小道から、幹線道路に戻った俺はハルヒの斜め後ろを歩きながら再び考えはじめた。辺りはすでに薄暗くなりはじめている。

この世界の時間の流れが正常ならば、おそらくこのまま真っ暗闇になるだろう。街灯の少ない田舎の道路は、自動車で通るには問題はないが、明かりを持たずに歩くには少々危険だ。
もしも、ここが予想通り通常の世界でない場合、例のカマドウマのような物にバッタリ出くわした時の対抗手段はない上に暗闇で逃げまどうことすら出来ない。

ならば、ここはあまり動かずに、再び朝日が昇るのを待つべきなのだろうか?

この世界の時間の流れが正常とは限らないが、ふと気になって携帯電話のディスプレイで時間を確認する。あいかわらず電波状態は圏外であったが、なんと携帯の画面にメールの受信を知らせるメッセージが表示してあった。

いったい、いつの間に?! 立ち止まりあわてて開封する。


8月12日 19:00
From YUKI.N
subject No Title
―――――――――――――――――
今回のこの事態は以前とは別種の情報
生命体亜種の仕業。
あなた達は偶然、休眠中の情報生命体
亜種に接近し、涼宮ハルヒが持ってい
た移動通信機器を介在してこの星に存
在する移動通信網にその存在を移行し
た。

私は直ちに情報生命体亜種の駆除を行
ったが、情報生命体亜種は涼宮ハルヒ
の力を寄り代に、今あなたの居るその
別世界を作り上げ、そこに待避した。

その場所は情報生命体亜種が作り上げ
た世界ではあるが、涼宮ハルヒが望ん
で作り上げた一種の閉鎖空間でもある。

私にも、古泉一樹にも出入り不可能な
空間。

情報生命体亜種が涼宮ハルヒを完全に
取り込むために
涼宮ハルヒに接近する可能性がある。

気を付けて。

あなたなら、こちらの世界に再び回帰
出来ると信じている。

―――――――――――――――――


やれやれ……
状況の整理は出来たが、対策法のヒントは今回は無しか。どうすりゃいいんだ長門?

気が付かないうちに、見落としているのかと思い別のメールも確認してみるが、それらしいメールは全く見つからなかった。

「キョン! 電話つながったの?!」

立ち止まっている俺にハルヒが気が付きこっちを向いてそう言った。

「いいや。ちょっと時間を確認したら、アンテナが立っていた様な気がしたんだが、気のせいだった」
俺はそう言って誤魔化した。やはり、このまま歩き続けるのはどう考えても危険だ。

暗闇の中で歩き続ける危険を防止するために、仕方が無く野宿をする旨を伝えると、ハルヒは早速、道路そばの空き地を見つけ、自分の荷物からレジャーシートや寝袋、オイル式の小型ランタンと電池式虫除け、非常食っぽい乾パンにミネラルウオーターを取り出した。

そういえば、最初から野宿するつもりだといってやがったな。あれは本気だったのか。
カバンの中をあされば、俺の一番苦手なサバイバルナイフの一つでも出てきそうだし、こいつならアマゾンの奥地や中央アジアの戦乱地帯でも1ヶ月くらい余裕でサバイバルを敢行するだろうなと、ふと思う。

そして、荷物を広げ終わり、ランタンに火をいれる頃には、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。

非常食を分け合って食べ、ペットボトルのミネラルウオーターも一本しかないので二人で分け合って飲む。「これって間接キスだよな」などと、何故か今更、中坊のようなことを考えてしまうが、バカバカしいと、いらぬ考えを振り切って水分補給を行った。
しかし、エビアンってこんなに甘かったっけか?

それから、ハルヒと少し他愛のない話をしたが、何故かぎこちなくよそよそしかった。
盛り上がらない会話に飽きたのか、ハルヒは少し離れた場所で寝袋に潜り込み
「おやすみ。あんたも早く寝なさいよ」と言ってさっさと眠り始めた。

俺もレジャーシートにごろりと寝転がる。
ひょっとして冷えるかもしれないと、ハルヒがバスタオルを貸してくれているので、それを腹の上に掛けるが眠るつもり全くなく、今晩は寝ずの番をするつもりだった。
少々疲れているが、何が起こるのかまったく予想が付かない。
寝込みをカマドウマモドキに襲われるなんて事を考えるだけでおそらく眠れそうもないし、それに、いろいろと考えることもあった。

