それは俺の誕生日も近いある日の出来事。
朝、いつも通りに妹に叩き起こされ、いつもと同じ音痴な歌を聴き、
いつも通りにたるい坂を上りながら、いつも通りの教室に入った俺が見たのは、
いつも以上に上機嫌なハルヒだった。
「よう」
「あ、キョン。おはよー!」
そんなに朗らかに言われても違和感ありまくりなんだが。
「今日は機嫌がいいな。なんかあったのか?」
「あったじゃなくてあるのよ。これから」
これから?それで、ハルヒが上機嫌。
……はあ。またひと騒動もふた騒動もあるのか。
「今度はなにすんだ。できれば、あんまり疲れないやつがいいんだが」
「あ、あんたはいいわ。何もやらなくて」
はい?なんて言った?俺は何もやらなくていい?
まてまて、余計に不安だ。こいつが俺を巻き込まないでやることとはなんだ?
どうせよからぬことを企んでるに相違ない。
「何よ、その目は?」
「お前のことだ、また厄介ご……もとい、面白いことを企んでるだろうと思うとな」
ものすごい目で睨まれて訂正した俺である。情けねえ。
「ふふん、そりゃあ当然よ!あたしが関わった時点で面白いことは決まってんの!」
ところで、気になってたんだが。
「何をするつもりだ?」
えらそうに腕組みをして言い放つことには。
「今のあんたには関係ないわ。でも、そうね。ヒントだけは教えてあげてもいいわよ」
ヒント?
「そう、ヒント。今のあたしは精神病にかかってるような物だわ」
こっちを向いてにやりと笑うハルヒ。
「精神病ね。そうだな、古泉辺りにいい精神科医でも紹介してもらったらどうだ?」
「……」
冗談だ、冗談。頼むから獲物を前にしたメスライオンの目で睨むな。
「お前が?」
「そう、あたしが」
あのハルヒが——その、何だ——恋をしたと?
「というわけで、今日の放課後は活動は無し!古泉君に伝えといて」
放課後?所謂”でーと”ですか、ハルヒさん。
「長門や朝比奈さんには言わなくていいのか?」
「二人にはチョーッと頼み事してあるのよ。どっかのバカがついてくるといけなからねえ」
そういってニヤニヤ笑うハルヒである。
ああ、そうかい。そんなに楽しみですか。いいよ、いいよ。楽しんでこい。
俺は一人涙にまみれた夜を過ごすからさ。
なんて感傷に浸っている場合ではない。参ったな。
正直に言おう。俺はハルヒが好きである。
だから、相手の野郎に(誰だかは知らないが)殺意がわく。
今の俺ならひと睨みで人を殺せそうだ。
どうしたもんかな。
「キョン?どうしたのー、難しい顔して?そんなに気になる?」
認めるのはしゃくだな。
「いいや」
そういうと一層ハルヒのニヤニヤが拡大する。口が裂けるんじゃないだろうか?
「無理しない、無理しない。ま、そのうちあんたにも分かるから」


放課後。いつもより重い足を引きずって部室に来る。
中には朝比奈さんはいないと分かってはいるがノックをせずにはいられない俺である。
「どうぞ」
野郎の声なんか聞いても嬉しくないわい。
「おう、古泉か」
「やはりあなたでしたか。涼宮さんは?」
「あいつは今日は来ないぞ。ついでに長門や朝比奈さんも来ないんじゃないか」
「それは、また珍しいですね」
「それがな、こういうわけなんだよ、古泉——」

「ふむ。つまり涼宮さんはデートで来ない、と」
そういうわけだな。
「はて、見込み違いでしたか」
何がだ。
「いえ、こちらの話です。ところで、気になりませんか?」
だから、何がだ?
「お相手ですよ。涼宮さんの」
気になるかって聞かれたら、そりゃ、気になるさ。
「ならば行動あるのみです。考えていても何も始まりません」
乗ってもいいんだが、
「行き先の見当はついてんのか?」
「フフフ、機関を甘く見てはいけませんよ。一般人の後をつけるなんてことは朝飯前です。
ちょっと、お待ちください」
電話をどこかにかける古泉。
一分も立ってないだろうが、電話を切った。
「だいたい分かりましたよ」
どこだ!?
「そんなに慌てないでください。まだ学校からそんなに離れていません。
今から出れば追いつけますよ」
そうか、じゃあ行くか。
「そうですね、でもちょっと待ってください」
何を待つ必要がある?
「いえね……」
古泉はそういうとそっと扉の前にたち、ノブを握った。
そして、扉を開けた。と、同時に部屋の外に走り出す。
それから少し遅れて扉の向こうから別の人影が逃げ出す。

