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「キョン、次はあっちに行ってみましょう」
「分かったからそんなに引っ張るな」

さて、唐突だが今の俺の状況がわかるだろうか?
不思議探索でハルヒとペア
……じゃなくて、デートでハルヒと二人っきりってわけだ。
まあ、つまり俺とハルヒは付き合っているわけだが、ここでちょっと振り返ってみよう。
それは二週間前の出来事だった――

「キョン、ちょっと来なさい」
相変わらず前後のつながりもなく、思い立ったが吉日を地でいくハルヒが俺を引っ張っていく。
連行された先はいつかハルヒが俺に部活作りの『協力』を要請した場所だった。
「一体どうしたんだ、ハルヒ」
「よーく、聞きなさい」
なんだろうと聞いてやるとも。なんだかんだでお前に付き合ってもう一年以上だしな。
「つ、つ、……付き合いなさい!キョン!」
真っ赤な顔で言い放つハルヒ。
「付き合う?何にだ?ああ、SOS団のことか?
安心しろ。SOS団になら最後まで付き合ってやるし、
市内探索だってよほどのことがない限り休みなんかしないしだな、
これからお前が起こすいろんな騒ぎにだって……」
俺はまだまだ照れ隠しの言葉――そう、照れ隠しだ――を続けるつもりだったんだが、
ハルヒの顔が真っ赤から真っ青、そしてまた真っ赤になるのを見てやめた。
けどそれよりもハルヒの方が早かった。
「バカキョン!」
脱兎のごとく駆け出すハルヒ。置き土産に俺の顔をグーパンチで一発。
しまったな。
とりあえず、すまん、古泉。バイトが入ったと思う。がんばってくれ。

……と、そんなことを考えてる場合じゃない。とりあえずハルヒを追いかけないとな。
結局、どれだけ探しても見つけることはできず、俺は部室前にいた。
ノックもせずに入っていく。そこには、意外なことに古泉がいた。
「古泉?その、なんだ、バイト、入ってないのか?」
「また何かやらかしたのですか?」
いつもの笑顔じゃないな。何やら威圧感を感じる。
「いや、さっき、ハルヒに告白されたんだが……」
「ああ、それで断ったと」
いや、なんでそんな結論になる?
「あなたほど自分に正直でない人はいませんから」
「ほっとけ、それに違うぞ」
「何が違う、と?」
古泉の目は非難の色を宿していた。
「簡単に言うとだな、俺は告白なんかされたことはないし、
ましてや好きなやつからされるとも思っていなかったわけだ」
俺はハルヒを『好きなやつ』と断言できる。
「あれほど分かりやすい人もいないと思いますが」
「そうか?まあ、それはおいといて、
そのせいで照れ隠しを続けちまって、ハルヒに返事する前に逃げられた」
大きな溜め息。
「なんで嫌いじゃない人から告白されて躊躇うんですか?困った人ですね」
だから、そんな経験は初めてだって言ってんだろうが。

「分かりました。それで、どうするつもりですか?」
そう、本題はそれだ。
「ハルヒを探しているんだが、知らないか?」
「知っていると言えば知っていますが」
そういうと視線をどこかへやる古泉。
「まさか、へ……」
「いいえ、違います」
俺の言葉を途中で切る古泉。何やら焦ってたように見えたのは俺の気のせいだろうか。
「まあ、気持ちを落ち着けてください。果報は寝て待て。今度は照れないようにお願いしますよ」
そういうと部室から出て行く古泉。やっぱりバイトか。
「果報は寝て待て、なんて言われてもなあ。あんまり待つ気にならんなあ」
思わず独り言を呟く俺である。
「さすがにさっきのは酷かったかな。……嫌われたらどうすっかな」
やっぱり探して謝ろうと決意するまでそう長くはかからなかったわけだ。
俺が椅子を立ち上がり部室から出ようとしたら掃除用具入れから音がする。
朝比奈さんか?まさかな。
おそるおそる開けてみるとそこにはハルヒがいた。

