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明治天皇: 南朝
     支持基盤:国際金融資本、英国、米国          薩長、田布施 
大正天皇: 北朝
     支持基盤:反藩閥政治家(大隈、原 
     等)、陸軍アジア主義者等

昭和天皇:  南朝
     支持基盤:英米(特に米、ロックフェラー)海軍

平成天皇: 北朝
     支持基盤:欧州王族会議

新天皇(皇太子): 南朝
     支持基盤:国際金融資本、創価学会

次次天皇(悠仁親王): 北朝
     支持基盤:仏教?




天皇制】 / 【大日本帝国陸軍】 / 【昭和天皇
■ 大変よく冷静に事実を見つめられております。 「二階堂ドットコム( 2019/08/14 13:54)」より
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<Pさんより>二階堂様いつもお疲れ様です。よく訪問させて頂いています。数年前に北朝鮮関係の話でメールしたことがある者です。二階堂様の見解にはほぼ同感ですね。

1、天皇に関して

自分も今までは皇室は素晴らしいと思っていました。しかし現皇后や小室の件、また天変地異の多さ、日本史を俯瞰した場合の朝廷時代、明治以降などから実は朝廷は日本人を苦しめ奴隷にしか思っていないようだと思うようになりました。

朝廷が渡来系だという説がありますが貴族の気色悪さからだけでも可能性は大きいと思いますが渡来系であってももう日本人として同化しているとも言われます。しかしこのような権力者血筋は先祖の生い立ちや考えや行動様式などを頑なに守るものですので渡来系とすれば当然現代の朝廷であっても日本人を奴隷、下等人種と思うでしょう。

江戸時代という時代が暗黒と言う人がいますがこれは明治以降を正当化するための洗脳です。江戸時代には立派に貨幣経済が発展しており吉宗時代には世界初の先物取引所などもできています。しかし素晴らしいのは商人などに制限をかけ力を持ちすぎないようにしたことです。現代では超富裕層がテロ組織やマスコミスポンサーになり好き放題やり手がつけられなくなっています。

江戸時代は300年近く続きましたが意外に印象が薄いものですがこれは逆に安定していたとも言えます。暗黒時代ならばこんなに長くは続かないと考えます。

そしてこれが重要なのですが江戸は幕藩体制で権力者が日本人であることです。国難を退けた鎌倉時代も幕藩(武家)政権です。豊臣秀吉などは元は農民出身です。

どうも朝廷が表に出張るよりも権力者は日本人である江戸や鎌倉と言った時代の方が少なくとも民衆レベルでははるかに安定があったと思えます。

逆に古代豪族系の血生臭い争いや明治以降の民衆搾取とトドメは敗戦で現在でも日本人大衆は苦しんでいる者が多いわけです。

それと敗戦に関してですが8/15に日本軍が戦闘停止しましたがこれはいうまでもなく天皇の決断でした。しかし日本は海軍が勝手に負けたようなもので陸軍はロクに戦闘していません。陸軍は世界最強でしたが本土決戦に充分備えていました。(逆に言うと陸軍が本格的に戦闘するには本土決戦しか無く準備は当然だったわけです)。

色々調べていると本土決戦を行なっていたならば米軍分析で日本人死傷者1千万人と言われていますが確かに死傷者は増えたと思います。しかし日本人6千万人がゲリラになり米軍と対峙するわけです。ベトナム化、米国の厭戦気分、アジア次々独立(米国の大義名分喪失)、本土決戦では原爆不可、爆撃効果薄い、ソ連は日本に入れられない、中共の動きなど課題が多く、本土決戦が長期に渡ればスカルノや蒋介石、ボーズやインドなどが必ず停戦に向け仲介をしたはずです。(これは蒋介石すら自分で言っています)米国はこれらの動きを無視するわけにはいかず日本を降伏させることは出来ず停戦で終了という状態になっていた可能性もあります。

これは妄想ですが天皇と海軍は強大になりすぎた日本陸軍を潰すために日本が負けるように持っていったとさえ思えます。上にもあるように日本陸軍は硫黄島と沖縄でしか本格的に戦闘していませんがこの2つの戦闘ですらトンデモナイ被害を米軍に与えています。この強さの軍隊と本土で決戦となったら米軍であっても勝ちで終わらせるのは不可能でしょう。このあたりは日本陸軍の堀栄三なども分析していました。

結論

朝廷は日本人大衆になんの恩恵も与えず奴隷のように扱うだけであり、神事、祭り事には全く効果がありません。効果あるように見せているだけです。朝廷が無くなると困るのも洗脳でむしろ奥に引きこもり幕藩体制のように日本人大衆から出てきた権力者の方がはるかに安定した生活が出来ます。江戸時代を暗黒というのは明治以降の朝廷時代を良いと思わせるための洗脳で実際には全く逆だと考えます。

