皆さんは自分の初恋の記憶を今でも持っているだろうか?

そしてそれが悲しい失恋に終わった人や見事に成就した人、様々ではあろうが
誰もが淡い「思い出」として、それなりに美化された人生の1ページとして刻まれているに違いなかろう。

さて、今回はそんな「初恋」にまつわるお話・・・。

短い春休みも終わり4月、俺も無事2年生に進級し、初々しい新入生を横目に見つめながら、
相変わらずの長くてキツイ坂を上り、学校へと重い足を運ぶ日が始まっていた。
進級してクラス替えが行われたにもかかわらず、俺のクラスのメンツは1年生の時と殆ど変わらなかった。
中学からの親友国木田に、アホの谷口も一緒のクラス。
そして俺の所属する謎の組織、SOS団の神聖にして不可侵な団長、涼宮ハルヒもまた、
1年生時と変わらず俺の席の後ろに、あたかも不動明王か金剛力士像のように陣取っているのである。
そんな新学年としての新鮮な気持ちを少しも味わえないような、代わり映えの無い学校生活であった。

話は変わって、とある昼休み。俺はいつものように国木田と谷口とともに机を囲み、昼食を摂っていた。
ハルヒは例のごとく学食だ。チャイムが鳴るや否や飛び出していってしまった。

男3人での昼食。そこ、寂しい学校生活だなんて言うなよ。
それは、ふと谷口が俺達に振った話題から始まった。

「お前ら自分の初恋の相手って覚えてたりしてるか?」
何の脈絡も無くいきなり変なことを言い出す谷口。しかしコイツは色恋沙汰しか話題が無いのだろうか。
相変わらず頭の中がピンク色の閉鎖空間を形成しているだけのことはあるな。
しかし、なぜいきなりまた初恋?

「いやな、昨日街で偶然俺の初恋の娘に会っちまったんだよな。あれは小学校2年の時・・・」
「ふーん、それでどうしたの?」
長くなりそうだった谷口の回想をぶった切って質問を投げかける国木田。グッドジョブだ。

「小学校卒業以来会ってなかったんだけど、かなり可愛くなってたよ・・・。
 でもな・・・その娘、男と歩いてたんだよ・・・。相手は悔しいが随分背も高くてイケメンだった・・・」
それはそれはご愁傷様だな。しかし10年近くも前のことだろ?今更どうという話でもないんじゃないか?
「甘い!甘すぎるぜキョン!初恋の相手ってのはな、記憶の中でどこまでも美化されるもんなんだよ!
 何年経ったってそんな簡単に忘れられるようなもんじゃねえよ!
昔の歌にもあるだろ?『甘い夢だから胸を離れない~♪』ってな」
力説する谷口。どうでもいいが食いカスをこっちに飛ばすなよな。
「まあ谷口の言うことにも一理あるよね。ショックだったのはわかるよ。
 初恋っていうのはそう簡単に忘れられないよね」
珍しく谷口の意見に同意する国木田。
「とにかく、お前らの初恋ってどんなだったんだか教えろよ。
 やっぱりダチ同士、傷は舐め合わないとな!」
お前と舐めあうような傷なぞ、身体中どこを探しても持ち合わせちゃいない。
そんな個人的な事情で変なこと聞くなよな。

「んで俺の初恋の話だがな――」
何だかんだで結局回想を始めてしまった谷口。正直、あまりにも長い話なのでここでは割愛させていただく。
要約すると・・・まあフラれたってことらしい。
告白の時ぐらいチャックは閉めようぜ・・・谷口よ・・・。

