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孤島でトンチキな推理劇を演じることになったSOS団夏期合宿から帰ってきてしばらく立ってからのこと。
無意欲にダラダラと過ごしているうちに七月はあっさり終了しちまちまい、気が付けば我が家の定例行事である「田舎もうで」の季節となっていた。
俺は妹を伴って田舎へ赴き、お盆を挟んで二週間ばかりの避暑地暮らしとしゃれ込むのだ。

高校生にもなってなにが悲しくて子供相手に田舎で過ごさねばならんのだとか、そんな谷口みたいな事を考えたことはない。
むしろ俺の来訪を待ち望んでいるイトコやハトコらと遊ぶことは嫌いではなかったし、妹としてはそいつらと田舎で一緒に遊ぶことが夏の一大イベントなので、保護者がわりに俺がついて行くのは至極当然の事だと思っていた。

それにもう一つ。声を大にして言っておきたいのだが、もしも家で暇そうにいるとなるとたちまち極悪非道なあの女の呼び出しを受ける事確実なので、田舎でしばらく過ごす事は避難場所として最も最適なわけである。行きたくない理由などあろうはずがない。

しかしまあ念のため、休みといえども毎回予告もなく急遽行われる団活を、無断欠勤しただのなんだのと言われたくないので、あらかじめハルヒには2週間ほど田舎に行ってくるとだけ電話で伝えておいた。
それを聞いたハルヒは

「あっそう、ゆっくりしてきたら。しっかりとご先祖供養してくるのよ。日頃の罰当たり行為をどうぞお許し下さいませってね」

としれっと言い放った。
罰当たり行為はどっちがやっているんだ?俺はご先祖様の顔に泥を塗るような真似はしたことがないはずがない。
と、いろいろ文句を言いたいところであったが、ハルヒの反応は意外にあっさりしすぎていて逆に拍子抜けしてしまいこれ以上ツッコミをいれずに電話は終了した。

これで心おきなく高校に入ってからの四ヶ月間をきれいさっぱり全て忘れて遊びまくるぞとバカンスの神様に誓いながら、俺と妹は電車とバスを乗り継いで田舎に到着し、そして宣言通りに妹やイトコやハトコを引き連れて川や海や山や草原で誰かにザマミロと言わんばかりに散々遊び倒してやったのだ。

遊び倒してやったのだが――
10日ほどすぎたお盆の頃には俺はすっかり遊び疲れ、お子様達に振り回されるのにも少々飽きがきてきていた。そんなある日の昼下のひとときのことであった。


「ねぇキョンくん。今日は川に泳ぎに行かないの?」

昼までに墓参りを済ませ昼ご飯の冷や麦を食べ終わった後、別室の端のほうで寝転がる俺に、水着に浮輪を着用した妹がイトコハトコを引き連れて問い掛けてきた。
田舎の魅力の一つにきれいな水の流れるプールに無料で泳ぎ放題というのかあるのだが、ほぼ毎日通っていると流石に飽きてくる。それに今は何となく泳ぎたい気分ではない。

「悪りぃ。今日はパス」

そう短く答えるとイトコハトコ巻き込んでブーイングの大合唱がはじまった。

ここでも俺の拒否権はここでもないのか?まったく。
無視して寝転がったままの俺にあの手この手で動かそうとする、お子様達のやり取りを見かねたのか、

「毎日あなた達の面倒みてて疲れもでるわよ。キョン君はゆっくり休んでて。今日は私が子供たちを川に連れて行くから」

と叔母さんが申し出て来た。
しかし、この家でお世話になっている叔母さんに迷惑かけられない。

「いえ、やっぱり俺が連れて行きます」

「遠慮しなくていいから。それにキョン君ちょと様子が変よ。何か考え込むことが多いみたいだし、気分転換に午後から一人でゆっくりしたら」
と叔母さんは言う。

俺の様子が変?
遊び疲れで少々テンションが下がっているが通常通りの俺だしそんなに考え込んでいたりしたはずはない。全く自覚は全くないのだが。
しかしまあ、たまには一人になるのもいいんじゃないかと思い立ち、叔母さんのせっかくの申し入れを有り難くうけると食後の散歩と洒落込むことにした。


