結局、ハルヒは土曜、日曜と俺の家に泊まっていった。
何かあったか?それについては、ノーコメントだ。
好きに想像してくれ。もっとも、何もなかった可能性もあるがな。


そんなわけで、月曜日に俺はハルヒと登校している所を谷口に目撃された。
間抜け顔にいちだんと拍車がかかってるぞ、谷口。
「おい、キョン。ちょっと来い。話を聞かせろ」
俺はハルヒの方を見ると、首を横に振っている。
「すまん、谷口またあとでな」
「じゃね」
ハルヒも素っ気なく言って、俺たちは谷口をおいていった。

教室に入った瞬間、教室の空気が一瞬固まった。そのあと、クラスメイトの反応が二極化する。
女子からは主に祝福の言葉と黄色い声があがり、男子からは冷やかしの声と生暖かい視線を浴びせられた。
しばらくすると谷口が国木田に連れられて登校して来た。
国木田曰く、
「坂の途中で燃え尽きててね。ほっとくのも可愛そうだったし引っ張って来たよ」
いいやつだな、お前。

その日の授業中、谷口は指名されるごとに
「先生、独り身ってつらいですね」
と呟いていた。……谷口、独身の先生に対してそれは禁句だ。
割と普通に授業が終わり、何となく気の重い放課後がやって来た。
あのあと、三人がどうなったか知らない俺としては部室の扉を開けるのが非常に怖い。
いや、朝比奈さんと長門については何も心配はしていない。
問題なのは事の発端になってしまった古泉だ。
俺は古泉のことを覚えているから少なくともこの世から消えてはいないだろうが、
一体どうなってることやら。
俺はハルヒに連れられて部室に行く途中にそんなことを考えていた。
「ねえ、キョン。みんな来てると思う?」
「みんなって……『みんな』か?」
俺の言いたいことは分かるだろう?
「そう……みんな」
正直言って、分からない。
「なあ、ハルヒ。古泉のこと、どう思ってるんだ?」
触れちゃいけないような話題だとは思うんだが、訊かずにはいられない。
「そうね。どう、なんだろう。
……会うのは怖いわ。面と向かって『嫌いだ』って言われちゃったから」
それはあいつの本心じゃないわけだが、……俺が言った所で聞いてくれないか。
「あとね、みくるちゃんや有希に会うのも怖い。キョンはあたしのこと……好きだっていってくれたけど、
あの二人があたしを、嫌いじゃない保証なんてないわけでしょう?」
大丈夫だと思うぞ。でも
「お前が自分で確かめろよな」
「当たり前のこと言わないの!あんたがあたしに説教なんて百万年早いわ!」
そんなに経ったら、俺死んでるな。
「なんでそこでノッてこないのよ!面白くないわね!」
へーへー、悪うござんしたね。
「分かればよろしい」
相変わらずえらそうなことで。
そんなやり取りをしているうちに部室についた。
いつもなら遠慮なしで扉を開けるハルヒが珍しく躊躇している。
そして、深呼吸。
「ハルヒ?何なら俺が開けるぞ」
「いい」