「ハルヒ?」
「なんか言うことないの?」
いきなり掃除用具入れから出て来てそれか。それよりも
「泣いてたのか?」
うっすら涙目なんだが。
「バカ、なんでそっちなのよ!それに泣いてないわよ!」
と、言いつつ袖口で顔をぬぐうハルヒである。
「すまん。どう反応していいか分からなかった」
「で、今は?」
もちろん分かってるとも。
「好きだ、付き合ってほしい」
そういうとハルヒはニヤリと笑った。
「付き合うって何に?ふふん、SOS団のこと?
あれはあたしの団だからあんたが心配しなくてもいいの。
それともあんたがぶつぶつ文句言う癖について?」
仕返しのつもりか、ハルヒ?
「……あんた面白くないわ。もうちょっとショック受けなさいよ」
それは無理な相談だろうに。
「いいの!あたしがそう言ったらそうしなさい!」
ほう、ではショック受けながら走って逃げて、
掃除用具入れの中でお前が来るのを待っていればいいのか?
「あたしの真似?オリジナリティのないやつね。それになんか想像すると気持ち悪いわ」
お前が言うかね?
「……ほんとに、ショックだったんだから」
涙声になるハルヒ。その普段より小さく見えるからだを抱きしめる。

「すまん」
「ほんと素直じゃ、ないやつね」
「お前が言うか?いや、まあ確かにそうなんだが」
「バカ」
「バカでもいいだろう?それが俺なんだし」
「……そうね。いいわよ」
俺は一旦、ハルヒを離して肩をつかんだ。
目を閉じて顔を近づけようとしたんだが……。
扉の開く音。
そして何かが動く気配。
それは本棚に向かい、そこから何かを取り出して、椅子に座る。
本をめくる音。
そんなやつは一人しかいない。
「……長門」
「……有希」
「何?」
首を傾げながら聞かないでくれ。
「構わないで」
いや、無理があるから。
「……なあ、ハルヒ」
「なに、キョン?」
「今度、どこか出かけないか」

というわけだ。
なんで二週間のタイムラグがあるか?いや、先週雨だったんだよ。
ハルヒが楽しみにしてたから晴れると思ってたんだけどな。
そんなことを古泉に言ったら
「もう、涼宮さんに力はありませんよ」
だとさ。
「あの日、自分から超能力がなくなってるのが分かりまして」
もう、本当におめでとう、としか言えない。
ちなみに長門は、
「二週間前のあの日、情報統合思念体は涼宮ハルヒの観察に
当たっているインターフェースに二つの選択肢を提示した。
一つは思念体に回帰すること。もう一つは思念体とのつながりを完全に切ること。
私は後者を選択した」
つまり、もう何たらインターフェースで無いってことらしい。
朝比奈さんは、
「そのうち帰還命令が出ると思います」
と、しょんぼりしていた。
要するに俺の日常を鮮やかに、そして派手すぎるほどに、彩っていた非日常の要因は
全て消え去り、全くもって真っ当な日常が始まったってことだ。
まあ、今の俺に取ってはハルヒとの生活が何よりも輝いてるからいいんだが、
正直言うと、ほんの少し、本当にほんの少しだが、残念だ。

「今日は楽しかったわ」
それはよかった。デートなんか初めてだからうまく計画たてられたか分からなかったが、
楽しいて言ってもらえたなら安心だ。
「でも、もっとエキサイトな出来事があってもよかったけどね」
誘拐されたりとか?
「あんたが助け出してくれるんならそれでもいいかもね」
物騒な話だな。
「それじゃ、やめておこう」
「なによ、それ」
ふくれるな、可愛い顔が台無しだ。
「……」
「どうした?」
「臭いわ、あんた」
「ちゃんと風呂には入ってるぞ」
「当たり前でしょ!そうじゃなかったら北極海で水浴びしてもらうんだから!」
それは死ねるな。人はそんな冷たい所の水なんて浴びるようにはできていないんだ。
「ッて、そうじゃなくて、台詞が青臭いのよ!」
突っ込むなよ。俺だってそう思ってるんだから。人の傷口に触れちゃいけないぞ。
「なあ、ハルヒ」
「何よ」
こっちを向くハルヒ。
「二週間前の続きしてもいいか?」
「続きって、ああ、あれ?」
「そう」
ここなら長門も出てこないだろうしな。

