■ 社会保障費増大は弱者の甘やかし 「心に青雲(2014.5.17)」より
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 やむなく購読している毎日新聞だが、ゾッとする記事と写真をしばらく前に立て続けに掲載していた。
 それは、最初は、重い痴呆症の男性が、大阪で保護され身元不明のまま2年以上、仮の名前で大阪市内の介護施設で暮らしているという記事だった。
 その記事が出たおかげで、「もしかしてウチの家族では?」と名乗りでた人が、失踪していたこのボケ老人の家族で、嬉しい再会を果たした、という次の記事になった。
(※ 中略)
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 こんな痴呆老人は、全国いくらでもいる。なんでこの兵庫の男なんだ? たまたま美談に仕立てたい意図で選んだにすぎまい。

 自らボケたのだ。なにが「認知症」だ。そんな病気があるわけではない。あくまで自分がボケたのが悪いのである。だから責任をとってこの世を去るのが正しい生きざまである。なのに生に恋々として、他人様に過剰に世話してもらって、食って排泄するだけの「生ける屍」になってもしがみつくのは、醜悪というほかない。

 人間は「生きて」こそ人間である。自ら命を断つに等しいボケになって、他人に世話してもらわないと生きられない状態になったら、潔く命を断つべきであろうに。
 当人は、ボケても飯を食わせてもらって、ウンチを拭いてもらって、快適かもしれないが、拙ブログで何度も言うように、介護する家族や施設の職員はどうなる? なんの生産性もないボケ老人の世話で、あたら貴重な人生を犠牲にされる。こんなむごい仕打ちがあろうか?

 こういうと、それはナチスのような考えだと非難する声があがるかもしれないが、われわれ人間が生きるとは、存在する意義とは、この社会をまとも足らしめるためであって、個人の幸せは二の次の話である。
 むろん、弱者でも差別されないで、生きる権利はある。社会もある程度、助けてくれよう。けれど、だからそれに甘えていいわけがない。

 以前にも取り上げたが、かつて麻生太郎が首相だったときに、社会保障費の抑制を巡って「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言したことがあった。
(※ 中略)
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 麻生が言うとおり、病気にかかった人間はほとんどの場合、生活過程が悪い、とは本ブログでさんざん言って来た。「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)」がほとんどである。どれほど健康維持に関して不勉強で、デタラメで、うまいものだけ食べて飲んでいたくて、運動も面倒がってやらず、夜更かしも常態で…、楽しいことは良いことだ、の人生で…、それでは病気になるのは当たり前じゃないか。何が弱者だ。

 痴呆にしても同じである。なるほうが悪い。
 麻生首相の気持ちはよくわかる。患者は日頃とことん不摂生しておいて、健康保険があるからタダ同然で医療が受けられるとナメているのである。だれも好んで病気になるわけじゃないと反論する向きもあろうが、だったらもっと真面目に中学校の保健の教科書で習った程度のことくらいは実践しろよ。
 互助制度に頼ってばかりいないで、少しは予防に努力しろ。

 以前にも説いたが、あまりに不摂生して病気になったような場合は、ペナルティがあってもしかるべきだろう。
 医者が「酒はやめてください」「禁煙ですよ」と指示しているのに、患者が好き勝手に大酒やヘビースモーカーをやり続けて病状が悪化したら、当然罰則があってもいい。
(※ 後略、詳細はブログ記事で)









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