「バンドを結成するわよ!」
そんな声が聞こえた途端、俺は何度目か数えるのも忘れてしまうほどの偏頭痛に襲われた。
ただ今、耳の張り裂けんばかりの大声でバンド結成宣言をブチ上げてくれたのは
我らがSOS団団長涼宮ハルヒその人である。

毎度毎度のことながらハルヒがこのように突発的な思い付きを宣言する時は
決まって何かの騒動に巻き込まれることになる。
それはこのSOS団という得体の知れない団に1年半以上も身を置いてきた俺にとっては
火を見るより明らかな話なのである。
今度は一体何だって言うんだ?

「で、いきなりまたどうしたんだ?」
俺は、これまた毎度毎度になるお決まりの質問を投げかける。
するとハルヒは、満面の笑みで答える。

「文化祭のステージに立って演奏するのよ!」
俺はこれまたこの1年半で何度目になるかわからない溜息をつく。
ふと顔を上げると、すっかりお馴染になったSOS団のメンバー達が思い思いのリアクションを取っている。

朝比奈さんは、急なハルヒの宣言にオロオロしている。
何かイベントとなる度に、またけったいな衣装を着させられ、晒し者になるのを恐れているのだろうか。
俺としては、新しい衣装のバリエーションが見れるのはそれはそれで何とも魅力的な・・・と妄想は置いておこう。

長門は、じっと置物のような静けさを保ったまま、ハードカバーの分厚いSF小説に目を落としている。
その姿には正直リアクションなんてものは認められない。まあ、いつものことだがな。

古泉は、相変わらずのニヤケ顔を浮かべてやがる。
こいつも長門同様、ハルヒの突然の宣言に驚きを見せていない。
・・・というか急に目配せをするな。俺に向かって微笑むな。気色悪い。

さて、俺も周囲の観察ばかりしていないで、いつものようにクールなツッコミ役に戻らなければならないな。

「ちょっと待て、ハルヒよ。俺達は既に自主制作映画を文化祭で上映する予定じゃないか」
そうなのである。我々SOS団は今年の文化祭に出展するための映画を現在鋭意制作中なのである。
一応去年の映画の続編という位置づけらしい。
が、相変わらず超監督様の考える脚本・演出方針は俺には到底理解不能であり、
相も変わらず頑張りすぎのバニーガール服やウェイトレス服を着させられ、
未来から遣ってきた戦うウェイトレスという普通の感受性を持っているならば
間違いなく失笑モノの役を演じさせられている朝比奈さんのオドオドした姿には同情の念を禁じえない。
まあ、そのキワドイウェイトレス服と舌足らずな台詞回しに俺が微妙に萌えているのはナイショだ・・・。
そして、その映画の撮影自体が超監督の気分と創作意欲の赴くままに行われているため、いつクランクアップするのかは全くの未定である。
仮に無事クランクアップに辿り着いたとしても、その後俺には地獄の編集作業が待ち受けていることは確実であろう。
ちなみに文化祭まではあと1ヵ月と少しというところだ。

「文化祭まではあと1ヵ月しかないぞ。今撮ってる映画だっていつ出来上がるかわからないんだ。
 普通に考えて、バンドなどやっている時間なんか無いだろう」
俺は極めて常識的な反論を述べた。しかし、そんな俺の常識論がハルヒに通用しないことはわかりきっていた。
「何よ、1ヵ月もあれば十分じゃない。これしきのことで音を上げるようじゃ団員として失格よ」
ハルヒがそう言ってくるのは予想していた・・・。

「それにバンドをやるったって、俺は楽器なんか何も出来んぞ。」
うむ。これまた常識的な反論だ。しかしハルヒは全く意に介さない。

だったら今から練習すればいいじゃない。1ヵ月あれば楽器のひとつやふたつ余裕でしょ。」
そりゃあお前や長門にとっては余裕だろうが・・・。
「とにかく!コレはもう決定事項なの! 私達SOS団が文化祭のステージをジャックして、
 熱い演奏を繰り広げてオーディエンスの魂を揺さぶるのよ!」
この急展開に俺の魂はもう色々な意味で揺さぶられっ放しなのだが・・・。
「そうすれば、私達の宣伝にもなるし――」
既に宣伝の必要もないほどSOS団は有名だ。得体の知れない怪しい集団としてだがな。
「この学校のどこかに潜んでいる宇宙人、未来人、超能力者にもいいアピールになるわ!」
その必要はない。何故ならそれらは既に皆この場所に集まっている。