田園が連なるあぜ道をぶらぶらと歩きながら農作業をしている近所の人達に会釈をしたり二、三会話したりしてあてもなく歩いてみる。日差しが強いが風が心地いい。
その風を縫うように目が赤くないアキアカネが数え切れないほど飛び交っていた。

アキアカネ、いわゆる赤とんぼは、秋に飛ぶものというイメージがあるだろうが、梅雨頃に平野部で生まれている。その後山を目指して飛び夏の間は山間部を飛び交う。
涼しくなる頃に目が赤くなりまた平野部へと戻っていくのだ。

纏わり付くように飛ぶ赤とんぼを適当にあしらいつつしばらく歩いていたが、やはり田舎といえども真夏の日差しは暑い。次第に汗が噴き出てくる。
やはり叔母さんの家帰ろうかと考えはじめた頃、ふと思いつき踵をかえして反対方向へ歩き出した。あそこなら絶対に涼しいはずだ。

俺はいつもの通学路を登るように小高い丘の上にある古びた神社の境内を目指した。

神社の境内は木々が生い茂り、照りつける真夏の太陽光線は、この別世界のような静寂な世界に届こうとはせず、風はあまり無いが境内中ひんやりとした空気が覆っている。
正月や祭りとなればここも賑わうのだろうが今は人影もなくひっそりとした静けさに満ちあふれていた。

そういや、イトコの姉ちゃんや、近所の子供達とよくここで遊んだな。
隠れんぼや缶蹴り縄跳びゴム跳びだるまさんが転んだなんか日が暮れるまでやったっけか。

柄にもなく懐かしんで目を閉じるとふと昔のビジョンが思い浮かぶ。

小さい俺は境内の一番大きな木に頭をくっつけて大きな声で

「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」

と数え唐突に振り返る。同時に固まる従兄弟の姉ちゃんたち。
俺は姉ちゃんにだけ勝てる必勝法を知っていた。振り返りじっとしたまま俺は動かない。
10秒、20秒……30秒……

「もう!さっさと数えなさいよキョン!!」

ほら動いたぜハルヒ!お前はこらえ性がなさすぎだ。俺は思わずおかしくて吹きだした。

「ちょっと!今のは卑怯よ!私は認めないんだからね!」

ハルヒは頬を膨らませて例のアヒル口で文句を言う。
文句を言っても、動いた方が負けだ。往生際が悪いぜ。
ハルヒはプンスカ怒りながらも俺の右手をつかむと――


っておい!なんで俺の回想にハルヒが出てくるんだ?
俺はここでハルヒと遊んだ記憶など全くないはずだ。

こんな遠く離れた場所に来て一番思い出したくもないハルヒの事を考えてしまうなんざ脳の思考回路の一つか二つぐらい焼き切れてメイン集積回路がこの暑さでオーバーヒートしているのかもしれない。今すぐ脳外科の診断が必要だな、やれやれまったく。

俺はいつものようにかぶりを振って、そのまま木のそばにゴロンと寝転がった。

見上げると木漏れ日がキラキラと光っている。

そういえば10日間、あいつから電話はかかって来なかった。
なんだかんだと言いながら俺に電話をかけて来て『今すぐ帰ってきなさい!来ないと死刑よ!』と無茶な事をいうんじゃないかと思っていたのだが、ここまで何もないと逆に気になってくる。

夏風邪を引いて寝込んでいるとかそんな事はないよな?エボラウイルスに感染しても自ら抗体を作り出してしまうような女だ。
風邪ごときで寝込んでいるなんて事はおそらくあり得ない。きっと夏風邪菌の方から避けて通ってくれるだろう。

俺は携帯を眺めながら、大の字になったままゆっくりと目を閉じた。
そよそよとそよぐ風が心地いい。
ハルヒは今頃いったい何をしているんだろうか……

………
……



ふと、右手に違和感を感じ俺は目を覚ました。
涼しい風の心地よさに、つい寝てしまったようだ。

柔らかい柑橘系の香りが俺の鼻をくずぐる。これはあいつのにおいだな。
いよいよもって俺は重傷のようで今すぐ脳外科に行って手術をした方が良さそうだ。
しかしなんなんだこの右手の痺れたような手先が冷たくなった感覚は?
右手の方に頭だけを向けて見る。

―――――――!