「そういうのは聞くもんじゃないでしょう。空気を読みなさい、空気を」
「じゃあ、また後でな」
「……なんでよ」
そんなに怒ってるやつ相手にするもんじゃないだろ。
「……バカ」
しょんぼりしてるやつにするもんでもない。
「バッカじゃないの」
……大笑いしてるやつにもしねえ。
「お前はしたいのか、したくないのか」
「だーかーら、空気を読みなさい、空気を」
「分かったよ」
それから俺は無言で歩き出した。
「ちょっと、キョン。怒った?」
ちょっと焦ったように言うハルヒ。
いや、そんなことはないぞ、ハルヒ。目的地があと一ヶ所あるもんでな。
それで、そいつは時間指定なんだ。

たどり着いた先。海辺。真っ赤な夕日が今まさに沈む所だった。
白い砂浜が朱に染まっている。
隣には、ハルヒ。
「なかなかいいんじゃない?」
だろう。
また見つめ合う俺たち。
近づいていく。
今度は邪魔するやつもいない。

俺たちの間の距離はゼロ。
俺たちの幸福感は無限大。
世界には俺とハルヒだけ、そんな錯覚。

俺たちが離れたときにはもう、夕日は水平線の向こうに隠れて、
ただ残り火だけがあたりを染めていた。
でも俺の目には照れたように笑うハルヒしか映らなかった。

帰り道。もう空は星が支配している。白い、穏やかな光。
「また明日、学校でね」
「おう」
俺はハルヒを家の前まで送ってから家に帰った。
家に帰ってからおふくろに絞られたのは言うまでもないだろう。

次の日、俺が学校についたときには、まだハルヒはいなかった。
「珍しいこともあるもんだ」
しばらく待ってれば来るだろう、そんな俺の期待は裏切られた。
結局、岡部が入って来ても俺の後ろは空席のままだった。
「何だ、涼宮は来てないのか?欠席の連絡は受けてないんだがな」
無断欠席?妙だな。メールでも送っとくか。

放課後になってもメールは帰ってこなかった。
しょうがないのでそのまま部室に向かう。
「よう」
そこにはハルヒを除く全員がいた。
「おや、あなただけですか?涼宮さんは?」
「それが今日は来てないんだ」
「それは心配でしょう」
確かに。それにメールが帰ってこないのがなんか嫌な感じだ。
「涼宮さんの家にいってみますか?」
そうだな、行ってみるか。

唐突だが、人はどのようなときにもっとも不幸を感じるだろうか。
俺はこう思う。幸福のてっぺんから一気に引きずり落とされたときだ、と。

「え?ハルヒは家にはいない?」
思わずハルヒの母に聞き返してしまう俺である。
「ええ。いつも通りの時間に家を出てますけど?学校に来てない?」
「はい。そうです」
答える古泉の顔が険しくなる。
「まさか、何か事故にでもあったとか」
とは俺。
「あの子の通学路は人通りが多い所ですから、すぐに見つかると思うんですけど」
じゃあ、なんでだ?
悩んでいる俺の携帯が鳴る。メールで、送り主はハルヒ。
「ハルヒからメールだ」
一斉に全員が俺の周りに集まる。
そこには一言だけ。信じたくない一言だけ。

『助けて』

「事件、ということですか」
真っ青になるハルヒ母。
「断定するには証拠が少ないですが、恐らく」
とは、今さっき来てもらった三十過ぎの警察。
結局あとにも先にもハルヒからの連絡はあれだけ。
犯人らしきやつからの連絡もない。
無念だがお開きとなってしまった。

「ちくしょう!誰の仕業だ!古泉、心当たりはないか?」
「残念ながら、全く皆無です。彼女が力を失った以上そういう筋は消えると思います」
答える古泉の顔にも無念の色が漂っている。
「機関は解体してしまいましたから、情報網もありませんし」
そうか。
「けれど、彼女を直接知ってる森さんや荒川さんたちには協力をお願いしてみます」
すまん。
「じゃあ、あたしは鶴屋さんに」
とは朝比奈さん。
確かにあの人は頼りになりそうだ。あの人本人もそうだが後ろにいる鶴屋家も。
「俺は明日から学校を休んで探してみる」
「無茶なことを言わないでください。犯罪者は刺激すると何をするか分からない上に
あなた一人で何ができるというのですか?」

「じゃあ、黙ってみてろというのか?」
「そうは言いません。でもできること、できないことの区別ぐらいつけてください」
「……区別はついてる。でも、出来なくてもやらなきゃ気が済まないんだ」
一瞬俯く古泉。
「……あなたの軽薄な行動が涼宮さんの命を縮めるかもしれないのですよ」
それを言わないでくれ、古泉。でも、何かしていないと壊れてしまいそうなんだ。
「耐えてください。お願いします」
「……分かったよ」

