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12時近くにハルヒに呼び出され再集合を果たした俺達5人は、午後はまた違う班分け
で探索に出るということになった。
午後もやるのかよ。

午後の組み合わせで俺は長門と一緒になった。
長門か……、この面子の中で、ある意味最も一対一で付き合い辛い面子かも知れない。
迷惑度って意味ではハルヒの方が遥かに上だが。
しかし、宇宙人、なあ……。
長門がみょうちきりんな能力を持っているらしいってことだけは認めてやっても構わないが、宇宙人だなんて未だに信じられん。
俺は突っ立ったままの頭半分くらい下に位置する小柄な少女を見つめた。
長門は何時も通りの無表情で、休日だというのに何故かセーラー服姿だった。

色々考えた挙句、俺は長門を図書館に誘った。
宇宙から地球にやって来ることが出来るような連中が本などというアナログな手段のど
こが良いと思っているかなんて俺にはさっぱりだが、少なくとも俺の知る長門有希の基本
情報は読書好きの文芸部員ということになっている。
大人しく図書館に着いてきたと思った長門は、ふらふらと引き寄せられるように厚物ば
かりの並ぶ本棚の前へ向かった。
幸か不幸か、その近くには俺達以外の人影は無かった。
「なあ、長門」
俺は、本を開きかけた長門に声をかけた。
「……」
「この間のことは、本当か?」
「……わたしの言ったことは本当。古泉一樹の発言には多少の主観は混じっているが、概
ね間違っては居ない」
「えっと、だな……、お前は何時もあんなふうに戦っているのか?」
何をどこから訊ねたらいいかさっぱり分からなかったので、とりあえず自分の目で見た
ものから確かめてみる事にした。
自分の視覚情報くらいは信じておくことにしよう。
「違う」
「えっ……」
「あれは調査とあなたへの説明のために実行したもの。本来閉鎖空間と呼ばれる場所で神
人と呼ばれる存在を倒すのは古泉一樹及び彼と同種の能力者だけの役割」
「……調査?」
そう言えば、観察が仕事だとか言っていた気がするな。
えーっと、じゃあその調査ってのもハルヒ絡みか。だよな、閉鎖空間の発生はハルヒが
原因ってことだし。
「そう。あの空間における対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース
の情報操作能力の実行力を調べていた」
30%とか40%とかいうあれか。
しかし、それだけの割合であんなことが出来るってことは……。

「お前は、現実でもあんな事が出来るってことか?」
「あなたの指し示す事象があの場でわたしが発言させた攻勢情報の具現化のことを指すの
であれば、可能」
即答されたよ。
まあとりあえず、ここまでのことは頭に入れておこう。納得するかどうかは別として。
「じゃあ、俺への説明ってのは……」
「わたしの説明を納得してもらうためには、情報操作を実際に見せるのが有効という助言
があった。また、閉鎖空間であればある程度大きな情報操作を行っても弊害は発生しない
だろう、とも言われた」
「……古泉からか?」
「そう。加えて、以前から望んでいた閉鎖空間での調査を認められたため、情報統合思念
体はわたしが彼に同行することを許可した」 
ということは古泉は、もっと前から長門の正体を知っていたってことか。
まあ、そこはもう今更驚く所じゃないような気もするんだが。
「……」
長門が、俺の方を見上げている。
話している間中瞬きしたかどうかさえ怪しかった瞳は、今も全然揺らいでいない。
表情が全く読めないな。
「……分かった、教えてくれてありがとう」
「……そう」
長門は短く答えると、手に取った本を捲り始めた。

正直な所を言うと、本当はもうちょっと聞いてみたい事は有った。
長門のもっと詳しい背景事情とか、古泉の背景事情との関連性とか……、でも、正直な
所を言うと、そのときの俺はそういう部分を訊ねるのが怖かったんだと思う。

ここまで巻き込まれておいてなんだが、俺は、俺の知る普段の長門や古泉の姿だけが真
実だって思っていたかったのかもな。

結局その日はハルヒ的には何の収穫も無く終わった。
当たり前だ、そんな収穫なんて物が簡単に転がっていてたまるか。
俺はまた微妙なことを聞かされたりもしたが……、それはそれだ。

週明け、俺は何時もと同じように登校した。
ハルヒは朝から何となく不機嫌気味で、朝方ほんのちょっと話し掛けたりはしたんだが、その日はそのまま会話に成ることも無く終わってしまった。
まあ、こういう日もあるだろう。