俺は声もなく固まった。
何故お前がここにいる!何故お前がここで俺の右腕を腕枕にして寝ているんだ?!

あわてて手を引き抜き俺は起きあがる。それと同時にゴンと鈍い音を立ててあいつの頭が地面に落ちた。

「いった――い!な、何すんのよバカキョン!」

そいつは後頭部を押さえて起きあがる。

「……………」
固まるあいつ。

「……………」
固まったままの俺。

「え――――――――――!なんで、あんたがここにいるのよ!」

それは俺のセリフだ!何でお前がここにいるハルヒ!!!

「ここはあたしの部屋……じゃないわね……ここはどこ?神社の境内みたいだけど?」

「ここは俺の田舎の近所の神社の境内だ。だから何でお前がここにいる?」

「あたしは、自分の部屋で宿題をしてて、ちょっと疲れたから少しだけ昼寝をしようかなと思って寝転がったら……あっ!」

ハルヒは唐突に大きな声を上げ、一人相づちを打った。

「わかったわ!これはまた夢ね。でも何であたしの夢にあんたがいるのよ」

おいおいハルヒ、100歩譲ってこれが夢だとしよう。
俺がお前の夢の中に出てきたとしてもそれはお前の責任だ。
しかしもし仮にこれが俺の夢だとしてだな、お前がここにいる事はそれは俺の責任だ。
俺が望んだからここにいる。お前が望んだから俺がお前の夢にいる。

自分でも何を言っているのかよくわからんが何が言いたいかというとこれは疑いもなく夢だと言うことだ。うむ。夢だこれは夢だ絶対そうだ。

「はあ?なに言ってんのかサッパリわかんないけど、あたしが望んだからあんたが夢の中に現れたって言うわけ?バカじゃないの?」

ああ、古泉なら絶対そういうぜ。
同時にこれが俺の夢だとしたら俺が望んだからハルヒがここに現れたとフロイト先生ならそう診断するだろうな。絶対に認めたくはないが。

「でも、それにしてもリアルな夢よね。前の学校ので巨人が出てきた夢の時もそうだった。さっきは痛みとかもあったし、前の時は唇の――って、そうだわ!」

ハルヒはそういうと俺の胸ぐらをつかんで俺をにらみつける。

「夢の中のキョンに言う事があったのよ!あのときはよくも無理矢理あたしの唇を奪ってくれたわね!夢の事だから本物のキョンに文句を言うわけにもいかなかったけど、ここであったが百年目!さあ夢の中のキョン!覚悟しなさい!あんたには、あのときの責任をとってもらうわ!」

いや、まてこれは夢だろ?夢の中の責任の所在など知ったこっちゃない。

だが、俺はそういいながらも次第に混乱していた。
これは本当に俺の夢なのか?ハルヒが胸元をつかんで締め付けるこの感覚がリアルすぎる。
いつぞやの閉鎖空間と同じ状況ではないのか?この際古泉でもいい、今すぐ出てきてこの状況を解説してくれ。

「うるさい。夢の中のキョンだとしてもあんたはキョンのはしくれなんだからぐだぐだ言わない。男らしく責任を取りなさい!」

ハルヒはそういうと胸ぐらをつかんだ手を離し、左手を腰に当て右手をビシッと俺に指をさしいたずらっ子がするような笑みを浮かべる。
激しくいやな予感がする。妙な事は言い出さないでくれ。

「責任をとって罰ゲームよ。あたしに向かって『大好き』って百回言いなさい!」

俺は三たび固まった。いまなんと言いやがりましたハルヒさん?

