対外関係 / 台湾 / 日本

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■ 【怒り心頭 ・ 八田興一像斬首!】 日台分断工作員(中朝韓テロリスト)の仕業か? 「万景峰号の入港を阻止する会 ・掲示板(2017.4.17)」より
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2017年04月17日 07時(NEW !)
「戦後体制の超克」より転載


  一体誰がこんなひどいことをしたのでしょうか? 日台友好を快く思わないものの仕業であることは間違いありません。
 八田與一(はったよいち)という人物の偉業を知るものにとって、こんな破壊行為は絶対に許すわけにいきません!

 台湾当局におかれては、徹底した捜査と犯人への厳罰をお願いと思います。 八田興一像は、単なる”物”ではありません。
日台友好の象徴であり、歴史的意義のある記念碑なのです。

 この無残な像の姿を見たとき、真っ先に思い浮かべたのが、ある民族の行動です。今年の1月には、福島県で100体を超える仏像破壊事件も起きました。
このチョン容疑者によって破壊されたご神体・仏像の数々が以下の写真です。

 また、最近も中国籍の女とみられる複数犯によって、全国の神社・仏閣に油のようなものがまかれる事件が多発しました。
しかし、これはほんの一部に過ぎません。以下に、これまでに起きた神社・仏閣に対する事件のまとめサイトのリンクを貼ります。

 ▼神社・仏閣・文化財の放火・破壊・盗難まとめ https://sites.google.com/site/kasaimatome/

 ただ今回の事件は、頭部を破壊しただけでなく、それを持ち去るという、さらにおぞましい特徴が見られます。支那には、昔から死者を冒涜する文化があります。
以前、海南省のあるホテルで、人々に跪いて謝罪する東条英機の像が登場し、話題となりました。

  ▼「人民網日本語版」2004年1月10日 http://j.people.com.cn/2004/01/10/jp20040110_35732.html

 また、台湾には、支那から渡来した国民党支持者(=外省人)が多くいます。今回の事件は、蔡英文政権への嫌がらせのつもりで起した犯行の可能性が
最も高いと思います。

 人の”心”を平気で踏みにじる。そのことに何の躊躇も持たない人間が、我々の身近に”いる”という現実に、きちんと向き合わなければなりません。
早急な対策が望まれます。


●台湾で「日台の絆の象徴」八田與一像の頭部切られる ダム建設指導の技師   平成29年(2017)4.16 13:00 産経
http://www.sankei.com/world/news/170416/wor1704160033-n1.html


■ 台湾の日本帝国軍人 「Michael Yon JP(2016.1.4)」より
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第二次大戦中、数十万人の朝鮮人と台湾人が日本軍兵士となって戦った。このことを知っている者は少ない。
今の韓国の大統領の父である 当時の朴大統領もまた、戦時中、日本陸軍の士官であった。

台湾人は「台湾の日本帝国軍人」と呼ばれていた。

昨日は、ほぼ一日中二人の台湾人と語り合った。とりわけ一人の紳士は物識りで年齢は65歳。戦争は70年前に終わっている。それで親族に日本軍の軍人となった者がいるかどうか尋ねてみた。すると彼の母親の兄弟にあたる叔父さんが 軍人だったそうだ。

別れるときに今日も会ってもらえるかきいたら同意してくれたので、今日は彼と4時間ほど話をすることができた。彼の叔父さんの話を聞いた。

家族の話によると叔父は日本帝国陸軍に志願して、中国に送られたそうだ。1945年、日本の敗戦後、叔父は中国に取り残されてしまった。

叔父がどうやって帰国できたのかわからないが、とにかく戻ってきた。2週間何も食べておらず、餓死寸前だった。母はあちこちから食料をかき集めてきた。叔父はベットで食べ続けていたが、二日後に亡くなった。

当時、台湾の人々が日本軍に入隊したことをどう思っていたかと尋ねた。彼は言った。徴兵された者もいたが多くは志願兵であって、当時、それは大きな名誉であったと。

(※mono.--以下略、詳細はブログ記事で)