しばらくすると古泉が人を連れてもどって来た。
それは、
「谷口?何やってんだお前」
「どうやら僕たちの会話を盗み聞きしていたようですね。扉越しに気配がありましたよ」
……古泉、おまえ、すごいやつだな。
「い、いよう。キョン」
「何してた?」
「いやあ、ぐ、偶然部室前を通りかかってな、あははははは……」
乾いた笑い。
——おい、古泉。
——分かりました
まさしく以心伝心。谷口を締め上げる古泉。
「グエ、苦しい、苦しい……。分かった、本当のこと言うから、ちょっと、手を……」
よし。
「いや、今朝お前と涼宮の会話を聞いてな、それで慰めてやろうかと」
友達思いだねえ(棒読み)、谷口君。
まあいいさ。
「古泉、こいつも連れて行くが、いいか?」
「僕は構いませんよ。時間もありませんしそろそろ出ましょうか」
「へ?どこ行くんだ」
じきに分かるさ、谷口。


「なあ、本当にこんなことしていいのか?」
こんなことってのは何だ、谷口。
「いや、どう見ても尾行じゃん。涼宮たちの」
「お前が気にすることじゃない」
「わかったよ」
それから俺たちはしばらくの間ハルヒたちの後をつけていった。

しばらくして。
「有希、みくるちゃん。手はず通りに頼むわよ」
「……」
「は、はい!」
そういうと別れる三人。

「で、誰が誰をつけるんだ?」
「決まってる、ハルヒを三人で、だ」
「朝比奈さんや長門有希は?」
今回の作戦においては完全におまけだ。下手したら障害ですらある。
「放っておく」
「ちえ、残念」
「残念でもしょうがありませんよ。彼の目に映るのは今は涼宮さんだけですから」
「そうかい、そうかい。お熱いことで……。ところでキョン。俺たち三人だよな?」
何を今更。
「そうだ」
「お前と、古泉と、俺だよな?」
「そうだ」
「それで、キョンの前にいるのは、古泉だよな」
いい加減にしてくれ、何が言いたい。
「そうだぞ」
「……じゃあ、さ。俺の、か、肩に、お、置いて、ある、手は、い、一体、誰のだ?」
はあ?お前の肩にある手?知らねえよ。怪談話の季節じゃねえだろう。
「いよお、キョン君たち、元気かい?」
……あれ?この声は、もしかして、
「……鶴屋、さん?」
「いやあ、こんなとこで奇遇だね」
絶対、奇遇じゃない。ハルヒに頼まれてここにいるのは間違いない。
「谷口君、一体何をしようとしてたのかな?」
「あえ!?いや、別に。俺たちは、涼宮の後をつけてるわけじゃ」
はい、バカ一人。
「ふうん。お姉さんデバガメは感心しないなあ?
こ っ ち へ お い で」
「うわあぁぁぁぁ……!!!」
引きずられてく谷口。
「さあ、キョン君、一樹君。谷口君が心配なら学校に帰った方がいいよ?」
くそ、バカ谷口!人質になんかなりやがって。
「すまん、キョン。古泉」
「ああ、いいさ。谷口」
「本当か?こんな俺のために、涼宮の尾行を諦めてくれるのか?」


「「それでこそお前を連れて来た甲斐があった!」」
ハモる俺と古泉。
「というわけで、鶴屋さん。お先に失礼します」
「すいません。今の彼には他者を顧みる余裕はないんですよ。
ああ、谷口君ならどうぞお好きに。戦場では所詮一兵卒の命なんて軽い物ですから」