「だから、キスした責任をとって『大好き』100回の刑よ!」

「断る!」

「あんた夢の中でも強情なのね。あたしの夢の中なんだから『大好き』くらい言えないの?減るもんじゃないし」

「たとえ夢の中だろうがそれだけは御免被る。まあ夢の中だから正直に言ってやるが、俺はお前のことをどう思っているかといえば――」

「やっぱやめた。よく考えたら夢の中でキョンに言わせても全く意味はないわね。それよりもせっかくの夢の中なんだから有意義に活用しなきゃ」

とハルヒは言いながら立ち上がると服に付いた土埃をパンパンと払った。

夢の中でもハルヒのペースだ。夢の中まで何故お前に振り回されなければいけないのだ?
俺の夢の中なんだからもう少ししおらしく俺にデレデレくっついてくるとかだな……
いや、そんなハルヒは夢の中でも気持ち悪い。
想像するだけで夢に出てきそうだって、これは夢か。訳わからん。

「ねえキョン。この神社って誰も人がいないの?神主さんとか参拝の人とか」

ハルヒは俺の言う事を無視して、廻りを見渡すとそういった。

「ああ、田舎の神社ってのは神主が常時いる訳じゃない。
近所の神社の神主が神事の時にだけやってく、いわゆるパートタイム神主って感じだな。だから神主が居ないの参拝客も正月や祭りの時くらいしかあまり来ないのさ」

ふーんと、言いながらハルヒは境内をぶらぶらと歩き始めた。
俺も立ち上がるとハルヒのそばまで歩いていく。

「でも今はお盆でしょ?今晩あたり、村の盆踊りとかはないの?ニュースなんかで見たけど田舎の盆踊りって普通、村の神社の境内でやったりするんじゃなかったっけ?」

そういえばそうだな。昔はよく神社の境内で盆踊り大会が開かれていたもんだ。
でもいつの間にか建っていた田舎に似つかわしくない自治会館がの広場で行われるようになったみたいだな。

「神様も寂しいでしょうね。昔はにぎわっていたのに人が来ないなんて」

そうかもな。だが盆踊りの風習はあまり神社とは関係ない、どっちかというと仏教系のイベントだったはずだ。逆にうるさい風習が無くなってホッとしているかもしれないぜ。

俺がそういうとハルヒは突然俺の方を振り向いて真剣な顔をする。

「ねえあんたはどうなの?騒々しいSOS団から……あたしから離れてホッとした?」

「そりゃぁ……」

俺は答えに詰まってしまった。
たしかに、田舎に来て最初の頃は平穏な日常が戻ってきてホッとしていた。
でも今はどうだ?みんなに、ハルヒにあえなくて寂しくはなかったのか?

「って、夢の中のあんたに聞いても意味無いわね」

そういいながらハルヒは目を細めながら本殿の前に鎮座する狛犬をぽんぽんと軽く叩いた。

「それよりもいい事思いついちゃったわ!」

ハルヒはプレアデス星団を閉じこめた瞳を蓄え満面の笑みを浮かべて俺にそういった。
何を思いついたんだ?
毎回言っている気がするが、お前のいい事はほとんど全く俺に対してろくな事がない。

「これはあたしの夢の中よね」

ああ、これは俺の夢の中だ。

「じゃあさ、夢の中ならどんな事でも出来るわよね。たとえば……」

ハルヒがそういってまるで某魔法使いのように指をパチンと鳴らす。
すると、ボンと境内の真ん中何かが爆発したような音がして濛々と煙が噴き上がる。
なんだ、いったい何だ!何が起ころうとしている!

