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「……消去完了」
「すみません、長門さん」
古泉くんが、長門さんに頭を下げています。
長門さんがキョンさんから手を離して、古泉くんの方を見上げました。
その表情には何にも浮かんでいません。
疑問も不審も信頼も無く、ただ、見ているだけ。
少なくとも、わたしにはそう見えました。
「消しちゃったんですね」
「ええ……、今はまだ、知らない方が良いでしょうからね」
わたしの呟きに、古泉くんが答えてくれました。
知らない方が良い、そうなのかもしれません。
未来から来たくせにたいしたことを知らされてないわたしですけど、それくらいのことは想像がつきます。
だって、涼宮さんが好きなのは……。
「ついでに僕の記憶も操作してもらえると助かるんですが」
「それは駄目」
長門さんが即答しました。
こんなに素早い返事を返した長門さんは始めて見た気がします。
「駄目ですか」
「あなたの記憶を操作すると、記憶の整合性を保てない可能性が出てくる。……それに、あなたが忘れる必要は無いはず」
長門さんが言い切りました。
「……そうかも知れませんね」
古泉くんが頷きます。

キョンさんが、忘れないといけないこと。
古泉くんが、忘れなくてもいいこと。

わたしには、その違いが分かるようで分かりません。
長門さんには分かるのでしょうか?

わたしに分かるのは……、古泉くんが、わたしやキョンさんより全然大人に見えるって事くらいかも知れないです。
ううん、私の方が年上のはずなんですけど。

古泉くんが、自分達がキョンさんと涼宮さんの会話を聞いていたことをキョンさんに伝えた方が良いとは言いましたけど、長門さんの台詞はちょっと予想外でした。

……長門さん、恋ってしたことありますか? 有りませんよね?

恋ってとっても素敵ですよ。

ちょっと胸が痛くて、頭がぽーっとなっちゃう時も有るけど、素敵な体験なんです。
わたしも……、ほんのちょっと前まで、恋、していましたから。
どうも失恋しちゃったみたいなんですけど。
そういうことを含めても、恋ってやっぱり素敵なんだと思います。

あ、でも、わたし、諦めたわけじゃないんですよ?
涼宮さんだってキョンさんだって、諦めたわけじゃないみたいですし。
それなのにわたしだけ諦めるなんて、何だか悔しいですもんね。

長門さんに恋愛の素敵さを教える方法……、そうだ、今度恋愛小説を貸してあげよう。

本だったら、長門さんも読んでくれますよね?

恋愛感情。告白。
消去の可不可……、伝聞と当事者の体温・脈拍などから推測される精神状態に応じて、それぞれに必要と思われる判断と処置を施す。
感情……、それは、わたしが知らない物。
回路を乱す余分な振り幅。余計な物。
……解析不能、エラー。
わたしに出来るのは、他者の推測や情報を元に予想を組み立てなおすだけ。
でも……。
「興味深い」
と、思う。
思う……こと、わたしの意思。
意思……、これも、感情によるもの?
……分からない、エラー。
「どうしたんですか、長門さん?」
帰りかけていた古泉一樹が、振り返りわたしの方を見る。
「……」
「あなたも、余り無理はしないでくださいね。ヒューマノイド・インターフェースも無敵ではないでしょう?」
「……わたしは、あなたたちとは違う」
「そう変わらないと思いますが」
「それはあなたの主観」
「……まあ、そうかも知れません。とにかく、余り無理をしないでくださいね」
古泉一樹は同じ言葉を繰り返すと、ぽんとその掌をわたしの頭の上に置いた。
これは、少し前にわたしが『彼女』にしたのと同じ動作。

「わたしは……」
不安?
違う、ヒューマノイド・インターフェースにそのような状態に陥るような余分な思考パターンは用意されていない。
不安に思う、などということが有っては任務に支障をきたす。
だから、これは……、エラー?
エラー?
違う、エラーではない。
こんなに早い段階で、エラーが蓄積することは……、恐らく、無い。
「では、僕はもう行きますね。また明日、学校で……、朝倉さんのことは、こちらで誤魔化しますから、あなたは頷いてくれるだけで結構ですよ」
彼が、笑う。
人の心を知らないわたしにも分かる。
これは、人を安心させる笑顔……、そういうものなのだと。
経験が……、そう、教えてくれた。
……そんな気がする。
経験、記録と記憶との照合。
感情……、ではない?
分からない。判別不能。
「……そう」
古泉一樹が、足早に去っていく。
この感情……、感情?

