの空港にヒキコモって出てこないスノーマンなんだが、エクアドルが「手続きに時間がかかる」とか言ってて、何だか揉めてる風情なんだが実は「ロシアが情報をジックリ聞き出すために、わざとやってる」のだそうで、

だっから今現在も進行中である、ダブルオー・セブン(007)も顔負けの元CIA職員の争奪戦は、じつは、CIAとKGBの壮絶きわまる命懸けの謀略戦でもRのだ。(ほんと!スリリングだ猫ー!)

そーしてプーチンは、エクアドルには「亡命申請決定まで数ヶ月かかる」と言わせて、スノーデン元CIA職員から米国の諜報と防諜と謀略システムに関する最高レベルの国家機密情報!コレをジックリと聞き出す時間と余裕を手にした!とUービックリ驚き、桃の木に花が咲くドッキリの6月。

そういや、昔、ミグが日本に飛んできた時にも、グズグズ言ってなかなか返却しなかったなw こういうの、国際諜報戦では常識なんだろう。

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■ すっトボケも喧嘩のうち 「飯山一郎のLittleHP(2013.7.1)」より
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ロシアのペスコフ大統領報道官は30日、米当局に
訴追され、モスクワの空港にとどまっているとされる
米中央情報局(CIA)元職員、エドワード・スノーデン
容疑者の処遇について、
「クレムリン(大統領府)の現在のテーマではない」
と述べ、関心がないとの姿勢をあらためて強調した。 (記事)
プーチンは「米国の諜報分野での最高国家機密を握っている
スノーデン元CIA職員のコトなど、関心がない!」と、報道官
にイケシャーシャーと、そしてヌケヌケと言わせる…。

「ウソつけ! この野郎、ウソつくな!」
と、アメリカとしては言いたいだろうーー。
当然だ。プーチンは、明らかにウソをついているんだからな。

しかし、アメリカは何も言えない…。
相手は、ロシアとUー超大国の大統領だしな。

そこまで読んで、プーチンは、ノーノーと時間を稼ぐ…。
ほんと、したたかだ寝ーー!

この「すっトボケ術」。 みんな!よ~く学習しなさい夜!


■ 日本の中のCIAエージェント 「浮世風呂(2012.10.2)」より
+記事
 日本の政界、財界、マスコミ、学者、評論家、右翼・暴力団などあらゆる分野に張り巡らされたCIAのスパイ・エージェントの数は一体どのくらいになるのであろうか

日本で活動する実行部隊(オペレーション担当)は工作員指揮官として、まず3人の現地工作員の指揮に当たる。そして、工作員はそれぞれ3人の配下(協力者)を抱え、3人の配下もさらに3人の部下を抱える。つまり、1人の指揮官が3×3×3=27人の工作要員を指揮して情報収集などに当たっている。CIAエージェントとされる中には、本人が意識せずにCIAに対して情報提供をする者も含まれる。

外交官や軍人に偽装するOCS(Official Covers)と民間人に偽装するNOCS(Non Official Covers)とに分かれ、それぞれ活動しているというが、最近はNOCSを増やしつつあると分析されている。その理由は、2001年9月11日、米国で起きた同時多発テロが関係する。

 要するに、通常総勢、数百人もの工作要員が活動しているというのである。それが東日本大災害による福島原発の破壊に伴うデーター収集や、混乱に乗じたる各国のスパイの増員により、CIAも当然増員されているものと思われる。ようするに、スパイ防止法すらない日本はまさにスパイ天国というわけである。

★吉田茂

幼児に横浜の富裕な貿易商、吉田健三の養子となり、東京帝国大学政治科を卒業後、外務省に入省した。大久保利通の次男、牧野伸顕伯爵の長女、雪子と結婚。

 天津総領事、奉天総領事、イタリア大使、イギリス大使を歴任した。

 吉田茂は取り巻く人間を通して、ロスチャイルドの影響を受けていた。

太平洋戦争の前夜に日本の対米英戦争を決定した1941年9月6日の「帝国国策遂行要領」に関する所謂「御前会議」の内容を細大漏らさず、敵米国の駐日大使に通報していた、日本最大の売国スパイ=暗号名「ヨハンセン」とは吉田茂。

元自民党総裁=麻生太郎の祖父。

★辰巳栄一 (1895年1月19日ー1988年2月17日)

コードネーム「POLESTAR―5」

元陸軍中将
戦後の連合軍占領中は旧軍の反共主義工作機関「河辺機関」を率いた。警察予備隊の幹部人選に駐英武官当時からの上司であった吉田茂の腹心として関与。
内閣調査室や後の自衛隊の設置に関わる資料をアメリカ政府に流していた事が2009年10月、有馬哲夫・早稲田大学教授のアメリカ国立公文書記録管理局における機密解除資料調査で確認された。1975年1月から1978年12月まで偕行社会長を務めた。

★緒方竹虎 (1888年1月30日 - 1956年1月28日)

コードネーム「POCAPON(ポカポン)」

ジャーナリスト、政治家。朝日新聞社副社長・主筆、自由党総裁、自由民主党総裁代行委員、国務大臣、情報局総裁、内閣書記官長、内閣官房長官、副総理などを歴任。栄典は正三位勲一等旭日大綬章。三男の緒方四十郎は元日本銀行理事。

