まつくろけの猫が二疋
なやましいよるの屋根のうへで
ぴんとたてた尻尾のさきから
糸のやうなみかづきがかすんでゐる
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』
―――萩原朔太郎 『猫』
▼ ▼ ▼
ぽつぽつと、夜の黒に明かりが灯る。
等間隔の明かりは住宅街から漏れる光で、遠めにはくすんだようにも見えた。
光点は遥か遠く、見えなくなるほど遠くまで並んでいる。
その中の一つ、大きめの邸宅の二階の窓に、その少女の姿はあった。
「~♪」
少女以外に誰もいない部屋の中で。
未だ幼い子供の容貌をした少女、佐城雪美は膝に黒猫を抱き、安楽椅子に腰掛けていた。
長い青髪に、透き通るような白い肌。西洋の貴族階層を思わせる、シンプルながらも一目で豪華と分かる装いも相まって、アンティークドールにも見間違うような美貌を持つ少女だ。
彼女の膝上で体を丸める黒猫は、微睡むように目を伏せて、ただされるがままに少女に撫でられている。
互いに、声はなかった。
ただ、机の脇に備え付けられた電灯が、ブゥー……ン、とかすかな音を立てる。
心地のいい沈黙が、その空間に降りていた。
「……」
そんな、誰もが目を細めるであろう空間に、突如として影が落ちる。
それは、青年の痩躯であった。
言葉なく現れた青髪の青年は、唯一の光源である電灯の光が届かない部屋の隅に立ち尽くす。
「……おかえり……大丈夫…だった…?」
青年の姿を認めて、雪美は言葉少なげに無事を確かめる声を放った。
哨戒に出た彼の帰還を喜んで、結果ではなく、そう聞いた。
青年はただ、こくり、と頷くのみだ。言葉は発さない。
いいや、発せないのだ。彼は自分の意思で声を出すことができない。
それは人によっては円滑なコミュニケーションを阻害する要因になるだろうが……しかし、雪美にとってはさして大きな問題と思われてはいないらしい。
両者の間に奇妙な沈黙が降りたが、そこに気まずさはなく、変わらない居心地の良さが辺りに広がっていた。
「……怪我…したら…私、かなしい……まほうつかいでも…気をつけて……」
雪美の言葉に、青年は再度頷いた。彼が聖杯戦争に挑むサーヴァントである以上、確約はできなかったが、それでも少女の気遣いと信頼を無下にすることはできなかった。
そう、サーヴァント、青年はアーチャーのクラスで現界した仮初の亡霊である。
それはつまり、雪美という無辜の幼子が聖杯戦争に参加するマスターであることの証左でもあった。
この偽りの街に招かれた雪美がここまで落ち着くまで、およそ3日という時間を必要とした。
記憶を取り戻した当初、彼女の心は乱れに乱れた。生来聡明で、かつ他者を慮る心を持ち合わせる彼女は周囲に当たることこそなかったものの、それでも精神を病んだのではないかと疑われるほどに取り乱し、決して部屋の外に出ようとはしなくなった。
あるいは、彼女が利発さと聡明さを持ち合わせないような子供であったならば、あるいは押し付けられた役割を理解することなく死の気配を無視したまま変わらぬ日常を謳歌することもあっただろう。
けれどそうではない。齢10という幼さながらも現実を確と理解してしまった彼女は、しかしそれを受け入れるだけの心を持つことができなかった。
召喚された青年―――アーチャーもまた、暗然とする少女を慰める術を持ち合わせない。労わりの言葉も、勝利への激励も、彼は口に出すことができないのだから。
彼は真実どうすることもできず―――故に、ずっと少女の傍にいた。守るように、離れぬように、ただ一身に少女の傍へ。
雪美も彼を拒むことはせず、ずっと一緒にいた。寄り添うように並んで座る二人の間に満ちる沈黙は、心地のいいものではなかったけど、それでも気まずさは微塵も含んでいなかった。
……結局、3日の時間が経過して雪美が立ち直ったのは、あくまで彼女の強さなのだろう。英霊の称号が何になるのだと、アーチャーはただ自嘲する。
だがそれでも、3日ぶりに部屋の外に出た雪美は、アーチャーの手を取り、ほんの僅かだが微笑んでくれていた。
