上も下かわからない世界。
そんな形容がしっくりくる、無音と暗闇が支配するそんな空間。
衝撃は全くなくふわりと枯れ葉が舞い落ちるように、俺たちは着地する。

抱きしめたハルヒの温もりと鼓動が肌を通して伝わってくる。
ハルヒは無事のようだ。

次第に目が慣れてくるに連れ、そばにいるハルヒの姿だけは確認できるようになった。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。こんな状態でまだ眠っているなんて、さすがハルヒと言うところか。

「ハルヒ……」

そう呼びかけると、ハルヒはゆっくりと目を覚ました。

「キョン?」
「ああ。少々、ややこしい事態になっているが混乱するな。俺の言うことを聞いてくれ」
「何これ? 真っ暗。ここは何処?」
「言うならばここはお前の夢の中の世界だ。以前にも見ただろう、やたらリアルな夢。今はその世界だ」

俺はそう言って誤魔化した。カマドウマモドキとお前が作った世界だなんて言うよりはましだろう。

「なんだ、また夢か。って、キョン!あんた何やってんのよ!」
「なにをだ?」
「あんた誰の許可を得て、あたしに抱きついてんのよ?」

ハルヒの柔らかい部分をしっかりと認識してしまい、顔面充血だけでなく別の所も充血しそうになるのがハッキリとわかる。 そんな場合じゃないだろう、何やってるんだ俺は。

「すまん」

そう言いながらハルヒを束縛していた腕を離し、思わず飛び退いた。
その瞬間だった。

「キョンくん!」

何もない空間に声が響く。ふり返ると、そこにはいつものメイド服に身を包んだ朝比奈さんが立っていた。

「朝比奈さん?」「みくるちゃん?」
「キョンくん本当に心配したんですよ。無事でよかった……」
「朝比奈さん? どうしてここに?」

俺がそう言うい終わる前に、朝比奈さんはボロボロと涙をこぼしながら俺の方に駆け寄り、そのまま抱きついてきた。そして、俺の首に抱く付くように手を回し、俺にキスをしようとする。

「な?! 何やってるのあんたたち!!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 朝比奈さん! 今はそんな場合じゃ――」

俺は、あわてて、手でブロックし朝比奈さんの腕を引き離す。

「いいじゃないですか。あたし達、愛し合っている恋人同士なんでしょ?」
何を言っているんだ、朝比奈さんは? いったい何のことだ?

「え? 何を言ったの今? ……冗談でしょ?」
ハルヒはそう言いながら、俺と朝比奈さんからよろめくように離れた。

「……冗談ではない」
よく聞き慣れた、ツヤのない声が何もない空間から響く。

「彼と朝比奈みくるはすでに恋愛関係にある。そして、私も彼と密会を重ねるうちに、彼に惹かれ身を捧げた」

北高のセーラー服を着た長門がいつの間にか俺のそばに立っていた。
長門まで?! いったい何を言ってやがる!

「わかったわそう言う事ね! あんたたち、みんなグルになって、あたしを騙そうとしてるんでしょ! そうでしょ」
ハルヒは強がってそう言っているが、明らかにその声は動揺していた。
その声を打ち消すように俺は声を張り上げる。

「ハルヒ、二人の言うことは全て嘘だ!騙されるなこの二人は――」

「偽物とでも言うんですか? そんな言い逃れがよくできますね」
俺の言葉を遮り、例のニヤケ面を披露しながら、ハルヒのそばの闇から古泉が現れた。

「涼宮さん、残念ながらこれはドッキリでもなく、僕たちが偽物と言うことでもなく、そして夢の世界などでもない。これは現実の世界ですよ」
ハルヒは古泉の顔を見上げるように振り向くがその顔に動揺の色が広がる。