「さあ、そうと決まったらまずはパート決めね!」
そんな心の中でのツッコミもハルヒに聞こえているはずはなく、
どうやらSOS団でのバンド結成と文化祭出演がいつの間にか正式に決定してしまったようだ・・・。

さて、バンドのパート決めである。
ハルヒがボーカル&リズムギター、長門がリードギターというのは最初から決まっていたらしい。
2人とも去年の文化祭での経験者だしな。

思い起こせばハルヒ&長門が急遽乱入したあのENOZのライブは確かに凄かった。
ここだけの話、普段音楽なんて殆ど聴かない俺でも少し感動してしまったしな。
あのライブの反響はかなり凄まじかったようで、その後、高い評判と共にENOZのデモテープは校内で瞬く間に大量に出回り、
ENOZの面々は北高生なら知らないものはいない程有名人となった。
メンバーが皆3年生のため、今はもう卒業してメンバーは皆バラバラの進路に進んだそうだが、現在でも活動を続けているらしく、
地元のライブハウスでは定期的にライブを行っているらしい。自主制作でCDを出すなんて噂も耳にした位だ。
もしかたらいつの日か彼女達がメジャーデビューするなんてこともあり得るかもな。
それにあの時、まさに熱唱と言っていいパフォーマンスを見せたハルヒは少し輝いて見えた。ほんの少しだけだぞ?
そういえばあのライブの後、ハルヒは「今度はSOS団で出よう」的なことを言っていた気がする。
あの時はただの思い付きからの発言でその内ハルヒ自身も忘れているだろうと思っていたが・・・甘かったか。

それで肝心の残りのパート決めの方であるが――
朝比奈さんがキーボード兼コスプレでの舞台の飾り、古泉がベース、俺がドラムということになった。
ドラム!?俺に出来るのか!?まあ、キーボードでもベースでも同じことなのだが・・・。
因みに俺のこのパート配置の理由はハルヒ曰く、
「なるべくフロントには見てくれがイイ人材が立ったほうがウケがいいでしょ。
 だからキョンは後ろでドラム叩いてなさい。」
だとさ。いじけるぞ、チクショウ・・・。

そして、そんな勝手極まりないパート配置に未経験者達の反応はというと――
「ふええ~。楽器なんか出来ないですよ~。」
と、嘆く朝比奈さん。確かに彼女にはコスプレはともかくキーボードは荷が重そうだ。
女の子なら誰でもピアノとかそれなりに弾けそうなイメージがあるがこの人の場合はカスタネットやタンバリンの方が似合いそうだもんなあ・・・。

「ふむ。さすが涼宮さん、すばらしいパート配置ですね。」
とは偉大なるイエスマン古泉の弁。というかお前、ベースなんか出来るのか?
「未経験ですね。でも男は度胸、何でも試してみるものですよ。きっといい気持ちですよ。」
非常に前向きな姿勢は素晴らしいが、今の台詞に鳥肌が立ったのは俺だけか!?

さて、パートが決まってからは、まさに急展開であった。
楽器と練習場所が必要ということになると、ハルヒは朝比奈さんを連れ、軽音楽部の部室に向かった。
数分後、満足げな笑みを浮かべたハルヒと目に涙を溜めた朝比奈さんが戻ってきた。
ご機嫌なハルヒは開口一番――
「楽器と練習場所は確保できたわよ。親切な軽音楽部の部員さんが私達に貸してくれるわ。
 ああ、楽器はもらっちゃってもいいみたいだけどね。」
と、のたまった。
この際、ハルヒが軽音楽部の部室で何をやらかし、朝比奈さんがどんな被害を受けたのかは聞かないでおこう・・・。

そして肝心の演奏曲についてハルヒは――
「去年ENOZでやったGod Knows...とLost My Musicはセットに入れましょ。
 あとオリジナルも必要だろうから私が何曲か適当に作っておくわ。」
と、のたまった。コイツは作曲まで出来るのかよ。
ホント勉強といいスポーツといい才能には困らない奴だよな。少しぐらい俺に分けてくれたってバチは当たらんぞ。

バンド名はこれまたハルヒの案により『SOSバンド』に決まった・・・。そこ、笑っていいぞ。
もう少しマシなネーミングがあってもよかったとは思うが、ハルヒ的にはあくまでも
『S(世界を)O(大いに盛り上げるための)S(涼宮ハルヒの)ロックバンド』でなければならなかったらしい・・・。
こうして我らがSOSバンドは、本格的に文化祭に向けての練習を開始したのである。

さて、とある日の放課後、SOS団の面々はとある空き教室に集まっている。
この教室はどうやらハルヒが練習場所として元々の所有者である軽音楽部から強奪してきたものらしい。
楽器も全て用意してある。勿論これらも全て軽音楽部の部員から強奪したものであろう。
全く、コンピ研からPCを強奪したときから何も成長しちゃいないな・・・。

