西日さし込む秋の部室で
俺はのろのろと古泉とオセロに興じる。

こう気持ちの良い暖かさの前には、白黒をつけるという
無粋な勝負もそれなりにほがらかに見えてくる。

そうほがらかと言えば、朝比奈さんは俺の後ろで
お湯の中でふわふわと上下する茶葉を可笑しい位
真剣に見つめている。

たしか八女の玉露を買ったとか言っていたような………

まったく勿体無い話であるこのような高価なお茶を買って
頂いても味の違いが解るのは古泉、長門、朝比奈さん位の――

…あれ、解るほうが多いな…………

まあ、俺は俺で解らなければ解らないなりに味わっちゃいる
けど、ハルヒ!!! お前という奴はいつも朝比奈さんが淹れ
てくれたお茶を味わう素振りすら見せず一気飲みしやがって!!

お前がそう無感動にお茶を胃に流し込んでいく横で朝比奈さん
のその純粋で無垢な心に羊毛を刈り取るが如く傷をつけてい
るんだぞ……………多分

などと嘯きつつも、俺だってこれと言って拘っている事もなけ
れば、大して執心している物も無い。
淡白と言えばそうかもしれないが、彩りが無いと言えばそうか
もしれない、何れにせよあまり良いことでもない………

いけないなこれは、酷く詰まらなく軽薄だ。

そう考えてしまうと何故かは全く解らないが馬鹿馬鹿しくも
妙な焦燥感に駆られてしまう。

そしてそれと共に優勢であったオセロも鏡の如く俺の心理を反映し、
しだいに黒が増え始める。


で結局そのまま押し流され久々の敗北を味わう事になった。

何時もの微笑にちょっとの嬉しさとそれ以上の疑点を見つけた
困惑を添えていた古泉が口を開く。

「どうしたんですか?途中酷く考えあぐねていた様ですが」

「…いや、ちょっと悩み事でな……」

「ほう――――」

ちっとの相槌の後、古泉も考え始めやがった。
だがそれは、やたらと楽しそうでニヤケにもそれが表れていた。

「ずばり、恋の悩みですね羨ましい限りです」

主にパソコン周りの空気が少し揺れる。

ハルヒお前なに興味示してんだ………こら無闇にマウスを
カチカチするな、第一大ハズレだ。

「残念、ハズレだ」

「おやそうですか、じゃあ一体何なんです」

「私も興味ありますぅ」

と朝比奈さんが愛らしい声と共に俺の前に深く力強い緑のお茶
を置いて下さる。

嗚呼、こんな可愛らしい人となら色恋沙汰も悪くないかな~等と
思っていると、メトロノームの様に均一にマウスを鳴らしていた
ハルヒの指の動きがアダージョからアレグロ位になっていた。

こらマウスが壊れるぞ。

「いえ、ちょっとある意味で俺は彩りの無い人生を歩んでいるな…
と思いまして」

バァン!!!

勢いよくハルヒが机を叩き立ち上がる。
何だ何だ、何を発見したんだ。

「違うわよ!!!あんたこんな女の子三人に囲まれて、彩が無い
なんてよく言えるわねキョンのくせに生意気よ!!!まあでも
そんなに寂しいなら、哀れな団員の為に私がちょっと色を添えて
やらない事も――――」

違う違う、っていうか何だそれは誰か紹介してくれるのか?

「うっさいバカ、じゃあ一体何なのよ」

今それを言おうとしていたんだよ、とまた心の中でだけぼやく

「そういえば俺は此れといって好きなものとか趣味がないと思ってな」

ハルヒはちょっと意外そうな顔をした後、でもやっぱり納得したように
口を開く。

「本当にないの?案外自分で意識してなくっても気に入ってることって
あるものよ」

至極まともな意見をありがとう、でも思い当たらないものは思い当たらない。

「そりゃ重症ね趣味の一つも無いなんて、人生の三分の一くらいは損して
るわよ」

そう思ったから悩んでいるんだよ、とまた心の中でだけ反論していると 
ふと部屋の隅で秋の読書を見つけしげしげと眺めてしまった。

長門だって趣味があるんだよな……………

読書…なんてのもいいかもしれない、ああいうSFハードカバーじゃなくて
安い文庫本で……そういえば教科書の「伊豆の踊り子」は中々だったし
「雪国」でも買ってみるかな。

たまには秋の夜長にゆったりページをめくるなんてのも良いかも知れない

「読書でも―――――」

「それはダメッ!!!」

矢継ぎ早にハルヒのダメだしが返ってくる、がしかしなんで駄目なんだ?