「おや? その顔はまだ信じられないという顔ですね。彼があなたを捨てて、二人の元に走ったという事実が受け入れられないと?」

「古泉貴様!! 何を言っている!」

「涼宮さん。あなたは薄々気が付いているのでしょ? 彼はあなたの心を写す鏡だと言うことに。
僕たちが見ても面白いほど、彼はあなたに似ている。彼はあなたと同じようにこの世界をつまらないモノだと思いこみ、いつかつまらない世界が唐突に終わりを迎え、そして新しい世界の主人公となることを彼は望んでいました。
しかし、あなたと違ったて彼は大人になり、この世界を受け入れた。あなたはそのまま反発し続けましたけどね。
でも、あなた達の根本は同じだ。だからあなたは彼に惹かれた。そのことはとっくに理解しているのでしょ?」
古泉はその微笑をたたえた眼差しで、嘗めるようにハルヒの蒼白となった顔を見つめた。

「ところで質問です。あなたは入学式の自己紹介の時なんて言いましたか?
答えは言うまでもありませんが、念のため確認しておきましょう。

――普通の人間には興味ない――そうおっしゃいましたね?

実は、彼もあなたと同じように普通の人間には興味がないのですよ。もう言わなくてもわかるでしょうか? 念のため言っておきましょうか。彼が、朝比奈さん長門さんに惹かれたのは――」

古泉が言い終わらないうちに、俺は古泉を殴っていた。
たぶん拳が潰れたかもしれないが、痛みはまったく感じない。

「本当のことを言っただけで、こんな仕打ちですか。ククク……」
「いい加減にしろ、偽古泉。調子に乗るんじゃねえ。それ以上言えば次は一発では済まさん」

ハルヒは、暗闇の中にへたり込んでいた。

ハルヒがもっとも畏怖するモノ。
それがまさかSOS団の面々だったなんてな。こいつは予想外だった。
本来ならこの程度の嘘を信用するわけがない。だがもし、ハルヒがもっとも怖れているの
がこの状況だとしたら……

「ハルヒ。あの三人は本物じゃないお前の夢が作り出した幻影みたいなもんだ。あいつらの言う事なんて信用するな」
俺はそう言いながら、ハルヒを立ち上がらせようと手をさしのべた。

「さわらないで――!」

ハルヒはそう言うと俺の手をはたく。

「あんたの言うことなんか信用できない!
あんたはいつも、あたしをのけ者にして、有希やみくるちゃんといつも何かコソコソやっていたでしょ。
普通の女の子より、宇宙人や未来人を恋人にしたほうが楽しいわよね。あたしだってそう思ってたもん。そしてあたしも普通の人間じゃないかもって、そう考えていたわ。
でも有希やみくるちゃんから比べたら全然普通……。あたしは……あたしは……普通の人間……」

ハルヒはみんなの正体に気が付いていたのか。以前に俺がばらしたときは信用してなかったくせに。
そして、ハルヒは宇宙人未来人超能力者なんて目じゃないほどの凄い特製の持ち主なんて気が付いていない。ただの普通の女の子だと思い込んでいる。だからこそ自分がつまらない人間だとそう思っているのか。
そして、ハルヒをのけ者にし裏でコソコソやっていた事実。

ハルヒが嫌う普通の人間という劣等感、そして仲間と思っていた人間からの疎外感。
それがハルヒがもっとも恐れるモノ。

辻褄が合ってるじゃないか、こんちくしょうめ。
見事な精神攻撃だぜ、カマドウマモドキさんよ。

どうすればいい? どうすれば俺の言うことを信用させることが出来る!?

俺の焦りをあざ笑うように三人は異様な笑みを浮かべ始めた。

「おや、ばれてしまっていたのですね。二人が未来人や宇宙人だと言うことが……。
では僕が超能力者だと言うことも知っているのでしょうか。
フフフ……仕方がありませんね。SOS団は我々の活動のカモフラージュに最適な場所だったのですが。」

「何を言っているの古泉君。今ここですべてをばらして、けじめをつける予定だったじゃないですか?
もうお別れですね、涼宮さん。わたしはキョンくんと二人で幸せになります」