「さあて、こうして楽器も練習場所も揃ったことだし、早速練習をはじめましょ!」
ハルヒが満面の笑顔で言い放つ。

「ちょっと待て。練習を始めるのはいいが俺や朝比奈さんや古泉は全くの楽器未経験者だ。
 いきなり曲を演奏できるわけはないだろう。」
今日の練習に際し、俺達はハルヒから曲の詳細も何も聞かされていないし、楽譜も受け取っていない。
まあ、楽譜があったところで音楽の成績が良くても3である俺には理解不能であろうが。

「そんなのは後でいいのよ。今日はパフォーマンスの練習よ。」
パフォーマンス?俺達はバンドじゃないのか?それともライブはライブでもお笑いライブに出場するつもりなのか?

「いい?ライブにおいて重要なのは演奏の質も勿論だけど、観客の視覚に訴えるパフォーマンスやアクションなのよ。
 いくら演奏が上手くても、ボーっと立ちっぱなし、下向きっぱなしじゃ面白くないでしょ?」
まあ確かにな。しかしだからといってパフォーマンスか。

「そこで今日は演奏中のパフォーマンスの練習よ。まずは有希!」
相変わらず無言で突っ立っている長門。肩からは大層重そうなギターをぶら下げている。
なんでもギブソンという有名なメーカーのギターでかなり高価なものらしい。生憎俺には価値はわからないが。
そしてなぜか長門は、映画の衣装であるあの黒ずくめの魔法使いの格好である。確かに去年のライブはこの格好だったが・・・。
小さな身体に不似合いな大きなギターを肩からぶら下げ、黒ずくめで佇む長門の図は何だかシュールだ。
「そうね、有希は黒魔術にご執心の不気味なギタリストという設定でいってもらうわ。
 演奏中は黙々とギターを弾いているけどギターソロになるやいなや、歯で弾き出すのよ!
 そして、最後にはギターに火をつけ、アンプに叩きつけて破壊、アンプも爆破させる!
 ってのはどうかしら?」
ちょっと待て。黒魔術にご執心まではいいとして、何だ歯弾きってのは。虫歯になるぞ。
それに爆破なんて起こしたらステージどころじゃないぞ。文化祭も中止だ。
しかしそんなハルヒの無理な要求にも長門は眉ひとつ動かすことなく首肯した。
といっても俺にしかわからないような首を2ミリほど動かしただけのものであるが。

「次はみくるちゃんね。そうね、みくるちゃんにはまずバニーの衣装でステージに立ってもらうわ。
 可憐な萌え萌えキャラクターながら、凄まじい演奏をテクニックを持つっていう設定よ。
 その反面、キーボードを逆さから弾いて最後にはナイフを鍵盤に突き刺すという狂気の演奏をしてもらうわ!」
ずいぶん物騒だなオイ。というかあの天使のようなお方にナイフなんか扱えるのだろうか・・・。
ツッコむところはそこではないだろうとは言わないでくれ。俺も現実を見つめるので精一杯なんだ・・・。
朝比奈さんは相変わらずオロオロとした様子で「ふ、ふぇ~、そんなコワイことできませ~ん・・・」
と、おっしゃている。しかし朝比奈さん、バニーの衣装を着てステージに立つのはアナタ的には構わないのでしょうか・・・?

「古泉君はベースよね。それならライブ中ずっと全裸で演奏する変態ベーシストって設定はどうかしら。
 もしどうしても恥ずかしいなら靴下ぐらいなら着けてもいいわよ」
それはもはや警察沙汰だ。というか靴下を着けるって何だよ。履くんじゃないのか。
それに着けるなら着けるで一体どこに?
古泉も古泉だ、「いいですねぇ」なんて普通に受け入れてるんじゃねえ。

次はドラムの俺の番だ。どんなムチャなことを言われるかとドキドキしていると――
「キョンはドラムでしょ。だったら、ドラムセットごとグルグル空中で回転するぐらいのことは必要ね」
と、当たり前のように言い放ってくれた。なんじゃそれは、サーカスの見世物か俺は。それ以前に物理的に不可能だろ・・・。

「で、お前は何もやらんのか?そのパフォーマンスとやらは」
呆れ果てた俺はハルヒに疑問を投げかけた。するとハルヒはフンと鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべ
「私はボーカルだからね。フロントマンがそんな小賢しいことしてもしょうがないわ。」
と、当たり前のようにのたまってくれた。じゃあそんな小賢しいことをさせられる俺達は何なんだ。
まあ、こんなトンデモな発言の連続にさしもの俺もこれ以上反論する気力を失ってしまったのだ。
もうなるようになれ・・・。