ハルヒの鬱屈した不機嫌オーラを背中から受けていると、俺の気まで滅入ってくる。
肩を落としながら部室に入った俺は、先に来ていた古泉を一旦追い出し、メイド服に着替えた。
どういうわけか知らないが、ハルヒには部室に居る時はメイド服を着るように言われているのだ。
面倒な事この上ないが、逆らうと何が飛んでくるか分からないどころか世界が滅びる可能性があるというのだから従わないわけにはいかない、らしい。
実に馬鹿げた話しだが。
「あいつ、何をしているんだろうな」
授業が終わってから30分は過ぎているんだが、ハルヒはまだやって来ない。
「ああ、土曜に巡ったコースを一人で回っているはずです。ご本人から聞いてなかったんですか?」
独り言のような俺の言葉に、古泉が答えた。
へえ、こいつは事情を知っているのか。俺は何も聞かされてないんだがな。
「土曜日はずっと一緒でしたからね、別れ際に言われたんですよ」
そう言えばそうか。
ハルヒと古泉は午前も午後も三人の方の組だったもんな。
しかしお前、パソコンの前に陣取って何をしているんだ?
「涼宮さんのお手伝いです。土曜に行った場所に関する情報集めや、市内に目ぼしい場所が無いかという情報を集めているんですよ」
「ふうん……、なあ、これもお前の、その……仕事、みたいなものなのか?」
同じ高校生相手にこの単語を使うのはどうかと思うが、他に言葉が思いつかない。
任務とか指名とかじゃ重過ぎるし、アルバイトという言葉は軽すぎる。

「ええ、その一環ですよ」
古泉が答えた。何時も通りの笑顔で。
「……」
「どうかしましたか?」
「……何でも無い」
「そうですか、なら良いのですが。……ああそうだ、今度駅前のデパートに東京でも有名な洋菓子店が喫茶室付きの支店を出すそうですが、ご一緒にどうですか?」
「えっ……」
急な話の転換だ。
何故不思議探索からお茶のお誘いになるんだ。
わけが分からないぞ。
「……SOS団の皆さんで、と思ったんですが……、お気に召しませんでしたか?」
ほんの少しだけ間合いを置いてから、古泉はそう付け加えてきた。
「……俺が決める事じゃない」
ハルヒがケーキやプリンに興味を抱く所など、俺には想像できない。
「あなたが言えば、涼宮さんも賛成してくださると思うんですけどね」
「どういう理屈だ?」
「そのままの意味ですよ。ああ、よろしければお茶を入れていただけませんか?、喉が渇いてしまったんです」
ちっとも喉なんて渇いて無さそうな顔で古泉はそう言った。
「……後で三倍返しな」
「了解です」
お茶の三倍が何に相当するかなんて俺も知らないが、愚痴めいた俺の言葉に対して古泉はちゃんと返事をしてきた。
相変わらずどこまで本気なのかがさっぱり分からなかったが。

火曜日の放課後。
今度はハルヒが居るが古泉がいなかった。
バイトとのことだったが、俺にはそれが真っ当な意味でのバイトだなんて思えなかった。
ちなみに朝比奈さんもまだ来ていない。
「うーん、モニタだと見辛いわねえ」
パソコンの前でハルヒが陣取っている。そう言えばHP作成とやらの時もこいつは横で口
出ししていただけの気がするな。パソコンは苦手なんだろうか。
「ねえキョン、これちょっと隣に行ってプリントアウトしてきて」
唐突に視線を上に上げたハルヒが、そう言った。
隣、って……。
「コンピ研に決まっているじゃない。ほら、早く行ってきてよっ」
忌まわしい記憶がフラッシュバックする。
「……嫌だ」
「すぐそばなのよ、早く行ってきなさい」
「嫌だっ」
「近くなんだから早く行きなさいよっ」
「だったらお前が行けばいいだろ!」
「あたしは団長、雑用は団員がすることなのよ!」
ハルヒが席を立ち上がり、大股で俺の方へと近づいてくる。
「知るかそんなことっ」
「な、あんたねえ――」
ハルヒが、俺の肩を掴んだ。
俺はハルヒの方を見ていなかったが、以前肩をつかまれたときとは全く逆のベクトルの
感情がその顔に浮かんでいるであろうことは容易に想像できた。

「おくれてすみま、あああ、喧嘩は駄目ですようっ!」

聞こえた来たのは、ハルヒの怒鳴り声でも文句でも無く、張り詰めた空気に余り似つか
わしくない高い声だった。
朝比奈さんがやって来たのだ。

「み、みくるちゃ……」
「ああんもう何しているんですか。駄目ですよ涼宮さん、そんなに強く握ったら痕がつい
ちゃいます!」
朝比奈さんはそう言って、小さな手をハルヒの手に重ねた。
「だって、キョンが、あたしの言うことを……」
「何を言ったんですか?」
「コンピ研に行くように言っただけよ」
「えっ……」
朝比奈さんが息を飲む。
二人の手が、空中で重なり合ったまま止まっている。
「た、ただの雑用よっ」
ハルヒは俺が嫌がった意味も、朝比奈さんが息を飲んだ理由も理解していないのだ。
……最悪だ、この女。
「わたしが行ってきます」
「良いわよ、別に……」
「わたしが行きますからっ、何をすればいいのか教えてくださいっ」
振り払おうとしたハルヒの手を、朝比奈さんがしっかりと掴んだ。
「……コンピ研に行って、ここにあるデータを全部プリントアウトしてきて」
「はい、わかりましたっ」
朝比奈さんは大きく上下に首を動かすと、そのままぱっと駆け足で入り口方へと向かっ
た。
そのまますぐ隣の部屋に駆け込むかと思ったが、彼女は何故かその場で振り返り、こう
言った。

