〔特集:ポスト白川〕「武藤日銀総裁」狙う財務省、安倍側近では意見割れる

2012年 12月 26日 12:29 JST
 
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 [東京 26日 ロイター] 26日に自公政権が発足、いよいよ日銀の正副総裁人事をめぐる調整が本格化する。現在の白川方明総裁よりも金融緩和に積極的な人物を総裁に起用することで新政権の考えは一致しているが、具体的な人選となると一枚岩とは言えない状況だ。官僚出身者と学者のどちらが適任か、安倍晋三・自民党総裁の周辺でも意見が割れている。安倍氏自身、まだ総裁候補者を1人に絞り込めていないとみられている。

 官邸との調整役となる財務省は、日銀総裁ポストの奪還を目指し、武藤敏郎・元財務次官(大和総研理事長、元日銀副総裁)を推したい考えだが、強く出すぎて安倍氏の反発を買い、人事そのものが自らの手を離れてしまうことを恐れており、間合いを探りながらの動きとなる。展開によっては、副総裁に狙いを切り替える可能性も残る。一方、日銀内では、総裁は難しいとして、せめて副総裁の1人に日銀出身者が入れるよう調整したい、との声が漏れる。

 <財務省出身者の是非で割れる自民、岩田元副総裁の待望論も>

 「総裁に武藤さん、副総裁に伊藤隆俊・東大教授と中曽宏・日銀理事とかはどうだろう」─来春に任期満了となる日銀の正副総裁人事について、財務省内ではさまざまなシミュレーションが行われている。もちろん、このシナリオもそのひとつに過ぎないし、財務省の思惑通りに事が運ぶとは限らない。

 先の衆院選で圧勝した自民党の安倍総裁は、選挙戦で訴えてきた日銀による2%の物価目標の導入と政府との政策協定(アコード)の締結を白川総裁に直接要求。受け入れない場合は、日銀法改正を検討する考えを示すなど、選挙後も日銀に対して強力な圧力をかけ続けている。

 来夏の参院選勝利による「ねじれ国会」の解消をめざす安倍新政権にとって、早期のデフレ脱却・景気浮揚への期待感の持続は至上命題。より大胆な金融緩和を実現する人物を日銀に送り込もうと考えているはずだが、現段階で安倍氏が念頭に置く具体的な人選は見えてこない。

 安倍氏のアドバイザーの一人と認める静岡県立大学の本田悦朗教授は6日、ロイターに対して「安倍総裁と日銀総裁人事について話したことはない」としたが、「個人的には岩田規久男・学習院大教授など、インフレ目標の理念を理解している人がよい」と述べた。同じく安倍氏と接点があるとされる元日銀審議委員の中原伸之氏は11月末ロイターに対して、「日銀総裁には、世界の主要な中央銀行が行っている量的緩和政策に理解を示すことができる人が望ましい」と述べている。

 自民党で安倍氏に近い関係者によると、「理想的には学者だが、学者は最終的に決断できず両論併記になりがち。このため実務経験者が結局、相応しい。物価目標に理解があれば財務省出身者などでよい」との整理がされているようだ。財務省出身の候補者は武藤氏を含めて複数いるが、いずれも国債買い入れなどについて、少なくとも白川総裁よりも積極的な姿勢を示しており、必要条件は満たしている、とみることもできる。

 しかし、安倍氏周辺も一枚岩ではない。「安倍さんは財務省出身者の総裁はダメと言うだろう。せいぜい副総裁」(参院自民)との声もある。そうした中で、官僚出身ではあるが、学者としてのキャリアが長く日銀副総裁も務めた岩田一政・日本経済研究センター理事長を推す声が出ている。岩田氏は、民主党政権下でも取沙汰されることが多かった候補の一人。円高是正のための外債購入基金を粘り強く主張する姿勢などが永田町関係者の支持を集めている。

 財務省出身でなく学者出身となると名前が浮上するのは、前述の岩田氏以外に伊藤隆敏・東大教授や竹中平蔵・慶大教授など。竹中氏は「安倍さんとは長く良い関係にある」(5日、ロイター取材)としているが、自民党内には竹中氏の擁立を疑問視する声が多い。同氏が小泉純一郎元首相と進めた構造改革路線について、「自民党内では失敗だったとの意見が多い」(自民党安倍氏周辺)との声もある。

 効果的な金融政策運営を進めるうえで、日銀の組織掌握は重要で、この点で竹中氏の腕力に期待する見方もあるが「竹中氏が日銀総裁や閣僚につけば、自民党内が割れてしまう」(別の自民党関係者)との懸念を抑え込んでまで起用するかどうかは不透明だ。