「SOS団は存在理由が無くなった。涼宮ハルヒごと、この世界よりその存在を抹消する」

ハルヒはその彫刻を思わせるような蒼白な顔色は、すでに真っ青といってもいいほどに変貌を遂げ、自らの体を抱きしめるようにしてガタガタとふるえている。
偽古泉は、そんなハルヒの様子を冷笑をたたえた細い目でなめるように見つめて、ポンと相づちを打った。

「そうだ、いいアイデアを思いつきました。
SOS団の存在だけを抹消し涼宮ハルヒはそのままというのもどうですか?中学時代と同じように、また一人ぼっちに戻ってもらうのですよ。想像しただけでも、ワクワクしませんか?」

やめろ……

「了承した。情報を操作しすべての人々からSOS団の記憶を消去する」

  や め ろ … …

「それいいですねぇ。またひとりぼっちになっちゃうんですね、涼宮さん。
自分の都合だけで私たちをおもちゃにしてきた当然の報いですよ。ね、キョン君」



  ―――― や  め  ろ ――――!!!!!!


深淵の暗闇に咆吼がこだまする。
そのこだまが鳴りやむ前に俺はハルヒを抱き寄せた。

ハルヒの震えが俺の体に伝わる。
その震えを止めるようにハルヒの体を強く……強く抱きしめた。


ハルヒ!よく聞け。
俺は、確かにハルヒに隠れていろいろなことをやってきたが、それはすべておまえの為だと思っていた。
だが、お前を除け者にして俺たちだけで楽しもうなんて事を考えたことは一度もない。お前に対してやましいことをしたことも一度もない。お前を守るため、世界を守るためずっとそう考えてお前にすべてを明かさなかった。

でも、お前から見れば、本当の仲間だと思っていたSOS団のみんなから、阻害されていると言う事しか見えないのも当然だ。

そして、そんなお前の気持ちを俺はまったく考えていなかった。お前が気が付いてないとそう思いこもうとしていたんだ。勘の鋭いお前が何も言わないから、きっと気が付いていないんだと、ずっとそう思いたかった。

でもな、気づいていてお前は何も聞かなかったんだな。

お前を一人にさせるつもりはなかった。

……本当にごめんな……ハルヒ。

だから、これから先、何があってもたとえみんながお前から離れていっても、俺だけはお前から離れないで居てやる。

絶対に離れてやるもんか!!!
ずっと一緒に歩いてる!!

「嘘よ! 信じない! あんたもジョンも、普通じゃない世界で生きている人間なんでしょ! 普通の人間のあたしなんか、全然必要ないでしょ!」

ハルヒ……前にも言ったな。

世界はお前を中心に回っていると、お前が知らないだけで、お前のまわりには楽しいことがいっぱいあると。

今はまだ、お前がそれを自覚できる時ではないらしい。
そして、それをお前が自覚できるかどうかは俺にも解らない。

自覚できなければ普通の人間と同じだろうな。

けどな、これだけは言える。
天地神明に誓ってもいい。

たとえおまえが、ただの普通の人間だとしても、

少なくとも俺にとって、おまえは――

 俺にとって、ハルヒは――


 普通じゃない特別な人間なんだ――

宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力者や悪の組織やもしくはそれらと戦うアニメ的特撮的漫画的ヒーローなんかよりも

――俺にとって、ハルヒは普通じゃない特別な存在だ――!!!


抱きしめたハルヒの体からふるえが止まる。
伏せていた顔を起こしハルヒは俺の顔を見上げた。

「キョン? それって――」

ハルヒが何かを言おうとしたが、その言葉を遮って俺は続けた。

「ハルヒ。聞きたいことがある!

――お前は俺のことが好きか?

ハッキリ言ってくれ。

――お前は今、一人の男として
       俺のことが好きか?」


俺がそう言うとハルヒは不安そうな目で見つめながら、ゆっくりと唇を開いた。


「あたしは……キョンのことが……すき……」


ああ、きっとそう言うと思ったぜ。正直ドキドキしたけどな。
ならば俺も言ってやる。

――俺はお前のことが好きだ!

――心の底から言ってやる!

