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『ハイアーザンザスノウ』

[第1章]

ハッキリ言おう。これは事件だ。
俺が今まで出会ったのは2回。正確な意味では2回じゃないんだが、
おそらくこの回数に間違いは無いだろう。
1回目は教室でクラスメートとして。
2回目は教室でクラスメートとして。
1回目の教室と2回目の教室の間には世界なんつー隔たりがあるわけで、この言い方は混乱しか呼ばないわけだが。
さもありなん、何せ今1番混乱してるのは俺だ。
世間的には外国に転校して、事実的には消滅したはずのお前。
ついでに言えばそのあと蘇って、蘇った事実ごと消えた。

そのついでに言うなら、その2回とも俺はコイツのナイフで死に掛かってるわけだ。

俺は黙して語らずの姿勢を貫く長門を横目に、というか盾にでもしそうな勢いで。
コタツをはさんで向かいに座った朝倉をにらんでいる。

ここまでのことをかいつまんで説明しよう。また話がさかのぼるのは面倒だろうからな。俺が。
教室に突然来訪した異邦人、朝倉涼子。
特に反応をしてくれない長門に不安を覚えつつも、見つかっちゃまずい。特にハルヒには絶対に見つかるわけにはいかないので、
場所を変えて、長門のマンションに行こうと提案した。
朝倉は何か言いたげな含みある微笑(あえて言うなら可愛げな微笑だった)を浮かべながら随い、
長門も反応も無いなりに、本を閉じて立ち上がったのでそのまま移動することになった。
ハッキリ言ってここにくるまでの大変だったことと言ったら、新撰組の襲撃を恐れる池田屋主人の気分だったさ。
とにかく俺と朝倉の間に長門がくるように、常に気を張りながら、
なおかつ特に何もできないなりに朝倉の一挙手一投足を監視しつつ、俺の精神と集中力が問題を投げ出す寸前に長門の部屋についたわけだ。
そして今の状況に至る。
3人でスイッチの入ってないコタツに入ってむっつりと(してるのは俺だけで、朝倉は微笑みを、長門はいつもの無表情をうかべている)にらみ合っている。

「・・・・で、結局お前はなんなんだ?」

「なんなんだ、は酷いんじゃないかなぁ。
確かに的確な表現と着眼点ではあるんだけどね」

なんなんだ以外に聞きようがあるとしたら、もう少し言葉を選ぶさ。
でもな朝倉。人じゃないものが消えて、またふいに出てきたらお前はなんて質問できるというんだ。
仮にできたとしても質問の内容自体は大差無いはずさ。

「そうだなぁ・・・・
うん、わかりやすくするとね、急進派であるところの私の操り主が大きく意見を変えたの。
その結果、長門さんのところと和解・・・・というか抑える理由がなくなったの。害が無いと判断されたから」

とつとつと語り始める朝倉。
ちょっと待て、つまりお前のところの親玉が俺を殺すのを止めて、長門の親玉と敵対するのを止めたから謹慎が解けたってのか?
そんな簡単にいくのか。というか変わるもんなら俺に襲い掛かる前に思い直してもらいたかったね。
情報統合思念体とやらも大した事無いな。無論皮肉だ。

「朝倉涼子は、ほぼ以前の形態をもって再構成された。
・・・・・しかしその存在の目的が、なんら危害を加えないために問題視されていない」

長門が裏付けるように続けた。もともと仲が悪いわけじゃないんだろうか?この2人は。
というか仲がよかったりというのもどの程度何がおこなわれたらなのか想像がつかないわけだが。

「・・・・つまり、朝倉は危害を加えない。安全だから戻ってきた。ってことか?」

「・・・・・・そう」

長門は、一瞬だがためらいというか、なんとも言えない苦味を1ミリ秒以下で味わったような顔をしていた。
しかし今もっとも気になるのはそこじゃあない。

「で、今度は何のためにきたんだ?
わざわざ目的なしに戻ってきたわけじゃ無いんだろ?」

「秘密。って言ってもいいんだけどね。
あまりあなたを不安にさせるのも、長門さん側の信用を失うことになるから良くないのよね。
・・・実はね。私、恋をしにきたの」

あまりの出来事に言葉を失った、なんて大げさなもんじゃない。
今俺が感じてるものを的確かつ具体的に表せる言葉がひとつだけある。
いや、もしかしたらもっとあるのかもしれんが、俺のつたないボキャブラリーにはこれしかなかったんだ。