煙がはれるとそこには何かが現れた。
大きな和太鼓を頂上にいただき紅白幕に囲まれたその建造物は、どう見ても盆踊りの
やぐらにしか見えない。

「ま、まさか……」

「あとは……、そうだ!屋台もほしいわね!」

そうハルヒが言って、再びパチンと指を鳴らす。
たこ焼き屋や金魚すくいや、くじ引き屋やらアイスクリーム屋等々ありとあらゆる屋台が狭い境内に所狭しとひしめきあって現れる。

あっけにとられる俺。もはや言葉も出ない。
そうだ、これは夢なんだ。まかり間違っても現実ではない。
ハルヒの力が無尽蔵に発揮されていると言う事はあっていいはずがない。

「ふふん。どう?前の夢の時にね、飯を食うところがないと困るとかあんたが言ったときに、何とかなるような気がするってあたしが言ったよね。こういう事よ。あたしの夢の中ならどんなことも出来そうだって思ってたの。」

ハルヒはいたずらが成功した悪ガキのように得意そうにそう言った。
いやまて。お前は夢の中でなくても、こんな事くらい朝飯前なはずだ。
もしも万が一これが夢じゃないとしたら、物理法則とかそんなのがむちゃくちゃになる可能性があるとか言ってやがったな。古泉が……

「いっつあしょーたーいむっ!」

ハルヒがそう叫ぶと唐突に辺りが暗くなる。一体今度はなにをするつもりだ!

ドンドンドン! 
ドドンガドン!
どんどんどんがらがった!
どどんがどん!

突然響き出す太鼓の音。
それと同時に、櫓の廻りにつるされた提灯が一斉に点灯する。
提灯の明かりに照らし出された境内を見て俺はまたまた愕然とした。
いやホント、愕然とする以外に他になにが出来るのかってくらい愕然とした。

一言で言うなら百鬼夜行。
二言で言うならドキっ!異形だらけの盆踊り大会。

櫓の上には赤鬼と青鬼、緑鬼まで居てバチを両手に持ちドンガドンガと太鼓を叩く。
お囃子を歌うはSF世界から出てきたタコ型火星人。
廻りを踊るのは、時々フワフワと浮遊する長身痩躯でこけた頬にとがった顎を持つ五芒星の白手袋をした超能力者やら、踊っているというかどう見ても戦っているようにしか見えない光剣を持った男たちとか、赤青ツートンカラーにSと言う字が描かれた服を着た派手なマント男を筆頭にしたUSA製のヒーロー達など、とにかく映画や漫画やアニメから出てきたような連中達がひしめき合い踊り狂う。


屋台で焼きトウモロコシを売っている鼠男とか、射的屋をやっているサングラスを掛けた未来製らしきアンドロイドとか、金魚すくいの店番をしている人魚と半魚人とか。

ありとあらゆる場所で未来人宇宙人超能力者、妖怪に幽霊に異世界人などであふれていた。

「さあ、キョン!私たちも一緒に踊るわよ!」

ハルヒがそう言うと俺たちが煙に包まれる。
ハルヒはハイビスカスをあしらったような赤色の浴衣、俺は緑色に何かよくわからん模様が描いてある浴衣になっていた。

「ぷっ。あんた似合わないわねー。バカボンみたい」

ほっとけ。そう言うお前は……ま、そのなんだ……
ハルヒの髪型はいつぞやに見たポニーテールになっていやがるし。

「どう?似合ってるでしょ?」

馬子にも何たらとはいうが、そんな言葉で形容したくない俺がいた。
ハルヒはファッションショーのようにくるりと回わり、大輪のひまわりのような笑顔で笑う。ハルヒに対して決して思ってはいけないような感情が俺の脳内にノイズとなって生まれたような気がした。

「似合って無くもない」

「なによその言い方?前みたいに言ってよね。お願いキョン」

と、ハルヒがめずらしく乙女っぽく俺に懇願してくる。

「お願いキョン」だと?いつもと同じように「これは命令よ!」じゃないのか?
やっぱこれは夢だな。ハルヒがそんなことを言うはずがない。
夢の中なら、俺にだってなんだって出来るさ。同時に俺の中で何かが切れた音がした。