「二人とも、喧嘩は駄目ですよ」

童顔なはずの上級生が、何故かそのときはとても頼もしく見えた。

それから朝比奈さんは勢い良くコンピ研に飛び込んだが、どうもコンピューターには疎
かったらしく、一人で何度往復しても向こうのパソコンにデータを送る事が出来なかった
ので、結局コンピ研の方から部員に出張してきて貰う事になってしまった。
勿論部長氏とは別の人である。
その名前も知らない二年生男子は俺がメイド服であることに一瞬驚いたようだったが、
朝比奈さんのお願いを快く引き受けてくれた。
俺は世話になった二年生男子と朝比奈さんの二人に、感謝を込めてお茶を注いだ。
メイドとして精進する気など全く無い俺のお茶の味がどうだったかは良く分からないが、
朝比奈さんはいつもどおり喜んでくれていたし、その二年生男子も一応感謝の言葉をくれ
た。
ちなみにハルヒはと言えば、頑張ってくれた二人には何も言わず、プリントアウトされ
た紙を引っ手繰るように奪うと「今日はこれで終わり!」と言ってとっとと帰ってしまっ
た。
失礼な女である。

水曜日。
ホームルーム前の時間、ハルヒはぶすっとした顔で席に座っていた。
「どうしたんだ、そんな顔して」
昨日の今日では有るが、一応声はかけてみた。
「もう、全然駄目っ」
「何が全然何だよ」
「探索の事よ。あの後一人で二回も調べなおしたのに何も収穫は無かったし、集めてもら
った資料も何の役にもたたなさそうだったし……、古泉くんも思ったより役に立たないわ
よね」
「……おい」
俺は席を立ち上がっていた。

「何よ?」
見下ろされるのが気に食わないのだろうか、ハルヒも立ち上がった。
不機嫌度マックスに加えてその他マイナスの感情を幾つか追加しているようだが、そん
なことは知ったことじゃない。
「その言い方は無いだろ。古泉はちゃんとお前のために調べてくれたんだし、朝比奈さん
だってプリントアウトを手伝ってくれたんだぞ」
「役に立たないものは役に立たないんだもの、仕方ないじゃない」
「だからってそういう言い方は無いだろっ!」
「事実は事実だもの!」
「何だとっ!」
「何よっ!
「もーう、喧嘩は駄目だよ」
今にも掴みかからんばかりのハルヒと俺の間に割って入ったのは、昨日とは違う人物だ
った。
朝倉涼子、このクラスの委員長だ。
「朝倉……」
「何が原因か知らないけど、まずは言葉で解決、そうでしょ?」
朝倉の笑顔は人を安心させるものを持っているみたいだが、朝比奈さんの笑顔ほどの鎮
静効果は無い、と思う。
それに関してはハルヒも同じなのか、ハルヒの方も何か煮え切らないような表情のまま
だ。
「……」
「……」
「ほら、ホームルーム始まっちゃうよ」
しかし、部活の時間と違って朝のホームルーム前の時間には限りがある。
時間切れタイムアウトというやつだ。

当然だが、4時限目が終わるまで俺とハルヒは一切口を聞かなかった。
4時限目が終わるとハルヒは何時ものように教室を飛び出していった。
俺は教室で弁当を食べるかそれとも外に出るか少し迷ったが、外に出てうっかりハルヒ
と鉢合わせたりするのも嫌だなと思い、教室で弁当を開いた。
否、開こうとした。
「あ、お客さんだよ」
教室の入り口のところに居た女子グループの一人、朝倉涼子が俺を呼んだ。
開いたドアの向こうに、古泉が立っていた。

「……何の用だ」
「心配だったので来てしまいました。あなたと涼宮さんが喧嘩をしたらしいと聞きました
ので」
ハルヒは有名人だからな、違うクラスでも噂くらいはすぐ伝わるんだろう。それは別に
不思議な事じゃない。
けど、なんでお前がわざわざ俺のところにやって来る。
「来てはいけませんでしたか?」
心配そうな顔。
本当に、相手のことを心配しているように見える表情。
「……」
「お昼ご飯ご一緒にどうですか?、僕も今日はお弁当を持ってきていますので。まあ、僕
はコンビニ弁当なんですけど」
「……」
「ここが駄目でしたら、部室でもどこでも構いませんが」
「ちょっと待ってろ」
俺は一旦引き返して弁当を持ってくると、空いている方の手で古泉の手を握って歩き出
した。
周りの視線が集中している気がするが、そんなことはこの際どうでもいい。