——ガチャリ

やはり、と言うべきか。そこには朝比奈さんと長門しかいなかった。
安堵とも、残念ともとれる溜め息をハルヒが漏らす。
「あ、今お茶入れますね」
と朝比奈さん。
「みくるちゃん、ちょっと聞きたいことがあるからこっち来て」
そう言ってハルヒは朝比奈さんを引っ張っていく。
「え?わ、ちょ、涼宮さん?お茶が、渋くなりますう……」
朝比奈さん……。お茶って、そりゃないですよ。
「よう、長門」
「ここは新しい世界」
いきなりだな。まあ、気づいてたけどな。
何せ、ハルヒが引っ込んだ場所は灰色空間じゃなかったしな。
「前の世界との相違点は一つを除いてない」
それは何だ?
「涼宮ハルヒの力は終息した」
それだけ言うと本を読み始める長門。
「てことは長門。お前や朝比奈さんや古泉がここにいる理由はなくなるのか?」
「そう」
冗談じゃない!
「大丈夫。情報統合思念対に取って、この星の『人類』は未だに観察の価値あり、と判断されている。
だから、私もしばらくここにいる」
「朝比奈さんは?」
「高校卒業まではこの時間平面にとどまるものと思われる」
そうか、今すぐお別れではないのか。よかった。
残った一人……古泉。あいつは今どうなってるんだ?
「わからない」
そうか。
部室のドアが空き上機嫌なハルヒと朝比奈さんが入って来た。
「待っててください、今お茶入れますから」
「どうも」
朝比奈さんがお茶をもって来てくれた。一口飲む。
「……ッ!ゴホッ、ゲホッ!」
「え?キョ、キョ、キョ、キョン君、大丈夫ですか?」
「朝比奈さん、このお茶は……」
そうこれは、さっき入れていたお茶だ。つまりものすごーく苦い。
いくら朝比奈さんが入れてくれたものでもこれは無理だ。
「……?あ、ごめんなさい!」
ふと、ハルヒの方を見ると、
「ふふん、精進が足りないわよ、キョン」
飲んでないやつが言うな。
「んじゃ、次、有希ね。ちょっと来て」
そう言って、ドタバタと部屋を出るハルヒ。
結局、特別変わったことも起こらないままこの日の部活は終わった。
で、ハルヒ。二人は何だって?
「教えなーい!」
その態度が全て物語ってるがな。
「それじゃ、話を変えようか。今日はどうするんだ?」
「さすがにそろそろ家に帰るわ。やっぱり、いつまでも人にデレデレしてるのは性分じゃないのよ」
そうだろうな。
「それじゃあ、明日学校でね!」
「ああ。じゃあな」
家に着くと出迎えたのは妹だった。
「キョン君、手紙来てるよー」
手紙?今時そんなの使うやつがいたのか。
「誰からだ?」
「古泉君!」
古泉か……。
俺は妹から封筒を受け取ると、部屋に引っ込んで読み始めた。

<古泉一樹の手紙>
『手紙、と言う形であの日のことについて触れるのは少々心苦しいんですがね、
面と向かってしまうと、言いたいことが言えない気がするんですよ。
だから、手紙で失礼します。

あの日、あなたたちと別れたあと、僕は機関のもとへ出頭しました。
彼らには少し意外だったみたいですね。『制裁』なんて進んで受ける人はいませんからね。普通。
そうそう、『制裁』の内容は言いませんよ。
一般人には内容がきつすぎて、想像するだけで吐き気がして、血の気が引きますから。
もっとも、『制裁』前に世界が崩壊してしまったんですけどね。
そして、気づいたら僕は涼宮さんを傷つけた場所にいました。
携帯には一つだけメールが入ってました。
「機関は解散した」と。
当然ですね。涼宮さんの能力が消えたのだから。

さて、ここからが本題です。
僕は『転校』という形を取ってあなたたちの前からいなくなる予定です。
僕が涼宮さんの前に再び現れるのは得策ではありませんからね。
いえ、本当のことを言うと、あなたと涼宮さんが付き合っている様子を
心穏やかに見てられる自信がないから、なんですが。
何せ、失恋した身でして。

最後にお願いなんですが、封筒にもう一枚、涼宮さん宛の手紙が入っています。
出来れば渡しておいてください。内容は確認してもらっても構いません。
それでは。』
『涼宮さんへ。
先日は、あなたの心を害するような発言をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
あれは、あなたの心が自分には向いてなかったと知ってしまった男の、ヒステリーです。
言い訳がましいことも、謝ってどうにかなることでもないことは分かっています。
ただ、これだけは、あなたが嫌いじゃないことは、伝えておきたかったのです。
どうか彼とお幸せに。
古泉一樹
追伸、副団長の役職は辞任させていただきます。どうぞ、適任な方を後継に指名してください。』

最低限の礼儀としてハルヒ宛の手紙は読んでいない。
本当は読もうかどうしようか、ものすごく迷ったんだがな。
あいつからの今までの『借り』を考えれば、読まなくてもいいかな、とも思う。
「転校、か……」


「あー、聞いてるかもしれんが、古泉は今日で転校するそうだ」
隣で担任がそんなことを言っています。
クラスのざわつき具合は強いて言うならば少し大きいぐらいでしょうか。
普段より微笑具合を押さえて席に着きました。そうして僕の最後の北高生活が始まりました。
授業の内容は特に難しいものではないです。『機関』でいろいろ叩き込まれたことに比べれば。