虫の鳴き声以外まったく音のない世界。ランタンの火が揺れ、あたりの草木の影が踊る。自分の心臓の音が、やたら大きく聞こえるだけでなく、離れているハルヒの鼓動が聞こえてくるようだ。
夜空には、いつの間にか星が輝き始め、陳腐な表現だが金や銀や宝石等のたくさんの貴金属が入った宝箱をひっくり返したような、そんな満天の星空が目の前に広がっていた。

本当にここは別世界なのだろうか? きれいな天の川が、ハッキリと夜空に光の道を浮かび上がらせ、あまり星座に詳しくないこの俺であっても、いくつかの星座がハッキリとわかるくらい、美しい輝きを見せていた。

そんな星空を眺めながら、さっきのハルヒの独白を思い出しはじめた。

ハルヒはジョン・スミスのことを好きだったと言った。
つまり俺に対して告白してきたのと同じだ。

その事実の把握ができたときから、情けないことにハルヒの顔をまともに見ることが出来なくなっている。そのせいだろうな。さっきのハルヒとの会話にも、よそよそしい雰囲気が漂っていたのは。

俺がだた意識しすぎているだけなんだろうが、あの黙っていれば超絶美少女のハルヒに好きだなんて言われてみろ、いろんな意味で正常でいられるわけがない。
ハルヒに好きだと言われて冷静でいられる男は、俺の知っている男の中であの古泉くらいのもんだろうな。これもいろんな意味で。
いやそんな冗談めいた事で、いまさら俺の気持ちの誤魔化しをしても、また意味はない。

ハルヒのことはハッキリ言って嫌いじゃないし、むしろハルヒに対して恋愛感情かどうかよくわからないが、俺のそばから居なくなると心配で仕方がない人だとの認識はある。
つまり、それだけは認めたくなかったが俺とハルヒはある意味、相思相愛と言うべき関係であるかもしれない。

だがしかし、よく考えてみろ。
ハルヒは俺の事が好きだと言ったが、それはハルヒから見れば、俺ではない別人であるジョンが好きだという認識なのだ。だからもし、ハルヒに対して「俺もお前のことが嫌いではないぜ」なんてと言ったとしても、まったく話がつながらないわけだ。
ややこしい状況だぜ、まったく。

…………

って、なんだってこんな青臭いラブコメみたいな事を考えなければならんのだ?。
それもこれもみんなハルヒのせいだ。俺にジョンに対する思いなんかを告白するからこんな事になるのだ。

では、なぜ俺にあのハルヒがそんな告白をしたのか?
そして、ハルヒはいったい俺のことをどう思って居るのか?

…………

だめだ、考えてもサッパリわからん。あいつの行動はまったく読めない。
今回もただ無意識のうちに雰囲気でポロッと漏らしちまっただけなんだろうし、そう思っておいた方が俺の精神衛生の為でもある。とにかくあいつが言ったとおり、このことは忘れるに限る。

ふと、ハルヒが寝ている方に意識を集中してみと、寝息は聞こえないが身動きすらない。
もう寝てしまったのだろうか?
あいつのまぬけな寝顔でも見てやろう身を起こそうとした瞬間、星空に何かが光った。

「「あっ!」」
そう叫んだのは二人とも同時だった。

「なんだ寝てなかったのか」
「ちょっと考え事しててね。ねえ、今の流れ星見た?」
「ああ、見えた」
「今思い出したけど、確かペルセウス座流星群の時期ね。えーとあっち。北東の方角に明るい星があるでしょ。あれがぎょしゃ座のカペラでそれから、あんたでもわかると思うけどカシオペア座のW(ダブリュー)のまん中の星を結んだ中間ぐらいにある、あの星がペルセウス座のα星ね」
「どれのことだ? サッパリわからん」
「何でわかんないのよ!もう!バカキョン!」

ハルヒはそう言いながら、寝袋に入ったまま某CMのたらこみたいにぴょんぴょんと跳ねながら俺の側にやってきて、ごろんと寝ころぶと寝袋から手を出して北東の方角を指し示す。

「ほらあの辺で一番明るいのがカペラよ。そこからあのWの……あっ!また光った!見た? キョン!」
ハルヒの暗闇の中でも光り輝く笑顔を見ていたせいで、残念ながら流星は見ていなかった。

