■ ボストンテロ事件の検証(1)役者を使う理由 「ザウルスでござる(2013.4.25)」より

■ ボストンテロ事件の検証(2)義足の証拠? 「ザウルスでござる(2013.4.25)」より

■ ボストンテロ事件の検証(3)二人の“ヒーロー” 「ザウルスでござる(2013.4.26)」より

■ ボストンテロ事件の検証(4)ボストンのカウボーイヒーロー 「ザウルスでござる(2013.4.28)」より
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カルロス・アレドンドはボストンマラソン爆弾事件における最も勇気ある人々の一人として大手ニュースメディアにこぞって称賛されている。インターナショナル・ビジネスタイムズ紙では、彼は“真のアメリカンヒーロー”として喧伝され、ボストンマラソンを揺るがした2つの爆破の犠牲者の救出のために自らの生命の危険を冒して当たったとほめちぎった。

地元ボストンのバンゴール・メインの住人であるアレドンド氏は、2004年のイラク戦争で気の毒に息子を失い、その後平和運動家に転じている。当日彼は友人のジョン・ミクソンとボストンマラソン会場に来ていた。地元メインの戦没者顕彰のために参加した走者たちを応援するためであった。爆発後、<ちょうど?爆発現場の反対側の歩道にいた>二人はボイルストン通りを突っ切って、爆発の犠牲者を助けるためにフェンスと足場を解体しはじめた。「アレドンドはフェンスを壊し、自分の服とタオルを使い爆発で血を流している負傷者の出血止めをしました。しかし彼らはひどい重傷でした」地元メインのポートランド・プレスヘラルド紙はこう報道している。「二人は両足を失った一人の観客を救出し、救護スタッフが押して来た車椅子に乗せました。『わたしは彼にこう言いながら、ずっと話しかけました、「大丈夫だからな、俺がついているからな」と』」

この記事を読む人は、病院で痛み止めの麻酔を投薬されたボーマン氏がにわかに目を覚まし、ツァルナエフ兄弟が爆弾犯人であるという強烈な記憶を語ったという話を思い起こすことであろう。ボーマンの兄、クリスはブルームベルグ・ドットコムに次のように語っている。「あれほど麻酔を打たれていたのに彼は目を覚まし、紙と鉛筆をくれと言い、『カバン、男を見た、目が合った』と書いたんです」
(※ 以下略)














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最終更新:2013年04月29日 07:25