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♪ひとりぼっち 恐れずに 生きようと 夢見てた
 さみしさ 押し込めて 強い自分を 守っていこ

 カントリー・ロード この道 ずっとゆけば
 あの街に 続いてる 気がする カントリー・ロード♪


「なあ、ハルヒ。その歌、"Take Me Home CountryRoads"だよな?その歌詞は、なんかのアニメの邦訳だったか?」
「そうよ、映画のね。あたしは元の歌詞の方が好きだけど、この邦訳も結構好きなのよ」
「たしか、中学生のくせにやたら夢にまっすぐ向かって頑張っている二人の少年少女の話だったな。俺はあの話は嫌いだ。話の内容はまあ好きなんだが最後だけがいただけない。自分の足で自立出来ているならまだしも、世間をろくに知らない中学生の分際で『結婚しよう』なんていうのは間違ってると思うぜ」

もっとも世間を知らない高校生の分際でそう思うのも間違ってるかもしれないが。

「あらそう? あんなプロポーズ素敵だと思うけど。お互いに夢に向かうため勇気をくれる『おまじない』みたいなもんじゃないの? あたしはそう思ったわ」

意外に乙女チックなことをいう。

「俺が許せないのは男の方だ。プロポーズするなら夢を叶えて、しっかり自立してからにしろと言いたいね」
「あんたのいいたいことはわかる気もするけど……でも女の子は彼の気持ちを知らないままずっと待ち続けることになるのよ。そんな結末は見たくはないわ。それに――」

ハルヒはそこまで言うと立ち止まりこちらを振り向きふふんと鼻で笑う。

「キョンだけは言われたくないわね。今のあんたにはプロポーズどころか告白すら出来ないんじゃないの」

やばい。何となく地雷を踏んだ気がする。だがその程度では挫けない。

「ほう、お前がそんなことを言うとはな。恋愛なんて精神病の一種じゃなかったのか?
俺もその考えに賛同して、恋い焦がれるような相手が出来ても、これは心の病だと自ら言い聞かせているんだ。
お前の理論で言えば、告白ってのは『私は精神疾患です』と相手に言いふらしているのと同じじゃないのか?」

念のため言っておくが、俺はこんな馬鹿なハルヒ論を盲信していないし、恋い焦がれるような相手もいない。
勝ち誇ったようなハルヒの顔が崩れ、アヒルのように口をとがらせる。

「そ……それもそうね。そうだったわ。恋愛なんて馬鹿な普通の人間のすることよ」
ハルヒはそう言いながらまた背を向けて大股でドカドカ歩き始めた。
俺は思わず吹き出しそうになるのをこらえて、また歩き出した。


それから何分、何時間、いったい何キロ歩いたのだろうか?

あいかわらずハルヒの歩調は軽いが、俺はもうへとへとだった。真夏ではあるが夕刻だと言うこともあり、結構涼しいのがせめてもの救いだ。

だが、何かがおかしい……田舎の道とはいえ、バスが通る幹線道路だ。歩き始めてからこっち、何故か一台も自動車が通りかかっていないのはあまりにも不自然過ぎる。蝉やキリギリスなどの虫の鳴き声はするが、自動車などの機械音が全くない聞こえてこないのだ。

バスの中とはいえ何度も通った道だ。道に沿って歩いていたはずなのに、今見ているこの景色に覚えがないのないのはいったいどういう事なんだ?

「ねえ、キョン。なんだか変じゃない?」
「なにが?」
「何かわからないけど。なんか変な感じがしない?」
「気のせいだろ?」

変なのはとっくに解っている。だがハルヒを不安にさせることもあるまい。
俺は立ち止まり、ふとあたりを見渡す。道路の脇にある小道があり少し先に見える小高い丘に延びているようだった。そこに行けば何かわかるかもしれない。

「なあハルヒ、こっちに来てくれ」
俺は先に行くハルヒを呼び止めた。
「なに?」
「あの丘の上なら電波が届きそうじゃないか? 携帯が通じるかもしれない」
「そうね。行ってみましょう」

俺たちは小道を上り小高い見晴らしの良い丘の上に出た。
景色はかなりいい。しかし、俺はその絶景に見とれることはなかった。

そう、俺は恐ろしいことに気が付てしまっていたからだ。

見える範囲にある景色や物に対する見覚えがない。さらに、民家など人がいそうな構築物らしき物がまったくこれっぽっちも見えやしない。
そして、ついでといっては何だが、携帯もこれまた圏外のままであった。
やはり、道に迷ったのか? いや、それは有り得ない。今まで幹線道路一本で分岐している所など何処にもなかった。