緒方は12月にA級戦犯容疑者指名、1946年8月に公職追放、1947年9月戦犯容疑解除、1951年8月に追放解除となっている。A級戦犯容疑者指名がなければ、敗戦で社内の緒方派と反緒方派の対立が再燃して自らも調停に乗り出し、村山長挙社長が辞任していた朝日新聞社の社長に就任するはずであった。

追放解除の翌年にあたる1952年10月、第25回衆議院議員総選挙で福岡1区(当時)から出馬し、中野正剛の地盤を引き継いだうえに地元財界の支持を得て当選する。

第4次吉田内閣で当選1回ながら、国務大臣兼内閣官房長官、さらに副総理に任命され、翌1953年5月成立の第5次吉田内閣でも副総理に就任した。この政界での急速な階梯昇段の要因には、吉田茂の政治指南役だった古島一雄の紹介や、吉田が重光葵の後任として東久邇宮内閣外務大臣に就任したのが、近衛文麿と緒方の推薦によるものだったことなどが挙げられる。

なお、緒方は政界復帰前の1952年4月、吉田茂、村井順とともに、アメリカのCIA、イギリスのMI5、MI6などを参考にして、内閣総理大臣官房に「調査室」という小さな情報機関を設立した。これが現在の内閣情報調査室の源流である。

緒方は、これとは別に強力な情報機関、いわゆる日本版CIAを新設する構想を持っており、吉田内閣入閣でこの構想は一挙に表舞台に登場したが、国会や外務省、世論の激しい批判を浴び、第5次吉田内閣の下で内調の拡充・強化を図るにとどまった。しかし、このときの緒方の動きを、アメリカCIAは高く評価した。

★岸信介 (1896年11月13日 - 1987年8月7日)

言わずもがなスパイ。岸の『系譜』の政治家は、CIAのスパイである。
政治的に岸は日本の歴代首相のだれよりも右寄りだった。岸は、APACL(アジア人民反共連盟)、MRA(道徳再武装
運動)、統一教会など、右翼組織やCIAのフロント組織に深く関わっていた。

 首相をしりぞいた二年後の1962年9月には、東京で5日間にわたって開催されたAPACLの会合で基調演説を行なっている。また、日本郷友連盟や祖国防衛同士会など、民主主義の粉砕と天皇の政権復帰を擁護する極右団体の顧問もつとめた。
 岸は首相在任中に、日本を訪れたMRAの代表達に次のように挨拶している。「諸君は全世界に対して道徳的バックボーンを与えるようにしておられる。私はMRAが6週間にわたって(1960年5月から6月までの期間)我が国に与えた圧倒的な影響力に対して感謝の気持ちを表明したい」時あたかも、岸打倒を叫ぶ運動がピークに達しており、MRA代表団の訪日のタイミングのよさには目を見張るものがあった。

 岸は日本でもっとも反動的な首相だった。1957年から60年までの短い首相在任中に、岸内閣は史上まれに見る反進歩的な法案を提出した。一つは1958年、警察官の権限を拡大強化する警職法(警察官職務執行法)改正案であり、もう一つは1948年に廃止された紀元節の復活であった。統一教会といえば、CIAの命によりKCIA(韓国中央情報局)が組織し、操る宗教団体であることが後に明らかになった。岸と教会との密接な関係を示す一例として1974年5月、東京の帝国ホテルで開かれた『希望の日』実行委員会主宰の大晩餐会がある。『希望の日』とは、教会の世界的宣伝キャンペーンの一環の集会名だが、同実行委員長が岸信介だった。(『週刊新潮』1974年5月23日号より)>

★ハリー・カーン

ニューズウィークの元編集長。岸信介の英語の教師。ハリー・カーンはGHQの「アメリカ対日協議会」(ACJ)のエージェントだった。ACJはA級戦犯の釈放、公職追放された旧官僚の復職、解体された財閥の復興を仕切ったことで、戦後の日本に「ジャパン・ロビー」ともいうべき組織を作り上げていた。その中心メンバーなのに、その実態は本当に闇に包まれ日本国民には知られていない。日本のニューズウィーク編集部は今でもCIAのたまり場。

★児玉誉士夫 (1911年(2月18日 - 1984年1月17日)

日本の右翼運動家、黒幕、CIAエージェント。
暴力団・錦政会(後の稲川会)や東声会の顧問で、これら反社会勢力はCIAの行動隊。

朝鮮戦争(50年—53年)当時、CIAの前身である米戦略サービス局(OSS)の旧幹部グループは、右翼の児玉誉士夫氏らと組んで、日本の貯蔵庫から数トンのタングステンを米国に密輸、ミサイル強化のためタングステンを必要としていた米国防総省に1000万ドルで売却。これを調べている米メーン大学教授の資料によると、CIAは280万ドルを児玉にその見返りとして提供したという。

アメリカの国立公文書館が公開したCIA・中央情報局の機密文書に記されていたものによると、東西冷戦の初期、CIAは「右翼の大物」と言われ、戦犯の疑いで逮捕されたあと釈放された児玉誉士夫氏や、元陸軍参謀の辻政信氏らと接触し、中国など、共産圏の情報収集活動に当たらせたということだ。 しかし、文書の中でCIAは、こうした試みは、工作資金を持ち逃げされたり、情報をねつ造されるなどしてほとんど役に立たなかったと分析している。特に、児玉氏については「自身の富や権力を得ることが目的で、母国の将来には関心がなかった。諜報員としての価値はないに等しい」と酷評している。

