それでは

やっと会えた。
「ハルヒ……」
ハルヒに一歩近づく俺。
「いや……」
一歩下がるハルヒ。
やれやれ。会えたと思ったら逃げられるのか?勘弁してくれ。
「ハルヒ。少し話を聞いてくれないか」
「いやよ。あたしはもう傷つきたくないの。だから、あんたの話だって聞かない」
なあ、俺の話を聞きたくないなら、なんでここに出て来たんだ?
「大事な話なんだ。俺にとっても、お前にとっても」
「いや、絶対に嫌。聞かない。期待して、裏切られるのは、もう嫌なの!」

俺はハルヒの『表』の言葉を無視して話し始める。
本当にいやなら、お前はとっくにここから消えてるだろうからな。
「なあ、こんなとこに引っ込んで、楽しいか?楽しくないよな。
お前は常に前だけ見て全力疾走してるやつだったもんな。
だからさ、俺は思うんだけど、お前にはもっと広い世界が似合ってるぞ。
明日は何が起こるか分からない、不確定要素だらけの世界のほうが」
一息つく俺。

「何よ、勝手なこと言って!そうよ!楽しくないわよ、全然!
でも、元の世界よりは何倍もましなの!
だって……、だって、ここなら、あんたとの楽しかった思い出を見続けられるのよ!ずっと!
でも、あんたはあたしが嫌いなんでしょう?他の子と隠れて付き合っていたのは、
そう言うことでしょう?
それでも、あたしに、SOS団に付き合ってたのは有希や、みくるちゃん目当てだったんでしょう?」
酷い解釈だ。
「それは違うぞ。ハルヒ」
俺はあの日の出来事を最初からちゃんと説明した。
「さらに言えば、俺がSOS団にいたのは、なんだかんだで楽しかったからだぞ。
ハルヒと過ごす学校生活が楽しかったからだ」
「……その話をどうやって信じろって言うのよ?」
まあ、当然の反応だよな。言葉で伝わらない物もある。伝えきれない物もある。
そんな時どうするかって言うと、
俺はもっと原始的なコミュニケーションを選択する。
俺はハルヒに近づいて、抱きしめた。

「な!」
しばらく抱きしめた後、俺は言った。
「ハルヒ、もう絶対俺はお前を放さないよ。
たとえ全世界の人間がお前を嫌っても、ずっと俺はお前のそばにいるよ」
恥ずかしいセリフだが、しょうがない。本心だから。
「キョン……。あたしのために我慢してくれなくてもいいのよ?
何となく分かってたの。SOS団のみんなが義務みたいな物であたしのそばに来たことは。
きっとあたしには何かあるのよね?だから、みんな付き合ってくれたんでしょう?」
そう、最初のうちはそうだった。けどな
「俺がお前のそばにいるって決めたのはお前だけのためじゃない。
俺自身のためでもあるんだ」
さあ、覚悟を決めろ、俺!
「俺は、ハルヒが好きだから」

どのくらい経っただろう。主観的には何時間もたった気がする。
耳が痛くなりそうな重い静けさ。
今なら本当に分かるような気がする。
ハルヒの悲しみが。恐怖が。
返事が分かってると思ってる俺でさえもこんなに怖いんだ。
ましてや、全く分からないときは、どんなに怖いだろう?

ハルヒが何かを言おうとしている気配がある。
「本当に?」

大丈夫。
その質問には確信を持って答えよう
「本当だ」
と。

「嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
そんな稚拙な『確認』。稚拙でも大事なこと。

ふとハルヒの顔が見たくなった。
さっきからずっと抱きしめ続けてたからな、俺からはどんな顔してるか見えない。

ハルヒから体を放すと、ハルヒは言った。
「絶対に放さないっていたのに……」
「しょうがないだろう。お前の顔が見えないんだから」
「見なくていいわよ!きっと、酷い顔、してるから……」
「そんなとこも全部ひっくるめてハルヒだろう?普段は見せないだけで」
そう言いながら俺が見たハルヒの顔は確かにすごかった。
涙――きっとうれし涙だろう――で顔が彩られていた。
「何よ、あんたそんな気障なやつだった?」
文字だけ見ればいつものハルヒの台詞ではあるが、いかんせん涙声で言われても迫力がない。
「今日だけだな」
「そう」
しばしの沈黙。
「――なあ、ハルヒ。こんな所からは出ないか」
さっきも言ったことを繰り返す。きっと、いや、必ず、さっき以上のことが伝わると信じて。
「たとえ全世界の人間がお前を嫌っても、ずっと俺はお前のそばにいるよ。だから――」
ハルヒが俺を遮って言う。
「ねえ、キョン?物事には順番って物があるのよ」
突然何を仰るハルヒさん?

「キョン。ありがとう。あたしもあんたが好きよ」

……そう言えばハルヒの返事を聞いてなかったな。
「だから、ずっと一緒にいてね?」
「ああ」
ハルヒが目を閉じる。
俺も目を閉じる。
それでも俺たちの距離が縮まっていくのが分かる。

――遠回りだったな。俺たち。
――そうね。でも、もう関係ないわ。あたしたちには先があるの。

そして、俺たちの間には何もなくなった。

鈍い衝撃が体に走る。
俺は床に転がっていた。

やれやれ。また今までの出来事は夢のなかってことになってるのか?
それでも俺は、去年のように『夢』で終わらせるつもりはない。
ハルヒに会って、もう一回「好きだ」と、「ずっとそばにいる」と、伝える。
それがこの新しい世界で俺がやるべき最初のことだ。
そのためにはまず、そうだな。
俺たちになじみ深いここ、SOS団部室で俺の上に幸せそうに転がっているハルヒを起こさないとな。
でも、その幸せそうな寝顔を見ると起こすのがためらわれるな。
だから、少し待っててやろうか。

――なあ、ハルヒ。……大好きだぞ。



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