「そっ…それは……とっとにかくあんたに読書なんて似合わないの!!!」

なんで俺じゃなくて長門の方をみてるんだ?
まあそりゃ自分でもガラじゃないとは思うけど、お前なら「何事も挑戦!!」
って言って推してくれるかと思ったんだがなぁ。

「うるさい!!似合わないものは似合わないの!!!」

まだ長門の方を見てる。
じゃあ何かお前はそういう物があるのか?



「……そうねぇ………紅茶なんか結構こだわってるわよ」

………ごめんハルヒそれは俺が読書している以上に意外だと思うぞ、そりゃあ
俺の中の少々偏ったイメージが原因というのもあるが―――

まあ、高原の避暑地でお嬢様が優雅に午後のとか、己の死を望んだ神如き
ラスボスが主人公に背を向けながら「早いぞ……人生最後の一杯だもう少し
待っていろ」的なあれしかないおれにも問題があるかもしれないが、似合わ
ない意外だ。

「意外だな、俺なんて茶葉はオレンジペコー位しか知らんぞ」

とありったけの知識で意見すると部屋の空気が少しだけ変わる。
さっきまで気に入らないといった顔をしていたハルヒは悪戯な笑みを
浮かべて、朝比奈さんと古泉は驚いたようにして俺を見ている。
しかし自分で何か変な事を言った覚えが無い。
そうしてきょろきょろし酷く狼狽している俺を朝比奈さんは哀れんだ
のか

「キョンくん、オレンジペコーは茶葉の名前じゃありません………」

小声で控えめに告げてくださる朝比奈さん

ハルヒがわざとらしく慨嘆を吐きちょっと芝居をつけた手振りで力説
をはじめる。

「そうよオレンジペコーは茶葉の大きさ部位を表すものであって茶葉
の種類じゃないわよ!、あんたはどうせティーバッグか何かに書いて
あるのを見てろくすっぽに調べもしないで言ったんでしょうけどそれ
は大きな間違いで―――」

わかったわかった、俺はもう十分に自分の無知を反省しているよ。

「当然よ!!これくらい一般常識、無知無学にも程が―――」

ハルヒは解りやすく話を切るとちょっと考えて今度は少しはにかみ
つつ口を開く。

「そうねー、団長としてはこれ以上団員の無知を放置しておく訳には
いかないわ!!という訳でキョンこれからあんた私の家に来なさい!!」

ちょっと待て何でそうなる、っていうか俺がお前の家に行って何するんだ?

「うるさい!!団長命令!!!」

そう言い俺の手を掴んで部室から強制退出させようとする。
辛うじてカバンを掴みはしたが、朝比奈さんや長門は引き止めることも
突っ込みを入れてもくれず古泉に至っては「いやぁ、羨ましい」とのたま
っている。

おい、代わってやるぞ……

其の後俺は順調に学校からも退却し、ハルヒと肩を並べて下校と相成った。

嗚呼、秋空をいわし雲弱弱しく泳いでいるよ………




ハルヒの家は思ったより普通でしかも俺の家よりでかい。
俺はてっきり布でもかぶってるのかと思っていたんだが・・・・・・・冗談だ

「何ぶつぶつ言ってんのよはやく来なさい」

と家のドアを開け俺を向かえ入れる。

少々の年代を感じさせる造りではあったが、全体が流行り廃りの無い
良いもので構成されている。

何故だかは解らないが俺は応接間に通され、そこで待っているように言われた。

落ち着いた色彩の部屋には大きなオーディオが鎮座して其の横には、レコードや
クラシックのCDが何枚も並べられ、ちょっと我が家には無い独特の空気を漂わ
せている。

親父さんか誰かの趣味だろうか

ソファに控えめに身をゆだねながら、俺は白熱電球の暖かな光と窓から入る力
強い夕日に照らされ、所々におぼろげな影を浮かべた部屋に一人残された寂しさ
と退屈を消しかねつつ妙な緊張感と同居する。