さて、肝心の演奏の方であるが、流石というべきかハルヒと長門は上手いのだコレが。
長門の指は目にも留まらぬ速さで動きまくり、素人の俺が聴いても凄いとわかるようなフレーズを次々に弾きこなす。
もはやマーク・ノップラーやブライアン・メイどころじゃない。
メロディアスなソロ、攻撃的なリフ回し、どれをとっても非の打ち所がない。
きっとコイツはどんなにハルヒに高度な演奏の要求をされても2秒後には完璧に実践してみせてしまうだろう。

そしてハルヒである。コイツはやはり歌が上手い。
相変わらずの月まで届きそうなほどの澄み切った声である。音程もリズム感もばっちりで俺も思わず聴き惚れてしまう。
それにギターもかなり上手くなっている。正確無比なコードカッティングを次々にキメている。
去年の文化祭の時には「殆ど担いでるだけ」なんて言ってたけど、あれから練習でもしたのだろうか。

それに比べ、肝心の俺達未経験者組はというと――ひどい有様である。
朝比奈さんは、ハルヒの歌と長門のギターにあわせ、何とかキーボードの鍵盤を適当に押さえているだけである。
「ブーカ、ブーカ」と非常にマヌケな音だ。
「ちょっと!みくるちゃん!そこのコード間違ってるわよ!」とハルヒに怒鳴られても
「コ、コードってなんですかぁ~?キーボードのコードならちゃんとコンセントに刺さってますよ~」
と、流石に俺でもわかるコードについて何ともベタな勘違いをしている。

俺のドラムも酷いものだ。ハルヒが言うにはまずリズムキープが出来ていないらしい。
何度も言うように、俺は昔から音楽の授業は苦手だったんだ。
小学校の合唱のときも適当に口パクでお茶を濁していたし、リコーダーのテストだってよく出来た試しがない。
そんな俺にドラマーとして十分なだけのリズム感を求める方が間違っているのだ。
大体、両手両足をバラバラに動かすのなんて無理だ。全部一緒になっちまう。

辛うじて古泉のベースは何とか形になっているもの、俺と朝比奈さんの奏でる不協和音でバンド全体のアンサンブルは滅茶苦茶だ。
ハルヒの機嫌も目に見えて悪くなってきている。
「ああ、もう!2人とも酷すぎるわ!特にキョン!あんた真面目にやってるの?」
勿論真面目にやっているとも。両手両足が一緒に動いてしまうのは仕様なのだ。如何ともし難い。
「こうなったらいっそアバンギャルドなノイズ音楽というコンセプトに変更したらどうだ?」
「だから、アホなこと言ってないで真面目にやりなさい!!」
おお怖い、怖い。もう少しで鉄拳が飛んできそうな勢いである。

ともあれ、前途多難なSOSバンドの滑り出しに俺も正直不安を隠しきれない。
本当に文化祭に間に合うのだろうか?

そこからの数日は壮絶を極める多忙な毎日であった。なんせバンド練習と映画撮影の掛け持ちだ。
平日は授業終了後すぐに映画の野外ロケに出かけるかバンド練習、そして土日は丸ごと野外ロケに費やされている。
もはや家にいる時間より、SOS団の活動に費やされる時間の方が長いくらいだ。
そんなある日、バンド練習のため、軽音楽部から強奪した空き教室にSOS団の面々は集まることになっていた。
するとそこで俺は驚くべき光景を目の当たりにすることになる。

あれから、俺のドラムの腕は全くと言っていいほど上がっていなかった。そりゃあ1日や2日でいきなり上手くなるわけはないのだが。
ああ、今日もまたハルヒにヘタクソと怒鳴られるな、と思いながら俺は教室のドアを開けた。
するとそこには古泉がいた・・・。いや、古泉がいるのは別にいいのだが。問題は古泉がしていることだ。
俺より先に教室に来て自主練習に励んでいたと思われる古泉の演奏は凄いことになっていた。
「バチン、バチン」と鋭い音をはじき出すベース。その音を紡ぎ出している古泉の指は目にも留まらぬ速さで動いている。
正直言ってムチャクチャ上手い。最初からコイツはそれなりに形になってはいたが、いつの間にこんなに上手くなったんだ?
呆けている俺に気付いたのか、古泉はアンプのスイッチを切り、俺に視線を向けるとニコリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「おや、いらしていたのですか?ああ、今の演奏はですね、スラップと言って親指で弦を弾くようにして演奏する
ベースギターの奏法の1つでして・・・。」
俺は古泉の薀蓄を無視して言葉を投げる。
「そんなことはどうでもいい。お前いつの間にそんなに上手くなったんだ?楽器なんか未経験って言ってたよな?」
古泉はニヒルな笑みを崩さず、
「それには深いワケがあるようでして・・・。」
と、なんとも歯切れの悪い反応を寄越してくる。