「あーもうやけだ!似合ってる。お前の浴衣姿は日本中の誰よりも似合ってるぜ!ハルヒ!」

俺はそう言うと、ハルヒの手をつかんで想像上の宇宙人やら未来人やら超能力者達が踊り狂う輪の中に入り込んだ。

以前ハルヒが言った。恋愛なんて言うのは精神病の一種だと。気の迷いでしかないと。

今ならわかる気がする。俺はホームシックから来る精神病にかかり、こうやって夢の中でハルヒに出会い魑魅魍魎や不可思議で怪奇な連中と手を取り合って踊っている。
俺の頭の中はどうなったんですかと脳外科精神科合わせて診断に言ったとしても満場一致で「慢性精神疾患」と太鼓判を押してくれるだろう。

そう認識していても、俺はハルヒと踊っているこの時間が楽しくて仕方がなかった。
ハルヒの笑顔はいつもの200%増しで輝いて見えたが、これはその精神疾患のせいだ。
心の底からそう思っては居ないはずだ。たぶん。

そんなことを思いながらも、散々踊り、もう腰が立たないぞと言うまで俺たちは踊ったのだった。


さんざん踊り疲れた後、本殿に上がる階段のところで俺たちは腰を下ろし、某南の島の王様っぽい超人が売っていたトロピカルジュースを飲んでいる。

「なあハルヒ。今度は花火が見てみたくはないか?いつもなら大反対だが今日の所は賛成してやる。だから大空にでっかいのを打ち上げてくれないか?」

俺がそう提案すると

「いいわね!魔法使いハルヒ様に任せなさい!」

ハルヒはそう言うと、大げさに両手を広げてなにやら呪文らしきモノを唱えた。
なんなんだその呪文は。

「雰囲気よ雰囲気。さー本日のメインイベント!ハルヒプレゼンツ大花火大会の開催よ!」

ハルヒがそう言い手を暗闇が覆う大空をなでるように振るうと境内の生い茂った木がまるで足が生えたようにざわざわと移動し俺たちの目の前の木々が全ていなくなった。

それと同時に、大空を埋め尽くす大輪の花々。赤や青、オレンジ色の色とりどりで様々な形の大きな花々が夜空いっぱいに開いては、儚く消えていく。

いつもなら俺の持つボキャブラリーの全てを駆使して形容するのだろうがそんな無駄なことはどうでもいい。ただ一言。「きれいだ」と思った。

実際のところ、その赤や青の光に照らされるハルヒの横顔しか俺は見ていないんだがな。

「なによ。あたしの顔になんかついてる?」

いやなんにも。
でもな、夢の中だがお前にはやっぱり礼を言わなければならないだろう。
こんなに楽しい夢を提供してくれているんだ。

「ありがとうな」

俺はそう一言だけ、呟いた。

「ばか。礼を言うのはあたしの方よ」

ほう、ハルヒが礼を言うなんてやっぱり夢なんだなこれは。

「夢だってなんだっていいじゃない。今はちょっとだけ素直になりたい気分なのよ」

ハルヒはそう言うと、俺にくっつくようにすり寄って座り直した。

「ありがとうキョン。あんたが居てくれて。好きだとかそんな恋愛感情を除いて、あたしはあんたには感謝しないといけないわね」

恋愛感情除いてとはどういう事かとつっこみたかったが俺は黙って聞いた。

「これだけはハッキリわかる。キョンが居なかったらあたしは中学生の頃と同じだっただろうなって。キョンが居たからSOS団を作ろうって思いついたし、SOS団が出来てからこっち、あたしが無茶を言ってもあんたは文句を言いながらでもあたしのわがままを聞いてくれる。キョンがあたしの前の席に居なければ、あたしがどうなっていたかなんて考えるだけでぞっとするわ」

「それなら俺もそうだ。たぶんお前に出会わなければおそらく平和な日々が暮らせたと思う。SOS団なんてとんちきな団体に所属することなく静かで平和な高校生ライフをそれなりに過ごせたかもな」