部室に行ったら鍵が開いているのに誰も居ないという状態だった。
以前の俺だったらこの状況に疑問を持ったかも知れないが、妙なものを色々見せられた
後では今更気にもならない。
俺はこの頃定位置になって来ている気がする場所に有るパイプ椅子を引っ張り出して腰
を下ろし、机の上に弁当箱を置いた。
開いてから、ちょっとだけ考える。
「やる。その代わりお前のをよこせ」
「は?」
古泉が目を点にしている。
何だ、こういう表情もするんだな。
「コンビニ弁当なんて久しく食ってないからな、食いたくなったんだ、だからよこせ。代
わりにこれをやるから」
俺は自分の弁当箱を古泉の前に置いてやった。
「は、はあ……、別に構いませんが……」
頭にはてなマークを灯したままの古泉が、俺の方にコンビニ弁当が入った袋を差し出し
てきた。
「ああ、こっちのは母親が作ったやつだからな」
一応言っておく。

当たり前のことだが高校生の男子と女子の食事量には普通体格や運動量などに応じて相
応の差があるものであり、当然俺と古泉もその例外ではなかった。
俺はコンビニ弁当を無理に食べきるのを諦め、残りを古泉に突きつけた。と言ってもサ
ラダとご飯しか残ってないが。
味はまあ、普通だった。コンビニ弁当はコンビニ弁当だしな。
ちなみに古泉の方は俺が押し付けた弁当を綺麗に平らげている。わざわざ俺の母親に対
して謝罪と褒め言葉を両方口にしている辺りが、何となくこいつらしい気がした。
「あなたもなかなか大変なようですね」
奇妙な食事時間が終わってから、古泉はそう言った。

「……何で俺のところに来るんだ」
「心配だったからですよ。それ以上の理由が必要ですか?」
「どうしてハルヒのところに行かない」
こいつの最優先事項はハルヒであって俺じゃない。
こいつにとって俺はハルヒのついででしかない。
「僕が涼宮さんのところへ行っても、何の意味も無いでしょう」
古泉が、自嘲気味に笑う。
「そんなの、行ってみなきゃ分からないだろう」
「行かなくても分かりますよ。今の涼宮さんが求めているのは僕じゃ有りません」
「……そう言い切れるってことは、それだけハルヒのことが分かっているってことなんだ
な」
「そういうことになるかもしれませんね。向こうはこちらを知りませんでしたが、僕のほ
うからすれば一応三年分の積み重ねが有るわけですから」
ぽっと現れただけの俺とは違うってことか。
「……どうしたんですか、一体?」
心配と苦笑を混ぜたような微妙な表情の古泉が、そっと手を伸ばしてくる。
「近寄るなっ」
「あの……」
「近寄るなってばっ!」

ガシャン、と、大きな音が鳴った。

手を振り払った拍子に、弁当箱まで落としたらしい。
古泉が、不思議そうな表情で俺の方を見ていた。

「あ……」
からからと箸が転がっている。
物音が、奇妙な方向へ昂ぶっていた心の熱を吸い取っていくかのようだ。
「あ、俺……」
「落ち着いてください。僕は逃げませんし、何かを無理強いするつもりも有りません。何
か愚痴りたい事が有れば聞き役程度にはなれますよ?」
弁当箱を拾って俺の前に置いた古泉が、優しげな視線をたたえて俺の方を見下ろしてく
る。
「……」
「勿論、言いたくなければ言わなくても結構ですが。……ただ、あまりストレスを溜め込
まないようにした方が良いですよ。あと、悪循環に陥らない発散方法を覚えた方が良いか
もしれませんね」
「……説教するのかよ」
「ああ、すみません。癖のようなものでして」
「……」
「すみません、教室に戻りますね」
弁当箱を机に置いた古泉が、さっと踵を返そうとする。
「帰るな」
俺は殆ど反射的にそう言っていた。
「え?」
「……二度は言いたくない」
「分かりました、ここにいますよ」
古泉が、パイプ椅子に腰を下ろす。
それから俺達二人は、午後の授業が始まるまで何も言わずにその場所に居た。

