【再挑戦】

 タブーに挑んだ研究開発が実を結び、土木建設の「非常識」を常識に変えた技術がある。

 海水や未洗浄の海砂を利用したコンクリートは、鉄筋の腐食を引き起こし、膨張により破断することなどから、土木業界では問題外とされてきた。ゼネコン大手、大林組の副社長、金井誠(66)はこの壁を打ち破り、高強度の「海水練り・海砂コンクリート」の開発に成功。

 社内の冷ややかな目にさらされながらも陣頭指揮を執って実用化した技術は、海水が使えることから東日本大震災を機に護岸用ブロックなどにも用途が一気に拡大。今や「オール大林」で浸透を目指す目玉技術となった。

岩塩層の利点に着目

 「ようやく、第一歩を踏めた」。2月12日、東京・品川の大林組本社27階の役員室で金井は、念願の技術に使えるめどが立ったことを心から喜んだ。

 この日、練り混ぜ水に海水を利用して作ったコンクリート製の消波ブロックの実証実験が、津波の甚大な被害を受けた福島県相馬市の相馬港で行われ、性能の高さが無事確認された。結果はすぐに金井に報告された。

 土木関連の実務者にとって大林組が手にした技術は、まさに「信じられない」ような画期的な出来事だった。

 うなぎ上りでインフラ需要が伸びた高度成長期にコンクリートの供給を急ぐ余り、海砂を洗わず骨材として使ったケースが一部であった。数十年を経て、山陽新幹線の高架などに使われたコンクリートが鉄筋のさびで膨張し、剥落(はくらく)するといった「コンクリートクライシス」が西日本で1980年代に多発。以降、コンクリート中に塩分の混入を試す研究は封印されてしまう。

 大林組はなぜ、業界で「非常識」とされてきた海水を使う決心をしたのか。時は、金井が土木本部長に就いた2007年にさかのぼる。

 当時、金井は放射性廃棄物の国内の処分場がいずれ不足するとみて、処分場の建設に役立つ技術の開発を研究開発テーマの一つに掲げていた。

 そして1983年から85年にかけ、米ニューメキシコ州に広がる砂漠の地下650メートルの岩塩層に大林組が放射性廃棄物処分場を作った実績を見いだす。岩塩層は強度がコンクリート並みに強い。

 さらに、水がどれくらい漏れ出るかを示す透水係数がコンクリートの100分の1と気密性が高く、低レベル放射線を封じ込められる利点があることを確認した。

 ただ、日本には自然の岩塩層が存在しない。金井は「それなら人工岩塩を作ればいい」と思い至る。「固い構造物を作るのならコンクリート。岩塩の元は海水なのだから、海水でコンクリートを練り上げればいい」。プロジェクトチームを結成するため社内で声をかけまくった。

タブー覆す試行錯誤

 しかし、業界のタブーという認識は社内も同じ。「そんな常識外れなことは無理」と技術研究所のスタッフを含め、誰も話に乗ってこなかった。それでも「技術的にも駄目だという納得できる理由がない限り、諦められない」と思った金井は、本社ビルの1階下のフロアで働いていた当時の主任技師、青木茂(64)に声をかける。

 金井は「さびて鉄筋が膨張するのが問題ならば無筋にすればいい。さびない炭素繊維のロッド(棒)を鉄筋の代わりに使う手もある」と、1カ月かけて説得。当初は渋っていた青木が折れ、頓挫しかかった技術開発は金井と青木の二人三脚でスタートを切る。業界のタブーを覆すための「再挑戦」の始まりだ。

 進捗(しんちょく)具合を毎日確認する金井の思い入れの強さにプレッシャーを感じながらも、青木は研究を進めていった。

 価格は割高だが強度の高い「普通ポルトランドセメント」や、硬化する速度が遅くて強度が出にくいものの安価な「高炉セメント」をベースに、さまざまな濃度の人工塩水や真水などを組み合わせる実験を繰り返す。

 神奈川県茅ケ崎市の海岸に出向き、バケツでくんだ海水をサンプルにしてセメントとの相性も探った。

 しかし、これといった成果を出せずに時間が過ぎていく。プロジェクトのスタートから約3年後の10年5月、青木から告げられた報告に金井が驚く。

 「安価な高炉セメントに天然の海水を混ぜてみたら、強度が出ました」

安価な素材組み合わせ強度向上

 計測してみると、真水でコンクリートを練った場合よりも強度は60%以上も高く、さらに透水係数も「普通ポルトランドセメント」の70分の1で気密性が高い。低レベル放射性廃棄物を封じ込めてしまう岩塩層の透水係数100分の1が視野に入るレベルだ。

 廃棄物に由来する高炉セメントと、天然の海水という2つの安価な素材の組み合わせで強度を持つコンクリートが生まれた。金井は「金やマグネシウムなど、海水にはさまざまな成分が入り込んでおり、塩を入れただけの人工海水にはない働きをしたに違いない」と推測する。

 さびを防ぐために混ぜた防錆(ぼうせい)剤が「強度をより高める効果を発揮した」ことも、技術研究所の主任技師でコンクリートのエキスパート、竹田宣典(53)の分析で分かり、実用化の道が一気に開けた。

 当初は「金井がやっている『家内(かない)』工業」と自らが揶揄(やゆ)するような貧弱な態勢だったが、竹田もチームに加わり、10年11月ごろ、研究成果が形となるまでにこぎ着けた。

 もともとは、放射性廃棄物の処理に役立つ技術を模索して着想した海水練り・海砂コンクリートだったが、震災を機に復旧・復興に欠かせない技術として図らずも用途が広がる。

 折しも政府は2013年度予算に884億円を計上し、公共施設の耐震化や津波対策を加速させる計画を立てている。金井は新技術を、まずは被災地の復興や安全対策に役立てたいと願い、関係省庁や自治体に積極的に働きかけていく考えだ。

 さらに、洋上風力発電施設など、真水を使うのが難しい場所でコンクリートを製造する技術としてもアピールしていく。

 実際、沿岸部に作ることが多い飛行場施設に最適な技術だとして海外の軍事産業の関係者から引き合いも来ているという。

 冷ややかだった社内の雰囲気は一変し、プロジェクトは大林組挙げての取り組みに昇格する。施工案件の拡大に向け、社内のさまざまな部署の担当者が駆け回る。

 開発成果を公表する前、金井は当時の土木学会会長だった岡山大学の阪田憲次名誉教授などコンクリート研究の重鎮14人に客観的な分析を求めた。

 すると、このうち12人が「実は私も可能性があると思っていた」と話し、大林組の挑戦を高く評価した。

 海水の潜在力に気付きながら指摘してこなかった重鎮たちの沈黙ぶりは、タブーを覆すために行動を起こすことがいかに難しいかを示している。

 何度も頓挫しかけながら、金井らスタッフの信念と熱意が生み出した新たなコンクリート技術。国内だけでなく世界に活用の道が広がり、今まさに飛躍のときを迎えている。=敬称略(那須慎一)










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最終更新:2013年04月28日 18:42