ワケがわからん。

狐につままれたんならまだマシなほうだろう。
今の俺は目の前を飛び交うハエを手ではらったら、そのハエにやめなさいとえらく真摯な様子で言われたぐらい呆然としている。
たぶん今の俺からなら気づかれないうちに100CCぐらいは献血できるんじゃないだろうか。
・・・・・恋を『しにきた』という部分に対する哲学的かつ心理的な言及はこの際さて置いてもいい。
普段の俺ならその点に関して4分は話せる引用文と講釈を考えた上で「アホか」の一言で済ますが、
相手が統合思念体という人類をはるかに超越した能力と歴史を持つ存在であるため済ますわけには行かなかった。
正直な話、信用もできないしな。

「・・・・意味がわからん。
もう少しわかりやすく説明してくれ。あと長門。
もし朝倉の言葉に嘘があったら容赦なく言ってくれ、俺のために」

「今のところ、朝倉涼子の言葉に嘘は無い」
否定してくれればいいものを、長門はうっかりにも肯定してくれちまった。

「あははは、そうね。わからないのもわかるわ。
でもね、人間でない私がわざわざ恋をするメリットがあるからこそ、私は今ここにいるのよ」

前置きはいいから早く内容について語ってくれないか。
理解不能のメーターはとっくに振り切っちまってるんだ。

「ふふ、そうね。
端的に説明するなら、私は今回、あなたのデータ収集を目的に動いてるの。
目的が涼宮さんでなく、さらにデータの収集のみにとどめる。
そして解析した後で長門さんの操り主にも共有するのよ。
・・・ね?無害な上に長門さんが許してくれるだけの理由でしょ?」

頭がどうにかなりそうだった。というのは言いすぎだろうか?
2回も俺に止めを刺そうとしたこのステキ眉毛は、俺のデータを集めるために戻ってきたと言ってやがる。
念のために長門に目配せをしてみると、ただコクリと頷くだけだった。
それだけで俺は理解した。朝倉が言ってる事に、なんら偽りの内容が含まれて居ないことを。
同時に驚愕した。長門・・・いや、長門の操り主とやらがそれを承諾したのだ。
俺は、たいした監視も無しにその気になれば一瞬で俺を殺せるであろう朝倉に調査されることになるわけだ。
少なくともこの瞬間、俺の脳裏に浮かんだ予想図では、物陰からコソコソとこちらを覗う朝倉涼子の姿が浮かんだ。
前科があるだけに恐ろしく怖い。恐ろしく怖いのだ。
頭痛が痛いってのが日本語的に間違いだろうが、今の俺にはそれ以外の形容詞は見当たらず、
もう少し現文の勉強をしておけばよかったなどと意味不明な現実逃避に浸っている次第だ。
長門は押し黙ったままどこでもないなりに近場の一点を見つめている。
と言ってもその一点が存在しないというモラトリアムなわけだが。

今の俺には、不安と安心がある。
ひとつは、朝倉涼子が今後俺に付きまとうであろうこと。
ひとつは、押し黙った長門が、少なくとも危険だと俺に告げていないこと。

明日は木曜。今日は水曜。
朝倉はまたクラスに戻ってくるんだろうか?
だろうな。監視だろうが調査だろうが近いに越したことは無いだろうし。
不自然ではあるが元の鞘、ってヤツだ。
だがここで忘れてはいけないことがある。

『不自然』なんだ。

自然じゃないことを不自然と言う。
そして不自然は普通じゃないことがほとんどだ。
ここまで言えば俺の苦労も察してくれるだろう。

『普通じゃないこと』が大好物なヤツは朝倉涼子が戻ってくるであろうそのクラスにいるのだ。
そして俺は、なぜかアイツが喜んでるときに疲れる星のめぐりになっている。
なっていたんだ。どうせ今回もそうだろう。


なぁ長門。
もしお前が少しでも俺に心を開いてくれてるんなら。

俺を守っちゃくれないか?
どっちからとは言わんが。


[第1章 終]
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