大塚ひかり
■ 古典に育児放棄の記述も! 「昔はよかったのに」という幻想を暴く 「サイゾーウーマン」より
『古事記~いのちと勇気の湧く神話』著者インタビュー
「昔は○○だったのに、今は……」とよく言われますが、この本を読むと、古代人も今と同じようなことで悩んだり怒ったりしていますよね。
大塚  当時の人々は、母性本能なんて信じていません。人でも動物でも、一定数の者は育児放棄するものだという前提です。
大塚  江戸初期の『苅萱』という古典には「夜泣きする子は七浦七里枯るる」というフレーズが出てきます。要は「夜泣きする子どもは出て行け」ということ。これは空海の母親の伝説なんですが、母は我が子を土に埋めてしまう。そこに居合わせたお坊さんが「これは夜泣きではない、お経だ」と言って助ける。当時から子育てする母親への風当たりは強かったし、それに追い詰められる母も多かったことがわかります。
大塚  普通の人は、多分百年前のことだってちゃんとはわかってないですよ。きっと3つくらいの例で「昔は○○だった」って言ってるだけ。私は昭和40年代に小学生でしたけど、お仕置きとしてご飯を食べさせないで外に出される子どももいましたし、学校の先生もビンタは当たり前でした。そんなこと今なら大問題ですよね。当時は「栃木実父殺し事件」があり、父親が娘を犯し、子どもを何人も産ませてた。性的虐待は今よりずっと多かったと思います。セクハラだって昔は言葉がなかっただけで、百歩譲っても現代と同じか、もっとひどかったはず。“昔”は決してユートピアじゃないんです。
大塚  人間は悲しいかな、年を取れば悪いことは忘れ、いい思い出だけが残りがち。エジプトのパピルスにも「昔はよかった」って書かれてたと聞きます。何千年も前から人は「昔は」とか「今の若者は」とか言ってたんですよ。「昔は」と攻撃してくる人も、かつてはもっとヒドイ攻撃を受けていた。世の中が急に意地悪になったんじゃなくて、昔からずっと意地悪なんです。「夜泣きする子は七浦七里枯るる」のような、乳児持ちの母に出て行けと迫る意地悪なご近所は、ずっとあるんです。
大塚  古事記のすばらしいところは、決してお説教じみてないところ。事実として淡々と書かれているから、受け取る側が「あぁそうか」と腑に落ちるんです。ダメな母親も意地悪なご近所も、『古事記』の時代からずっと続いています。ただ『古事記』には子を捨てる親がいる一方で、泣いてる捨て子に名前をつける人もいる。今よりずっと過酷な世界の中で、それでもなんとか「生きよう」とした人間たちの息吹が、読み手に強いバイタリティを与えてくれるんだと思います。







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