最悪のことが俺の頭によぎる。ここはすでに、別世界とか。
例の雪山のように――。

こう言うときに頼りになる長門はいない。
朝比奈さんがここにいてもたぶん同じだが、持ち前の怪しい知識で俺を煙に巻こうとする古泉もいない。

もし、ここが異世界だとしたら俺に脱出する術はあるのだろうか? この太陽が沈んだが最後、二度と俺たちの前にその姿を現さないのではないか? そんな予感が俺をむしばんでく。

「ねえ、キョン。すごくいい景色ね!」

俺の危機感をよそに、ハルヒは目の前の景色に見とれていた。
ハルヒの瞳に映る夕日がキラキラと輝いている。黄色のカチューシャに飾られた髪が風に揺れ、真朱色のビロードのように見えた。

そんな笑顔のハルヒを見ていると、今ここにある危機など、今はどうでも良くなる。
こいつが一緒なんだ。最悪、命に関わるようなことなど在りはしない。万が一そんな事態が起こったとしても、俺は覚悟は出来ている。去年の冬の喪失感。あんな思いはもうしたくない。もう絶対に二度と……

気持ちが固まったせいだろうか。ようやく周りの景色を見る余裕が生まれてきた。
俺は、荷物を下ろしハルヒの斜め後ろに立ち、その美しい景色に目を奪われる。

遠くの山に沈み掛けた真っ赤な夕日が鮮やかだった。そして、この辺りの山々や綺麗な川や池や渓谷が一望出来る。まさに絶景ってヤツだ。
今もし、手元に高性能デジカメがあるなら、素人同然の俺でもフォトコンテストで
最優秀賞を取る事が出来るだろうなと、俺はハルヒの横顔を見ながらそう思った。

遠くの山々の木々の間に太陽が完全に沈むまでの間。二人は無言でたたずむ。
だが、太陽が落ちるにつれ、ハルヒの子供のような笑顔は次第に深く沈みこんでいき、完全に消える瞬間を見届けた後、ハルヒは俺の方を見ずに、つぶやいた。

「ねえキョン……」
「なんだ?」
「さっきの話なんだけどね……」
「さっきの話って何だ?」
「恋愛なんて精神病の一種、って話よ」

ハルヒはそう言うと、俺の方をふり返ってしずかに語り始める。

「以前言ったかしら?
あたしは、あえて人と違う道を選んで生きてきたって。人と違う道を歩くってことはね、どうしてもひとりぼっちで歩く事になるのよ。それでもあたしは強い人間だと思っていたから、一人で生きていくことなんて簡単だと思っていたわ。
でも実際は違う。人間は一人で生きていけるようになんて出来てないのよ。

特に心はそう。

一人で生きているつもりでも、心は誰かに依存している。そうしないと人間の心は壊れてしまうように作られているの。だから、人は恋愛したり愛する人を求めるようになるのよ」

ハルヒはまるで心理学者のようなことをつぶやいた後、また俺に背を向けるように、その場に腰を下ろし膝を抱えるように座った。

「昔ね、本気で好きな人がいたの。

出会ったときはそんな恋愛感情なんてなかったわ。なんだか変なヤツだったから。
けれど、当時中学生のあたしにとって初めての理解者で、そして最後の理解者だった。
最初はまたすぐにあえると思っていたわね。近くに住んでいる奴っぽかったから、探せばすぐ見つかると思ってたわ。でも、そいつには一度あっただけで、もう二度と会うことはなかった。町中探し回ったけど、結局、その人には出会えなかった。

それでもあたしは、一人でいる事を怖がらないで生きて行けると思っていた。
孤独なんて心の奥底に押し込めて、いつも通りの強いあたしを守っていけると思っていた。

でもね、やっぱり無理だったわ。

心が挫けるたび、あのへんな男の事を考えるようになっていたのよ。つらいことがあったら、彼の思い出に浸るようになっていた。
今思えば中学校の3年間ずっとあいつの影を探して追い掛けていたわ。
そしてこれが恋愛感情なんだといつの間にか気が付いていた。

いつまでたっても会えない恋しい人。

笑っちゃうでしょ。
一度だけほんの数時間だけしか会ったことのない、しかも顔も良く覚えていない上に、本当の名前さえも知らない人。判っているのは北高生だってことだけ。そんな相手を本気で好きになるなんて。