北朝鮮についても書きたいと思いましたが長すぎるのでよしておきます。長々とした文章で失礼しました。二階堂様の活躍を祈念しております。

(※mono....以下は二階堂氏によるコメント)
(コメント)素晴らしい見解です。私も、皇居の奥までとある筋の仲介で入っていてすごいなぁと思ってましたが、どうも、おかしい。「日本最高の神官なのに、なんでこんなトラブル国難続きなの?」と疑問を持ち始めました。

 当たり前ですが、平安時代でも江戸時代でも、そもそも「天皇」という存在すら知らない人の方が圧倒的に多いわけです。「京都にはミカドというのがいるらしい」程度の話しでしょう。いまより全く敬われてもいないし「なんか偉い人らしい」くらいしか思っていなかったはずです。ですが、明治以降というか、明治になる直前に前の天皇が崩御、不自然な形で明治が始まり、皇室を敬えという教育がなされてきました。通信や流通が進化して、誰でも情報を手に入れられる「テレビ・新聞」ができて、天皇崇拝はますます広まっていったと考えられます。私は伊勢参りと天皇崇拝を同じに考える考え方には賛同できません。神と天皇は全く違うものだからです。そもそも、江戸時代の天皇家は10万石程度しかなく、儀式すらロクにできない有様でした。そういうことを総合的に考えると

「明治以前に比べると、明治以降は、異様なカルト教団のように天皇崇拝が推進された」

と言ってもいいと思います。

(※mono....以下略、詳細はサイト記事で)


■ サブカル化なのかクーデターなのか知らないが壊れてることは確か 「DEEPLY JAPAN(2018-11-12 17:40:29)」より
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第一次世界大戦停戦を記念した式典は何かとってもギクシャクしたものだったように見える。現在が置かれたギクシャクがそのまま出て来たみたいなところが随所に見えた。

それは後でもう少し考えてから何か書こうと思うが、一方、本邦にては笑うべきか、嘆くべきわからない珍事が起きていた。

百田が書いた『日本国紀』に、男系について、「つまり父親が天皇である」という一文があったそうだ。

(※mono....上記のソース画像は略、サイト記事で)
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とっさに思ったのは、光格天皇の立場はどうなるんだろう、ということ。その他にも事例はあるが、光格天皇は古代じゃなくて江戸時代後期の天皇なのでより一層現在の皇室に近いという言い方もできるし、あるいは、より一層直系的である、変則的でないと見えるその起点となる天皇。

この天皇は父子相続でないどころか、現在の民法なら親族ですらない繋がり方をしている。

前に書いた室町時代の「満城の紅綠誰が為にか肥ゆ」の詩で名高い後花園天皇も相当に苦しい繋がり方の天皇。

満城の紅綠誰が為にか肥ゆ」 (※mono...同ブログの記事)

ぶっちゃけていえば、天皇を輩出するファミリーは別に万世一系を旨としてここまで来たというわけではないだろうと中世史の先生たちが言っていたりするのは、実にまったく正しいと私は思ってる。万世一系を旨としたら都合がよさそうだから近代になってそんなことを言っているだけで、本質的には、単に、大家族的な意味で家が存続していただけでしょう。その途中に葬式も出せないほど困窮していた時代もあるから財産の継承には失敗しているが、なんとか繋いだ、みたいな。

したがって、百田氏の記述は間違っている。そして、間違っているだけで済むのは現在私たちは1947年日本国憲法下にあるから。

率直にいって、明治憲法下の、特にこのへんの日本会議系が大好きな1930年代あたりの国会だったら、直ちに不忠であるとして大騒ぎになって、今上帝を貶めるのかとかいう話になって、日本会議と現政権が近しいという点から、この内閣は陛下に弓引くものである云々カンヌンから、夕方には総辞職してても不思議でない。あははは。

(※mono....以下いろいろと面白い記事が続くのだが大幅に略、詳細はサイト記事で)
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ただ、日本は私がいる限り滅びません(笑)。日本人と自己規定する人々が暮らすところが日本なんですから。ただ、現在の変則大日本帝国的な国体は滅びるかもしれない。その後に訪れるのは日本というより準州日本かもしれないが。


皇統
■ 女系天皇を避けるべき理由 「事実を整える(2017-03-28)」より
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女系天皇になると喜ぶ者の存在
天皇の譲位以上に、皇統の安定的継承の問題があり、これは解決に向けた動きがなされているとは言えないです。

「女系天皇をみとめるべきではないか」

このような見解があり、その可能性を全否定するつもりはありません。

しかし、世界の情勢を見れば、この見解を取ってはいけない理由、反対すべき理由が山ほど存在するということも指摘しなければなりません。その一つが、女系天皇になると喜ぶであろう者の存在です。

※「女性」天皇 と「女系」天皇は異なります。男系男子の娘が天皇になれば、それは男系です。しかし、その娘の子(男女問わず)が更に天皇になった場合は、それは女系継承になり得ます。そして、そのときに他に男系継承となる皇位継承者が居ないのであれば、女系継承が確定し、皇統の断絶を意味します。