頼むから、無事でいてくれ。そう祈るしかないことの何という非力さ。
三人を見ると誰も彼も悔しそうな顔をしている。
中でも一番悔しそうなのは長門だ。前までの長門ならぱっと解決できただろう。
「長門。気に、するな」
長門は息を吐くついでのような小さな声で、けれど重々しくいった。
「……悔しい」
ああ、俺だってそうだ。みんなそう思ってるさ。

それから数日が過ぎた。
その日、俺たちは事件解決の糸口をつかんだ。
文芸部室での出来事。
「嗚呼」
どうしたんだ、古泉?
さっきまで電話をしていた古泉が切った直後の反応がこれだ。
「何か、分かったのか」
躊躇する古泉。
「分かり、ました」
「本当か!?」
古泉に詰め寄る俺。
「ええ。でも教える前にお願いがあります」
何だ、早くしろ。
「僕を殴ってもらえませんか?」
ふざけてる場合か?そんなことはいいから早くしろ。
「いえ、殴ってもらえないことには話せません。僕のけじめがつかない」
「そんなことはいいから、早くしろ。本当に殴るぞ」
そういうと唇の端を持ち上げる古泉。
「分かりました。では」

「この事件の一端を担ってしまったのは僕たち、『機関』です」

聞いたことが一瞬理解できなかった。

キカン ガ ジケン ノ イッタン ヲ ニナッタ?

理解した瞬間俺は古泉に殴り掛かっていた。
「どういうことだ?」
「説明しますよ。だから一旦落ち着いてください」
早くしろ、早く!
「回りくどくはしませんがいろいろ説明が入ります。
短気を起こさないで最後までまず聞いてください」
そう前置きして古泉は話し始めた。

「あなたに最初に機関のことを説明した時、僕のような超能力者は
全て機関に所属していると言いました。そしてそれは本当なのです。
だから、我々に敵対する組織には超能力者はいないのです」
じゃあ、なぜ敵対する?ハルヒのことを知らないんだろう?
「そうです。最初のうちは機関の中心人物と敵対していた人たちがわけも分からず作った。
そして、情報を集めていくうちに彼らにも涼宮さんの存在が知れ渡ったのです。
これが前提条件です。理解しましたか?」
分かった。

「ところが、彼らには能力者がいない。
だから涼宮さんの力がなくなったことに気づかない。
それが理由で彼らには、僕たち機関の活動の停止が何かの罠に見えたのです。
だから、機関を動かすために一番強硬な手段をとったのです」
それが……。
「そう、それが涼宮さんの誘拐。
僕たちが敵対組織にちゃんと説明をしてれば防げたかもしれないことなんです」
そうかい。だからお前たちの責任だと。
「そういうことです」
「まあ、そんなことはいい。とりあえずそいつらの居場所を教えろ」
「殴り込みですか?」
「そうだ」
「それでは、涼宮さんが危険です」
本当にそうかな?危険なのは俺たちだけだろう?
「と言いますと」
「ハルヒはあいつらのいわば切り札だろう。だったら、そう簡単に傷つけない」
宙をあおぎ考えはじめる古泉。

「あ、あの。キョン君?」
遠慮がちに朝比奈さんが話しかけて来た。
「どうしました」
「ものすごく、言いづらいんですけど帰還命令が出ました」
「いつですか?」
「今、すぐ、です」
いま、すぐ?
「ごめんなさい。お別れ、です」
あまりに急すぎだ。
「ちょっと待ってください」
「無理なんです、最優先なんです」
今にも泣きそうな朝比奈さん。
「そんな……」
絶句する俺。
「朝比奈さん、あなたは知ってるのですね?」
突然口を開く古泉。
「……ええ」
答える朝比奈さん。そして、消えた。

なんでだよ?なんで今なんだよ?
訳が分からんぞ、未来人。古泉は分かったみたいだが。
「大丈夫?」
いや、正直大丈夫じゃない。お前は消えないよな?長門。
「大丈夫、消えない」
安心したよ。長門は俺に嘘はつかないしな。