■ 日本と台湾:サツマイモとタロイモ 「Michael Yon JP(2016.1.2)」より
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(今日の出来事を思い出すまま書いています。編集している時間がなかったので文章の間違いがあればご容赦下さい。)

今、第二次大戦中の出来事を調べに 台湾に来ている。来る前に、私は、「慰安婦」博物館がどこに建つのか、正確な場所をこれまでに何度も問い合わせた。

その答え:博物館の建設は何度も延期されていて、予定は12月だが 未だオープンされていない。

これは馬英九の思いつきから生まれたものだ、と、今日 話した2人の台湾人男性が言っていた。 添付したジャパンタイムズの記事は彼らの言が正しいことを裏付けている:「台湾の馬 英九大統領は、戦時中の日本軍に貢献した慰安婦に関する博物館を12月にオープンする」

そんな博物館がオープンできるかどうかわからないよ、と 彼らは笑い飛ばし、
「馬英九はタロイモだから日本を嫌っている、彼は次の選挙でサツマイモに負けるさ、サツマイモは日本を大好きだからね、サツマイモはそんな博物館を絶対にオープンさせないよ」と口を揃えて言った。

彼らによると、1895年に日本人が来て、台湾人は最初のうち抵抗したが、ほとんどのサツマイモは日本を好きになった、と。つまり抵抗した後、実は日本は台湾に素晴らしいことをしてくれていることにサツマイモ達は気がついたのだそうだ。今でも商店やレストランで台湾人が日本の言葉を使うのを聞くことができる という。

(※mono.--中略、詳細はブログ記事で)
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何でサツマイモとタロイモなのか?

台湾はサツマイモの形をしているので台湾人は自分たちのことをサツマイモと呼ぶ。一方、タロイモは、1949年以後、中国本土から来た中国人のことを言う。
サツマイモは甘い、タロイモは苦味がある、よって彼らをタロイモと呼ぶのだそうだ。

1945年、日本が第二次大戦で負けて撤退したあと、台湾人は日本のことをしきりに懐かしみ、大陸から渡って来たタロイモ達を嫌ったそうだ。その時以来、サツマイモとタロイモは仲が良くない、双方とも標準中国語を話し、元々の先祖も同じはずなのだが。

{(※mono.--以下数行略、ブログ記事で)
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★ 台湾爆発事故、ありったけのガーゼ送った日本企業に反響 「朝日新聞(2015.7.3)」より
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 カラーパウダーを使った台湾の音楽イベントで粉じん爆発が起き、大勢の若者が大やけどを負った事故で、日本の医療器具メーカーが治療用ガーゼを寄贈し、台湾で反響が広がっている。この社のフェイスブックページには2日までに9千件余りの感謝メッセージが書き込まれている。

 寄贈したのは、富士システムズ(東京都文京区)。通気性のよい合成繊維にシリコーン液をコーティングしたガーゼで、傷にかぶせた上で包帯を巻く。重度のやけどには使いにくいが、ガーゼをそのままにして包帯だけ交換することで、皮膚の再生を助ける。普段の需要は少なく、日本でこうした製品を作っているのは同社だけという。

 寄贈を台湾の立法委員(国会議員)がフェイスブックで紹介し、広く知られるようになった。メッセージの多くは台湾人からと見られ、中国語や日本語などで「ありがとう」などと書かれている。福島に工場を持つ同社の川口洋一郎社長は「あるものを全て出した。東日本大震災の際の台湾の支援にお返しができれば、と思った」と話す。

 また、岡山市に本部がある国際医療NGO、AMDAが2日、日本医師会と共同で医師2人を台湾に派遣した。2日間滞在して状況を把握した上で、今後の支援を検討するという。この事故では約500人がやけどなどのけがを負い、2人が死亡している。衛生福利部によると2日昼時点で271人が集中治療室で治療を受けている。(台北=鵜飼啓)