わたしは、その名前を知らない……。

好奇心、あるいは向学心だろうか。
わたしは何故か朝比奈みくるから貸し与えられた小説を読んでいる。
恋愛小説、というものらしい。
『高校生』という現在わたしが仮に与えられている身分と同じ立場に置かれた男女が恋に落ちるまでの過程を書いた物語。
理解不能の項目も多いが、丁寧な説明が理解を促してくれるから、文章上での繋がりを追う事は出来る。
繰り返し読むか、同種の小説を幾つも読めば、わたしにも理解できる日が来るのだろうか?
感情……。
「おや、長門さんもそういう小説を読むんですね」
古泉一樹が、わたしの傍に立ってそう言った。
ノックに返事が無いのに鍵が空いているというパターンは、わたしだけが居る時だと彼も学習したらしい。
だから今は、彼と二人きりだ。
「……これは借り物」
「厚物も良いですけど、恋愛小説も良いと思いますよ。ああ、そうそう、今度僕も何か貸しましょうか?」
古泉一樹の思考パターンは、わたしには謎が多い。
でも、興味は有る。……と、思う。
本は……、読んでいる本は、読者の思考に通じるものが有るという。
一つの俗説。……それも、本から得た知識。
「……あなたが、そう言うのなら」
「では、今度お持ちしますね」
了承。合意。
わたしは、好奇心を一つ満たすための一歩を踏み出す。

それは、理解不能の感情というものへの理解に時間を割くよりは、有意義な行為。

……恐らくは。

さて、朝倉に殺されかかり、ハルヒにいちゃもんをつけられ、かつハルヒと二人きりで
亜空間へレッツゴーした挙句恥ずかしすぎる会話をした上それを聞かれたくない相手に思
いっきり聞かれていたなんていう間抜けかつ馬鹿馬鹿しいことが有っても、現実は何も変
化しておらず、寧ろますます元気になったハルヒの対処に手を焼いているという状態だっ
た。
世間はそろそろ梅雨時で、みんな少なからず鬱々としたムードを抱えているって言うの
に、こいつは何でこんなに元気かね。
「行くわよ、キョン!」
週末の市内探索、俺は何故かハルヒと二人っきりという組み合わせだった。
しかも今日は何故か細かく様子を見るためとかいう理由付けにより午後までこの組み合
わせということが決定している。
……やれやれ。

ハルヒが俺の手を引き、街中へ繰り出す。
ショッピングモールのどこに不思議が落ちているっていうんだ?

「そうそう、あんた、好きな人がいるのよね」

小洒落た若者向けの服屋にて、ハルヒはいきなりそんなことを言い出した。
「なっ……、なんだよ、いきなり」
「ふっふーん、見てれば分かるのよ、あんたの考えていることなんて」
まさかハルヒがあの亜空間でのことを思い出したんじゃ……、と思ったが、そういうわ
けではないらしい。
「……」
だが、俺にとってピンチな状況である事には変わらない。
弱みを握られたようなもんだからなあ……。
くそ、そう思うと、ハルヒの好きなやつとやらを聞けなかったのが悔しいぞ。
「まあ良いわ、あんたこれに着替えなさい」
ハルヒが、手に取った服を俺に押し付けた。……わけがわからない。

「……は?」
「いいから、つべこべ言わずとっとと着替える!」
「……分かったよ」
何だか良くわから無いが、惚れた腫れたに追求されるよりはまだ良い。
仕方が無いので俺はハルヒに言われた通り着替えた。
げっ、これ結構高い……、まさか買えって言うんじゃないだろうな?