「僕は小学3年の頃だったな――」
本当に珍しいこともあるもんだ。この手の話題に国木田が饒舌になっている。
「相手はどちらかというとクラスでも目立たなくて静かで、いつも本を読んでる娘だったな。
 休み時間もいつも独りで本を読んでて、何か寂しそうだなって思ってさ。
 そんな所に惹かれたのかな――」
本好きの静かな娘ねえ・・俺は国木田の話を聞いて、ふと長門の姿を思い出していた。
「結局何か進展があるわけでもないまま別のクラスになっちゃってね。
 中学も別になってそれからしばらくは思い出すことも無かったけど、
 風の噂でその娘が引っ越したって話を聞いてね、中学2年の時だったかな。
 その時はやっぱり結構寂しかったなぁ」
中学の頃から付き合ってきた国木田であったが、そんな過去があったなんて俺は知らなかった。
人に歴史あり、だな。

「なるほどねえ。んでお前はどうなんだよ、キョン」
ニヤケ顔で俺に話題を振ってくる谷口。
「言いたかないね」
そんな素っ気無い俺の返事にご不満の谷口は
「そりゃねえぜキョン。俺も国木田も自分の傷をさらけ出したんだぞ?お前だけ逃げるなんてナシだろ」
と、ご立腹である。
「どうしても話さなきゃならんか?」
「そうだねぇ、僕もキョンの初恋の話聞きたいなあ」
国木田も興味津々と言った様子だ。

仕方ない・・・。一度しか話さんからな。耳をかっぽじってよく聞けよ。
それに大して面白い話でもないから過度な期待はするなよ?

結論から言うと俺の初恋の相手は・・・
従姉妹のねーちゃんだった。

「なんかありがちだな、オイ」
谷口よ、黙って聞け。
昔は夏休みや冬休みになると親戚の家に泊まりにいくことが多かった俺は、自然とそのねーちゃんと遊ぶ機会も多かった。
10歳近く年齢が離れていたものの、ねーちゃんは幼い俺の面倒をよく見てくれたものだった。
初めて会った時は俺もまだ5歳か6歳のガキンチョだった頃、俺の妹が生まれるか生まれないかぐらいの時だな。
向こうはもう中学生だったし、何と言うか本当にお姉ちゃんが出来たみたいな感じだったな。
公園まで遊びに連れてってくれたり、夏休みの宿題の自由研究を手伝ってくれたり、一緒に風呂に入ってくれたり・・・。
そんな経緯もあって、いつの間にかかねーちゃんを憧れの対象として見ていたのだ。
まあ、幼い子供によくありがちな、淡い憧れの気持ちだったんだがな。

「なるほどねぇ、それでその後おねーさんとはどうなったんだい?」
それを聞くか、国木田よ。
まあ、万が一にもどうにかなっちゃったりしたら従姉弟同士ということで、
世間体やら親類の目やらで色々タイヘンだったろうがな。
この話には一応オチがある。

そのねーちゃんは大学在学中にロクでもない男に引っかかってしまい、
卒業と同時に家族や親類の反対を押し切ってどこかへ駆け落ちしてしまったのだ。
その事実を知った時、既にそれなりの分別がつく年齢になっていた俺でも、
結構なショックだったことは今でも覚えているね。


「やっぱり初恋ってのは報われないものなのかねぇ~」
嘆く谷口。
「しかし谷口よ、そらあ俺だって当時はショックでそれなりにトラウマにもなったが、
 別に今まで引きずっているとか、そんなのはないぞ?
 それ以来ねーちゃんとは会っていないし、正直ねーちゃんがどんな男と、どこに駆け落ちしたとかも全く知らんしな」

「でもキョンはまだそのおねーさんの面影を引きずっているんじゃないかって思うよ」
いきなり何だ国木田よ。
「だってキョンって、知り合ってからもう5年になるけど、マトモに女の子とお付き合いしたことってないじゃない?
 中学時代に仲良かった子もいたけど、その子とは何でもないんでしょ?」
ああ、その話が出る度今まで幾度ともなく否定してきたしな。
「告白したこともないんでしょ?それはやっぱりそのおねーさんの面影を今でもどこか引きずっている所があって、
 だからこそ新たな恋ができないんだよ」
すると俺は5、6歳のガキの頃の気持ちを今でも引きずっているとでも?
「わからないけど・・・そのおねーさんへの気持ちはまだ少しでも残っているんじゃないのかな?」

