ニ話「才能と失敗」


「この館、よく考えればありすさんの館並みに広いですね。見た目は小さいのに・・・」
希美は、刻命館のエントランスで立ち往生していた。
亮とありすの気遣いにより、希美も刻命館に泊めてもらうことになったのだ。
純夜と亮は当然だが、寝食はありすもここですごすらしい。
「刻命館は名前の通り、命を刻む館なんです。
そうですね~物置とかキッチンもあるけど、大体50室はありますね」
刻命館は、廻る命の象徴。
年齢に分けて、部屋を使い分けるそうだ。
「まぁ、純兄は一番広い部屋を使ってますけどね」
「ふんふん・・・亮君はどうですか?」
希美は頷くと、そのまま亮に返す。
「俺ですか?俺は広すぎるのは駄目なんです。なんか昔を思い出しちゃって・・・」
「はぁ・・・」
少し節目がちになった亮を不思議に思いながら、天井のシャンデリアを眺めた。
「それじゃ階段を上がって、右手すぐの部屋を使ってください。純兄の部屋が右手前奥で、俺がその真反対です。
ありすは先生の正面のところですから。聞きたいことがあったら俺かありすに聞いてください」
亮はお得意の笑顔を見せ、階段を降りていく。
「あ、晩御飯は6時30分頃に、階段裏手の食事室に来て下さい」
振り返ってそう付け足すと、他に言う事はないかと一瞬考えて、再び階段を降りていく。
「ふぅ・・・」
希美は自室となった部屋のドアを開ける。
そのまま、上着も脱がずにベッドに倒れこむ。
「はぁ~。・・・なんか疲れましたね」
希美は、反転して仰向けになり、天井を仰ぐ。
(さて・・・どうしましょうかね・・・)


それから、希美は自然と眠りについていた。
慌てて起き上がると、時間は今丁度6時30になった。
柱時計の"ボーン"という重低音が響き、続いて、扉が叩き開かれる音が聞こえた。
「たっだいま~!ご飯できてる?」
ありすの元気な声が館内中に響き渡る。
その声で完全に覚醒した希美は、軽く服装を整えて、自室を出た。
丁度階段を降りた所でありすがやってきた。
「ありすさん、外から帰ったら手洗い・うがいをして下さい」
「わかってるよ~。先生姑みたい」
ぶうぶうと文句を言って。ありすは洗面所に向かっていった。
それを確認してから、食事室に向かった。


「うわ~!すごいですね。みんな亮君が作ったんですか?」
食事室のテーブルの上には、豪華な料理が並べられていた。
「相変わらず上手いね~」
手早く済ませてきたありすが、卓上のものを見て、感心の声を上げた。
「はい。今日は先生もいるし、俺の入学祝い・・・ってことで、気合入れてみました」
満足げに微笑む亮に、ありすはつられて笑い出していた。
希美も微笑みつつ、純夜の方を見ると、純夜はすでに席について食べ始めていた。
「あ~!兄貴ずるい!私も~。いただきま~す♪」
ありすも慌てて席に着き、食べ始める。
「うふふっ」
希美は堪えられずに小さく笑ってしまった。
「何笑ってるんだ?」
希美には目もくれずに、純夜は吐き捨てる。
まだ機嫌が悪いのか、テーブルを忙しなく叩いている。
「いえ・・・なんだか微笑ましくて・・・」
兄弟3人で仲良く暮らす普通の家庭。
(・・・とは遠くかけ離れてますけどね)
長男は泥棒をしていて、しかも館の館主。学校にはファンクラブあり。
長女は何でも屋でカジノに入り浸り。かなり重度のブラザーコンプレックス。
次男は地で金髪蒼眼で、しかも父違いの兄弟。こちらも重度のブラザーコンプレックス。
「・・・ん。凄く美味しいですよ!味加減も美味ですね~」
それは、一言では表せないような至極の味。
ありすも頬が緩みっぱなしだ。
「亮はいいよね~。料理できてぇ~頭良くてぇ~見た目も性格もよくて~・・・」
パスタをフォークにまき付けながら、恨めしそうにいう。
「そう言うありすだって格闘のプロだろ?」
「女の子がそれ褒められてもな~」
ありすは複雑な顔をしながら、フォークを口に入れる。
「?・・・どういうことですか?」
「そのまんまの意味ですよ。ありす達の伯父・・・まぁ、俺の伯父でもあるんですが、その方が武道の神でして・・・」
亮の話を要約すると、空手など基本的な武術を完璧にマスターし、最強の道場破りとまで言われていたらしい。
「あたし、小さい頃は伯父さんの家で預かっててもらったの。厳しかったけど、良い人だったんだよ」
ありすは、宙を仰ぎながら話した。
その表情を見れば、その伯父が亡くなったのは分るだろう。
「・・・なるほど。ところで、亮君はなんでも出来るんですね。お料理なんて、私より上手いですよ?」
パクリと、目の前にあったアボガドの山葵醤油和えを口に含む。
感嘆の声を漏らしながら、少々、山葵の刺激で眼が潤む。
「アボガドなんて、どうやって料理するかも知りませんでしたよ」
「俺は、純兄とかありすとかみたいに学校に行ってなくてすることが無かったんですよ。それで、家事しかすることがないな~と思いまして・・・」
「ほぇ~・・・。このお屋敷を掃除するなんて大変そうですね~。
・・・純夜君は絶対に手伝わなそうですし、ありすさんはお仕事場の方で手一杯ですもんね」
何気なく言った、なんの意図も無い言葉だったが、右から明らかな不機嫌オーラが伝わってくる。
「・・・」
「兄貴はすぐ拗ねるんだから~」
「子供で悪かったな・・・」
抑えてはいるが、苛ついているのは明白だ。

「どうでもいいですけど、亮君大丈夫なんですか?連絡したら明日にでも編入試験をしないといけないらしくて・・・」
「大丈夫ですよ~。俺、こうみえても天才なんで♪」
にこりと笑ってそういってみせる
「そうは見えないですね・・・」
亮の頭部を観察して言う。
(地毛だが)金髪、10近いピアス。
完全に不良のイメージしかない。
「ま、亮なら大丈夫かな~?あたしでギリギリだったんだし」
「そんなに頭いいんですか?ほぇ~・・・」
「厳しい家庭だったんですよ。それに、一時期ハーバードの方にも通ってましたし」
もう一度亮の頭部を凝視する。
・・・やはりそうは思えない。
「そういえば先生・・・俺らに隠してる事ありますよね?」
「・・・ぇ・・・?」
咄嗟の言葉に、希美は苦笑いで返す。
「それも、今回の件に少し絡んでいて・・・先生の正体とか・・・」
亮がそう言うと、希美の顔は笑い出した。
「なるほど・・・流石ハーバードですね。リーディング・・・ですよね?」
リーディングと言うのは、相手の頭を読む事で、情報を得る・・・。
簡単に言えば「かまをかける」という言葉と同じ意味だ。
「ハーバードって心理学を専攻してるんですよね~」
「よくご存知ですね。もしかして・・・」
「はい。私も一時期入ってましたよ」
ウィンクをしてみせる希美は、誇らしげだった。
「私の正体ですか・・・それは、明日のお楽しみです♪
さ、早くご飯を食べましょう」
「そうですね。・・・あ、純兄!ゴーヤも食べてよね!
栄養バランス考えて作ってるんだから」
純夜が、一度もゴーヤに手をつけてないのに気づいた亮が、ゴーヤチャンプルの大皿を目の前に置く。
「ちっ・・・目ざとい奴だ・・・」





ニ話「才能と失敗」 完





















最終更新:2007年02月21日 22:39