「……アーチャー…こっち、来て……」
暫し思考の海に埋没していたアーチャーに、雪美から声がかかる。
一体何事かと、アーチャーは召喚当時の記憶に思いを馳せていた思考を打ち切り、雪美の下まで歩いた。
おいでおいでと手招きする雪美に、アーチャーは屈んで目線を等しくすると、右手を両手で握られ、その小指に雪美の小指がかけられた。
所謂、指きりである。
「……アーチャー…約束……絶対、いなくならないで……」
たどたどしく指をきりながら、雪美はただ、そう言った。
声音には、いつにない真剣さが滲んでいる。いや、彼女は平時から冗談とは縁遠い素直な子であるのだから、それはすなわち、真剣以上の言葉なのだろう。
雪美は口数こそ少ないが、だからこそ誠実に人と向き合う子なのだと、短い付き合いでしかないアーチャーでも知っている。
できるだけ心配をかけさせまいとしてきたつもりだったが、たかが自分では上手くいかないかと、アーチャーは自らの愚を恥じる。
だから、指きりを交わす互いの右手を、アーチャーは左手で優しく包んだ。
確約なんてできないけれど。絶対なんて口が裂けても言えないけれど。
それでも、少女の気持ちに応えたいと、そう思ったから。
微笑む。ぎこちないけれど、安心してと言うように。
つられて、雪美も僅かに微笑んだ。
夜に咲く花のように、それは儚く美しかった。
「大丈夫……」
アーチャーに左手に、雪美もまた手を合わせて。
優しく、そっと呟いた。
「言葉にできなくても……伝わる気持ちは、ちゃんとあるから……」
二人は顔を見合わせる。それは、子供らしい一つの約束。
それは、まるで暖かな陽射しの風景のように、どこまでも優しく存在した。
何処かで、おわあと猫が鳴いた。
雪美の膝に眠る黒猫もまた、弓形に背を逸らせて、おわあと鳴いた。
夜の帳に、ざあざあと葉がこすれる音がした。
そこにはただ、静寂の残り香だけが満ちていた。
▼ ▼ ▼
地の底深く真理の歌が横たわり
数知れぬ言葉を原初から終末まで流し出す
かすかな影がわずかにひらめく
彼方に、蜃気楼のように
安らかな永遠の眠りにうち沈む
切り離された双子の夢のように
虚ろな深淵を純粋さが満たす
けれどもああ、つかのまの合一の後には逃れようもない切断
苦しみの光は世界を灼き
自然はゆっくりとねじ曲がった
もし償いを欲するならば、落ちた真理を非難せよ
罪と失われた翼の重さに耐えながら
【クラス】
アーチャー
【真名】
コリエル12号@BAROQUE~歪んだ妄想~
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運D 宝具EX
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【保有スキル】
精神汚染:D
正体不明の罪悪感により精神が汚染されている。あらゆる精神干渉を確率で無効化する。
アーチャーはこの状態でも正常な思考を持つが、言語喪失によりまともな形での意志疎通は不可能となっている。
神性:A+++
神霊適性を持つかどうか。
アーチャー自身は紛うことなくただの人間であるが、過去に創造維持神と融合したという逸話を持つ。
そのため、只人でありながら最高ランクの神霊適性を有する。
投擲:B
手にした物品を弾丸のように放つ技術。
アーチャーとして現界したため、ランクが上昇している。
言語喪失:-
アーチャーは浄化能力と引き換えに言語能力を失っている。
肉体的な発音機能のみならず、「語りかける」という行為そのものを喪失しているため念話による会話も不可能。
ただし、彼が思っていることを他者が勝手に読み取ること自体は可能である。
道具作成:A--
本来はアーチャー自身に道具作成の技能は存在しない。
しかし彼が辿ってきた戦いにおいて常に使われてきた道具の逸話が昇華し、擬似的な道具作成スキルとなって現れた。
魔力を用いることで、彼が生前に使用した刑具・文様・骨・焼印・寄生虫などを具現、使用することが可能となる。