国木田の力説に谷口も反応する。
「ナルホドな!だからキョンはいつまで経っても涼宮ともくっつかないんだな!」
何を言っているか谷口よ、俺はハルヒと接着する気など毛頭もないと何度も言っただろう。
「だって涼宮だけじゃなくてお前が所属している変な集団にはイイ女が一杯いるじゃねえか!
 学園のアイドル朝比奈さんにAマイナー長門有希、それに野球や映画の撮影の時にいたあの鶴屋さんとか
 キレイどころは揃ってるのにお前はちっとも手を出そうとしないじゃないか?
 てっきり俺はお前が不能かあのニヤニヤした古泉とかというヤツとでも出来てるウホな趣味の持ち主なのか
 とでも疑っちまったくらいだぜ」
お前は俺を何だと思っているんだ。特に古泉のような真性の変態と一緒にしてもらっては困るぞ。


「とにかく!アレだけの環境に恵まれているにも関らずオンナを作ろうとしないんだからな。
 国木田が言うこともあながち間違ってないんじゃないかってワケさ」
得意満面に語る谷口。
俺はその後昼休み一杯の時間を使って2人の誤解を解くための説得を試みたが、ついぞそれが実を結ぶことはなかった。

「初恋は宝だぜ?大事にしろよ、キョン」
カッコイイことを言ってるものの全く絵にならない谷口。チャック開いてるしな。
「まあ、自分の気持ちだしね。僕の言うことが当たってるかどうかはキョンにしかわからないよ」
と言う国木田。

こんな変な会話をしてしまったせいで午後の授業は全く集中できなくなってしまった。どうしてくれる。
まあ、それ自体はいつもとあまり変わらないことではあるんだが。
それでもいつもは気になって仕方ない背後からのハルヒの無言のプレッシャーにも全く気がつかないほど、
俺はボーっとしたまま、午後の授業を過ごしたのであった。
そして思い出すのは、過去の淡い思い出。
そしてそんな思い出の中で美化された従姉妹のねーちゃんの姿だった。

放課後、掃除当番を任されていた俺はボーっとしたまま教室の掃除をこなし、
夢遊病患者のような足取りでいつものSOS団の部室に足を運んでいた。
この時間なら俺以外のメンバーは既に全員集合しているだろう。
それでも一応俺はドアを丁寧にノックする。
朝比奈さんがお着替え中もしくはハルヒに脱がされている、なんていう素敵イベントに遭遇してしまうかもしれないからな。
そんなイベントなら是非何回でもお目にかかりたいところだが紳士な俺はこうした気遣いを常に忘れないのである。
まあ、正直、見たいんだがな・・・。

やはり部室には既に俺以外のメンツが揃っていた。
俺を見るなりムッとした顔を見せたハルヒ。
「ちょっとキョン!遅いじゃないのよ!」
と開口一番にのたまう。
「仕方ないだろ。掃除当番だったんだ。ていうかそれはお前も知っているだろう?」
「ふん!そんなものこの神聖なSOS団の活動に比べれば、ノミの毛程の価値も持たないわ!」
部室にただ何をするでもなく溜まってるだけの活動が神聖なのか?だとしたら神も堕ちたもんだな。

ハルヒの口撃をさらりと交わし、俺はいつもの席についた。
「掃除当番ご苦労様です。もしよかったら一杯いかがですか?」
とお茶を勧めてくれるメイド朝比奈さん。
是非頂きますとも。アナタの入れる天上の甘露とでも形容すべきお茶を飲めるならば毎日掃除当番でも構わないくらいです。
丁寧な仕草で俺の目の前にお茶の入った湯飲みを置く朝比奈さん。
相変わらず本の虫になっている長門。ニヤニヤして佇んでいる古泉。ネットサーフィンに勤しむハルヒ。
何の代わり映えもない日常の風景だ。
そんな日常の中で、俺は先の昼休みの話題について延々と考えを巡らしていた。
初恋ねぇ・・・。