■ 日本は「台湾」を支えることができるのか 「夏炉冬扇の記(2015.2.5)」より
(※mono.--前半大幅に略、詳細はブログ記事で)
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国民党独裁政権の下で、戦後の台湾人は、「価値観」も、「アイデンティティ」も、また「言語」さえも、完全に“分断”された。そして「留日」と呼ばれた日本で学んだ台湾人エリートたちは、徹底した弾圧を受けた。
今も拭えない「外省人」と「本省人」の深い溝は、そこに起因する。それでも、必死で生きようとする台湾人は、代を越えて、やっと自分たちの「価値観」と「アイデンティティ」を確立しようとしている。
しかし、それは同時に「中国との距離」が開くことを表わしている。外省人を支持基盤にする国民党が急速に中国共産党と接近をはかり、それを台湾人が阻止しようとする図式は、今後も続くだろう。
その意味で、来年の総統選は、今まで以上の激戦となり、さらに言えば、「台湾の運命」を決するものになるに違いない。
いま台湾は、観光地という観光地が中国人によって占められている。その光景が示すように、経済的に台湾は中国への依存度を年を追うことに強めている。もし、民進党候補者が総統になれば、たちまち中国は露骨な干渉に出てくるだろう。
台湾への観光客をストップさせるのか、あるいは台湾からの商品について関税をいじるのか。中国が台湾に嫌がらせをする手段はいくらでもある。中国が仕掛けてくる、そんな経済戦争に、いったい台湾はどう立ち向かうのだろうか。
その時、ポイントになるのは、「日本」である。すなわち日本が台湾にどう手を差し伸べ、どう根底から支えるのか。
安全保障上も、お互いが最も重要な地位にあることを、口にこそ出さないものの、お互いがよくわかっている。覚悟と友情を持って、日本は台湾を支えるべきだと、私は思う。
日本と台湾との“絆”を表わす、ある一家の「5代」にわたる日本への思い――「二二八事件」で無惨な最期を遂げた人物を軸に、ある「一家」の物語を、いつかノンフィクション作品として完成させたい。そんな思いが離れることがなかった台湾の旅だった。


◆ 台湾粉塵爆発事故で死者…【詳細まとめ/粉塵爆発動画とGIFなど有/カラーパウダーばらまきでの事故】 「Lovip(2015.6.30)」より
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1: coffeemilk ★ 2015/06/29(月) 16:34:55.21 ID:???*.net BE:287993214-PLT(14012)
台湾北部・新北市のプール施設で27日夜に起きた火災で、重傷を負い入院していた台北市の女性(20)が29日、死亡した。 台湾メディアが一斉に伝えた。火災による死者は初めて。


女性は全身の約90%にやけどを負い、中部・台中市の病院で治療を受けていた。
回復の見込みがないため、家族の同意を得て、医師が29日午後、生命維持装置を取り外した。


(※mono.--以下略)


■ 「日本」と「台湾」の切っても切れない縁 「夏炉冬扇の記(2015.1.31)」より
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いま台北にいる。明日(日付が変わったので本日)は、台中を経由して霧社(現在の南投県仁愛郷)に行く。1930(昭和5)年に「霧社事件」が起こった地である。事件から85年という気の遠くなるような歳月が経過したが、この地で2月1日に桜の植樹祭がおこなわれるため、私は、それに出席するためにはるばるやって来た。
霧社事件といえば、映画『セデック・バレ』でご存じの方もいるだろう。原住民のセデック族の頭目モーナ・ルダオが日本の支配に反発して蜂起し、激しい戦いの末に敗れ去った。
蜂起は、霧社の小学校の運動会の時におこなわれ、およそ140人もの日本人が殺害された。日本人が首を狩られる壮絶なシーンは、映画『セデック・バレ』を観た方には、強烈な印象が残っているに違いない。それだけに、私は恩讐を越えて、この植樹祭にこぎつけた方々に心からの敬意を表したい。
(※mono.--中略)
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折しも、日本では、映画『KANO』が封切られている。台湾の嘉義農林が霧社事件翌年の1931(昭和6)年に夏の甲子園で準優勝を遂げる実話を描いた映画だ。
台湾人、原住民、そして日本人の「3者」で構成された同校野球部が、憧れの甲子園で準優勝を遂げるまで勝ち続けたのは、奇跡というほかない。そして、それが霧社事件の翌年であったことに、「歴史」と「運命」の不思議さを感じざるを得ない。
台湾の人々の日本への熱い思いに感謝し、日本人も台湾の「現状」と「今後」に、いま以上に関心を持たなければならないと思う。そして、彼らが必死で守ろうとしている「自由」と「民主主義」のために、できるだけの協力をしていきたいと思う。
だからこそ、2月1日に開かれる霧社での日本と台湾の原住民との恩讐を越えたイベントの意義は大きい。私も、日本と台湾の“永遠の友好”に思いを馳せながら、心してこのイベントに参加したい。


