見ろよ、この世界の有様を。
ある時何かがこの世界に、ばら撒かれちまったことがきっかけで、全てが滅びへと向かっちまった。
意思なき自然物までもが、狂った生命力の果てに自滅し、命なき無機物やロボット達は、緩やかに衰え死滅していった。
太陽が沈んだその瞬間、全ての終わりが始まったんだ。
一人の小娘が死んだ時から、俺達の世界は、どうしようもない滅びを始めちまった。
大地が枯れ、街が朽ち、そして命が錆つき消えていった。
世界大戦? 最終戦争?
クク……何も分かっちゃいねぇな、お前は。
言ったろ。一人の小娘が死んだ時ってよ。
全ての滅びを引き起こしたのは、巨大な軍隊なんかじゃねえ。
月という名の太陽を殺した、たった一人の殺し屋が、世界全てを狂わせたんだ。
そんなちっぽけな存在の、たった一瞬の行動で、全てが終わっちまったのさ。
どうだ、滑稽だと思わねぇか。
神様の奇跡は存在しねぇ。この世界には科学しかねぇ。
それでも俺たちゃいつの間にか、そのくらいには、取り返しのつかねぇ存在になっちまったんだよ。
これから現れるのは、そういう奴だ。
英霊なんて讃えられるほど、真っ当な生き様を辿っちゃいねぇ。
そもそも太陽を落とし呪われたアイツが、いつ死んだのかも分からねぇ。
娘の生き血をその身に浴びて、命の呪いを受けた男。
決して殺されねぇかわり、決して自分でも死ねねぇ、命の牢獄に囚われた男。
それがアイツだ。あの男だ。
結局のところそんなアイツが、どんな存在だったのかは……そいつはまぁ、自分で確かめてみるこったな。
ククッ、俺が誰かだと?
どうでもいいじゃねえか、そんなこと。
俺はただの観客に過ぎねぇ。昔はどうだったかは別として、今の俺とこの戦いには、何の関わり合いもねぇんだからよ。
だから俺なんかの名前よりも、アイツの名前をよく覚えときな。
月という名の太陽を殺した男。
奇跡を超えた科学の呪いで、世界を塗り潰し滅ぼした男。
殺した奴の名は――
◆ ◇ ◆
「うあっ!」
足を取られて、無様に転ぶ。
ゴミ袋とポリバケツの臭いが、埋もれた鼻を鋭く突く。
その日は土砂降りの雨だった。
灰色の空から冷たい雫が、次から次へと降り注ぎ、さした傘を五月蝿く叩く。
河嶋桃はそんな日に、真紅の令呪を手に入れた。
何かが足りない空虚な日々から、沸々と湧き上がるようにして、全ての記憶が蘇ってきた。
そしてそれを、学校の友人に、見咎められてしまったのだ。
偽りの身分を与えられ、入学させられた学校の、クラスメイトを演じていた少女に。
同じく令呪を刻まれて、傍らにサーヴァントを連れていた、戦うべきライバルである少女に。
「ごめんね、河嶋さん」
背後から女の声がする。
クラスメイトの声がする。
神話の英霊を従えて、命を狙う者がいる。
古い戦車に跨って、巨大な斧を振りかざした男だ。それが彼女のサーヴァントだ。
車輪を屈強な馬に引かせ、高みから殺意を振りまく、屈強な大男の姿だ。
そうか、あれも戦車なのか。キャタピラも砲塔もなくとも、戦争のための車だから、戦車と呼ばれているのだったか。
そんなことを考えて、そんなのはどうでもいいことだと、桃はすぐに思い直した。
(何故だ)
どうして私はここにいる。
何故こんなことになっている。
大事な戦車道の決勝戦は、もう間近にまで迫っているのだ。
こんな偽りの学校でない、思い出の詰まった大洗女子学園の存続が、その一戦で決まるのだ。
なのにどうして河嶋桃は、こんなところに連れ出されている。
大事な戦いを邪魔されて、チームメイトもいないこんな街で、たった一人で戦わされてる。
(聖杯……)
それがこの戦いの報酬らしい。
身勝手な招集の対価として、望む願いを何であっても、叶えてくれるというのだそうだ。
たとえば、彼女が戦車に乗るきっかけになった、学園艦の維持問題も。
その聖杯に願いさえすれば、大洗女子の廃校も、たちどころになかったことになるだろう。
最強の黒森峰相手に、無謀な戦いを挑まずとも、学園を取り戻すことができるだろう。
(そんなもの……!)