(女性天皇の子が皇位継承すれば直ちに女系継承と呼ぶ人もいますが、この用語法は誤解を生みやすいと考えます)

追記:「女系天皇」にまつわる話を体系的に理解できる用語をまとめました。

(※mono....中ほど大幅に略、詳細はサイト記事で)
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まとめ:女系天皇容認論の前に認識すべきこと


真摯に日本を想う者とは一線を画し、女系天皇誕生によって喜ぶ輩がいるということ

そのような輩は、日本を貶める活動をしているということ

女系継承で続いてきた王室などというのは、人々が認識しない程に存在が確認されていないこと

女系継承が確定すると、王朝の交代を意味すると世界的に評価されている

男系継承が是とされてきたのは世界規模の「歴史の知恵」であること

男系継承を覆すのであれば、男系継承が不可能という状況になるしかない

女系反対論者は、安易な「男系継承の積極的根拠」を持ち出すことは慎むべき
ここでは私の言葉で表現してきましたが、権威のある学者の正当な論述として、谷田川惣の著作であるこちらの書籍を紹介します。
※追記:すみません、谷田川さんは学者ではなくフリーライターです。学者の論述を参考にしたければ、竹田恒泰、八木秀次、中川八洋、等の著作をあたってください。


これは女系天皇容認派の中でも有名人である小林よしのり氏の主張に対して、女系天皇容認派の論理の問題点を指摘するものです。単に女系反対論者(男系継承論者)の自説を展開するのみならず、女系天皇容認派がどのような事を言っているのか、それに対する反論としてどのようなことを指摘すればよいのかが書かれています。

女系天皇容認派は、この議論とは直接関係のない話を持ち込んで自説に誘導しようとすることも多く、「シナ男系主義」の主張もその一端です。こうしたことについて都度解説を加え、論理的に丁寧に反論しています。

本書は、私達一般国民が触れるであろう女系天皇容認派の情報に対する疑問が解消されるものになると思います。

皇統譜(天皇家系図)もコンパクトに一覧できるようになっており、この一冊でこの問題についての体系的知識が得られると思います。

追記:皇統譜も交えて解説した記事がこちらになります




◆ 「過去に女性天皇はいたが女系天皇は居ない」 「Yahoo!知恵袋(2006/2/909:22:20)」より
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nat********さん2006/2/909:22:20

「過去に女性天皇はいたが女系天皇は居ない」との事ですが、女性天皇と女系天皇の違いがいまいち良くわかりません。

今までの女性天皇は、男系だったらしいのですが、女系天皇とはどのようなものなのでしょう。
教えて下さい。

......................

mab********さん 2006/2/910:30:55
女性天皇は女性の天皇です。
女系天皇は、その天皇自身が男性か女性かは関係なく、その天皇の母親が天皇家の人間だとしても父系が天皇家ではない場合です。

女性天皇は過去に何名かいましたが、全員、男系の女性天皇でした。
ですので過去125代の天皇全てが男系天皇で、現在の天皇に至るまで父系をたどれば初代天皇に至ります。

女系になると、父系をたどっても初代天皇に至らないのはもちろんですが、ずっーっと母系をたどっていっても初代天皇にはなりません。
つまり、愛子様が皇族以外の男性Aと結婚し、2人の子がB天皇(女系)になったとします。
B天皇の父親はAで、その父(Bの祖父)もその先祖も天皇家ではなければ初代天皇に至りません。
女系をたどると、Bの母は愛子様で天皇家ですが、愛子様の母は雅子様で天皇家ではなく小和田家であり、初代天皇に至りません。


■ 和子はまさこと読んだ 「マヨの本音(2012.1.29)」より

 ・さて、ここのところ暇があれば秀吉時代の研究をしているが、正親町天皇、後陽成天皇、後水尾天皇と戦国時代に三代の皇位継承がなされている。
  最終的に徳川に政権がもたらされるが、この後水尾天皇の中宮に秀忠の娘、徳川和子が嫁ぐ、そして産んだ子が即位する、明正天皇である。
 ・偶然とは言うものの、中宮の名前は和子と書いて「まさこ」と呼ぶ。面白いね。
 ・実は彼女が家光の生母であったとする説があり、もしそうであるなら皇室の血をひく家光が将軍になり、朝廷と幕府は固い絆を築けるのである。まさかと言わないでほしい、真実の歴史など国民には知らせる必要はないのだから。
  その絆の証明として明正天皇が即位するのだ。いずれにしても徳川家と皇室の関係はこのころに盤石なものになったのである。もちろん現在もだ。
 ・ただ、愛子さん問題で、愛子さんが即位する条件としてこの和子さんは参考になる。
  っていうことは、雅子さんは徳川なのか?


■ 渤海の国書 「マヨの本音」より
 ● さて、私のブログに不快感をもよおす人は、おそらく私が「天皇は韓半島からやってきた」という主張していると思っているのだろう。
しかし、私は天皇が韓半島からやってきたとは思っていない。








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最終更新:2018年11月12日 18:20