――全宇宙、

――全時空中の


 ――全世界中の誰よりも、お前を



 ―――愛 し て い る―――



世界が静止したかと思われた。
いや実際静止していたかもしれない。誰かの力によってな。

俺たちはいつの間にか、唇を重ねていた。

 永遠に続くと思われる時間。


こんな時間がずっと続けばいいと――心の底からそう思った。



きっと、俺が最初に人生の棺桶に片足をつっこんだ歴史的瞬間かもしれないが、このときは周りで偽長門や偽朝比奈さんや偽古泉が居ることなどすっかり忘れていた。
そして、こいつらがこの歴史的瞬間を、本物たちとは違って祝福してくれるような奴らでないということも。

「参りましたね。まさかこの計略が失敗するなんて思いませんでしたよ。もう少しでしたのに」
偽古泉が一番最初に口を開いた。

「仕方がありません。では………次の方法をを試してみますね……プログラムを修正する……きっと驚きますよ、フフフ……キョンくんがどんな顔をするか凄く楽しみです……そしてあなたは後悔することになる」

いつの間にか偽長門や偽朝比奈さんや偽古泉はその輪郭がぼやけ次第に熔けるように混ざり合う。
そして次第に形を変え――

ああ、予想はしたけどな。ハルヒの畏怖するモノがだめなら、たぶん次は俺だろう。
俺が一番恐れるモノ……それは――

「ふふふ。久しぶりね。あなたに会えてうれしいわ。ホント。殺したいくらいにあなたに会いたかった」

もう言わなくても解るだろうが、北高のセーラー服に身を包み可憐な感じでサバイバルナイフを持ったAAランクの美少女がそこにいた。

「あんたは!?」「朝倉!」
「涼宮さんを手に入れるためにはあなたが邪魔なの。だからお願い。今度こそ死んでね」

朝倉は、普通の男子生徒なら溶けてしまうような、あどけない笑顔でその似合わないセリフを喋った。

――トラウマ。
単に「傷」を意味するギリシャ語「trauma」を、かのフロイト先生が過去の強い心理的な傷がその後も精神的障害をもたらすことがあると発表した際に、精神的外傷をトラウマとよんだため、現在のような意味として使われるようになったんだそうだ。

精神的外傷だけでなく、実際に物理的外傷も負わされている朝倉は、俺にとって名実ともにまさにトラウマなのだ。

その生きたトラウマが牙を剥いて俺に襲いかかろうとしている。
頭で解っていても、体がまったく動かない。あの、一年五組の教室で宇宙人的能力のような外的要因によって動けなくなっているわけではない。
脇腹に甦る、あの鈍い痛み。自分の体が次第に冷たくなっていく感覚。そして迫り来る死の恐怖。クソ! 動け! 動きやがれ!! 

朝倉はそんな俺を嘲笑するかのように微笑み、ナイフをまるでジャグリングをするように逆手に持ち替え非人間的な跳躍力で一気に間合いを詰める。

「さよなら」

そういうつぶやきが聞こえた瞬間、暗闇の中でナイフの放つ異様な光がきらめいた。飛び散る鮮血。短いうめき声。
そして、吹っ飛び転がる俺。

「なっ!」

何が起こったのか理解するのに数秒を要した。朝倉の持つナイフが俺の心臓をとらえる瞬間にハルヒが俺に体当たりを食らわせていたのだ。
ハルヒの右の二の腕あたりから、真っ赤な鮮血がしたたり落ちている。
ハルヒはその傷口を左手で押さえながら立ち上がった。

「あんたいったい何者なの!あの朝倉涼子じゃないわね!あたしを手に入れるってどういう事!あたしのキョンを殺すっていったいどういう事よ!答えなさい!」

朝倉はそんなハルヒを嘲り笑い、ナイフに付いたハルヒの血をまるでアイスキャンディーを嘗めるようにしてその舌ですくい取る。

「ふふふ、涼宮さんの血、美味しいわね。そんなに焦らなくても、あとでゆっくり教えてあげ――」

朝倉はその言葉を最後まで続けられなかった。ハルヒは一瞬にして間合いを詰め回し蹴るようにして朝倉の足を払う。
バランスを崩した朝倉は左手を付いただけで、くるりと反転するが、そこにハルヒの後ろ回し蹴りが炸裂する。だが、朝倉は体を反らせてそれをかわすと、バク転でハルヒから間合いを離した。