ふと俺はその話題について、誰かの意見を仰ぎたい気持ちになっていた。
自分でも何でそんな気持ちになったのかはわからん。衝動とは怖いものである。
俺はぐるりと部室を見渡す。
朝比奈さん・・・にこういう話題を振るのは気恥ずかしいな。
それにいつもみたいに「禁則事項です(はぁと)」って返されるのがオチだろ。
長門は・・・そもそも初恋なんて概念がなさそうだ。宇宙人だしな・・・。
ハルヒは・・・論外だ。
そうするとまあコイツしかいないわけだ。まあ同じ男だし、一番こういう話題も振りやすいしな。

「なあ古泉よ、お前自分の初恋って覚えているか?」
いつになっても弱いままのボードゲームの解説書に目を落としていた古泉は、俺の質問が自分に向けられたものと気付くと
「これは驚いた」とでもいうように大げさに両手を上げる首をすくめるジェスチャーをした。

「あなたがそのような話題を出すなんて・・・一体どんな心境の変化ですか?」
「別に何も。ただ昼休みに谷口とかとそんな話をしてたからな。何となく、だ」
いつの間にやら給仕、読書、ネットサーフィンとそれぞれ別のことに勤しんでいたはずの女性陣の視線が俺と古泉に一気に集まっている。
「何となくでも無意識でも、あなたからそんな色恋の話題が出るなんて珍しいことですよ」
ニヤニヤと俺の心中を探ろうとして来る古泉。
「五月蝿い、とにかく覚えているのかないのか、どっちなんだよ」

「そうですね、その問に答えるならばイエスです。覚えてますよ。かなり昔の話ですがね」
意外にあっさり答える古泉。もっともったいぶられると思ったんだがな。
「そうか。相手とかは?」
「普通に同年代の女性ですよ。まあ僕と学校は違ったんですかね・・・」
さらに詳しく聞きだそうとしていた俺に古泉は更に話を続ける。

「まあ当時は僕も未熟でして・・・人生の楽しみ方を『半分』しか知らなかったわけですよ。
 それから『もう半分』の楽しみ方に開眼いたしまして・・・
 そっちの初恋の話ならば詳細まで語ることが出来ますよ?」
「五月蝿い変態。お前なんかに聞いた俺が馬鹿だったな」

変態には付き合ってられん。俺はそれ以上質問するのを止めた。
古泉は残念そうにしてやがる。「・・・マッガーレ・・・」とか呟いてるが気にしない、気にしない。


さて、これで聞く人間もいなくなったな、なんて思っていた俺であったが・・・
正直認識が甘かった。

「古泉君の言うとおりね!アンタから恋の話なんて一体どういう風の吹き回し?」
我等が神聖なる団長様が見事に食いついてきてしまったのだ。
そもそもコイツがいる部室の中で話題に出した時点で自分から13階段に登って首に縄をくくりつけるかのような自殺行為、
取り返しのつかない俺のミスであったのだ。
「だから昼休みに谷口や国木田とそんな話をしてたからってたけで、何となくだ」
必死に弁解する俺だが、そんなことでハルヒは収まらない。
「そんな言い訳が通用すると思って?ふふん、今日は何もすることがなくて暇だったし、
 折角だからキョンの初恋についてでも語ってもらいましょうか?
 ほら、本当は自分の初恋について話したかったんでしょ?」

最も俺が恐れていた展開になってしまった・・・。
「私も興味あります~」と目を輝かせる朝比奈さん。
本のページをめくる手を止め、じっと俺を凝視している長門。
既に傍観者モードの古泉。
そして、「さあさあ早く吐いちゃいなさい!」と俺ににじり寄るハルヒ。
ヤバイ・・・逃げられん・・・。