「古泉、キョン……」
「アチャー。駄目だったか。自信あったんだけどなあ」
「そ、それじゃあ、俺は帰っても……」
「谷口君。お姉さん、頭ひねってだした作戦が見事に失敗しちゃってさあ。
このままでは引き下がれないのさ。
この恨み誰かにぶつけなきゃ気が済まないっさ……」

「ぎゃあぁぁぁぁ……」
響く断末魔の叫び。
哀れ谷口に合掌。

「いやあ、あなたがあそこまで非道なお方だとは」
「ふん、身から出た錆だろう。あいつの場合」
しかし問題は。
「後はおそらく朝比奈さんと長門さんが警戒に当たっている物と思われますが」
そうなんだよな。
「朝比奈さんはともかく、長門はなあ」
「そのときはどちらかが振り切れるってことに賭けて、別々に逃げるしかありませんね」
「そうだな」

そして、そのときは意外と早く来た。
おいおい、長門さん?ラスボスってのは一番最後に出てくる物じゃないの?
「予想外ですね。こんなに早いとは」
「同感だ。朝比奈さんを最後にする理由が分からん」
「いえ、それは簡単ですよ。きっと
『所詮は男。みくるちゃんに言い寄られればイチコロよ』って考えているのでしょう」
おお、見事な鳥肌が立っている。
「気持ち悪いぞ、古泉」
「すいません」
軽口をたたき終わった俺たちの顔はマジだ。真剣だ。
「ご武運を」
「お前こそ」
「では」
「おう」
タイミングを合わせて、全く別方向へ走り出す俺たち。
それにあわせて長門の高速移動が来る。はずだったんだが……。
「無駄。ここは通さな……痛っ」
はて?ものすごい音がしたんだが、なんだ?
古泉も俺も一旦停止して音の方を見る。
そこには石につまずいて盛大にこけた長門がいた。

「……なあ、古泉」
「……最後まで言わない方がいいと思いますよ」
「……だよな」
不覚にもドジッ子長門に萌えてしまったではないか!
……いかん、いかん。俺はハルヒ一筋!

こうしてあっさりと最大の難関を突破した俺たちだった。

「後少しだな」
「多分そうですね。最後は朝比奈さんですか。大丈夫ですか?」
「愚問だな古泉。もう、誰彼はばかることなく『ハルヒが好きだ』と言える俺に取って
朝比奈さんなど目に入らん」
「それを聞いて安心しましたよ。やはりあなたが自分の目で確かめてこそ、ですからね」

「キョン君、古泉君、止まってくださあい!」
朝比奈さんのやけくそ気味の悩殺ポーズ
俺は平然としている。しているんだが、
古泉が……あの古泉が見とれている。
「そんな馬鹿な!お前はガチだと思っていたのだが、違ったのか!」
「すいません。僕(の理性)はもう、もちません。どうか、ご無事で」
古泉、お前の犠牲は無駄にはしない!
「すまん、古泉。恩に着る!」


朝比奈みくるににじり寄る古泉一樹。しかしその背後に、影が迫る。
「ああ、どうも、鶴屋さん」
「なんで君は後ろの人がわかるんさ……。
まあ、そんなことより、何しようとしてるのかなあ?
答えによっちゃあ……」
「べつに、なにも」
古泉一樹は慌てたように言う。
「その割りには汗ダラダラっさ!」
目が笑っていない鶴屋さん。
「ところで鶴屋さん。その手に持ってるのは?」
古泉一樹が指差した物体。元は生きていたのだろうか?時々動いている。
「ん、ああ。谷口君だよ!こうなりたくなかったら、みくるからちょいと離れな!」
「はい……」
「よし、それでいいっさ!」
この人に逆らってはいけないと強く確信した古泉だった。