ギリギリまで部室に居たせいで教室に帰るのが少し遅れてしまったが、どうやら5時限
目は自習らしく教師はいなかったので、委員長の朝倉に少し注意されるだけですんだ。
「ねえ、キョン」
相変わらずダウナー系一直線のようなハルヒが、どういうわけか俺に話し掛けてきた。
「あんた、昼休みの間古泉くんと一緒だったの?」
「……ああ、一緒に部室で飯食ってた」
答える義理は無かったが、嘘を吐く理由も無かった。
そもそも手を握って歩いていた所を何人もの生徒に見られている。
よくよく考えてみると、結構恥ずかしい状況なのかも知れない。
「そう……」
ハルヒの声が尻すぼみだ。
そのまま、ハルヒは何も言ってこなかった。

授業が終わり今日も部活かと思ったところで、
「今日は中止よ。他の三人にも伝えてくるわ」
ハルヒはそう言って教室を出て行ってしまった。
朝方のことが原因なのかそれとも他に理由が有るのかは分からなかったが、まあ、そう
いう日も有るんだろう。

「あ、一緒に帰らない」
俺達の会話を聞きつけたのか、朝倉が俺の傍によってきた。朝倉は帰宅部だ。
「えっ……」
「良いでしょ?、ちょっと話したいことがあるの」
「まあ、構わないが……」
委員長が一体俺に何のようだろう。
何時もの世話焼きの延長線かも知れないが……、まあ、説教されるのはあんまり好きじ
ゃないが、別に断るほどの理由も無い。
そんなわけで、俺は朝倉と一緒に帰る事になった。

坂道を下りながら、朝倉が色々と話し掛けてくる。
くだらない雑談めいたことが殆どだったが、ハルヒという変な女とその他SOS団メン
バーによって誘われた非日常世界が目まぐるしく行き来する今の俺にとっては、大して意
味のない雑談が妙に居心地のいいものに思えた。
「ここから少し行った所に新しい喫茶店が出来たんだけど、一緒に行かない?」
坂道を下りきった所で別れるかと思ったら、朝倉がそんな風に俺を誘ってきた。
「いや、俺金無いし……」
無くは無いが、先週末の不思議探索とやらの最初の喫茶店での奢りと、午前中の買い物、
昼ご飯代などで俺の財布は結構疲弊している。
「あ、お金の心配ならしなくていいよ。あたしが奢るから。ね、いいでしょ?」
朝倉の奢りか。
俺は別に朝倉に奢られる理由は無いんだが……。
「あたし、キョンちゃんともっと話がしたいんだ。だから、お願い」
一体なんだ。
っていうかお前までそのあだ名で呼ぶのかよ。今更訂正する気にもなれないけどさ。
「……分かった、行くよ」
嫌味の無い笑顔で誘ってくる朝倉を無理に引き剥がす気にもなれず、俺は朝倉と一緒に
喫茶店に行くことになった。

朝倉が誘ってくれた喫茶店は、新しく出来たというだけあって綺麗な場所だった。
雰囲気も内装も悪くない。しかもその割に値段は親切だ。
今日の払いは俺じゃないが、こういう場所なら人を誘ってもいいかもしれないな。
誘うような相手が居るかどうかはまた別の問題だが。
「あたしはチーズケーキと珈琲、キョンちゃんは何にする?」
「チョコパとアップルティー」
どういうわけかイラついているときは甘いものが欲しくなる。
女の、というか人の性か?
本当に必要なのはカルシウムのはずなんだが。

「そういや朝倉、話って何だ?」
「あ、ううん、具体的にどうってわけじゃないんだけど……」
何だ、用事が有ったわけじゃないのか。
まあいきなり深刻な話題を振られるよりは良いか。
たまにはハルヒ以外とこうして放課後を過ごす事も大事だろう。
「キョンちゃん、涼宮さんのことをどう思う?」

「……変な女」

ハルヒを表すのにこれ以上適切な言葉なんて思い浮かばない。
「そ、そう……。う、うん、涼宮さんは変わっていると思うけど。そうじゃなくて……」
「あいつは変な女だろ。まあ、悪い奴じゃないと思うが」
悪意が無いってのは見てれば分かる。
散々迷惑をかけられている俺から見たって、ハルヒ本人が子供の悪戯程度にしか思って
ないってことは理解できる。
自覚が無いから許せるって物でも無いが、自覚が無い以上本気で見捨てるとか見限ると
いう気にはなれない。
それに、別の事情もあるしな。
……記憶の中で、暗闇の世界と青白い巨人、赤い光と戦乙女が交差する。
「そっか……、うん、悪い子じゃないってのはあたしにも分かる気がするよ」
良かったなハルヒ、理解者になってくれそうな奴が増えたぞ。
お前が一番理解されたくないタイプかも知れないが。
……いや、それともハルヒは人に理解されたいのか?
それは……、俺には分からない所だな。
「聞きたいのはハルヒのことだけか?」
「ううん、それ以外のこともあるよ」
注文したケーキやパフェがやって来る。
朝倉の答えを聞きつつも、俺は喋るのを一旦中断してチョコパにスプーンを伸ばした。