「おー、やっぱ似合っているわ!」
試着の終わった俺を見て、ハルヒが楽しそうな声を上げた。
キャミソールの上に丈の短い半袖のシャツ。それにミニスカート。
単品で見ると結構子供っぽい印象のアイテムが、色合いと組み合わせのせいで逆に大人っぽく見せている……、ような、気がする。
しかし、制服以外でスカートなんてはいたの、何時以来だ?
「そうか?」
「うんうん、似合っているわ。あ、そうだ、髪も解きなさい」
ハルヒがひょいっと手を伸ばし、俺の髪留めのリボンとゴム紐を器用に外していく。
「お、おい……」
「ポニーも良いけど、下ろしたところも良いわね。ほらほら、自分でも鏡くらい見る!」
「あ、ああ……」
普段とは、ちょっと印象の違う自分。
似合っているんだろうか……。
「ふふ、やっぱりわたしが選んだだけのことは有るわ。ああそうだ、この服買ってあげるから、今日一日そのまま着てなさい!」
「え、なっ……」
ちょっとまて、これ結構高いぞ?
こんなものを買ってもらう理由なんて……。

「つべこべ言わず着なさい! 団長命令よ!」

……押し切られた。

かくして俺は、ハルヒに選んだ服を着せられ、ハルヒと一緒に街を歩く事になった。
何だか妙な状況だが、どうやら今のハルヒは不思議なこと探しではなく単なるウインド
ーショッピングで充分満足しているようなので、ここはあんまり余計なことを言って刺激
したりしない方が良いだろう。

「あ、そうだ」

交差点の信号待ちで、ハルヒが声をあげる。
「どうした?」
「あんた、男らしい喋り方なのは別に良いけど、一人称くらい直した方が良いわよ?」
「……今更そんなこと言うのかよ」
俺の、というか他人の喋り方なんて気にしていると思えなかったハルヒが突然こんな事
を言ってくるなんて、何かおかしい。
一体なんだ、今度は何が始まるんだ。
「今更も何も無いの。あんたも恋する乙女なら、そのくらい気を使いなさい!」
恋する乙女って……、そんな単語、信号待ちの人が集まった所で、でかい声で言うなよ
な。
恥ずかしいから。
「なっ……、でも、俺は……」
「だーめ、俺なんて言っていたら口聞いてあげない!」
信号が変わり、ハルヒが駆け足で横断歩道を渡っていく。

「お、おいっ、待てよ」

「待たないもーんっ」

俺が追いかけ、ハルヒが逃げる。
……何やっているんだろうね、本当に。

漸く追いついた公園にて、ハルヒによる言葉遣い指導なるものが始まった。
馬鹿馬鹿しい事この上ないが、時計を見たらそれだけで3時間も経過していた。
ハルヒと一対一で3時間……。食事もとらずにそんなことをしていたんだ、無茶苦茶疲
れたさ。
昼食というには遅い時間に入ったファミレスでは、
「服を買ってあげたんだから食事はあんたが奢る!」
というハルヒの宣言により、俺が奢る事になってしまった。
いや、奢るのは良いんだが……、俺……、いや、私って言うべきか?
まあいい、とにかくハルヒの尋常でない胃袋の前に、顔が青くなった事は言うまでも無
い。

再集合後、お……、私は、特訓の成果なるものを残りのメンバーの前で披露させられる
羽目になったのだが、

長門は何時もながらの無表情のままこっちを見上げるだけで、
朝比奈さんは始終目をきょろきょろさせていて、
古泉は生暖かい目線での見守りモードだった。

お前等、なあ……。

「じゃあ、また月曜日に会いましょう」
朝と同じところで、SOS団は解散する。
明日一日休んで、明後日は学校。
また、同じようにこの面子に会うんだ。

宇宙人未来人超能力者に、その全員が注目する変な女。

……かなり妙な集団だが、この集団の事は結構好きかも知れない。
まあ、恋する乙女云々はとりあえず省かせてもらいたいんだが……。
……そういうわけにも行かないんだろうな。

しかし、待つとは言われたものの、期限は何時までなんだろうね?

そもそも、待ってもらってどうにかなる問題なんだろうか。
疑問だらけどころか、あんまり良い考えが浮かばないんだが。

……でもまあ、きっと何とかなるさ。

何をどう間違ったか分からないが、胡散臭いはずの爽やかスマイルに惹かれたんだ、も
うちょっと信じてやるよ。
いや、あいつだけじゃないな……、ハルヒも朝比奈さんも長門も、信じている。
みんな、仲間だからな。

だからみんな、期待を裏切ってくれるなよな?


――終わり
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