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太極拳の誕生は?


【お昼休みの食堂で田さんを発見した小百合さん。さっそく田さんと同じテーブルに座って、太極拳の話を聞くことになった。】


小百合:「田先生、そもそも太極拳ていつごろ誰がはじめたんですか?」
田老師:「難しい質問じゃなぁ。それじゃあ順を追って話していこう。」


先ずは太極拳の名前の由来からじゃが、中国の《簡明武術辞典》によれば、中国拳法の一種。創始の時代は清代(1616〜1911年)の初期。乾隆皇帝の治世(1736〜1795)に、山西(現在の山西省地方)の民間武術家王宗岳氏が《周子全書》によって《易経》の太極陰陽の哲理を解明し、これに基づいて憲法の道理を釈明して《太極拳論》を書き、こうして太極拳という名称が確定された。と記されているのじゃ。


つまり、拳法太極拳の名称は、王宗岳氏が《太極拳論》を公にしてから漸次確定されたのじゃ。すなわち、先に何かの名称を持つ拳法があり、その拳法の原理原則が《易経》の哲理に合致していることを感じた王宗岳氏が、《易経》の<太極陰陽>の高度な哲理からその拳法の道理を分析的に論ずる文章を書いて、それを《太極拳論》と名づけたわけじゃな。

王氏の文章がこの拳法を練習する大衆に納得され、受け入れられ、ついにこの拳法を《太極拳》と呼ぶようになり、以後この名の下で継承、発展してきたと言うことじゃ。

そうじゃなぁ、太極拳とは何か?を一言で答えるとしたら、『中国武術の一種で、<太極>と言う根本理念を全ての指導原則とする拳法です。』ということになるかのぅ。

いつ誰がという事じゃが、先ほども言ったように、《簡明武術辞典》ではただこの拳法の創始の時代は清代の初期すなわち17世紀の前半と示すだけにとどまり、太極拳の歴史、その移り変わり、具体的に何時、誰がこれを創始したかなどについては、書かれておらんのじゃ。


実は、太極拳はいつ、誰によって創始されたかについては、諸説があり、いまだに資料の上では完全に信頼できる定説はないのじゃよ。例えば、すでに唐の時代(7〜10世紀)にはこの拳法が世間に知られ「于歓子」、「許宣平」のような名人がいたという記録も見られるが、他説では、民間で代々伝授されてきたものを、明代(14〜17世紀)の末期に王宗岳氏が整理して系統化したものである、ともいわれているのじゃ。その外にも、この拳法の大元は武當山に住んでいた張三峯氏が創始した太極武當拳であるとか、明の時代の名将戚継光氏の手柄によっているとか、などの説もあるのじゃよ。


また、陳式太極拳に関する書物では明の末期の陳王庭氏を始祖としているのじゃが、陳王庭氏自身が王宗岳氏の拳譜(拳法の原理原則を解明する本)をより所にしたという所から見ると、陳王庭が太極拳そのものを創始したと言うよりも太極拳の1流派である陳式太極拳を創始したという言い方の方がより説得力があるようじゃ。


一方、戚継光が今まで民間で伝えられてきた16種類の拳法をまとめて創作したと言われている《拳経三十二勢》という本の中の二十九個の勢の名称が、現在行われている太極拳各派によって継承されている事実から見て、太極拳の創設における戚継光の功績は各流派とも認めざるを得ないところじゃな。


まぁ、いずれにせよ、太極拳は中国の長い歴史の中で、人々が次第に先代の経験を継承し、殊に《太極拳論》が著されてからその理論の指導の下で絶えず創意工夫を加え、発展させてきたものなのじゃよ。ある個人の創作と言うよりも、人民大衆の知恵の結晶であると言ったほうがより適切ではないかとわしは思っているのじゃ。