「まだハルヒのことか?」
「ううん、キョンちゃんのことだよ」
俺?
俺が一体なんだって言うんだ。

「キョンちゃん、好きな子居るんでしょ?」

……。
……話の風向きが唐突過ぎた。
「何だよ、いきなり……」
「あ、図星みたいだね。本当はもう誰かってのも大体目星は着いているんだけど――」
「俺の事はどうだって良いだろ」
「良くないよ」
朝倉が、ちょっとだけ眉根を寄せる。
昨今の女子高生より太目の眉がくりっと動くと、普段は大人っぽい印象の朝倉が少しだ
け子供っぽく見えるから不思議だ。
けど、朝倉がどうしてこんなことをわざわざ口にする?
他人の友人関係はともかく、恋愛関係なんて委員長様の口出しする分野じゃないだろ?
お節介な委員長様も、そのくらいの線引きは出来るものじゃないのか?
「良くないって……」
「だってキョンちゃん、このままだと自滅しちゃいそうなんだもん」
……眉を少し動かしながらそう言った朝倉の表情は、やっぱり委員長らしかった。

「あたしね、分かるんだ、今のキョンちゃんが凄く涼宮さんに遠慮しているって」
朝倉が勝手に喋っている。
「キョンちゃんの好きな子は、きっと涼宮さんのことが好きなんだよね? 違うかな?」
答える義理は無い。
逆は絶対無いと言える気がするんだが。
悪いが『恋するハルヒ』なんてのは俺の想像の範囲外の代物だ。
「キョンちゃんにとって涼宮さんは恋のライバル? ううん、ちょっと違うかな、何だか
もっと前の段階でキョンちゃんが躓いちゃっている気がするんだよね」
朝倉の自問自答めいた言葉が続く。
俺は無言でチョコパを食べ続ける。
朝倉もたまにケーキにフォークを伸ばすので、お互い無言のままの時間が結構長い。
俺は、細切れに発生する微妙な沈黙を破る言葉なんて、持っていない。
「その子が自分の心配をしてくれるのも、一緒に居てくれるのも、話を聞いてくれるのも、
全部涼宮さんの気を引くためだって……、キョンちゃん、そんな風に思っていない?」
ノーコメントだ。
「あのね、キョンちゃん。……あたしね、あなたには変革が必要だと思うの」
……変革?
何だろう、高校生レベルの恋愛にはあまり似合わない単語だと思うのは俺の気のせいだ
ろうか。
少なくとも、朝倉のキャラには余りあってないと思う。
「あっ、でもそう言っても無理かなあ、恋愛と友情を秤にかけるのは難しいしね」
秤にかける以前に俺は秤を用意した記憶すらないんだが。
そもそも秤の両側に乗せるにしては、俺とハルヒの重さは違いすぎる。
あっちが金の鉱脈そのものなら、俺は道端の小石以下だよ。

「キョンちゃんも辛いんだろうなあ……。あ、あのね、あたしも、今ちょっと行き詰まっ
ていることが有るの」
何だ、一体。
割と何でもこなせる上面倒見の良い委員長キャラの朝倉が、一体何に行き詰まっている
というのだろう。
心配してやる義理は無かったが欠片程度の興味はあるし、実りの無い俺の勝手な身の上
話を朝倉が延々続けていくよりはなんぼかマシだ。
「あたしは現状を打破したいのに、上がそれを許してくれないんだよね」
……上?
……話が全然見えない。
恋愛絡みとは絶対に違うよな。
朝倉は帰宅部だったはずだから、バイトか何かの話か?
けど、そんなことを俺に話してどうしたい?

「うん、でもまあ、それも今日までで終わりにすることにしたの」

朝倉が、部活を作ればいいのよと言った時のハルヒとタメを晴れるくらい良い笑顔にな
った。
「あたしは現状を打破するために、自分で何とかすることにしたの」
俺は半歩だけ、朝倉から離れた。
朝倉が、そんな重要そうな話を大して仲が良い訳でも無い俺にする理由が良く分からな
かったからだ。
「だからキョンちゃん、死んでね」
朝倉が、唇を動かす。