だが、それが一体何だというのだ。
拳を握り、歯を食いしばった。
戦車で勝てば得られる成果を、命懸けで願ったところで、一体何になるというのだ。
私達は頑張ってきた。何もないゼロからスタートしてきて、ここまで戦い続けてきた。
それが報われさえすれば、全ては解決するはずなのに、どうしてこんなことを強いる。
努力の対価は目の前にあるのに、どうしてそんなもののために、命の危険に晒されねばならない。
(死にたくない!)
こんな形で死にたくない。
あんな奴なんかに殺されたくない。
会長も柚子ちゃんもいないこんなところで、孤独に惨たらしく殺されるのは御免だ。
チームメイトの誰からも、死を悟ってもらえないのではと思うと、怖くて怖くて涙が出てくる。
そうでなくても、次の瞬間に、命が尽きてしまうと考えると、手足が震えて止まらなくなる。
「さっさと終わりにしてしまうぞ、マスター」
「ええ。お願い」
野太い男の声が聞こえた。
斧を振り上げる音がした。
ああ、もう駄目か。おしまいなのか。
このまま為す術もないままに、命を奪われてしまうのか。
自分のサーヴァントにすら会えないまま、一矢も報いられないままに、命を落としてしまうのか。
このまま死ねば、何も出来ない。
大切な友達にも二度と会えない。
大好きな学校にもいられない。
河嶋桃は何もできず、何も楽しむことも叶わず、短い命を、ここで、終える。
(……違う!)
そうじゃない。
そうじゃないだろう。
たとえ万策尽きたとしても、それでも望むものがあるなら、最後まで足掻き続けなければならない。
一万一つ目の策が、通用しなかったとしても、決して諦めてはいけない。
それをあの西住みほが、身をもって教えてくれたではないか。
自分達が巻き込んだ少女は、自分達が挫けそうな時にも、諦めず立ち上がってくれたではないか。
「生きる……」
なのに自分がこんなのでどうする。
河嶋桃が諦めてどうする。
恐れが何だ。怯えが何だ。
手足が動かないなんて、そんなものが理由になるか。
「生きて、帰るんだ……!」
涙の滲んだ目を開いた。
鼻水まみれの顔を上げた。
恐怖は全く消えないけれど、それでもがたがたと震える両手に、無理やり力を入れて這いずった。
こんなところでは絶対に死ねない。
会長や柚子ちゃんや大洗女子学園を置いて、くたばることが許されるはずもない。
生徒会広報・河嶋桃が、命を落とすなどあってはならないのだ。
「――生きたいと思うか」
声が、耳に届いた。
稲光りと雷鳴が轟き、視界が一瞬真っ白に染まった。
それでもその時聞こえた声は、轟音の中にあってなお、はっきりと桃に届いていた。
「え……」
振り返る先に、人影がある。
いつからそこにいたのだろうか。
そこに現れた気配を、全く感じることができなかった。
桃が振り返った先には、白い装束を纏った背中が、敵に立ちはだかるようにして現れていたのだ。
「貴様は……!」
「生きるための力があれば、君は諦めず生きられるか」
振り返った視線は、青い。
広がった黒髪のその下で、グレーの空模様にあってなお、青い瞳が輝いている。
薄暗い世界の只中で、その男の双眸は煌々と、色彩を放っているように見える。
瞬間、桃は理解した。
奇妙な感覚ではあったが、彼女は理解させられていた。
これが自分の力なのだと。
あの娘が従えるそれと同じ、河嶋桃のサーヴァントなのだと。
この最低な殺し合いの中で、自分の命を守ってくれる、唯一無二の存在なのだと。
「生きたい……」
その時こみ上げた涙は、生きられないかもしれない悔しさゆえか。
あるいは生きられるかもしれないという、希望を目の当たりにしたことで、緊張の糸が緩んだのか。
豪雨の中にあってなお、瞳からこぼれ落ちる涙は、決して見間違えさせることもなく、その存在を主張していた。
「ああ、生きたいよ! 私は生きて帰るんだ! 生きて帰らなきゃならないんだっ!」
我知らず、桃は叫んでいた。
恥も外聞も何もなく、みっともなく喚き散らしていた。
であれば、それは間違いなく本音だ。
取り繕いもない言葉は、誤魔化しようもない本心だ。
何が何でも生き延びたい。生きて大洗へ帰りたい。
虚勢を張れる相手もいない、たった独りきりの河嶋桃の、偽りのない願いだった。
「なら――僕が君を生かそう」
呟くように。
されど、確かに聞こえた声で。