★笹川良一 (1899年5月4日 - 1995年7月18日)

日本の政治運動家、右翼活動家、社会奉仕活動家。CIAエージェント。

★正力松太郎 (1885年4月11日 - 1969年10月9日)

コードネーム「PODAM」
読売新聞、日本テレビ、プロ野球・読売巨人軍の、コードネーム・スパイ組織暗号名は、「ポハイク POHIKE」

ペンタゴンの資金提供で、日本テレビは創立される。
読売新聞と日本テレビはフル稼働で原子力のイメージアップに努め、CIAは原子力に対する日本の世論を転換させたのは正力の功績だと認めている。

日本の警察官僚、実業家、政治家。元読売新聞社社主。従二位勲一等。富山県高岡市名誉市民。京成電鉄OB。長期わたって、CIAエージェント。 正力松太郎や、読売ジャイアンツとの関係で、野球は警察利権。CIAの管轄下にある。

マスコミ操作を通じアメリカが常に「善」であると日本の市民を洗脳し、アメリカを批判する言論をマスコミに「登場」させない。アメリカ映画、音楽を大量に流し、アメリカが「すばらしい」国だと連日宣伝することが目的だとアメリカ国立公文書館 米国政府の心理戦争局の内部文書に書かれている。

★渡辺恒雄

読売新聞経営者。敗戦当時、日本にはテレビ局はNHKしか存在しなかった。米軍は3S作戦実行のため、戦前からのCIAスパイである読売新聞の創立者、正力松太郎とその部下渡辺恒雄(現在の読売新聞・経営者)に「命令」し、CIA直営のテレビ局として日本テレビの創立を命令する。CIAスパイエージェント正力松太郎は、CIAの資金で読売新聞を日本最大の新聞に育て上げるが、戦争中読売新聞は、日本の中国侵略と日米戦争を大々的に「アオッタ」新聞である。日本に中国侵略と日米戦争を行わせる事は、CIA新聞である読売新聞を使った米国の戦略であった。

正力松太郎と渡辺恒雄がCIA工作員として、読売新聞、日本テレビ、プロ野球・読売巨人軍を創立し、その経営資金がCIAから出ている事実は、米国政府の心理戦争局の内部文書Records Relating to the Psychological Strategy Board Working Files 1951-53に明記されている。

米軍が武器を持ち日本に駐留し、日本を支配下に置いているように、読売新聞、日本テレビ、プロ野球・読売巨人軍は、米軍の「兵器」として「作られた」。

 政治部の渡辺記者は大野番として出発したが、大野伴睦や児玉誉士夫に密着して子分役を務め、暴力団の東声会のクラブの運営委員に連なったり、ロッキード事件の前にワシントン特派員として、児玉の対米窓口を果たしたとも噂された。また、児玉が乗っ取った出版社の「弘文堂」では、若き日の中曽根と共同経営者に名を連ね、その時の株主仲間には児玉や中曽根の他に、大橋富重、萩原吉太郎、永田雅一、久保満沙雄のような、戦後の疑獄史の裏面に出没した政商たちが、読売の現役記者だった渡辺と共に名を連ねている。

★船橋洋一

朝日新聞が親中、新ロ論陣と左右に別れていた時代には、世論調査の信頼度も一定の範囲で存在したが、朝日新聞が小泉純一郎政権以降、船橋洋一主筆を筆頭に急速に親米化一色になった時点で、マスメディアが持ち続けるべきジャーナリズム精神は失われた。
人民日報提携紙、同じ住所に東亜日報を置く朝日新聞は、CIA資料からCIAエージェントと明らかにされてから、記事内容も支離滅裂である。過去の高飛車な断定報道を無かったかの様にスルーし、追いつめられると言い訳ばかりで決して謝罪もしない低レベルのゴシップ新聞社である。

★東久邇稔彦 (1887年12月3日 - 1990年1月20日)

旧皇族、陸軍軍人、陸軍大将。位階は従二位。勲等は大勲位。功級は功一級。皇籍離脱後は東久邇 稔彦(ひがしくに なるひこ)を名乗った。

第二次世界大戦後、敗戦処理内閣として憲政史上最初で最後の皇族内閣を組閣した。連合国に対する降伏文書の調印、陸海軍の解体、復員の処理を行い、一億総懺悔を唱え国内の混乱を収めようとしたが、歴代内閣在任最短期間の54日で総辞職した。

★辻政信 (1902年10月11日 - 1961年に行方不明)

元陸軍大佐。政治家。衆議院議員(4期)、参議院議員(1期)。

旧軍人グループとの繋がりで反共陣営に参画。著書を次々出版しベストセラー作家としての知名度を確立した。旧軍の参謀だったという要素がプラスに働き、追放解除後の1952年に旧石川1区から衆議院議員に初当選。自由党を経て自由民主党・鳩山一郎派、石橋派に所属。石橋内閣時代に外遊をし、エジプトのガマール・アブドゥン=ナーセル、ユーゴスラビアのヨシップ・ブロズ・チトー、中国の周恩来、インドのジャワハルラール・ネルーと会談している。衆議院議員4期目の途中だった1959年に岸信介攻撃で自民党を除名されて衆議院を辞職し、参議院議員(全国区)に鞍替えして第3位で当選した。