「なによ。じゃああんたはSOS団なんて無かった方がいいと思ってたわけ?」

「いいや。SOS団をお前が作ってくれたからこそ、俺は長門や朝比奈さんや、ついでに古泉にも出会えたんだろうからSOS団がなければよかったなんて考えたことはない。でも、もしSOS団がなかったとしてもこれだけは言える」

俺はこの夜空に浮かぶ花火が映るハルヒの瞳をしっかりと見つめ、

「恋愛感情抜きにして俺はハルヒに出会えてよかったと心からそう思う」

俺はハッキリとそう言った。
言ってから後悔した。
たとえ夢の中とはいえとてつもなく俺らしくない臭いセリフを吐いちまったもんだってな。

夜空の花火がよりいっそう大きくそして立て続けに花開いた。
花火師が間違えて全部の花火に火を付けてしまったんじゃないかってくらいに。
次々と連続で花火が上がる。

ハルヒは俺を見つめたまま驚いたように目を見開いたまま固まっていたが、俺から目を逸らすと小さく

「バカ」

と呟き俺に寄りかかってきた。
柑橘系のシャンプーのにおいが俺の鼻をくすぐる。
まいっか。
しばらく夢の中で現実世界では決してあり得ない状況を楽しむのも悪くはない。


どれくらいそのままの時間を過ごしていたんだろう。
夢の中の時間なんて当てにはならないんだろうが、とてつもなく長い時間、そしてほんのひとときとも思える時間を俺たちは共有した。

最後の一際大きい花火が夜空から消え去ったとき、ハルヒは唐突に立ち上がりこう言いはじめた。

「さあ、キョン。今からバツゲームよ!」

唐突になんなんだこの女は。ムードもへったくれもあったもんじゃない。
で、なんのバツゲームだ?

「最初に言ったでしょ。夢の中であたしの唇を奪ったバツゲームよ!」

てっきりもう忘れたかと思ってたぜ。何度も言うがあれは断る。

「じゃあバツゲームの変更よ。コーランだったかしら?目には目を歯には歯をっていうわよね」

元々の出展はハンムラビ法典だったはずだ。

「まあなんだっていいわ。あたしの唇を奪った罰として――」

ハルヒは立ち上がった俺に向かって指をさしてこういった。

「罰として、あんたの唇を奪ってやるわ!」

予想はしていたからな。あまり驚きはなかった。
夢の中のハルヒならそう言うだろうと俺も思っていた。

でもなハルヒ、おそらくそれは――

「そうね。たぶん夢から覚めちゃうかもね。でもいいのよ。夢の中にいつまでもいたって仕方がないでしょ。それにお祭りは実際にやっているときが一番楽しいの。あたしは終わってから、あのときは楽しかったなって思う時間が一番大嫌いなのよね。そんなことを思わないくらい目一杯楽しむ主義なのよ。だから余韻を楽しむなんて事はしたくはないの」

なるほど、ハルヒらしい考えだなそれは。

「それにこれは夢の中の出来事にしか過ぎないわ。あたしは、早く夢から覚めて現実世界の夏休みを楽しみたくなったのよ。だから、あんたも早く帰ってらっしゃい。そしたら残りの夏休みあたしもあんたも何一つ後悔しないくらいたっぷり楽しませてあげるんだからね!」