その瞬間、俺の記憶が警鐘を鳴らしていた。

避けられたのは幸運だったとしか思えない。
ついさっきまで俺が立っていた場所を、朝倉の持っていたフォークが薙いでいた。
はらりと、何かが肩に落ちる感触。
俺は視線を笑顔のままの朝倉から動かさずに硬直しかけた手を動かして確かめる。
どうやら、フォークが俺の髪を結っていたゴム紐とリボンを切ったらしい。
視界の端に、千切れた青いリボンが有った。
後少し動くのが遅かったら、こうなっていたのは俺自身だったんだろう。
「な、朝倉、お前……」
「あーあ、避けられちゃった。まあいっか、空間制御の方は上手くいきそうだし」
「空間……」
俺は朝倉から目を離さないように注意しつつも、さっと周囲に視線を配る。
さっきまで有った俺達の間のテーブルが消え、椅子も消え、その他の内装も他の客達も
全部消えてしまっていた。
ここは、どこだ。
明らかに喫茶店の中じゃない。というかそもそも現実の世界だとすら思えない。
うねうねと揺れる極彩色の壁らしきものに囲まれた、距離感さえつかめない奇妙な場所。
俺は、とある場所を思い出した。
閉鎖空間。
様子は大分違うが、ここには少なからず似たものを感じる。
俺がこんな馬鹿げた状況で正気を失わないで居られたのは、あのときの記憶が有ったか
らだろう。
「そっ、本当は密室の方が良かったから学校の教室がベストだっんだけど、学校だと9組
の子や長門さんがいるから、あなたと二人っきりになれる機会が作れそうに無かったのよ
ね」
朝倉が、どこから取り出したのか手にナイフを握っていた。

密室が、ということは、ここは密室じゃないんだろうか。
他に人が居た喫茶店の中で密室云々と言うのも間抜けな話しだが、朝倉はどうやら長門
や古泉と同じくどうも普通の人間ではないらしい。
まともな物理法則や常識が通じるという感覚は捨てるべきだろう。
けど、密室じゃ無いなら逃げれば……、
「あ、でも普通の人にとっては密室と同じだと思うよ。閉鎖空間の発生に伴う次元の歪み
に便乗して作っちゃった擬似的な亜空間だから、あの9組の子とかだったら突破できるか
も知れないけど」
……おいおいおい。
言っていることの詳細はさっぱりだが、それって色々反則なんじゃないか。
「たいしたことじゃないよ、タイミングを上手く掴めるまでちょっと手間取っちゃったけ
ど」
あーもう何なんだこいつは。
俺はその場で一歩下がろうとしたが、見えない何かに阻まれたかのようにそれ以上後ろ
に下がる事が出来なかった。
「ふふ、キョンちゃんを殺したら、涼宮さんが凄い大きな情報爆発を起こしてくれそうだ
よね」
またハルヒかよ。というかお前もそっち方面でのハルヒがらみかよ。
ああもう本当にもてもてだなハルヒよ。
しかしハルヒに興味がある連中は何でまず俺のところに来るんだよ。
俺はただの一般的な女子高生だ!
文句と要望は直接当人に言ってくれ!
「あーあ、今から楽しみだなあ」
朝倉が今からピクニックにでも行くような陽気さで、俺の方へと近づいてくる。
俺は……、動けない。理由は良く分からないが、足首から下が動かなかった。
ちょっと待ってくれよ……。

朝倉が、ナイフを構えなおす。
俺の身体のどこを狙っているか分からないが、正直言ってどこを狙われているかなんて
考えたくも無い。
ナイフが、すっと空中を薙ぐ。
もう終わりだと、そう思った瞬間、天井から赤い光が降り注いだ。
「えっ、やだ、本当に突破されちゃったの?」
朝倉の口調は、友達に昨日見たネタテレビ番組の内容を聞く時のような口調だった。
その間にも幾つ物赤い光が朝倉の前で複雑に交差し、最後に一つになり、朝倉の身体を
吹き飛ばす。
そして、空中からふわりと二つの人影が降りてきた。
音も無く空とも言えない微妙な場所から振ってきたのは、見慣れた少年少女だった。
古泉と長門である。
「専門家を舐めないでください。長門さん、これで大丈夫ですね?」
赤い光が、古泉の掌に戻っていく。
球体に変化した時とは少し違うが、これもこいつの能力ってことか。
「同じ空間に入れば充分対処は可能」
長門は以前閉鎖空間で見た時と同じ戦乙女スタイルだ。
ただし持っている槍の輝きの5割増しくらいになっている。
そう言えば、あの時は最大出力じゃないみたいな話をしていたな。
「では、後はお任せいたします」
古泉は長門にそう言うと、朝倉を無視し、俺の方によってきたかと思うとあっという間
に俺の身体を持ち上げた。
……足が竦んでいたから、抵抗する間もなかった。
「了解した」
長門が答える声が聞こえた、気がした。
「え、あ、ちょっ……」
「しっかり掴まっていてくださいね」
そのとき俺は、既に空中へ飛び上がった古泉の腕の中だった。