アーチャー自身の技能に由来するものではないため、作られた道具は使用しなければ数分程度で消滅する上、特定の道具を狙って作れるわけでもない。
ただし、作る道具の種類くらいは定めることができる。
【宝具】
『天使銃(Angel Bullet)』
ランク:EX 種別:対神宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1
アーチャーが保有する巨大な銃。
神霊の《痛覚》そのものを弾丸として射出するため、神性スキルでのみ防御可能。神性スキル以外のあらゆる防御効果を貫通する。あらゆる異形を打ち倒した逸話から、魔の属性を持つ者に対しては必中・即死の効果を得る。
また、純粋な威力もランクに見合った絶大なものとなる。
ただし聖杯戦争において放つことができるのは5発までであり、かつこの宝具の使用には膨大な魔力を必要とする。そして、アーチャー自身はこの弾丸の射出を忌み嫌っているため、この宝具を使用するには令呪一画を併用するが現実的だろう。
そのため、通常は下記weponを主に使用することになる。
『浄化せよ、歪んだ妄想。遍く世界の創造を(イデアセフィロス)』
ランク:EX 種別:奉神宝具 レンジ:0 最大捕捉:1
創造維持神により与えられた権能。万物を浄化する神の御業。
アーチャーの攻撃には本来備わっている物理的な干渉力とは別に強い浄化の属性が宿っており、霊的・概念的存在に極限域のダメージを与えることが可能となっている。いわば行動の1つ1つが、高ランクの洗礼詠唱のようなもの。
またアーチャーによって殺害された者は「イデアセフィロス」と呼ばれる結晶体に変化する。これは存在を成す本質そのものが物質化したものであり、この状態になった者はこの宝具を超える神秘を用いなければ復活することができない。
イデアセフィロスは破格の魔力塊としても扱われ、魂喰いの10倍にも匹敵する魔力回復効果を得る。
アーチャーはこの宝具と引き換えに言語を失っており、この宝具が健在な内は言語を取り戻すことができない。
アーチャーは他にレプリカ、クリエイター、デミウルゴスのクラス適正を持つ。それはこの宝具、及び彼が辿ってきた軌跡に由来する。
【weapon】
歪んだ大剣:文字通り刀身の歪んだ剣。攻撃の度に幸運判定を発生させ、それに成功した場合筋力に+++の補正を加える。
【人物背景】
全てが歪んでしまった世界において、記憶を失い、虚ろな心に罪の意識だけを浮かべて彷徨う青年。
翼持つ男が告げた言葉に従い、彼は神経塔を降りていく。
異形と化す人々。歪んだ世界。何度死んでも気付けば塔の入り口に立つ自分。
何も知らず、何も分からない。それでも彼は狂うことなく、塔を降る。
己の罪を、世界を癒すために。
引き裂かれてしまった彼と、引き裂かれてしまった彼女の残滓を抱いて。
だから、狂わないで、彼は戦いを続ける。
狂わないで 狂わないで 狂わないで
狂わないで 狂わないで 狂わないで
狂わないで 狂わないで 狂わないで
狂わないで 狂わないで 狂わないで
狂わないで 狂わないで 狂わないで
けれど
きみが狂っているというのなら、ぼくも狂うよ
【サーヴァントとしての願い】
ただ、引き裂かれてしまった彼女と共に在りたい。
【マスター】
佐城雪美@アイドルマスター シンデレラガールズ
【マスターとしての願い】
元の世界への帰還。
【weapon】
なし
【能力・技能】
アイドルなので歌と踊りができる。身体能力も同年代と比べれば優れているかもしれない。
【人物背景】
京都出身アイドル。年齢10歳の小さなマドモワゼル。
寡黙な少女であり、趣味はペットとの会話。とはいえ根暗な性格ではなく、年相応に好奇心旺盛でとても可愛らしい。好物は苺。
可愛い。とても可愛い(重要)。
【方針】
アーチャーが単独で行動し、他の主従を蹴落とす形で動いている。
基本的には聖杯獲得によりマスターを元の世界に帰すことを方針に掲げているが、マスターである雪美は戦いそのものに若干忌避の感情を有している。
最終更新:2015年12月08日 01:39