「あんた何処見てんのよ!もう、ほらあっち!」
そう言いながらハルヒはさらに密着してくるので、仕方が無くハルヒの指し示す夜空を見上げた。
心地よい涼しい風が、俺のほてった頬を撫でる。

ペルセウス座流星群は一時間に二、三十個の流星が流れる、天体観測ファンにとって真夏の一大イベントらしい。
ここに天文小僧の古泉がいれば、去年の終わらない夏の天体観測のように、延々と星座や星の名前、地球からの距離やら色々と講釈してくれるのだろうが、今はこうやってしずかに、星空を眺めていたい気分だ。
だから今もし、俺たちをこの異世界から助け出す為に、真っ赤な光球が目の前に現れたとしても、きっと無言ではたき落としてしまいそうだな。
やっぱり今日の俺はどうかしてるぜ。まったく。

そんな俺の気持ちを知らないハルヒは流れ星が流れるたびに、まるで初めて動物園に行った時の妹のように、はしゃいでいた。

「ねえ、流れ星が流れるまでに三回願い事を言えば願いが叶うなんて、あんたは信じてた?」
「そもそも、一秒に満たない刹那に願い事を三回も言うなんて無理だろうさ。
もっとも、その行為が無駄だと気が付くまで、流れ星を見つけるたびに『金、金、金』と唱え続けていたけどな。そういう、お前はどうなんだハルヒ?」
「あたしは今でも信じてるわよ。流れ星ってのは宇宙のチリが大気圏に突入したときに光るのは知ってるわね。
ひょっとするとそのチリの中に人間の英知を遙かに超えた地球外生命体が潜んでいるかもしれないじゃない。
三回の願いをその瞬間に唱えることによって、その地球外生命体が目覚める瞬間に願いが届き、あたしの夢を叶えてくれるかもしれないでしょ?」

七夕の短冊理論と同じでハルヒらしいと言えばハルヒらしい理論だが、やっぱり、今回の件も例のカマドウマやルソーの時の地球外生命体はこいつのせいか。他にもウヨウヨこの地球上に居そうだぜ。
これ以上、魔法以上のユカイが限りなく降り注ぐのは、勘弁してくれ。

「そうだわ!次の流れ星で願い事をして、どっちが先に願いが叶うか競争するわよ!」

七夕の時も思ったが願い事で競争という発想自体、なにか間違ってる気がすが、俺はハルヒに問いかける。

「で、お前は何を願うんだ?」
「教えない」
「それじゃ、どっちが先に願いが叶ったかわからないだろう」
「叶った後に自己申告するのよ。それまではお互い願い事は秘密ね。わかった?」

それなら後からこっそり願い事の変更も可能だろうがと思ったが、それはあえて言わなかった。
さて、何をお願いしようか。無事にこの世界から抜け出せますようにか? やはりお金がいいか?

それとも……

しばらく、そう考えているうちに、一筋の光が流れ落ちた。
咄嗟に願い事を唱える。まあ、3回は無理だったが1回半ぐらいは唱えれただろう。半分くらいは叶えてくれるか? 謎のカマドウマモドキさんよ。

すぐにでも、ハルヒが「キョン!ちゃんと願い事3回言えたでしょうね!」なんて言うと思ったんだが、何故か無言であった。いったいどうしたんだ?。
起きあがって見ると、スウスウ寝息を立ててハルヒは熟睡している。

ハルヒのその半開きになったサクラ色の唇から赤口朱の舌がチラリとのぞき、ランタンの光に照らされて、妙に艶容にそして淫靡に映る。
そして、俺の中に沸々と沸き上がる何とも形容しがたい衝動。

やばい。何を考えて居るんだ俺は。

その衝動の通りに行動すればどうなるかわかっているだろう。まだ死にたくはないぜ。
俺の中に降臨した悪魔を追い払うように、二、三度頭を振ってゴロンと寝転がった。やはり、今晩は眠れないだろうなあ。いろんな意味で。
俺は、悪魔と戦う祓魔師(エクソシスト)となることを覚悟した。



だが、どうやら俺はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。携帯を開いて時間を確認する。あたりすっかり明るくなっているが、まだ朝の5時だ。

ハルヒは――?!