ああ、そいつは楽しみだ。8月が終わらないんじゃないかと思うくらい楽しませてくれよ。

俺がそう言い終わらないうちに、ハルヒは俺の胸ぐらをつかんで無理矢理って感じで俺の唇を奪っていきやがった。

唐突過ぎるぞハルヒ。俺はまだ言うことがあったのに……

俺は夢から覚める前にハルヒを強く抱きしめるしかできなかった。

………
……



目が覚めると、俺が最初に寝ころんだ境内の木の下だった。
手に持っていたはずの携帯が少し離れたところに転がっている。

太陽の位置はここからは見えないが、あたりの明るさから考えると、寝転がったときからあまり時間がたっていないように思えた。

やっぱり夢だったのか……。
夢で良かったような悪かったような。

ま、とにかく夢だと思っていた方が気分も楽だ。
どう考えても俺の夢の中の行動は有り得ないし、ハルヒ自身もどう考えても普通じゃなかった。

第一、夢の中にハルヒが出てきたと言うことだけで俺としては充分屈辱だ。
あんな唯我独尊女のことを俺が深層心理で考えていたと言うことでもあるのだからな。
ましてや、夢の中ででもいいからあいつに会いたいなんて考えていたとフロイト先生が診断を下したならば即刻この場で切腹し、この神社に巣くう自縛霊となったほうがましだ。

このことは忘れた方がいい。誰にも言わずすっぱりと忘れよう。

俺は立ち上がり、衣服にくっついた埃や枯れ葉などをパンパンとはたいて落とし、神社の境内をあとにしよう歩き出した。
不意に境内に風が吹き抜ける。

「だるまさんが転んだ!」

そんな声が響いた気がして、俺は咄嗟にふり返る。

あいつが見せた初めての笑顔。
そのときの笑顔のままのハルヒがそこに立っているような気がした。



――エピローグ――

お盆が終わり、家に帰った俺を待っていたのはハルヒからの電話であった。
その電話をきっかけに俺は延々と繰り返す8月を、夢の中のハルヒの宣言通りにたっぷりと楽しむことになるのだった。

俺の人生の中で、今までも、そしてこれからも、これ以上ない8月になったのは確かだ。
しかし、もう二度とあんな夏休みは御免被りたい。

そしてその、8月のループを脱げ出たのは最終日に宿題をみんなで片付けるという実に以外なことであったのだが、古泉曰く

「涼宮さんは文武とも優秀なかたです。それは幼い頃からそうだったでしょう。ですから彼女は、夏休みの宿題などが負担だとはまったく思わなかったのですよ。ましてや、友人とともに分担作業をするものでもなかったのです。涼宮さんはそんなことをするまでもなく、一人で簡単に片づけられる能力があるわけですから」

そんな解説を聞きながら、俺は窓際にパイプ椅子を引き寄せて文芸部の部室から校庭を見下ろしていた。

始業式の今日、特にすることもなく帰宅してもよかったんだろうが、なんとなく俺はここに来て、同じく登場した古泉とここでこうしている。
ハルヒと朝比奈さんは学食が閉まっているために校外へと駄菓子を買いに行ったところだ。
恐ろしく貴重なことに長門はいなかった。顔には表さなかったが、あいつもやっぱり疲れていたのかもしれない。

やはり夢の中であんな約束をするんじゃなかったなどと、文芸部室で古泉とポーカーをしながら俺はそう考えた。

「しかしながら、涼宮さんが本当はどう思っていたかなど僕にもわかりません。でも原因はあなたにあるとおもっていましたよ。ただ単に、あなたの家に行ってみたかっただけとか、そのへんではないでしょうか?」

そう言いながらいつものようにニヤニヤと俺を見て笑う。
いつもなら、癪に障るそのいやみたらしいスマイルも残念だが今の俺には通用しない。

何故ハルヒが8月を1万5千回以上も繰り返した理由を俺は本当は知っているからな。

だが、同時に俺の鈍感さを呪うべきなのかもしれない。
もっと早くから思い出しておけばよかったのだ。
あの夢の中のハルヒが最後に言った言葉を。

『残りの夏休み、あたしもあんたも何一つ後悔しないくらいたっぷり楽しませてあげるんだからね』

部室の外から、あいつのドカドカという足音が聞こえてくる。
どうやら団長様のご帰還のようだ。

今度、夢の中であいつにあったならなにを言おうかすでに考えている。

「お前のおかげで今年の夏休みは悔いなく楽しめた。ありがとうな」
ってな。
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