2005年(平成17年)に公開された、米中央情報局(CIA)極秘文書には『辻政信ファイル』が存在する。しかし、経験不足で諜報活動は失敗に終わった」としているほか、日本の再軍備をもくろんでいたとしてアメリカ側が警戒していたことが記されている。

★五島慶太 (1882年4月18日 - 1959年8月14日)

1944年(昭和19年)、東條英機内閣の運輸通信大臣に就任し、名古屋駅の交通緩和や船員の待遇改善などに貢献する。終戦後の1947年(昭和22年)、東條内閣の閣僚だったという事で連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって公職追放者指定を受けた。公職追放後も影のご意見番として事実上企業活動に参加。大東急分割騒動の際も、むしろ自ら企業分割を推奨し大東急再編成の推進役を果たした。東急電鉄創業者。

★秋山浩
(旧731部隊情報提供者)

★有末精三 (1895年5月22日 - 1992年2月14日)

元陸軍中将 駐留米軍顧問 日本郷友連盟会長
CIAの記録によると有末とその部下は在日中国共産党員に情報を売っていたとされている。戦時中から、アメリカと中国共産党の二重スパイか。

★麻生達男 詳細不明

★福見秀雄 (1914年4月20日 - 1998年12月19日)

昭和時代後期の微生物学者。(旧731部隊関係者)
昭和22年創設の国立予防衛生研究所入所、細菌部長をへて、53年所長。55年長崎大学長。
藤野恒三郎と腸炎ビブリオを発見。インフルエンザワクチンの開発、集団接種などに力をそそいだ。死去。84歳。愛媛県出身。東京帝大卒。

★服部卓四郎 (1901年1月2日 - 1960年4月30日)

戦時中からアメリカのスパイであることが疑われる。
元陸軍大佐。
1942年(昭和17年)8月に始まったガダルカナル島の戦いにおいては、現地を視察した際、「補給路が確立されつつあり、この点について問題なし」と実情とかけ離れた報告をした。結果、陸軍は3万人以上の部隊を投入したが、撤退できたのは僅かに1万人足らずだった。

終戦後は、チャールズ・ウィロビーの元で日本の再軍備にかかわる。当初は、創設される警察予備隊の幕僚長に任じられる予定であったが、公職追放された人物を入隊させることはできないと民政局及び吉田茂首相(吉田に進言したのは辰巳栄一元中将を中心としたグループ)が反対したため、服部の幕僚長就任は実現しなかった。

1952年(昭和27年)10月31日付のCIA文書によると、服部らは、自由党の吉田茂首相が公職から追放された者や国粋主義者らに敵対的な姿勢を取っているとして、 同首相を暗殺し、民主党の鳩山一郎を首相に据える計画を立てた。辻政信が「今はクーデターを起こす時ではない」と服部らを説得し、服部らはクーデターは思いとどまったものの、政府高官の暗殺を検討したという。

★今村均

元陸軍大将。戦場で将兵の守るべき教訓を列挙した訓示、いわゆる「戦陣訓」を作成 した。「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」。
インドネシアでは、民族独立を目指すスカルノとの友情を貫き、ラバウルでは陸軍7万人の兵を統率して、米軍の攻撃をもの
ともせずに、玉砕も飢えもさせずに敗戦まで持ちこたえ、無事に帰国させた。

オーストラリア軍の禁錮10年の判決により、1949年(昭和24年)に巣鴨拘置所(巣鴨プリズン)に送られた。だが今村は「(未だに環境の悪い南方で服役をしている元部下たちの事を考えると)自分だけ東京にいることはできない」として、1950年(昭和25年)には自ら多数の日本軍将兵が収容されているマヌス島刑務所への入所を希望した。

積極的にスパイ活動に関与したとは思えない。

 戦犯として捕まった部下を救うために、自ら最高責任者として収容所に乗り込み、一人でも多くの部下を救うべく奮闘した。帰国後は、部下や、遺族の生活のために奔走した。その姿はマッカーサーをも感動させたのである。政治家や官僚、企業経営者の責任が問われる今、責任をとるとはどういうことか、今村将軍の生涯を振り返えれば答えが出るであろう。

★石井四郎 (1892年6月25日 - 1959年10月9日)

(旧731部隊長)
元陸軍軍人、軍医。関東軍防疫給水部長、第1軍軍医部長を歴任する。階級は陸軍軍医中将功三級医学博士。731部隊の創設者として防疫活動に従事した。多くの人体実験を行い細菌兵器を開発したとされる。

★賀屋興宣 (1889年1月30日 - 1977年4月28日)

コードネーム「POSONNET-1」

広島県広島市出身の大蔵官僚~政治家。
大蔵(現財務省)官僚は、アメリカCIAのスパイである。

戦後A級戦犯として極東国際軍事裁判で終身刑となり、約10年間巣鴨プリズンに服役。

1955年(昭和30年)9月17日に鈴木貞一、橋本欣五郎らと共に仮釈放。1958年(昭和33年)赦免。同年第28回衆議院議員総選挙に旧東京3区から立候補し当選(以後5回連続当選)。岸信介首相の経済顧問や外交調査会長として安保改定に取り組んだほか、池田内閣の法務大臣、自民党政調会長などを歴任し、自由民主党右派・タカ派の政治家として有名だった。