あわてて跳ね起きるとあたりを確認するが、ハルヒの姿は見えなかった。ハルヒの荷物や、寝袋などは同じ場所にあるが、あいつは何処にも居ない。
くそ!俺はなんていうバカ野郎だ!

「ハルヒ――!!」

寝袋の中に手を突っ込んでみると、まだ中は暖かい。ついさっきまでこの中に居たのは確かだ。

「何処だ!ハルヒ!!」

もう一度辺りを見回す。道路の方か? それとも草むらの方へ行ったのか?

「おい!返事をしろ!!」

足跡が残っていないか地面を確認するが、それらしき物は見あたらない。だが、よく見ると草むらに、踏み行ったような跡がある。

「ハルヒ!!そこにいるのか!!」

そう叫びながら、草むらに飛び込もうとしたとき、

「何よ!ちゃんと居るわよ」

といいながらハルヒが草むらの中から出てきた。俺は安堵の溜息を思わず漏らした。

「まったく。ホントに心配したぜ。いったい何処に行っていたんだ?」
俺がそう言うと、視線を逸らしてハルヒは言った。
「あ、あのねぇ!ちょっとは考えなさいよ!あたしの口から何処に行っていたかなんて言わせるつもり?」

そこで、自分のデリカシーのなさにようやく気が付いた。

「はい。あんたティッシュなんて持ってないでしょ。それから、するなら向こうの方には行かないでよね。
あと、わかっているとは思うけど、穴を掘ってちゃんと埋めておくのは最低限のマナーだからね」

そう言いながらハルヒはポケットティッシュを俺になげて渡したのだった。


かつて無い激しく気まずい雰囲気が漂うなか、昨日と同じように乾パンを分け合い簡単に朝食を済ませ、そばを流れていた綺麗な小川であいたペットボトルに水を入れた後、軽く洗面し、荷物をまとめて再び田舎の道を歩き始めた。

ハルヒは、昨日と同じように俺に全ての荷物を持たせると大股を開いて歩き始める。俺は、ハルヒから離れないように歩調を早めて歩き続けた。
しかしなあ、どうして、こうやたらハルヒを意識してしまうんだ?いつもならさっきのような状況であっても、皮肉の一言でも言い返してやっている所なのだろうが、明らかに、赤面し硬直してしまった自分がほとほと情けない。

こうしてほとんどの会話もなく、しばらく歩き続けたのだが、いつの間にか朝日が昇り、次第にあたりの気温が上昇していく。朝だというのにだんだん汗が噴き出始め、口の中は水分が少なくなり、やたら粘度が高くなってくる。
あまりの暑さについに根を上げ、荷物を下ろし立ち止まり汗をぬぐっていると、先に行くハルヒも突然立ち止まり両手に耳を当てた。

「どうした?」
「しっ!しずかにして!」

風の音は全くなく、聞こえる音と言えば、遠くにアブラゼミの鳴く声が響く程度である。

「何か、音がする……。自然の音じゃない、機械音がするわ」
「どっちから?!」
「今来た道。あっちの方よ!だんだん近づいてくる」

そう言われると、確かに俺の耳にも車のエンジン音らしき音が聞こえてくる。

「バスかしら!? 普通車でもいいわ。ヒッチハイクして乗せてもらうわよ!」

そう言いながらハルヒは、目の上に手のひらを当てて今来た路の遠くをながめる。

おかしい。ここはカマドウマモドキの作った異世界だ。バスを降りてから一度も車を見かけては居ない。
それなのに今更、何故ここを通りかかるのか。
つまり、考えられることは一つ。おそらく罠だ。だがどうやってハルヒに説明するればいい?

無理矢理ハルヒを草むらの中に引っ張り込んで、何者かが通り過ぎるのを待つべきか? だが、こちらに向かっていると言うことは、敵はとっくに俺たちがここにいることを知っている可能性が高い。それに、例のカマドウマの件に漏れず、奴を倒さねばこの世界から脱出は不可能だと思ってもいいだろう。
ならば、ここはあえて敵の計略に乗るべきかもしれない。

ハルヒは、遠くから来る車に向かって手を振り始めた。ここから見えるその車の風貌は大型車らしいと言うことはわかる。そして、その大型車は次第に近づき、そして俺たちの真横で停車した。