「古泉君さ、今日、転校するってあたしたち初耳なんだけど、
いつも一緒にいたあの人たちには言ってたの?」
休み時間にはクラスメイトが話しかけてきます。男子もいますが、女子の割合の方が多いようです。
「いいえ、特には」
あがる悲鳴。
「なんでー?いつも仲良さそうだったじゃない?」
「ええ、まあ。いろいろと」
曖昧に言葉を濁すとその話題は跡形もなく消えてくれました。
そのあとに続く話題は他愛もないものばかり。
転校先には行ったことあるのか、とか、ついたら連絡くらいはしてくれ、とか。
そのうち思い出話が始まります。
ここに来たのも転校だったこと、とか、去年の文化祭での劇のこと、映画のこと。
そんな話が休み時間の合間に繰り返され、放課後がやってきました。
急遽開かれることになった、『送迎会』に参加することを承諾し、学校を出ました。

ふと、校門から出る前に振り返ると一年間過ごした北高がそこにはありました。
夕焼けに照らされて、物寂しい雰囲気を漂わせています。
しかし、その雰囲気すら僕の旅立ちには似つかわしくあります。
その後、延々と続きそうだった『送迎会』も、準備がある、と言って抜け出しました。
家に着き、荷物をまとめると、この一年間涼宮さんの監視のために使っていた
部屋も急に広くなりました。
「結局……」
心の奥底で待っていた『わずかな可能性』が来なかったことに、胸が痛みを覚えます。
ズキリではなく、ジワリと、胸を締め付けます。
荷物をまとめ終わった僕は、明日に備えて寝ることにしました。
明日は朝から引っ越しで忙しいでしょう。
夢でもみたいものです。そう、夢でも。

話はそれますが、結果から言うと、世界を安定させた僕の行為に対して、
『機関』から自立できるまで十分にもちそうな援助をもらうことになりました。
この援助で、僕は新しい人生を歩んでいくのでしょう。
今までの過去を葬って。

翌朝。清々しいまでに快晴。それとは対照的に僕の心はどんよりと曇っています。
引っ越し屋に大荷物を預けて、僕は部屋を出ました。
これから、電車にゆられて新しい街へいきます。僕を迎えにくる人などいない街へ。
最後に、北高のあたりを見ました。
そこに見ました。四つの人影を。

「たく、転校の日にちぐらいは教えておけっての」
最後まで憎まれ口ですか。
「駄目ですよう、黙って行っちゃ」
すいません。
「……あげる」
そう言って文庫本を差し出してきました。ありがとうございます。

待っていた『わずかな可能性』が起こったことに対する喜びと一抹の不安。
最後に涼宮さんの方を向きます。予想通り、彼女は僕の顔を見ようとはしません。
「古泉君が……」
おもむろに、俯いたまま話しはじめる涼宮さん。
「あたしのことを嫌いでも、古泉君が頼りになる副団長であることは変わらないわ」
そう言うと腕章を僕の方へ渡します。そこには『副団長』の文字が。
彼に手紙を書いたあと、SOS団部室にこっそりとおいて来たはずの『副団長』の腕章がまた渡されます。
「僕は、副団長の役職を……」
「聞いたわ、いえ、読んだわ」
僕の話を遮って彼女は続けます。
「でもね、あたしはこれだって思う人以外に副団長の役職をやらせるつもりはないの」
そう言うと初めて顔を上げて、控えめだけれど、輝く笑顔を作りました。

「お前が決めたことだ、止めはしない」
「でも、長期休みのときは覚悟してね、古泉君。またとっておきの推理ゲーム見せてもらうんだから」
たとえ、僕が何を言ったとしても、彼女らは僕を頼ってくれていたんですね。

僕の頬を涙が流れていきます。
喜びか、悲しみか。
一体、何に対する涙だか、自分では分かりません。
ただ一つ分かるのは僕の心が晴れ渡っていることだけ——。
口から出たのは別れの言葉にしては、あまりに不思議な言葉。
でも、それは僕の本心でした。
「いってきます」

それから二十年。
僕は今、ある研究所で働いています。そのメンバーの中で僕は若い方なのですが、
リーダーは僕よりさらに若い方です。眼鏡のよく似合う、秀才肌。

僕の机の上にはいつも一つのものがおいてあります。
二十年経って『それ』は色褪せてきましたが、
僕は『それ』を見るたびに思い出します。色褪せることのない思い出を。
妙に楽しく、非日常的で、そして少し切ない、そんな高校生活の思い出を。
fin.

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最終更新:2007年01月14日 04:45