1972年(昭和47年)、政界引退。「自由日本を守る会」を組織、中華民国擁護など独自の政治活動を続けた。

アメリカ共和党、中央情報局(CIA)や中華民国の蒋介石政権と強固な人脈を持ち、日本遺族会初代会長となる等、国際反共勢力、自民党、右翼のトライアングルを結ぶフィクサーとして国内外の右翼人脈を築いた。2007年(平成19年)に開示されたアメリカ国立公文書記録管理局所蔵の文書に、CIAの協力者(日本反共化のためのスパイ)だったことが記されている。

★小宮義孝 (1900年 2月18日埼玉県にて出生。

元東京大学医学部助教授国崎定洞(ドイツ共産党日本人部創設者で、旧ソ連に亡命後スターリン粛清の犠牲になったコミュニスト)の親友であり、東大医学部助手時代に治安維持法違反で検挙され、上海に渡った経歴を持つ。七三一部隊の石井四郎・秋山浩・福見秀雄と同様に細菌戦関与を疑われたが、もともと治安維持法で検挙され東大医学部助手から上海へ左遷された左翼。この小宮義孝を唯一の例外として、今回機密解除されたCIA個人ファイルには、左翼関係者は公開されていない。

★久原房之助 (1869年6月4日 - 1965年)

明らかにスパイ。
衆議院議員当選5回(16、17、18、19、25回総選挙)。逓信大臣、内閣参議、大政翼賛会総務、立憲政友会(久原派)総裁を歴任。日立製作所創立の基盤となった久原鉱業所(日立銅山)や久原財閥の総帥として「鉱山王」の異名を取った。義兄の鮎川義介と共に「政界の黒幕・フィクサー」と呼ばれ、右翼に資金を提供して二・二六事件に深く関与した。戦後はA級戦犯容疑者となり、公職追放となった。

明治の政商として活躍、藤田組を創業した藤田伝三郎は父・庄三郎の実弟にあたる。なお、庄三郎は伝三郎が「藤田伝三郎商会」(後の藤田組、現在のDOWAホールディングス)設立の際には共同経営者として名前を連ねている。

2回結婚しており(最初の妻が鮎川義介の妹・キヨ)、妾腹の子を含めると3男10女計13人の子に恵まれた。長女は元衆議院議長・石井光次郎に、三女は大隈重信の孫・信幸に、四女は元東京急行電鉄社長・五島昇に、八女は元スタンレー電気社長・北野隆興に嫁ぎ、九女と十女は米国人と結婚している。孫にシャンソン歌手の石井好子と元東急建設社長の五島哲、スタンレー電気社長の北野隆典がおり、曾孫に詩人・フランス文学者の朝吹亮二が、玄孫に小説家で第144回芥川龍之介賞を受賞した朝吹真理子がいる。

★前田稔 (1945年3月1日 - 1945年10月1日)

元海軍中将。航空艦隊司令長官。
「親ソ」でコミュニストの可能性。海軍内で暗躍したさほどの形跡はない。

★野村吉三郎 (1877年12月16日 - 1964年5月8日)

日米開戦時の駐米大使。
昭和初期に活躍した日本の海軍軍人、外交官、政治家。和歌山県和歌山市出身。位階勲功等は海軍大将従二位勲一等功二級。

終戦後の1946年(昭和21年)8月に、野村は公職追放となるが、ACJ(アメリカ対日協議会)の面々は積極的に野村に近づき、定期的に(違法ではあるが)食料や煙草を送り、経済的に苦しい野村の便宜を図った。メンバーの一人であるウィリアム・リチャーズ・キャッスルは、野村を「日本を正しい道筋で、再び重要な国家となるように再建するのに役立つ人物の一人だ」と評した。

1953年(昭和28年)3月24日、同郷の松下幸之助に請われ、松下電器産業の資本傘下となった日本ビクターの社長に就任。空襲による会社や工場施設の焼失、戦後の労働争議などでの危機的経営を創生期の親会社で疎遠となっていたアメリカRCAと技術支援契約を結び再建の道筋をつける。

追放解除に伴い、吉田茂の要請で再軍備問題の調査にあたり、海上自衛隊の創設に深く関わる。これが縁で1954年(昭和29年)の第3回参議院議員補欠選挙(和歌山選挙区)に出馬・当選し、参議院議員となり、続く第5回参議院議員通常選挙(和歌山選挙区)にも当選した。
自由民主党に参加して、防衛政策を担当した他は、外交調査会会長を務め、松野鶴平の参議院議長就任に伴い党参議院議員会長に就任した。鳩山内閣・岸内閣で防衛庁長官への起用が取り沙汰されたが、日本国憲法における文民統制の観点から見送りになった。その後の人事では旧軍・自衛隊の士官経験者の防衛庁長官も誕生しているが、当時としてはまだ時期尚早で、なによりも野村が旧海軍軍人として大物過ぎたこと、そして日米開戦時の駐米大使としてあまりにも有名でありすぎたことが逆にたたる結果となった。

★大川周明 (1886年12月6日 - 1957年12月24日)