「は、話せるかっ!それに大した話じゃない!聞く価値もないぞっ!」
「そんな聞く価値があるかないかなんてあたしが決めることでしょ!」
譲らないハルヒ。
結局その日はハルヒはじめ、団員達に質問攻めにあうという最悪の展開になってしまった。
ただ、なんとか口を割らずに解放されたのは幸運と言うほかあるまい。

「明日こそ詳しく話してもらうわよっ!」
そう言い捨て、部室を出て行くハルヒ。何とか助かった・・・。


帰り道。俺は昼休み、そして部室での話題を未だ引きずっていた。
ねーちゃん今頃どうしてるんだろうな・・・。
最後に会ったのは俺が小学6年の時だったっけ。向こうは20歳ぐらいだった。
アレぐらいのガキの頃は20歳の女性だなんてどうしようもなくオトナのように思えるもんだ。
まあガキの淡い恋心なんてそんなもんだよな・・・。

まとまらない考えに囚われながら、俺は夕焼けの市街地をトボトボと歩く。
別に未練とかそんなもんは・・・無いはずなんだけどな。
それでもねーちゃんが家族の反対を押し切って男と駆け落ちしたって話を聞いた時は、
胸にポッカリ大きな穴が開いたかのような喪失感を子供ながらに味わったっけな・・・。
珍しく感傷的になっている俺。これもあのアホ谷口が変な話題を振るからいけないんだ。
ああ、忌々しい。忌々しいったら忌々しい。――「キョン君?」
そんな忌々しい考えにすっかり気を取られていた俺だったから、――「キョン君?」
自分が誰かに声をかけられているだなんてことに少しも気付かなかった。――「キョン君でしょ?」

振り向くとそこには、キレイな女性。
「やっぱりキョン君だ。よかった、別人だったらどうしようかと思ったよ。
 それにしてもキョン君大きくなったね~」

あの朝比奈さん(大)に勝るとも劣らない素晴らしいスタイル、整った顔立ち、
そして何よりも控えめながらも満面に咲き誇る向日葵のようなその笑顔――
俺がその笑顔を忘れるはずがない。

「久しぶりね、キョン君。5年振りかな?」
あの従姉妹のねーちゃん。
俺の初恋の相手が目の前にはいた。

「どうしたの?キョン君?もしかして私のこと覚えてない?」
腰を屈め、俺の表情を覗くねーちゃん。
忘れるわけないです。ただ余りの驚きに思考回路がフリーズしてるだけです・・・。

「ね、ねーちゃん?」
思わずガキの頃と同じ呼び方で呼んでしまった。
俄かには信じられないが目の前にいる女性は紛れもなくあの初恋の人である。
俺の記憶では20歳の姿で止まっていたねーちゃん。
あの時も大人びて見えたが、それから5年近くの月日がたった今では更に大人びた色気を纏っている。

「あ、覚えててくれたんだ♪エライ、エライ」
ねーちゃんは嬉しそうに微笑むと急に俺の腕に抱きついてきた。
ああ、思い出した。ねーちゃんは昔からこういう人だった。
やけに開けっ広げな性格で、男女関係なくやたらスキンシップを迫ってくる。
幼年期の俺が何度そんなねーちゃんの行動にヤキモキしたことか・・・。
ああ、何か柔かいものが腕に当たってる・・・。この状況はマズイ・・・。俺の理性が・・・。
「それにしてもキョン君、背伸びたよね~。昔は私の肩にも届かないくらいだったのに・・・。
 そのおかげで最初はホントに誰かわからなかったんだから」
柔かい感触とともに俺の腕に抱きついたたまま、上目遣いで俺を見つめるねーちゃん。
正直その上目遣いも反則ですから・・・致死量超えてますって・・・。