ふとアンバランスな程に大きなスピーカーが目を引き、俺はそれに興味を向ける。

此れも、ではあるが新しいとは感じさせないそれ故だろうか酷くそれが気になり
近づきしげしげと眺めた。

アンプ、CDプレーヤー、スピーカーと別けられたそれらがどれ程の物なのかは
皆目見当がつかない、しかし俺はCDプレーヤーの小さな液晶に緑が灯っている
ことを当然の如く気にし、悪いとは思いつつも『PLAY』のスイッチを押しこ
む。

少々のラグの後、スピーカーから生々しく豊かな女性の声と弦楽器の繊細で壮大な
旋律が空気に満ちそして震わせる。

それは今まで聞いたことも興味を抱いたことも無いオペラという歌劇

気圧される様に後ずさりしながらソファに戻る、美しく妖艶ではあるがそれ以上の哀調
を帯びたそれは、鈍重な俺の心にも何かしらの訴えを簡単に理解させた。

暫時その哀切なオペラを聴いていると不意に目の前から白い光が消え、唯夕日
の光の支配する世界が広がる、少々暗くはあるが茜色が部屋の構築物を美しく
感傷的に浮かび上がらせる。

振り返るとハルヒが少し悪戯な顔で立っていて、その手には湯気の立ち上る
盆を持っていた。

「悪いちょっと気になって弄ってたら電源がついてな」

自分でも苦しい言い訳だと理解はしていたが、それはハルヒも同様故かさしてそれ
を咎める素振りもせず、代わりに不思議と俺にも判る位このオペラの様な哀切に満
ちた表情と声とが感覚を包む。

「構わないけど……この曲の名前知ってるの」

「知らないな、何て言うんだ」

そう言い切るとハルヒは少し安心して、リモコンを取りオーディオを止めた。
そうしてCDを入れ替え、静かに向かいに座る。

微細な立体で飾られた可憐な白磁と其処に湛えられた緋色の紅茶、それが俺
の目の前を彩ると同時に美しいオーケーストラが俺の耳をも支配する。

それは唯、歴史に彩られた純粋に艶やかな物で、先刻まで部屋を包んでいた物と
はまた違っていた。

「……トリスタンとイゾルデ、今流れてるのは美しく青きドナウ」

後者は何処かで聞いた事のある名前で前者は何かの物語なのだろうか、気になりは
したが先程迄のハルヒの表情を見ているとそんな不躾な事をする気は起きない。

ハルヒはゆっくりと自分カップに口をつける、今まで見た事が無い穏かで優雅な
ハルヒの一面。

そして俺もそれに連れられる様にして目の前のカップを手にし、一口のみこむ、
抜けの良い落着いた香りが鼻腔を撫で、砂糖とは違うほのかな甘みが一瞬間口を
踊る。

「………美味いな」

俺の貧弱な語彙では此れが限界であり、そしてそれ以上に此処で格好を付けて
やたらと拙い批評を下すのは余りに無粋だ。

ハルヒは俺の少ない返事かそれとも表情に滲み出ていたなにかに満足したのか、
純粋に嬉しそうで、けど大人っぽい笑みを浮かべもう一度紅茶を口につけた。



淡いレースのカーテンで拡散した光がそれでも十分に部屋を照らし、ティーカップ
の中の緋色の紅茶も其の光を受け宝石の様に煌く。

音楽と光に支配された心地の良く質の高い時間が少しずつ流れ行く。

永遠と続いて欲しいとまで願わせるそれは俺の目の前にいる女神様にも同じなのだ
ろうか―――

……もし…もしそうならこのまま続かせてくれそして願わせて欲しい。


なるべくなら…………なるべくならこんな良き日々が多くありますようにと――――

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