積極的にスパイ活動に関与したとは思えないが、CIAは、満鉄の情報を収集していたのではないだろうか。

日本の思想家。 1918年、東亜経済調査局・満鉄調査部に勤務し、1920年、拓殖大学教授を兼任する。1926年、「特許植民会社制度研究」で法学博士の学位を受け、1938年、法政大学教授大陸部(専門部)部長となる。その思想は、近代日本の西洋化に対決し、精神面では日本主義、内政面では社会主義もしくは統制経済、外交面ではアジア主義を唱道した。晩年、コーラン全文を翻訳するなどイスラーム研究でも知られる。

★小野寺信 (1897年9月19日 - 1987年8月17日)

元陸軍少将。
スウェーデン公使館付武官に発令され、翌年1月、ストックホルムに着任し太平洋戦争を迎えた。1943年(昭和18年)8月、陸軍少将に進む。
この頃からSD国外諜報局長であるヴァルター・シェレンベルクと共に和平工作に従事する。敗戦後の1946年(昭和21年)3月に日本に帰国復員したが、同年7月まで4ヶ月間戦争犯罪人として巣鴨プリズンに拘留された。

★重光葵 (1887年7月29日 - 1957年1月26日)

第二次世界大戦期の、日本の外交官・政治家。
1943年(昭和18年)11月の大東亜会議を開くために奔走。人種差別をなくし亜細亜の国々が互いに自主独立を尊重し対等な立場での協力を宣言した。

公職追放解除後、改進党総裁・日本民主党副総裁を務めた。鳩山一郎派と合同して日本民主党を結党させる。1955年(昭和30年)の保守合同で自由民主党結党に参加。

★下村定 (1887年9月23日 - 1968年3月25日)

元陸軍大将。政治家。
終戦時下村は満州におり、下村の帰国まで東久邇陸軍大将宮が陸軍大臣を兼務している。第5回参議院議員通常選挙で全国区から出馬、当選し参議院議員を1期務めた。

★和知鷹二 (1893年2月1日 - 1978年10月30日)

元陸軍中将。1946年(昭和21年)1月、戦犯容疑(橘丸事件)で逮捕され巣鴨拘置所に拘留。1948年(昭和23年)4月13日、重労働6年の判決を受け、1950年(昭和25年)8月に仮釈放された。

★和智恒蔵 (旧姓・大野、1900年7月24日 - 1990年2月2日)

元海軍大佐で、硫黄島では海軍警備隊司令を務めた。
1946年4月25日から9月まで巣鴨プリズンに拘禁された。戦争から生還したことに責任を感じて出家し、天台宗の僧侶になる。硫黄島協会を設立して、慰霊と遺骨収集に生涯を捧げた。

★土肥原賢二

★中曽根康弘

ロッキード事件の発覚直後の1976年2月、中曽根康弘・自民党幹事長(当時)から米政府に「この問題をもみ消すことを希望する」との要請があったと報告する公文書が米国で見つかった。裏金を受け取った政府高官の名が表に出ると「自民党が選挙で完敗し、日米安全保障の枠組みが壊される恐れがある」という理由。三木武夫首相(当時)は事件の真相解明を言明していたが、裏では早期の幕引きを図る動きがあったことになる。中曽根事務所は「ノーコメント」としている。

 この文書は76年2月20日にジェームズ・ホジソン駐日米大使(当時)から国務省に届いた公電の写し。米国立公文書館の分館であるフォード大統領図書館に保管され、2008年8月に秘密指定が解除された。

 ロッキード事件は76年2月4日に米議会で暴露されたが、ロ社の裏金が渡った日本政府高官の名前は伏せられた。

 与野党いずれも政府に真相解明を要求。三木首相は2月18日、「高官名を含むあらゆる資料の提供」を米政府に要請すると決めた。

 文書によると、中曽根氏はその日の晩、米国大使館の関係者に接触し、自民党幹事長としてのメッセージを米政府に伝えるよう依頼した。中曽根氏は三木首相の方針を「苦しい政策」と評し、「もし高官名リストが現時点で公表されると、日本の政治は大変な混乱に投げ込まれる」「できるだけ公表を遅らせるのが最良」と言ったとされる。
さらに中曽根氏は翌19日の朝、要請内容を「もみ消すことを希望する」に変更したとされる。文書には、中曽根氏の言葉としてローマ字で「MOMIKESU」と書いてある。中曽根氏はその際、「田中」と現職閣僚の2人が事件に関与しているとの情報を得たと明かした上で、「三木首相の判断によれば、もしこれが公表されると、三木内閣の崩壊、選挙での自民党の完全な敗北、場合によっては日米安保の枠組みの破壊につながる恐れがある」と指摘したとされる。

 文書中、依然として秘密扱いの部分が2カ所あり、大使館関係者の名前は不明だ。

 結果的に、事件の資料は、原則として公表しないことを条件に日本の検察に提供された。

★池田勇人

★佐藤栄作

2007年に公開された日本占領中のマッカーサーの諜報活動を詳述しているCIA文書など5万点に上る機密解除文書には、岸信介の弟である佐藤栄作元総理大臣が米国に対し「共産主義と戦うためにアメリカからの財政援助を願い出ていた」ことが書かれている。
また、佐藤栄作大臣(岸政権下の大蔵大臣)が当時の米国駐日大使館S.S.カーペンター大使館一等書記官と東京グランドホテルで秘密裏に会談し、資金援助を要請したことがS.S.カーペンター大使館一等書記官作成の覚書の中に書かれている。