いない!いない!どこだ、ハルヒ!
「くそ、さっきからずっと探してるってのに、なんでいないんだ?」
しょうがない、最後にあそこの店でも見て終わりにするか。
もう辺りはまっ暗だし。
「ありがとうございました」
入ろうとした店から誰かが出てくる。
「あれ、キョンじゃない?どうしたの」
いや、どうしたも何もない。
「ふーん、結局ついて来ちゃったんだ」
それは、ものすごく気になったからな。
「気になる?せっかちねえ、あんたも」
おかしいぞ?会話がかみ合ってない。
「せっかちって、お前今日『デート』じゃなかったのか」
馬鹿を見たような顔をしていやがる。
「あたしが、いつ、そんなこと言ったのよ?」
朝、それっぽいこと言ってたじゃないか!
「はあ、勘違いもいいとこ」
その後何かに気づいたらしくにやりと、これまた嫌な感じで笑うハルヒ。
「それに、もしそうだとして、あんたに関係があるの?
あたしが誰と付き合おうがあたしの勝手でしょう?」
そう、確かにお前の勝手だ。それでもしかし!
「俺が、ハルヒを好きだからだよ!」


沈黙。
あー、うん。勢いに流されすぎな、俺。
落ち着け。深呼吸だ。
直球ど真ん中にもほどがある。あー、今すぐ拳銃が欲しい。
「……ハルヒ?」
「へ?え、ああ、何?」
なんでお前まで固まってるんだよ。
「別に、いいでしょう!」
「で?」
「で、って?」
いや、お前空気読めない痛い子だったか?そういや、そうか。
「返事は?」
「ああ、返事ね」
心臓が破れんばかりだ。

「やっぱ、やめ。気分が出ないから今日はここまで」
ぎゃあ、生き殺……、じゃなくて、生殺しぃ!

次の日。結局一睡もできなかった俺。
重ーい、重ーいからだを引きずって坂を上っている。
と、目の前にどっかで見たようなやつがいる。
「よう、谷口」
「ひいぃぃぃ、ごめんなさい、ごめんなさい。もうしません、もうしませんから。
鶴屋さん怖い、怖い……」
いや、おまえ昨日、鶴屋さんに何された?
「な、何だ、キョンかよ。脅かすなって」
いや、脅したつもりはないんだが。
「で、昨日はどうだった」
「どうもしねえよ。おっと……」
谷口のさらに前にハルヒがいた。
「じゃな、谷口」
「おう」

「よう、ハルヒ」
「ん」
何だ、今日はやけにテンション低いな。
「はい」
何だこれ?
「プレゼント」
プレゼント?
「あんた、ぼけてんの?今日誕生日でしょ」
ああ、そういえば、そうだったな。
「てことは昨日は……?」
「そ、プレゼント探してたの」
なるほど。
「あ、そうそう。今日あんたの誕生日パーティーやるから、放課後ちゃんと来なさいよ」
分かった。でも、意外だな。
「お前ならサプライズパーティーでもやってくれると思ったんだが」
「最初はそのつもりだったんだけど、やめたの」
「これ返しとこうか?」
「なんでよ?」
「そういう場で渡された方がいいと思うんだが、プレゼントって」
「いいの、いいの。もっとすごい物が待ってるんだから!」
なんか、怖いな。

そして、放課後。
盛り上がりも最高潮に達した頃。
「それじゃ、ここでプレゼント贈呈!」
古泉、長門、朝比奈さんからプレゼントをもらった俺。
待てよ、古泉が用意しているってことは。
「お前、昨日のこと全部知ってたな?」
「分かりましたか?ですよね」
ふう、なんか嫌な気分だ。
「さて、そろそろ」
席を立つ古泉。
「じゃあ、がんばってください」
と、朝比奈さん。
「……」
と、極めつけに長門。
「どうしたんだ?」
その問いには誰も答えてくれない。
古泉はにこやかに笑いながら、朝比奈さんは遠慮がちに手を振って、
長門は無言のまま、それぞれ部室を後にした。
つまりここに残ったのは俺と、ハルヒ。
「よーく聞きなさい、キョン。あたしからのプレゼントはね」
「なんだよ」
突然近寄って来て俺の耳元に口をよせてハルヒは言う。

俺の誕生日のプレゼント。
一番のプレゼントは、ハルヒの一言だった。
それだけで他は何もいらないと思えるような、そんな言葉。
夜道を一緒に歩く俺とハルヒ。
つないだハルヒの手は温かかった。
fin.

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最終更新:2020年06月15日 08:57