その大型車は、バスであった。

だが、現在普通に走ってる箱形のバスではなく、ボンネット部分が犬の鼻のように長く飛び出した、やたらとレトロなタイプのバスであった。いや、形だけではない。あちらこちらにサビが浮き塗装がはげた場所がよく目立ち、そしてエンジン音もとても快適そうな音を鳴らしてはいない。
俺たちが昨日乗っていたバスも、かなりオンボロのバスであったが、このバスと比べるなら最新型の新車と言っても過言ではないほど、このバスは走っているのが不思議なくらいボロボロでレトロあった。
そのバスを見てハルヒは目を丸くしながら感心した。

「すっごい古いバスね。ボンネットバスって言うんだっけ? こんなのまだ走ってたんだ!早く乗るわよ!」

ハルヒは俺の心配をよそにさっさと乗り込み、それに続いて俺は荷物を担ぎ、ゆっくりと乗り込む。

ステップを登り切った先に、これまた古風なタイプの制服を身につけ、つば付きの帽子をかぷった運転手が、まっすぐ前を見たまま微動だにしていない。そして帽子をやたら目深にかぶり、こちらからはその顔と表情が判別できかった。
俺がステップを上りきったところで、ドアが自動的に閉まり、バスはゆっくり動き始めた。

床は木製で、椅子部分は鉄製、シート部分はグリーンを基調としたこれまた年代を感じる内装だ。
 そして、乗客は俺たち二人だけ。
ハルヒはすでに一番後ろの長いす部分に腰を下ろして俺を待っている。
バスが揺れるながら進む中、俺は椅子背もたれについた手摺りを伝いながら一番後ろの席に向かい、ハルヒの隣の腰掛け荷物を隣の席に下ろした。

「なあ、勝手に乗り込んだのはいいが、何処にも行き先が書いてなかったぞ」
「大丈夫よ。あのまま歩いてても、人のいるところまでどれくらい時間がかかったかわからないんでしょ。
だったら何処でもいいから、人のいるところまで行けば他の対処法はあるでしょ」

もっともらしい理屈だが、残念ながらここは異世界だ。他にも人がいるとは考えにくい。
となると、あの運転手はいったい何だ? おそらく人ではない何かだろう。ならば、一番後ろに陣取ったが、あの運転手の動向が見える位置に移動し警戒した方がいいのだろうか?
いや、あの運転手もそうだが、外の様子も気になる、景色を見渡すなら他の座席より少し高くなっているこの場所が一番最適だろう。俺は、そう考えてしばらくこのまま様子を見ることにした。

バスは何事もなく進み続ける。その間、中と外の両方を観察し続けたのだが、運転手は妙な行動を起こそうともせず、外の景色も、あいかわらず人が住んでいそうな建物は全く無く、人のいる気配すらないという以外、ハルヒとカマドウマモドキの共同合作なトンデモ世界の割に、至ってごく普通の世界のようにも見える。

突然、低く篭もったブレーキ音が車体から響き、次第に景色の移り変わりが緩やかになる。どうやら、このバスが停車するらしい。

前方に見えてきたのは、普通のバス停で、そこに誰かが立っていてどうやらこのバスに乗り込んでくるようだ。ここからでは、その人物の風貌はハッキリとわからないが、明らかに異様な雰囲気を漂わせていた。

カマドウマモドキの御本体様の登場か?

俺は息を呑みいつでも行動が起こせるよう、視線だけでハルヒの様子をうかがって驚いた。さっきからハルヒがおとなしいのは、昨日と同じように瞳をキラキラさせながら外の様子を見ているのだとばかり思っていたが、こいつはクウと寝息をたてて眠っていたのだ。 まったくのんきな眠り姫様だ。

バスが停車した揺れで、ハルヒはバランスを崩し俺の肩に寄りかかるってくる。まるで子供のような寝顔だが、今は見入っている場合じゃない。

「おいハルヒ……」

ハルヒを揺すって起こそうとしたときに、前方からの視線をふと感じて、咄嗟にそちらの方をふり返った。

カーキ色に赤のラインの入ったつば付きの帽子を目深にかぶり、同じくカーキ色の詰め襟の制服を身につけ、やたら大きな古ぼけたリュックを背負った、小柄で細身の男が俺たちの前に立っていた。
さっき外で待っていた乗客のようだが、いったい、いつの間に乗り込んだのだ?