米国のエージェントであった岸信介総理大臣が日本国民の反対運動を弾圧して調印した1960年の「日米安保条約」および米国のエージェントの佐藤栄作総理大臣が国民の反対運動を弾圧して調印した1970年「日米安保条約」は、調印した二人の日本国総理大臣が米国に買収されていたエージェントであった事実が暴露された時点で法的根拠を失い無効となるのは当然である。

なぜなら外国に買収された一国の総理大臣が買収した外国との間で調印した条約は無効となるからである。

★小泉純一郎

★竹中平蔵

★飯島勲

小泉元首相の秘書官だった。

★麻生太郎

第二次世界大戦後、中国とロシアが共産主義国になったため、日本を共産主義への防波堤に使おうと米国政府は考えた。日本が共産主義にならないよう米国は日本を豊かな国に育て、また巨大な米軍とCIAを日本に置き、日本を暗黙の「監視下」 に置いた。

その任務を担ったのが、初代CIA日本支局長ポール・ブルームであった。

ブルームは東京の渋谷区神山町22番地に住居を持ち、その近所には2008年現在の麻生太郎元首相の生家があった。当時の総理大臣吉田茂は麻生の祖父であり、麻生の家で、CIA日本支局長ブルームと吉田首相は、日本の経済成長や米軍駐留の政策について深夜まで話し合った。

やがてブルームは麻生太郎を自宅に引き取り、自分の「後継者」として、CIA日本エージェント=工作員として育てる。

★佐野忠克

鳩山由起夫政権時の政務担当首相秘書官。
首相秘書官の内訳は、慣例的に政務担当1名、事務担当4名の計5名で構成され、それぞれ外務省、財務省、警察庁、経済産業省の各省庁から1名ずつ出向する形で就任する。財務省出身者が事務秘書官の中で筆頭格とされ、他の事務秘書官よりも年次が上の者が就けられる。

佐野忠克氏は、1969年(昭和44年)4月 通商産業省入省、 1993年(平成5年)8月 総理府 細川護熙内閣総理大臣秘書官(事務担当)につき、鳩山総理と接点ができている。

当初、鳩山総理は、小泉元首相の秘書官だった飯島勲氏のように、芳賀大輔氏を首相秘書官に起用する予定だったようだが、偽装献金事件で潰されてしまった。だから、旧知の佐野氏に白羽の矢が立った、ということだ。

平野博文官房長官は14日午後の記者会見で、鳩山由紀夫首相とともに訪米して米国に残っている佐野忠克首相秘書官が、スタインバーグ国務副長官と会談することを明らかにした。米国務省「ナンバー2」が日本の首相秘書官と会談するのは極めて異例。米軍普天間飛行場移設問題について、佐野氏は日本側の検討状況などについて説明するとみられる。(時事トッドコム  2010/04/14-17:23)≫

また、記事の主旨には賛成できないが、「現代ビジネス」に「徳田虎雄との会談を仕掛けた佐野忠克首相秘書官」と題し、田崎史郎が書いている。(参照)

≪ 鳩山が動きだしたのは4月28日、徳之島出身の元衆院議員・徳田虎雄との会談からだった。そもそも徳田と会談したことがまず疑問だ。 徳田虎雄が1980年代に衆院奄美群島選挙区(定数1)で保岡興治と「保徳戦争」と呼ばれるほど激しい選挙を戦い、選挙違反で逮捕者が続出したこと、徳洲会の病院経営、彼の政治活動などを多少知っていれば、接触することにもっと注意を払っただろう。

案の定、会談内容は、同席した衆院議員の二男・毅からマスコミに公表された。毅は自民党に所属している。毅がマスコミに、あるいは自民党にすべて話してしまうことは容易に想像できたはずだ。
徳田が会談を受けた時、「これはトラップ(罠)かもしれない」という懸念を抱かなかったのだろうか。

この会談の設定は政務担当の首相秘書官・佐野忠克を中心に進められた。・・・佐野は鳩山と徳田との会談を他の秘書官はもちろん官房副長官・松井孝治らともほとんど相談しなかった。時期もまずく、住民の反対集会が4月18日に徳之島で開かれた後では、地元を説得しようとしてもできるはずがない。≫

★勝栄二郎 (元財務省事務次官)

★松元 崇(財務省)
★清水 治(財務省)
★竹歳 誠(財務省)勝栄二郎と東大時代からの盟友
★太田 充(財務省)
★宇波弘貴(財務省)
★小宮義之(財務省)
★吉井浩氏(財務省)
★井藤英樹(財務省)
★宇波弘貴(財務省)
★大串博士 衆議院議員(財務省出身)

★東京地検特捜部

東京地検特捜部の歴代トップは、全員CIAに留学し、CIAの対日工作員としての徹底的教育を受け、日本に帰国する。この教育を受けた者でなければ、東京地検特捜部、そして日本の警察機構の中で、上層部に出世する事は出来ない。

時には、防衛省の守屋事務次官の事件のように、米国CIAから東京地検への直通ファックスによる「摘発指令」が来ることもある。

★マイケル・グリーン CSISの日本部長

★ジェラルド・カーチス(コロンビア大学教授)=CIA工作員。

その妻・深井翠の父は深井武夫

日本を経済植民地にするためにマスコミに暗躍。要注意人物。大学教授、自民民主議員はCIA工作員多い。小泉純一郎と同じく、日本属国化の手先である。郵政民営化、消費税=法人税減税、外資による日本企業買収法、TPPは、米国の命令によってなされた。