「でも顔見たら一発でわかったよ!キョン君の顔カワイイからね、そこだけは昔から変わってないし」
俺の顔は今茹でダコのように赤く上気していることだろう。
思考回路も追いついてない・・・。冷却装置が欲しいぐらいだ。


「い、一体どうしたんですか?ねーちゃんは確か・・・」
何とか言葉を搾り出した俺だったが「確か駆け落ちしたはずじゃ?」というその一言だけはなぜか発するのがためらわれた。

「まあ、色々あってね、最近この街に越してきたんだ!
 ホラ、私あんな形で家を出たからさ・・・実家には帰りにくくって」
「エヘッ♪」とウィンクをしながら舌を出すねーちゃん。
しかしやっぱりその辺の事情は語りにくいのか、言葉を濁している。

「だからしばらくこの街にいることになったの。今コッチで新しい仕事も探してるわ」
前の仕事を辞めるほどの何かがあったってことだろうか・・・。
そんな思案顔の俺を尻目にねーちゃんは明るさを崩さず言葉を続ける。
「そっかそっか!この街はキョン君達が住んでるところだったからね!
 私すっかり忘れてたよ」
そんな少し抜けているところもねーちゃんの元来の性格だ。

そしてその日、偶然の再会を果たした俺とねーちゃんはそのまま帰り道を共にした。
その間、「おじさんとおばさんは元気?」とか「妹ちゃん元気?」とかの俺の家族の近況や
高校生活の話など、俺がねーちゃんに一方的に質問攻めにあった。 
そして俺は結局最後までねーちゃんが何故この街に来ているのか、その事情を問いただすことは出来なかった。


「じゃあ私のマンションはこっちだから」
どうやらそんなこんなしているうちに別れる時が来たようだ――と
「私この街のことよくわからないし、今度キョン君に案内してもらおうかな~」
そんなことを言いながらねーちゃんは紙切れを俺に手渡した。手帳か何かの切れ端みたいだ。
「それ、私のケータイ番号とアドレス!今度メールするね!だからキョン君のケータイのも教えて」
「え、ちょ・・・」
俺が何かを言う暇もなく、俺は携帯番号とアドレスを聞きだされた。
そしてねーちゃんは手を振りながら去っていってしまった。

家に帰ってきて部屋で一息つく俺。正直今でも考えがまとまらない。
あのねーちゃんが・・・まさかまた会えるなんて・・・。
正直どこの馬の骨とも知れない男と駆け落ちしたなんて事実を知って以来、
もう二度と会えることもないだろう、と思っていたんだが・・・。
思案に耽る俺を現実に引き戻したのは、携帯のコール音だった。
俺はおもむろに携帯を開く。
どうやらメールみたいだ。


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06/0×/×× 18:37
送信者:ねーちゃん
sub:今日は本当に驚いたね~(^^)

今日は本当に驚いたよ!まさか5年振りにキョン君に会えるなんてね~。
さっきも言ったけど、今度是非私に街を案内して欲しいな~。
開いてる日があったら教えてね?
それじゃあまたねっ!
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驚いた。「また今度」なんて言ってたねーちゃんだったが、
まさかこんなに早くメールをくれるなんて・・・。

俺は考えても仕方ないと、とりあえず風呂に入ることにした。
湯船の中で温まったアタマで今日の出来事を思い返す。
昼休みに出た初恋の話題・・・。その矢先に初恋の人と5年振りの再開、か・・・。
ドラマだって映画だってこんな出来すぎた流れはねーだろ、とも思ったさ。

それでも今日のあのねーちゃんの笑顔・・・。昔とちっとも変わってなかったな。
その笑顔を思い出すだけで、出来すぎた展開だろうが何だろうがそんなことは知ったこっちゃない。
そう思えるくらいに胸がときめく。
我ながら言っていてキモイ台詞ではあるが、それすらも気にならないくらいに俺の気持ちはかき乱されていた。



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