★ 台湾も「抗日」「慰安婦」記念館=来年開設の意向 「時事ドットコム(2014.7.7)」より
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+ 記事
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台湾とて、いつも親日というわけではないのだ。

台湾の歴史を紐解くと、なかなか複雑怪奇な話になっていることが分かるが、多くの日本人は台湾の歴史に特に興味を惹いて勉強することはないと思う。



元々、台湾という土地は、支那と深い関わり合いを持ってきた。隋王朝の文献からも台湾への探検の記録が記載されているが、古くから支那との関わり合いを持つ土地でもあった。

しかし、1624年~1662年の間はオランダの植民統治時代に入る。その後、漢人質が台湾を奪取し、1662年~1683年の間は漢人達の支配が続く。1683年~1895年は清朝による統治がなされ、1895年~1945年は日本による統治がなされ、日本が敗戦した後、1945年~1949年までを南京国民政府が統治し、1949年~1996年までを台湾国民政府が統治、その後は民主化されて、中華民国という総統を選出しての自治が行われている。


ところで、この台湾の帰属先については実のところハッキリしていない。

1945年に敗戦を向かえた日本は、1951年にサンフランシスコ講和条約に調印、その際に、朝鮮の度靴の承認共に、台湾についての権利放棄が確定している。

  第二章 領域

   第二条

 (a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 (b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

~~略~~
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ところが、このサンフランシスコ講和条約には、当時、狂乱の真っ只中にいた中華人民共和国や中華民国は参加していない。

つまり、日本が台湾の帰属放棄を行った後、台湾の主権は何処に帰属するかが行方不明になっているのである。現在は、中華人民共和国、つまり支那がその帰属を主張しているが、この主張には正当性がない。

本来であれば、台湾は中華民国に帰属されるべきではあるが、李登輝氏が総統であった時代の台湾独立運動の流れは、馬英九氏が総統である現在の政権では180度方針が異なり、台湾は支那への属国化の道を歩んでいる。

ところが、先日、アメリカで面白い判決が出た。

連邦裁判所が「台湾は天皇領であり、主権回復される必要がある」と判じたらしいのだ。

僕にはこの情報の一次ソースが確認出来なかったので、噂レベルの話として処理しておくが、その分を差し引いても支那に帰属するという根拠がないことは明白であり、国際的にも支那への帰属は疑問視されている。



馬政権が親中派という状況なので、アメリカとしても色々苦慮している部分はあるのだと思うが、しかし、馬氏自身が冒頭のような発言をするようでは、支那からの大きな圧力がかかっているものと想像出来る。

 馬総統は同日、日中戦争の発端となった盧溝橋事件77年の関連イベントに出席。節目となる15年について、「台湾にとって非常に重要だ」と強調。歴史的事実の保存を目的に国防部(国防省)など関係部署に二つの施設開設を指示したことを明らかにした。 
(※ 中略)
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問題は、台湾という土地が、日本のシーレーンにとっては、極めて重要度の高い場所だと言うことだ。