河嶋桃の呼び寄せた男が、その声に応えた、その瞬間。
「ひ……っ!」
世界の空気は、一変した。
刺すような、凍てつくような、押し潰すような。
ありとあらゆる重圧が、世界の全てを埋め尽くし、その場にいた全てに襲いかかった。
先に上がった短い悲鳴は、相手のマスターから上がったものだ。
見る間に肌は青ざめて、足はがくがくと震えて、ついには身を支えられず崩れ落ちた。
ぼろぼろと大粒の涙を流し、腰の抜けた体で後ずさる様は、先程までの桃以上に、酷い恐慌状態に陥っていた。
「何だ、これは……!」
そして敵サーヴァントも少なからず、その影響を受けているらしい。
軽く身じろぎをしながら、これまでよりも緊張した様子で、その大斧を構えている。
全ての元凶は、白い男だ。
河嶋桃のサーヴァントが放つ、異常なまでの威圧感が、両者を襲い呑み込んでいるのだ。
直接向けられていない桃ですらも、恐ろしいと思えていた。
味方すらも竦ませるそれは、敵の放っていたそれと同じ――命を害する、死の恐怖だ。
「テェッ――!」
「きゃぁああああああああっ!」
少女の悲鳴と、男の声が、豪雨の街に響いた時。
聖杯戦争の舞台に、再び大きな、雷鳴が鳴った。
◆ ◇ ◆
全てが終わりを告げた時、そこには一言の言葉もなかった。
呆然とした様相で、ゴミ袋の上に座っていた、河嶋桃の情けない姿と。
豪雨を身に受けて立ち尽くす、白い男の姿だけがあった。
「あ……」
そう。それだけだ。
他には誰もいなかった。
生きている者は二人だけ。死んでいるものが二つあるだけ。
赤く湿った残骸が、そこら中に転がっているだけだ。
「―――」
冷たく光る青色が、振り返り、桃の方を見る。
真紅の返り値に染まった、白ずくめのサーヴァントと視線が合う。
足元に広がっているのは、原型すらも分からなくなった、無惨で痛ましい肉片の数々。
粒子となって消えていくのは、屈強だったはずのサーヴァントだ。
消えずに残り続けているのは、一日前まで友達だった、女子高生だったはずのものだ。
それら全てに囲まれながら、白い男は立っていた。
冷たい瞳を光らせながら、河嶋桃を見つめていた。
「ひ……!」
デスのサーヴァント。
暗示するものは、死。
脳に送られる冷たい言葉と、網膜から伝わる凄惨な光景が、桃に悲鳴を上げさせる。
両手を伸ばし、両膝を覆い、体育座りの姿勢になって、それきり一歩も動かなくなる。
止む気配のない大雨の中。晴れる様子のない灰空の下。
河嶋桃は縮こまり、寒さとは異なる冷たさに、かたかたと身を震わせていた。
◆ ◇ ◆
殺した奴の名は、キャシャーン。
キャシャーンだ!
.
【クラス】
デス
死神のサーヴァント。
暗殺・謀略・隠密にまつわるアサシンのクラスと異なり、死そのものにまつわる英霊に与えられるクラスである。
必然魔獣や悪魔などの非人間霊の方が多く、人間霊の場合、アサシンの適性を持つ暗殺者よりも、殺人鬼や虐殺者の方が当てはまりやすい。
前者の場合はバジリスク、後者の場合はアドルフ・ヒトラーなどが適性を持っている。魔人アーチャーこと織田信長にも、多少の適性があるらしい。
【真名】キャシャーン
【出典】キャシャーン Sins
【性別】男性型ロボット
【属性】混沌・中立
【パラメーター】
筋力:A 耐久:C+ 敏捷:A 魔力:E 幸運:E 宝具:C
【クラススキル】
急所突き:C
標的の急所を見極め、必殺の一撃を叩き込むためのスキル。
戦闘中にクリティカルヒットを狙える確率が増加する。
威圧感:A
存在そのものが放つ死の恐怖。
相対する相手にプレッシャーを与え、行動や判断を鈍らせることができる。
Aランクともなると、低級のサーヴァントであれば、身動ぎすることも難しくなる。
「勇猛」などの精神干渉に耐性を与えるスキルがあれば、軽減ないし無効化が可能。
【保有スキル】
戦闘続行:A+
基本的に死ねない。 他のサーヴァントなら瀕死の傷でも、戦闘を可能とする。
直感:C
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。
敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。
【宝具】
『月という名の太陽を殺した男(カース・オブ・ルナ)』