「なあ、古泉。そいつらの所に行こう」
「正気ですか?」
「大丈夫だろう。ハルヒに何の力もないことを説明すればいい」
「……それでも無理です」
「たのむ。この通りだ」
土下座なんて初めてしたよ。
「分かりました。でも、僕たちがついていってもいいですよね?」
そういう古泉の目には諦めが浮かんでいた。
「私も行く」
「……おう、ありがとう」
「それでは、行きましょう」

そこは古びた安アパートだった。
俺たちがそこにつくと誰かが出て来た。
「やっと来たみたいね」
それはいつぞやの誘拐少女だった。
「ハルヒを返してもらおうと思ってな」
「直球ねえ。返すと思う?彼女は切り札なのよ」
やっぱり分かってないんだな。
「もう、切り札でもなんでもないんだ。ただの人なんだよ、ハルヒは」
「ふーん」
仲間内で話しはじめる。
「どうやら話し合いは割れているようですね」
「そのようだな」

しばらく経つとそいつらのうちの一人がアパートの中に入っていった。
「まあ、いいわ。返してあげる」
よかった。
よく考えればこんなにあっさり返してくれるわけはないんだ。
ただ、俺はそこまで頭が回らなかった。

連れてこられたハルヒを見て俺は思わず息をのんだ。
手足に擦り傷だらけだったのだ。
「ああ、それ?機関が動かないから閉鎖空間でも作って動かしてやろうと思ってね。
結局無駄だったみたいだけど」
この野郎。
「起きなさい」
そういってハルヒを小突く少女。
「う」
ハルヒが動いた!
俺は思わず駆け寄った。
「大丈夫か、ハルヒ、おい」
「……キョン?」
「そうだ。もう、大丈夫だから」
「怖かった。怖かったよ、キョン」
そうだろう、泣いてもいいよ。それで、帰ろう。
「彼女、目が覚めた?」
そののんきな声に俺は腹が立った。
「おかげさまでな!」
ありったけの憎しみを込めた皮肉で返したあと振り向いた俺が見たのは、
たった指一本で人の命を奪える道具。
拳銃だった。
その引き金にかかっている指に力が入る。

「あ?」
猛烈な痛み。
「え!?ちょっと、キョン、大丈夫?嫌よ、死なないでよね?」
ゆするな、ハルヒ。
「ふーん。これでも動かない所を見ると、本当に力はなくなってるんだ」
女が古泉に話を振る。
「そのためだけに、撃ったのですか?」
「当然でしょう?あなた達はだまし討ち、結構して来たじゃない。
今回も罠かもしれないしね。一応確かめてみたんだけどね」
だんだん俺の意識が遠のいていく。まぶたが重い。
「ちょっと!キョン!嫌よ、嫌!目を開けて!」
落ち着けよ、ハルヒ。なあ、今ものすごく気分がいいんだ。
「ごめんね、あたしのせいなんでしょ、ごめんね」
泣くなって、お前のせいじゃ、ない。
「ゴメンネ」
それが俺の聞いた最後のハルヒの声だった。

「もう、今日で時効か」
初老の男性警官が言う。
「何がですか?」
女が聞く。
「ほら、十五年前にあった高校生四人殺人事件だよ。結局犯人は見つからずじまい。
さぞ残念だろうな、遺族は」
「そう、ですね」
女が悲しそうに答える。
「今生きていれば君と同じくらいだったはずの子達だよ。酷いやつらもいたもんだよ」
「本当に、酷い……」

男は知らない。
今、彼の前の前にいる女が死にゆく四人を看取ったことを。
今、彼の目の前にいる女がその手で彼らの命を奪ったのを、男は知らない。

夜道で女がつぶやく。
「もう十五年か。早いもんね」
「安心した?」
突然後ろからかかる声。振り返った女は天使を見たと思った。
その目に暗い怒りを宿した、死の天使を。
「今更……今更、何のようよ!?」
「言わなくても分かるでしょう?」
ほほ笑みながら涙を流す。
「あなたが時効の日に死ぬって規定事項のせいで今日まで手出し出来なかったの。でも、もう……」
笑いながら距離を詰めていく。
「どんな気分だと思う?
ジワリジワリと死んでいくのって?
手と足を折られて、抵抗出来ないところを殺されるのって?」

「ソレガアナタノシニカタヨ」


FIN.
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