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● 頭山満〔Wikipedia〕
アジア主義者の巨頭。玄洋社の総帥。
玄洋社は、日本における民間の国家主義運動の草分け的存在であり、後の愛国主義団体や右翼団体に道を開いたとされる。また、教え子の内田良平の奨めで黒龍会顧問となると、大陸浪人にも影響力を及ぼす右翼の巨頭・黒幕的存在と見られた。一方、中江兆民や吉野作造などの民権運動家や、大杉栄などのアナキストとも交友があった。
■ 頭山満 君は頭山満というサムライを知っているか?
☆ 【書籍案内】大川周明『頭山満と近代日本』の刊行! 「コールタールの地平の上」より
■ 頭山満先生と初代鈴木吟亮〔Youtube動画〕
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明治から昭和戦前までの80年間の日本を動かしていた最大の黒幕・リーダーは一体誰なのか。その1つの答えは頭山満であるといわれる。
なぜ、頭山がかくも力を持ったのか。日本一の大人物とあがめられたのか。
よくも悪くも頭山をタブー視せず、徹底直視、徹底解剖して、アウフヘイベンし、止揚しなければ、戦前の日本ンは見えてこないし、21世紀の新しい新しい地平は開けてこない。今にわかに注目の大川周明以上に・・。
この雑誌対談は東西の2大巨人・虚人の抱腹絶倒の座談会であり、縦横無尽の日本偉人論・リーダー論でもあるので、紹介する。(ジャーナリスト・前坂俊之)


■ 頭山満とイスラム教 「ねずさんの ひとりごと(2012.3.28)」より
頭山満とイスラム
───ムスリムを支援した戦前の日本


頭山満(安政2~昭和19年)は、戦前世代にとっては知らぬ者のいない、いわゆる大アジア主義の巨人です。
敗戦後、占領軍は頭山たちが興した玄洋社を「侵略戦争推進団体」と決めつけて解散させました。

そして左翼色の強い戦後の学界、言論界は「負」のイメージに染まった頭山を顧みることがありませんでした。
このため長い間、多くの日本人の記憶から消えていました。

けれど近年になって、ようやく歴史の封印が解かれ、支那や朝鮮との深い関わり、とくに金玉均や孫文などアジアの革命家を支援していたことなどが、一般にも知られるようになってきました。

頭山の功績で異色なのはここで取り上げるイスラム教徒への支援です。
ソ連の圧政を逃れて亡命してきたイスラム教徒たちは、故国にあったとき以上に平安なる生活を送れただけでなく、戦時下の日本に協力したのです。


■ 頭山満と玄洋社―その封印された実像 - 第7回 思想の寛容 【完 「近代史のファイル(2006.2.16)」より /( ※ 前6回分はブログで。)
危険思想の持ち主とされた伊藤野枝や大杉栄に、頭山、杉山ばかりか、取り締まる側の後藤新平までが直接会い、資金を提供している。
 私が興味深く思うのはこの点である。頭山や杉山の思想的寛容性だ。彼らは思想によって人を敵味方に分けるような態度を取っていない。それらは無原則さの証拠と受け取られそうだが、私は思想的寛容と見るべきだと思う。
 宮崎滔天の『三十三年の夢』には吉野作造の解題が収められているが、吉野作造は「頭山満翁、寺尾亨先生の一派は……支那革命史の編纂を思い立たれ、その事を実は私に託されたのであった」と書いている。通常の理解では、吉野作造は大正デモクラシーの側、頭山や寺尾はその対極にあった人たちである。思想の違いは必ずしも人脈の違いではなかったことがわかる。




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