ランク:C 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:-
女神を殺した罪の証。
永劫に死ぬこともない代わりに、真に生きるということも実感できない生の牢獄。
どれほどの傷を負ったとしても、それに比例した苦痛を伴い、瞬時に再生する自己修復能力である。
キャシャーン自身の意志でも、マスターが令呪を使ったとしても、オンオフを切り替えることはできない。
このサーヴァントを殺すには、亜空間にでも追放するか、分子レベルまで完全消滅させるかしかない。
仮に前者を行ったとしても、マスターに令呪がある限りは、
強制転移によって帰還させることができるため、基本的には後者以外の攻撃は意味をなさない。
ただし肉体の再生には、当然マスターの魔力消費が伴うため、乱用は禁物である。
規格外の再生能力を誇るが、科学技術に由来する宝具であるため、神秘性はさほど高くない。
【weapon】
なし
【人物背景】
月という名の太陽がいた。
ルナという名前で呼ばれる少女は、地に溢れたロボット達を癒やし、幸福な生涯へと導いていた。
しかし彼女の存在を、疎ましく思う者がいた。
ロボットの王たらんとした男は、自分以外に支配者となり得るものを抹殺するため、彼女のもとに暗殺者を送り込んだ。
ルナを刺し貫いた男こそ、キャシャーンと呼ばれたロボットだった。
そしてルナが死んだその瞬間から、世界の滅びが始まったのだった。
キャシャーンが再び目を覚ました時、世界は滅びの中にあった。
記憶を失ったキャシャーンは、自分をつけ狙うものと戦い、その度に殺し続けてきた。
ルナの返り血を浴びたことで、死にたくとも死ねない身体になった男は、望まぬ殺戮を繰り返し、屍の頂で涙した。
やがて旅路の果てに、キャシャーンは、再び蘇ったルナと出会った。
しかし彼女の築いた世界は、死を忘れ去った者達が、ただ漫然と日々を過ごすだけの、怠惰に満ちた世界だった。
失望の楽園に立ち尽くした男は、歪な世界を認めることができず、自ら彼らにとっての「死」となった。
滅びを免れたとしても、永遠の生を取り戻したとしても、死というものから目を逸らしてはならない。
ルナとロボット達が死を忘れた時、キャシャーンは再び現れて、彼女らを殺しにやって来る。
キャシャーンはそう言い残すと、彼女らの目の前から立ち去り、一人孤独な死神となった。
歪んだ倫理を正すため、義憤に駆られ立った英雄なのか。
犯した罪を贖わんとし、自ら十字架を負った罪人なのか。
キャシャーンが何者であったのかは、今は、誰にも分からない。
【サーヴァントとしての願い】
???
【マスター】
河嶋桃@ガールズ&パンツァー
【マスターとしての願い】
生き残る
【weapon】
なし
【能力・技能】
騎乗(戦車)
戦車の乗組員としてのスキル。通信手・砲手・装填手のスキルを保有する。
ただし射撃の腕前は相当に低く、砲手の適性は皆無に等しい。
事務
書類作成などのデスクワークスキル。ほとんどの時間を杏の世話役として過ごしているため、発揮される場面は少ない。
しかし決して無能ではなく、マニュアル通りの仕事なら、そつなくこなすことができる。
バレエ
宴会の隠し芸大会で、見事なバレエを披露したことがある。
【人物背景】
県立大洗女子学園に通う、高校三年生の少女。
生徒会広報を担当しており、会長の角谷杏を崇拝している。
学園の廃校を阻止するため、戦車道を復活させ、全国大会優勝を目指す。
自身は冷静沈着な策士として、杏の片腕を務めようと努力している。
しかし本質的には短気かつ小心者で、想定外の事態にヒステリーを起こしたり、泣きじゃくったりしている。
空回りすることは多いものの、彼女なりに学園を守るため、精一杯頑張っているのは確か。
今回は黒森峰女学園との試合の数日前から参戦している。
【方針】
直接的な格闘戦しかできないキャシャーンと、目まぐるしく変化する戦況に対応できない桃。
この主従に取れる戦術は、キャシャーンのステータスに物を言わせた、正面切ってのゴリ押し戦法のみだろう。
最大の問題は、「威圧感」を振りまくキャシャーンの戦いに、桃までドン引いてしまう可能性があること。
とにかく桃のメンタルの弱さがネックなので、頼れる同盟相手が出来たら、大事にしたい。
最終更新:2016年02月05日 03:01