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宗教戦争】 / 【テロ
■ 一神教は欠陥宗教であり、異教徒の存在を許さない。テロが正当化される理由に神が利用されている 「株式日記と経済展望(2015.1.26)」より
(※mono.--前半の引用記事略、詳細はブログ記事で)
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歴史上において宗教と政治は深く結びついている。現代でも建前上は分離されていても宗教勢力が政治に深く関与している。近代国家では宗教と政治は分離されているが、そうでない国家は地球上にまだたくさんある。ヨーロッパでも血みどろの宗教戦争を行って、ようやく1648年のウェストファリアー条約によって政治と宗教は分離されましたが、日本ではもっと前に織田信長が宗教勢力を分離した。

宗教が政治に絡み戦争になれば、信徒1人1人同士の殺し合いとなり、ドイツでは三十年戦争で人口が三分の一にまで減ってしまった。宗教が絡めばいかに凄惨な殺し合いとなるかはこの事が証明している。また、スペイン人やイギリス人は新大陸に渡って原住民を殺しまくりましたが、キリストの名のもとに正当化している。

キリスト教会側は、「彼らは本当のキリスト教徒ではない」とでも言うのでしょうが、現在でもイスラム教会は「テロリストは本当のイスラム教徒ではない」と言っているのと同じだ。では本当のキリスト教やイスラム教は何処にあるのかと聞いても、多くの宗派があってどれが正当だと言えるのだろうか? 言えるはずがない。テロリストも「過激派」と言う宗派の一派なのだ。
(※mono.--以下略)

■ 平和と平等が世界の常識だと盲信しているのは日本人だけだ 「Darkness(2013.10.23)」より
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平和であることは良いことだと日本人は思う。そして、平和を願うことは当たり前だと日本人は信じて疑わない。

豊かになることは良いことだと日本人は思う。そして、経済を優先するのは当たり前だと日本人は信じて疑わない。

平和と平等は美しい概念であり、世界中の人たちがこの概念を一緒に追求していると日本人は信じているかも知れない。また経済優先も日本人にとって当たり前だ。

しかし、現実はそうではない。平和と平等、あるいは経済優先は、あくまでも日本独自のものであって、日本でしか通用しない。日本で受け入れられたとしても、世界では決して受け入れられないものだ。

このように言うと多くの日本人は仰天するはずだ。

「平和であることや、経済を優先することや、平等であることがなぜ受け入れられないのか分からない」

なぜ受け入れられないのか。それは、世界は「そんなもの」よりも、もっと大切なものがあると考える国も多いからだ。平和や平等や経済よりも、大切なものなどあるのか。実は、ある。

(※ 以下詳細略、ブログ本文で)

■ 実に奇怪かつ嘆かわしい眺め 「qazx(2011.7.9)」より

 ・【徹底的改造計画7/7】懐疑なき教義がいかに人を無知に追いやるか?
http://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/1785e0ceaf4fed






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