俺の乏しい知識ではハッキリとわからないが、その服装は旧日本軍の軍服のように見える。敗戦後、軍役から解放されてやっと田舎に帰ってきた兵隊さんというような風貌だ。
深くかぶった帽子のせいで、男の目は見えないが顔はすすだらけで、きりりと引き締まった唇も、色あせてかさついていた。

俺が、どう行動を起こすべきか考えあぐねているうちに、その男は顔を捻るようにして片目で俺を見る。
目深にかぶった帽子の奥にひかるギラギラ光る目。
そして土気色した口元をニヤリと笑うように歪ませ、その口をゆっくり開いた。

「今は起こさない方がいい……」
と、低くこもった声でそうつぶやいた。
そしてその男は、ゆっくりとした動作で、俺たちの右斜め前の客席の窓際に大きな荷物を下ろすと、自らも通路側の席にゆっくりと腰を下ろした。。

そして、バスは再びゆっくりと動き始める。

外はあいかわらずの景色。時代錯誤なバスの中はいかにも怪しいバスの運転手に謎の軍服男。
そして隣で眠り続けるSleeping beauty。

ひょっとすると、この眠りの森の美女に口づけをすれば、いつぞやのように夢から覚めて再びベッドの上という落ちが待っているのではないかという、淡い希望を持ってみるが、以前と状況があまりにも違う。
おそらくそんな単純なことでは、この世界から脱出することは出来ないだろう。

では今何故、起こさない方がいいのか? この素性のわからない怪しいの軍服男の言うことを聞くべきなのか。それともこれは罠なのか。

俺の脳内情報処理能力はすでに限界を迎えていた。

ええい、考えても仕方がないな今更。乗りかかった船ならぬ、乗りかかったバスだ。なるようになるだろう。最悪の場合、死んでもこいつだけは守ってやるさ。

そう思いながら、寄りかかるハルヒの顔をちらりと見た。

《よい心がけだ。愛するモノを守るために戦うとき、人は思いもよらぬ力を得ることが出来る》

突然に、さっき聞いた低くこもった声が頭の中に響く。目の前で背中を向けて座っているはずの軍服男の声だ。

「なんだ? あんたはいったい?」

《黙って話を聞け。お前の予想通り、このバスはこの世界を創造した者の元へと向かっている。例の宇宙人が言っていた情報生命体亜種と言う奴であろう》

宇宙人だと? あんた長門のことを知っているのか?

《知っている。私は、かの宇宙人と超能力者により、媒体となるモノを通してこの世界に存在しているようだ。そのためか、媒体の持つ情報と性格を少々色濃く反映しているのが難点ではあるが、まあ、そんなことはどうでもよい。それよりも、今後の事だ。
おそらくこの先出会う情報生命体亜種は、寄り代となった者が畏怖する存在に擬態している可能性がある》

寄り代? たしか、長門が言うには例のカマドウマモドキは、ハルヒを寄り代にこの世界を作ったと言っていたな。

《そうだ。おそらく涼宮ハルヒという、その少女の恐れる存在に擬態している。そして奴はその少女を取り込み、自らの力とする事が目的であろう》

カマドウマモドキが、ハルヒの力を好き勝手に使う。そんなことになったりしたら、考えるだけでもぞっとするね。

《おそらく過酷な戦いとなるやもしれん。心してかかるがいい。先ほどお前が誓ったとおり、その少女だけはお前の全てをかけて守りきるのだ。よいな》

ああ、言われるまでもない。

《そしてお前は私が全てをかけて守る。故に何も恐れるな》

ちょっと待て、あんたはいったい何者だ? 何故俺を守ってくれる?

《説明している時間がない。外を見ろ!トンネルが見えるだろう》

外を見ると、道路の先には古ぼけた明かりすらないトンネルが見えた。

《あそこに奴がいる。トンネルに入った瞬間にこのバスは消失する。暗闇に心を奪われるな。己とその少女を信じろ》

その声が終わると同時にバスは暗闇の中に進入した。
不意に訪れる浮遊感。そして車内に響いていたエンジン音が唐突に消失する。

「おい!ちょっと待て!いきなりか!」

俺は、ハルヒの体を咄嗟にしっかりと抱き寄せ衝撃に備えた。



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