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● 地方自治〔Wikipedia〕
国は公正かつ普遍的な統治構造を維持するため、国家全体の運営について画一的、均一的運営を行うことが要請されるが、地方の実情や地方における住民からの要望は各地方によって様々であることからこれをすべて同一に運営することは不可能であり、地方の運営に当たっては地方の独自性を考慮する必要が生じる。
そこで、地方の総合的な運営は地方に委ね、国は国家に係る根幹的な事柄を担当し、かつ、国家全体の総合的な調整を図るという役割分担がなされることになる。すなわち、地方自治とは国による統治に対立する側面を有しており、住民自治と団体自治というふたつの概念を持つ。
住民自治は民主主義的側面、団体自治は自由主義的側面(地方分権的側面)として捉えられる。
● 地方自治法 「総務省/E-GOV」より

■ 暴走する地方自治
地方分権、地域主権が叫ばれる中、もう一度立ち止まって、地方自治のあり方を真剣に考えてみませんか。新潟州構想の問題点など、暴走する地方自治の是非を検証します。



■ 秋田の地方選 「二階堂ドットコム(2015.3.27)」より
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定員割れやら無投票も結構あるらしいね。他の都道府県も多そうだ。

だから、地方自治なんていらないんだって。東京一極集中にするのが一番無駄な公務員が減るよ。みんな「地方自治は大事だ」とかいうけど、テメェの利権守りたい地方議員と、総務省の利権じゃねぇか。地方議員とか地方自治体の職員は、雇用対策事業じゃねぇんだぞ。今後、立候補者が定数と同じ、または少ない自治体は、強制的に国の直轄地としてしまえよ。徳川幕府が末期になって、藩をつぶして直轄にしまくったように。
(※mono.--以下略、詳細はブログ記事で)


■ 保守的解釈による日本国憲法講義私案 第84回 地方公共団体の権能に書かれた地方公共団体の国家への従属性 「宇田川敬介のC級ニュース解説と宇田川的ぼやき(2014.7.20)」より
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第84回 地方公共団体の権能に書かれた地方公共団体の国家への従属性
 前回は地方自治の本旨というものに関して考えてみた。
 そもそも地方自治の本旨に関して「団体自治」と「住民自治」の2つの要素からなるとされている。
 しかし、その二つでは、「国家から独立する」という自治体が出てきた時に、それができるのかという論争になる。
 今のままでは、国家の従属性ということを全く考えない。
 まさにアメリカ合衆国のような各国が独立し、その連合体が日本になっているのではない。
 アメリカの書いた憲法は、その国家の基本がアメリカと同じだと思ってしまっているところが最も厄介なところである。
 これが歴史の無い国の浅はかなところであり、日本とアメリカの完全な違いである。
 逆にそこまでの傲慢さが、戦争で勝つことができるような精神性と「こだわらない性格」を作り出すのかもしれない。
 日米比較は別にして、日本は国家があってその死体地方自治体がある。
 その心は、日本国憲法で地方自治が決められているからである。
 アメリカのように、各州の手法があって、そのうえで国家が合衆国のようになっているのではない。
 そのことを考えると、当然に地方自治体の国家への従属性ということが問題になる。
 要するに「団体自治」と「住民自治」のほかに、「国家への従属自治」を言うことがあってしかるべきではないのか。
 そのように提案しているのである。
(※ 以下略、詳細はブログ記事で)


■ 保守的解釈による日本国憲法講義私案 第83回 憲法に書かれていない地方自治の本旨 「宇田川敬介のC級ニュース解説と宇田川的ぼやき(2014.7.13)」より
(※ 前後略、詳細はブログ記事で)
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 ナポレオンが戴冠式にこだわったのは、自分の肯定としての正当性を神が承認することにこだわったことであり、そのことが、当時の世界では重要であった。
 いや、そのことで、地方の諸侯が自分の配下につくことが決められたのである。
 要するに、過去は封建諸侯と皇帝は、同格であった。
 ナポレオンの場合は、単純に諸侯よりも格下であったのだ。
 そのものが上に立つためには、神々の承認が必要であったのだ。
 日本でも同様のことがある。
 しかし、日本の場合は神々の承認は必要がなかった。
 なぜならば天皇そのものが神の子孫であり、朝廷を司っているからである。
 よって、徳川、その前は足利、など、その時の為政者が将軍として政権を担うために、天皇の商人が必要であはあったものの、天皇そのものが親政を行うことに関して、別途神々の承認などは必要がなかったのである。
 それでも、地方自治の考え方は必要であった。
 当然に、日本にも江戸時代には各藩があり、その廃藩置県を行ったことによって、県になったものン、地域差や地方による優劣が存在した。
 しかし、大日本帝国憲法時には地方自治に関する内容は全く考えられていない。
 まさに「帝国」であって、諸侯の自治などということは考えられていない。
 帝国を維持するための補佐的な組織として、地方組織が存在していることから、そのものが自治と称して国家に反したり国家以上のことを行うことはなかったからである。
 よって、「地方自治」という概念は、日本国憲法以降の概念である。








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