  CIAエージェントリスト

★深井武夫 米国による日本情報統治の父。時事通信社

昭和24年(1949年)に当時アメリカ占領軍のC I E の調査担当のハ-バ-ト・パッシング博士等の推薦で、アメリカ、ミシガン大学のサ-ベイ・リサ-チ・センタ-に招かれた。そこで知ったことは、世論調査とともに科学的な市場調査の重要性であった。帰国後そのことはいち早く時事通信社にもたらされた。すぐにこの事が話題になり、市場調査研究会が結成され、日本で初めて世論調査を導入する。(時事通信社と共同通信はCIAによって設立された。)

★稲盛和夫

「アブシャイア・イナモリ・リーダーシップアカデミー」をCSIS内に作った。稲森は、生前から松下幸之助と昵懇で政経塾の世話人となってきた。その稲森が典型的な「ジャパン・ハンドラー」であるCSISに、政経塾メンバーを送り込むという構図。

★江口克彦

江口は松下幸之助の側近中の側近。松下の意向を受けで、松下政経塾の司令塔であるPHP研究所の社長になっでコントロールしていた。その人物が最高位に就任している以上、「みんなの党」は松下政経塾政権の別働隊と分析できる。

★加藤紘一娘、加藤亜由子
★中曽根康弘の孫、中曽根康隆
★小泉進次郎

 右の女性は、カーチス教授の娘・ジェニー

小泉進次郎 だけでない。3人とも、ジェラルド・カーティス教授とのコネで国際関係(SIPA)に入学。

★浜田和幸

CSISで研究員をしていた、国民新党所属の参議院議員。

★渡辺恒三

CIA指令「小沢抹殺」実行の主役の一人である。原発利権とCIA工作によって寝返った。国のレベルでも地方のレベルでも、渡辺恒三一族は従米ネオコンエージェント活動を主導している。

★渡辺恒三の息子、渡辺恒雄

グリーンの教え子で、肩書きもCSIS(シー・エス・アイ・エス)の研究員である。
鳩山・小澤の政権時、息子の恒雄が、前原誠司や枝野幸男ら民主党内の反小沢グループを何かあるとすぐにそそのかして民主党分裂策動を開始する。「七奉行の会」とかを作って定期的に会っている。ここに、岡田克也までがすぐにひきづられて連れて行かれる。そうして「アメリカとしては、鳩山、小沢のあとはお前たちに日本の政治を任せようと考えている」とマイケル・グリーンが、渡部恒雄と出てきて盛んに扇動していた。

★渡辺恒三の甥っ子、佐藤雄平

福島県知事

★松下政経塾

★前原誠司

★長島昭久

SAIS(ジョンズホプキンズ大学高等国際問題研究大学院)ではプレジンスキー教授のゼミで仕込まれ、防衛省の政務官を経て野田の首相補佐官。マイケル・グリーンの使い走り。

★玄葉光一郎

★長浜博行

★樽床伸二

★創価学会

自民党にCIAの政治資金を流すと同時に、会館に名を借りてCIAの事務所・拠点を建設。

★池田大作

★統一教会

CIAが文鮮明(ムン・ソンミョン)に作らせた教団。公明党が出来てからは創価学会に代わって自民党に政治資金を流すと同時に、統一教会の資金で各国会議員に秘書を提供している。秘書と言ってもCIAの情報網であり議員の監視役である。

★文鮮明(ムン・ソンミョン)

★電通

★NTT

もともとCIAが作った通信網。

★時事通信社

CIAが作った通信社。

★共同通信社

CIAが作った通信社。

★三宝会

竹下登元首相の指示で96年に設立された。新開、テレビ、週刊誌、政治家、官僚、評論家が集まって、自民党にとっで最大の脅威だった小沢一郎をメディアの力で抹殺する作戦が展開された。最高顧問は竹下登、世話人が高橋利行(読売新聞世論調査部長)、後藤謙次(共同通信 編集委員)、芹川洋一(日本経済新開政治部次長)、佐田正樹(朝日新開電子電波メディア局局長付)、湯浅正巳(選択出版)(肩書きはすべて当時)。いま現在は、共同通信、ホリプロ、朝日、毎日、読売、日経、TBS、日テレ、フジ、テレ朝、講談社、文春、プレジデント、選択、朝日出版社が会員だというから、狙われたら抹殺される。中曽根内閣によるバブル経済時代にCIAと結んで日本の核装備のために、原発の建設を財界とともに推進して、現在の破局の基盤作りをしていた。それに協力したのがマスコミという構図。

★田中健五

 「諸君!」初代編集長で文春タカ派路線の生みの親。文藝春秋の取材記者を経て、「諸君-!」から「文藝春秋」の編集長を経て、その後は社長にと出世していく。

大量の政府広報が記事のスタイルで、政府の機密費として文藝春秋に流れたことは、誌面を占めた政府提供記事で明白。
右翼の日本文化会議の機関誌が、内閣調査室の資金で文藝春秋から出て、保守的な言論活動を展開したわけである。













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