それから、中学3年なって、あたしはあいつのことを忘れようと努力したのよ。忘れないと、いつかもっとダメになると思った。恋愛感情なんて、つらい気持ちが挫けそうな気持ちが見せるただの幻覚、心の病だってそう納得したかった。そうするしかなかった。

恋愛なんて気の迷い、精神病の一種だなんてあんたに言ったけど、あたしはそんなことを心の底から思っちゃいない。
ただの強がりから、そう言っただけ」

長い独白が終わり、ハルヒは抱えた膝に頭を押しつけるようにして背中を丸めた。


なあ、聞いているか? ジョン・スミス。お前はとんでもないことを、しでかしてくれやがったな。『未来人のいいなりになって、ただの気まぐれであいつを手伝った。ただそれだけのことさ。俺は悪くない』ってお前は言うんだろうな。

おい、何とか言えジョン。お前はまた、1年前の踏切と時と同じ過ちを繰り返すのか?
あのときもそうだ。「そうか」の一言ですませるつもりか?
あのハルヒが……決して人に弱みを見せないハルヒが、本当は隠しておきたいはずの、その心を俺にさらけ出した。

何とかしろジョン!
俺は自然に体が動いていた。

ハルヒに、なんて声を掛けようなんて事も考えていない。俺はハルヒに近づき、声を掛けた。

「ハルヒ――」

次の言葉を言いかけて、咄嗟に言葉をのみこむ。

いや待て。
この後、なんて言うつもりなんだ? 俺がジョン・スミスだとでも言うつもりか?
いいや、あいつはそんなことを望んじゃいない。今、ハルヒの側にいるのはジョン・スミスじゃない! ハルヒのすぐ側にいるのは誰だ!? わかっているだろ!

「ハルヒ――」
「なーんてね!」
ハルヒは俺の言葉を遮るようにそう言うと、立ち上がり、服をパンパンと払った。
「こんなの、あたしらしくないわね。キョン!今、言ったことは忘れなさい!これは団長命令よ……」

後ろを向いたままのハルヒの表情は読み取れない。声はいつものハルヒに戻っているように思えた。
田舎の夏の夕暮れは、どことなく秋の香りが漂いはじめる。漂った香りは秋を彩り、夏の色と混じり合い愁思の色合いを見せる。そして、あかね色の風が通り、草木が揺れる。 その風にハルヒの黒髪が流され、何かが光ったように見えた。

「わかった。忘れる。忘れるかわりに一つだけ聞かせてくれ」
「…………」
「お前は、今、一人で道を歩いていないよな?」

ハルヒはゆっくりと振り返り、今、沈んだばかりの太陽のような笑顔を見せた。

「今のあたしには、有希やみくるちゃん、古泉君そして……キョン、あんたが居るわ。
もう一人で歩いてなんていないから!」

俺が見たハルヒの中でも、たぶん一番特上の笑顔だった。

すまんな。ジョン・スミス。しばらくはお前の出番はなさそうだぜ。
お前が居なくても、今のハルヒは一人じゃない。SOS団のみんなが居て、そして俺が居る。ずっと一緒に歩いていくぜ。
もっとも、SOS団を作ったあの日のように、ハルヒは俺のネクタイをつかんだまま、いつまでも引っ張り回してくれる可能性の方が高いんだろうが。
そんなことを考えて思わず苦笑した。

「なによ? その顔は!」
「やっとハルヒがいつものハルヒに戻って安心した顔だ」
「ふーん……安心したような顔には見えないけど」
「安心したと同時に、お前からは離れられないんだろうなと思ったのさ」
「なにいってんの! 当たり前じゃない! あんたは一生あたしが離さないわよ! 一生、あたしと歩きな――」
そこまで言ってハルヒは硬直した。

おいおい、サラリと凄いこと言わなかったか?

「バ、バカ。今のはそう言う意味じゃないわ! あんたは一生SOS団の平団員その一なのよ! つまり団長であるあたしの下僕なのよ! そう言う意味なんだからね!」

へいへい。わかってますよ、団長様。

「とにかく、ここにいつまでも居ても仕方がないわ! さっさと先に進むわよ! キョン!」

ハルヒはさっきまで俺が担いでいた自分の荷物を背負うと、スタスタと歩き始めた。



参考引用
"Take Me Home Country Roads"
作詞・作曲 B. Danoff, T. Nivert, J. Denver

参考引用
「カントリーロード」
訳詞 鈴木 麻実子
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