支那もそれを認識しているからこそ、横暴に振る舞っているのであろうし、支那の実質的な台湾統治が実現しなければ、第1列島線構想すら成功は覚束ない。

日本は今、大きな歴史のうねりの中に飲み込まれようとしている。そんなときに日本人は己の国のことを真剣に考えず、ただ漫然と現状を受け入れるという状況に甘んじてはならない。

「せんそうはんたい」と唱えれば、平和を享受できるような甘い環境は幻と消えようとしているのだ。


★ <中国気になる話>台湾国の「建国」に支援を!台湾独立派が安倍首相に書簡―香港メディア 「レコードチャイナ(2013.5.2)」より
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2013年5月1日、ニュースサイト「KINBRICKS NOW」は、台湾独立派団体が29日、日本の安倍晋三首相に台湾“建国”を支援するよう求める書簡を送ったと報じた。

29日、香港・中国評論通訊社は記事「台湾独立派が日本は植民地宗主国であり台湾“建国”を助ける責任があると主張」を掲載した。その概要は以下のとおり。
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■ princeofwales1941 @princeofwales19 07:30 「Twitter」より

レコードチャイナ:<中国気になる話>台湾国の「建国」に支援を!台湾独立派が... recordchina.co.jp/group.php?grou…台湾の帰属を不明確にして日中戦争の火種にすることが国際金融資本の目的だった。

★ 日本の震災支援感謝広告、台湾教科書が掲載断念…表現めぐり日本が異議 「msn.産経ニュース(2013.1.9)」より
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【台北=吉村剛史】東日本大震災で巨額の義援金を寄せた台湾に対する日本側の「感謝広告」について、台湾の高校教科書が掲載しようとしたところ、「日本政府からの感謝ではなかった」という表現をめぐって日本側が異議を唱え、結局、掲載が見送られていたことが8日、分かった。

■ 双方、思惑に隔たり

 この感謝広告は、日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所(大使館に相当)が、震災から1年後の昨年3月、台湾の主要紙などに掲載したもの。
 複数あるうち、宮城県気仙沼市の漁船船長が「元気です。台湾ありがとう」と語りかける広告について、台湾の教科書出版社、南一書局(台南市)が今年の高校生用「公民と社会」に掲載しようと企画した。
 昨年9月、南一書局側から掲載申請を受けた交流協会では、震災を機に緊密化した日台関係の象徴になると考え、前向きに検討。しかし11月にできた試作版の教科書には、「(台湾が)国際的地位を得る重要性」の項目の中で、広告写真とともに「台湾は日本に最多の義援金を送ったが、感謝広告は(民間団体である)交流協会名義で日本政府からではなかった」との説明文が付いていた。
 これに対し、交流協会は「野田佳彦首相(当時)が台湾の新聞を含めて感謝の寄稿をしたことなどは考慮されておらず、意義付けも不本意だ」として最終的に掲載不許可を決定。
 結局、南一書局側は先月に完成した教科書で広告写真と説明文を外した。同社は産経新聞に、「台湾と日本には外交関係がなく、最多の義援金を送ってもなお、国際社会で承認されるには困難な点があることを象徴させたかった」などとコメントしている。
 震災後、日本は主要各国の新聞に感謝広告を掲載したが、台湾は対象外だった。これに対して批判の声が上がり、日本の民間有志が資金を募って台湾の新聞に感謝広告を掲載。震災1年後の昨年3月には、交流協会が感謝広告やCMを作成し、台湾の新聞やテレビで掲載・放映していた。


■ 義に生きる ~ 台湾を救った根本博・元中将(上)2011.2.27 「国際派日本人養成講座」より
 ・1.「自分たちがあの戦争で死ななかったのは、ある日本人のお陰だ」
 ・2.「私が身命を賭して守り抜く」
 ・7.根本を台湾に送り込んだ明石元長

■ 同上(下)
 ・5.上陸してくる共産軍を一挙に殲滅する
 ・7.「金門の勝利」
 ・8.釣り竿を担いでの帰国

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