朝倉は元々人間では無いが、ハルヒの身体能力はまさに人間離れしていた。
スポーツ万能のハルヒだから格闘技の一つも軽くこなすとだろうと思っていたが、これほどまでとは思わなかった。
ハルヒは、ゆっくり立ち上がると、再び朝倉を睨み付ける。

「いい加減にしなさい。さっきの、有希やみくるちゃん古泉君もあんたの仕業ね。絶対に許さない。ボコボコのギッタンギッタンにしてやるんだから!」

「何よ。怖い顔して。邪魔をするなら先にあんたを動けなくするって方法も……あるわねっ!!!」

目にもとまらない、いや、実際に目で追うことは出来なかった。朝倉はいつの間にかハルヒの真後ろに移動していた。ハルヒは、完全に朝倉を見失っている。

「ハルヒ――――!!」

朝倉のナイフの描く閃光が貫いた。

――そう、俺の脇腹を。

俺は朝倉が動くより先に、無意識のうちに体を動かし、ハルヒと朝倉の間に割って入っていたのだ。自分でもこんなに早く動けると思わなかったぐらい、韋駄天のごとくスピードだったろうな。
本当は、一発ぐらい殴れば良かったのだが、いくら朝倉といえ、女の子を殴るなんて言うのは俺の主義に反する。すんでの所でよけて朝倉の腕を絡め取り、ナイフをたたき落とすそういうつもりだったんだが、そんなアクションヒーローのようにはうまくはいかない。
所詮、俺は普通の男子高校生だ。

前に刺されたときはパニックになったが、今回はやけに冷静だ。
だがやっぱりイテエ。朝倉が、また手を捻るようにして俺の脇腹に刺したナイフをグリグリとやっているんだろうな。いい加減にしろよ!

怒りが込み上がり、おれは、朝倉のその華奢な腕を左手で掴み右腕をからませ、肘をたたき込むと、朝倉は短いうめき声を上げナイフを落とし、跳躍して俺たちから離れた。

やっぱり一発殴ってやる。そう思い、朝倉に近づこうと一歩踏み出したのだが、そこで俺はバランスを崩し、俺の血で出来た池に膝をつき、そのまま昏倒する。
ハルヒの悲鳴が鼓膜に響く。
さすがに今度は死んだな……誰も助けに来ないだろう。

「キョン!キョン――!死なないで!お願い――!」

ハルヒは倒れた俺を抱きかかえた。ハルヒの大きな瞳から何かがこぼれ落ち、俺の頬を流れる。
なんだ、お前も泣くことがあるんだな。泣かせたのは俺か……
わるいハルヒ。お前との約束、10分も持たなかった。ずっと一緒に歩いてやるって言ったのに――

「ばか!嘘つき!死んだら死刑よ!あたしを一人にしないで!お願い!」

意識がもうろうとする中、泣き崩れるハルヒの肩越しに、朝倉が近寄ってくるのが見えた。両手を長い槍のように変えそれを振るうと、辺り一面にその槍の山が現れる。

「ハルヒ……逃げろ……」

大声で叫んだつもりだが、ほとんど声に出なかった。

「いや!絶対離れない!」

ちくしょう!ここで二人とも犬死にか……ハルヒと二人で死ねるならまだ本望か。 
そういえばあの変な軍服男は? 適当なことをいいやがって。
何がお前を守るだ! 俺はハルヒを守ったぜ。
俺のことはどうでもいいから、こいつだけは何とかしてやってくれ、もうからだが動きそうにない――