 <財務省OBの筆頭候補は武藤元副総裁か>

 国会同意人事は官邸が人選を行う建前だが、前段階で所轄官庁が候補者のリストを作る。日銀人事は、財務省を中心にリストアップが行われ、最終的に官邸に上げられる。

 財務省は、「最大の経済対策は安定政権」(幹部)との立場から、自民党を中心とした新政権をサポートし、消費増税の実現などで財政再建を進めるシナリオを描いてきた。しかし、安倍氏の掲げる2─3%のインフレ目標やさらなる国債の大量買い入れなどは、日銀による財政支援(マネタイゼーション)懸念を呼び、長期金利の上昇など副作用も呼び起こしかねない。国債の利払い費が急増すれば、財政再建が水の泡となってしまう。日銀がコツコツ国債を買い入れていくことで市場の安定を維持したいのが本音で、成長率の伴わない物価上昇をあおるような日銀総裁が就任することには警戒感を強めている。

 省内事情からも日銀総裁人事は一大事だ。かつて日銀総裁のポストは日銀プロパーと財務省出身者のたすき掛けが続いていた。しかし故速水優氏、福井俊彦氏そして白川氏と3代にわたり日銀出身者がトップの座を占めており、ポスト奪還が悲願。日銀総裁と並んで財務次官経験者の指定席だった東京証券取引所の理事長ポストは、東証が民営化されたことでうまみの少ない天下り先とみられていることもあり、「再就職先」としても日銀の重要性は増している。

 財務省出身者で日銀正副総裁候補として名前が挙がるのは武藤氏のほか、次官経験者の丹呉泰健・読売新聞監査役、勝栄二郎・前次官、元財務官の黒田東彦・アジア開発銀行(ADB)総裁、同じく渡辺博史・国際協力銀行(JBIC)副総裁など。特に武藤氏は、前回2008年の日銀総裁人事で野党・民主党(当時)の反対によって昇格を阻まれたが、その後も陰に陽に日銀の金融政策の在り方を提言しており、本人の意欲も強いとみられている。武藤氏は日銀内でも待望論が根強く、現在でも筆頭候補のひとりであることは間違いない。

 ただ、安倍政権が反財務省の姿勢を強める場合、財務省としては、副総裁ポスト狙いに切り替える可能性も出てくる。副総裁として武藤氏の再登板は考えにくい。ならば誰を送り込むべきか、省内では憶測が飛び交っている。ある財務省幹部は11月末に複数の記者との懇談会で「日銀は候補者に誰を推してくるだろうか」と逆質問。記者側が巷間名前の挙がる理事やOBを挙げるたびに寸評を加えていた。財務省側候補を絞り込むためにも日銀の出方を見極めたい意向が感じられた。

 <日銀、副総裁ポストが現実的>

 当事者の日銀だが、国会同意人事を理由に関係者は表向き発言を控えている。正副総裁の任期が近づく中で「まな板の鯉」の心境のようだ。日銀出身の総裁候補として名前が挙がるのは山口広秀・副総裁や元理事の稲葉延雄・リコー経済社会研究所長ら。ただ、永田町では、総裁は日銀出身者以外で、副総裁ポストが現実的との見方が主流のようだ。

 その場合、中曽理事のほか雨宮正佳・理事兼大阪支店長、元日銀理事の平野英治トヨタフィナンシャルサービス副社長の名前が取り沙汰されている。海外講演や国際電話会議が多い日銀総裁に英会話力に必ずしも自信のない人物が選ばれる場合、国際金融界で顔の広い中曽理事が選ばれるとの見方が多い。一方、雨宮氏は財務省や永田町とのパイプが太く、自民党内などでもその手腕を期待する声がある。

 <野党の意向踏まえ調整>

 衆院では自公合わせた議席が3分の2を超え、参院で否決された法案の再可決が可能となったが、正副総裁を含む国会同意人事には衆院の優越規定がなく、両院の同意が必要。自民党は公明党のほか、みんなの党、日本維新の会などとの連携を探る方針だ。

 2008年の正副総裁人事では日銀総裁ポストが約3週間空席となるなど異例の事態に陥った。参院で第1党を握る民主党を含め、多くの政党がデフレからの早期脱却に向けて、金融緩和により積極的な人物を次期日銀総裁像に描いていることは間違いないが、人事の調整は2012年度補正予算や2013年度本予算の編成・審議と同時並行で進むことになり、「政治的な駆け引きの材料になりかねない」(政府関係者)との懸念も出ている。

 参院で11議席を有する、みんなの党の渡辺喜美代表は17日午前、総裁候補について「財務省、特に主計局OBは、マクロ経済政策よりも増税優先の発想に傾きがちなのでよくない」と早速けん制した。

 (ロイターニュース 竹本能文、伊藤純夫;編集 橋本浩)

 
 
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