一体何なんだ。
助けに来てくれたらしいことは分かるし、そこについては感謝しても良い気もするんだ
が、今この状況については全く持って理解出来ない。
そもそも、朝倉が作り出したとかいうあの空間からして謎だらけなんだが。
「お、おい……」
「あんまり暴れないでください」
空中を飛びながら何時もの笑顔で言うな、ちょっと怖いから。
というかここはどこだ。あの極彩色の空間を出たはずなのになんでまだ空が変な色をし
ているんだ。
「朝倉涼子が閉鎖空間の発生に干渉して亜空間を作り出したため、擬似的な空間が階層状
になってしまっているんですよ。ここは、その途中の階層です」
「階層って……。そうだ、お前何で長門を置いてきたんだよ!」
性別に関する通俗的な感覚に全面的に同意してやる気は全く無いが、男が女を敵(だよ
な?)の前で見捨てるなんて言語道断だぞ。
「朝倉涼子に対処するためです」
「対処って、お前は――」
「僕に彼女に対処するような能力は有りませんよ。僕があそこにいても長門さんの足手ま
といになるだけです。僕に出来るのは彼女の邪魔にならないようあなたを連れて逃げるこ
と、それだけです」
古泉が口にした足手まといという単語には憂いは全く感じられなかったが、俺はほんの
少し後ろめたかった。
長門も古泉も頑張ってくれているのに、俺は何も出来ない。
それどころか、二人の重荷にしかなっていない。
足手まといってのは、お前じゃなくて俺みたいな奴のことを言うんだろう?

「今回僕があそこまで辿り付けたのも、この空間が閉鎖空間の派生として存在しているか
らに過ぎません。もしもこれが本当にTFEI……、失礼、情報統合思念体製のインターフェ
ースが自力で作り出した情報制御空間だとしたら、僕には入り込むことさえ出来なかった
かも知れません」
「事情が良く分からないんだが……」
閉鎖空間と情報制御空間とやらの違いを教えてくれ、俺は前者はともかく後者は知らな
い。
……あんまり入りたいとは思わないが。
「専門分野が違うと思っていただければそれで結構ですよ」
悪いがその辺りで手を打たせてもらおう。
ん、そういや朝倉は長門の同類なのか?
「ええ、そうです。彼女は長門さんのバックアップ役のはずですよ。今回の件は完全に独
断専行のようですが」
そうだったのか……。
「僕も詳しい事情までは知らないのですが」
いや、俺よりは全然詳しいと思うぞ。
というかそれだけ知っていれば十分だろう。
「……そういや、俺たちはどこへ向っているんだ?」
「さあ、どこでしょうね」
……待て。

「何せ閉鎖空間発生時への干渉による亜空間創造など始めてのことですからね。僕にも長
門さんにもさっぱり分かりません。分かるのは、僕が閉鎖空間と似た要領である程度力を
振るえるらしいということと、移動性能だけだったら彼女等より僕の方が上らしいという
ことだけです」
最初に言っていた専門家云々って奴か。
「出口は分かるのか?」
「上に行けば出られると思っていたのですが……」
さっきから古泉は延々と高く高く上っているが、未だに頭上に空が見える気配は無い。
時折何かが小さく割れるような音がして天井らしき部分の色が変わるんだが、それだけ
だ。
これが階層を突破しているってことなんだろうか。
「長門が朝倉を倒せばどうにかなるのか?」
「そうです……、と言いたい所ですが、それも不明です」
「不明って……」
「何分始めてのことですからね。あっ……」
そのとき、携帯がなった。
俺の携帯の着信音じゃない、古泉のだな。
「すみません、取っていただけますか?、胸ポケットに入っていますので」
「ああ」
俺は古泉の着ている制服のブレザーから携帯を取り出した。
着信かと思ったが、どうやらメールのようだ。
これ、見ていいんだろうか?
「見ても構いませんので、僕に見せてください」
本人がいいって言うなら良いんだろうな。
俺は携帯を操作してメールの本文を表示した。
何だ、これ?

「どうやら閉鎖空間の方は消滅したようですね」
「……暗号か何かか?」
携帯の液晶に移っているのは、正体不明の記号交じりの文字列だけだ。
「ええまあ、そんなところです」
そんなものまで使っているのかよ。
しかし、閉鎖空間は消えたんだよな。
じゃあ、ここは……。
「空間が崩壊する兆候は無さそうですね。長門さんの方の戦況はわかりませんが」
「……なあ、一度戻らないか? この状況で長門と別行動ってのはやばい気がするぞ」
「そうですね……。ああ、その必要は無さそうです」
古泉が視線だけで地上の方を示す。
その先に、地上から緩々と上昇してくるセーラー服姿の戦乙女が居た。
その姿には傷一つ無かったが、何故か眼鏡だけが消えていた。

「お疲れ様です、朝倉涼子を倒したんですね」
「排除は無事完了した」
古泉は何時もの笑顔で、長門は無表情。
違いと言えば長門が眼鏡っこじゃなくなったことくらいだな。
しかし、二人とも……、とても『敵』を一人倒した後になんて見えない。
「あ……」
肩が竦む。
怖い、と思う。
長門も古泉も、俺を助けるためにやって来てくれたのに……。


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