「よくぞ守り抜いた。遅くなって済まない」

例の朗々としたバリトンの響きが俺に届いた。
遅いぜこの野郎。

「お前達の本物の仲間を連れてくるのに少々時間がかかった。許せ」

そして俺は見た。軍服男の後ろにいる見間違うこと無き顔を。

液体窒素のような目で朝倉を睨む長門。
「やあどうも」と朗らかに微笑をたたえる古泉。
そして涙目で俺に駆け寄ってくる朝比奈さん。

本当に今度は本物なんだろうな……そう思いながらも俺は心から安堵し、そしてそのとたん意識の糸がプツリと途切れた――

………
……


気が付くと、俺目の前にはハルヒの安らかな笑顔と木漏れ日からひかる太陽、そして青空が目の前にあった。こんな顔も出来るんだな。初めて見た。

俺が体を起こそうとしたとき、ハルヒの顔がいきなり近づいてきた。

永い口づけと繰り返す抱擁。
出会ってからずっと思っていた気持ちとその存在をその唇と体でで確認しあった。

命の危機が二人の距離を縮めるなんてそんなドラマみたいなことあるものかと思っていたが、本当にあるんだな。吊り橋効果とか言うんだっけか?まあそんなことはどうでもいいぜフロイト先生。俺たち二人は、最初からこうだったんだ。ただお互いに素直になれなかっただけさ。

突然「にゃー」と言う声が響き、俺たちは我に返った。
カーキー色の軍帽をかぶった、シャミセンが俺にまとわりついてくる。
俺はシャミを抱きかかえると、帽子を奪い取りそこでようやく思い出した。

「ハルヒ。長門や朝比奈さんや古泉は? それに朝倉はどうなった!」
「みんな帰っちゃったわよたぶんね。あのあと、有希と古泉君があの朝倉を倒したあと、暗闇の世界が消えて、みんな消えちゃった。古泉君が「それじゃあ僕たちは先に帰ってますね」と言ってたからたぶん三人は帰ったんだと思う。そのあと、気が付いたらこの道路側の木の陰でこうしていたのよ。あれって夢だったの?」

辺りを見回すと、確か俺たちが最初にバスを降りてから、しばらく歩いたところのようだ。あれだけ歩いたのに、まったく進んでなかったなんてな。やれやれ。

あの世界は、おそらく長門と古泉が朝倉を倒したあと、すぐに崩壊したのだろう。そしてどういう理屈かわからないが、3人は元の場所に帰り、俺たち二人は別世界に迷い込んだ場所に戻った。
では、シャミセンがここにいるのは何故なんだ? おそらくあの軍服の旧日本兵の正体がシャミセンだったのだろうが……ま、あとで長門か古泉に聞いてみるか。

さて、ハルヒになんて説明しようか?

「ハルヒ。お前はもう、わかってるだろうが、あえて言わない。お前には隠さないって決めたとたんにこんな事を言うのもなんだが、まだお前は知らない方がいいみたいだ。だからまだ、夢だと思っていた方がいいかもな」
「ふーん、良くわかんない。でも、あんたがそう言うんだったらそう思うわ。でもいつか全部話してくれるんでしょうね!」
「ああ、いつか必ずな」
「それから、面白そうなことはあたしを除け者にしないでよ!絶対!
今度やったら1000倍死刑だから!」
「へいへい。わかってますよ団長様」

俺はそう言いながら、ハルヒに手を差し出した。
ハルヒは、しっかりと俺の手を握りしめて、いつもの元気百倍なあの100ワットの笑顔で俺に微笑んだ。

遠くからエンジン音が響き、道路のずっと向こうからバスが近づいてくる。
ハルヒは俺の手を取り立ち上がると、そのバスに向かって大きく手を振りバスに向かってかけだした。

俺は、シャミから奪った帽子をふと、裏返しにしてみた。裏側の折り返し部分に、どこかで見た名字と聞いたような名前が刺繍してある。
なるほど、そう言うことだったのか。

その帽子を近くに落ちていた俺のカバンに大事にしまい込むと、ハルヒのカバンも一緒に担ぎあげ、その上にシャミを乗せて走り出した。

婆さんや叔母さんが首を長くして待っているぜ。行こうかシャミセン。



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