そして驚きはそれだけではなかった。そのあとすぐにやってきた朝比奈さんのキーボード演奏である。
もうお分かりかもしれないが、朝比奈さんの演奏も凄いことになっていた。
ついこの間までは、指一本で鍵盤を押さえるというどこかのイギリスのニューウェーブバンドの女性メンバーのような
素人丸出しの演奏しか出来なかった朝比奈さんが今では10本の指を駆使し、流麗なフレーズを弾きこなしている。
俺は古泉にしたのと同様の質問を朝比奈さんに投げかけた。しかし彼女も、
「それがよくわからないんです・・・。」
という曖昧なお答えを俺に寄越したのみであった。

その後、その日はクラスの掃除当番で遅れていたハルヒと長門がやってきて全員での練習が行われた。
ベースとキーボードの目を見張るような上達のおかげか、バンド全体のアンサンブルもかなりマシな
ものになってきている。俺のドラムは相変わらずヒドイが。
「うん、今日の演奏はなかなか良かったわね!みくるちゃんも古泉君もその調子よ!
 映画の撮影も順調だし、我がSOS団が文化祭を牛耳る日も遠くはないわね。」
やっとまとまってきた演奏にハルヒも上機嫌である。
「それじゃあ明日もまた放課後はこの教室に集まって練習よ。私も新しいオリジナル曲を作らなくちゃいけないし
 今日はそろそろ帰るわ。それじゃあ解散!」
そう言い残すとハルヒは颯爽と教室を出て行った。

「さて、今度こそ詳しく事情を話してもらおうか」
俺は古泉に詰め寄った。
「お前と朝比奈さんは全くの初心者だったはずだ。いつの間にこんな上手くなったんだ?」
古泉は少し真剣な顔になり、抑えた口調で
「別に特別な練習をした訳ではありません。
 あえて言うならば今日この教室に来てベースギターを手に取った時から上達したとでも言いましょうか・・・。」
と答えた。
「それじゃあ何か?今日いきなり上手くなったとでも言うのか?」
「そうですね。まさにそういうことになるかと」
訳がわからん・・・。俺は質問の対象を変える。
「朝比奈さんも同じですか?」
朝比奈さんは肩をすくめ、答える。
「そうです・・・。私も今日この教室に来たときから・・・。
 何て言うのかな・・・キーボードを目の前にしたら自然に演奏の仕方がわかったっていうか・・・
 自然と指が動いたというか・・・そんな感じでした」

ますます訳がわからん。それともアレか?
長門のようにいわゆる未来人的だったり超能力者的な力でも使って弾き方を一瞬で覚えたのか?
「そんな力私にはありません・・・」
「同じく僕もですね。しかし、このようになった原因はあなたなら判るのではないですか?」

こうなった原因?俺に判るわけなんて・・・まさか・・・。
「ハルヒの仕業か?」
俺は最も考えたたくない、しかし同時に最も信憑性のある原因を思いついてしまった。
「はい。僕は今回の件は涼宮さんが原因ではないかと踏んでいます」
そうだった・・・。ハルヒの「力」のことを俺は失念していた。
去年の映画撮影の折、朝比奈さんの目から得体の知れないビームを発射させ、
猫に人語を喋らせ、土鳩を真っ白な鳩に変え、秋の川沿いの遊歩道を満開の桜で覆いつくしたのは
誰でもない、涼宮ハルヒがそうなるよう無意識に願ったからなのであった。
今回の状況もそれに似たものなのだろうか。

古泉は静かに語りだす。
「涼宮さんは、僕達の余りの稚拙な演奏に大いに不満を感じたのでしょうね。
 そしてその不満以上に、何とかバンドの演奏を素晴らしいモノにしたいという思いが強かったのでしょう。
 その結果、僕と朝比奈さんは一晩にしてプロ並みの腕前を持つミュージシャンに改変されてしまった・・・
 ということでしょう」
「そうですね・・・。私もそうなんじゃないかって思います」
もう1人の当事者である朝比奈さんも同意した。

確かに古泉の説には一理ある。俺はこの説にさらなる確実性を求め、
最も信頼に足る答えを出してくれるだろう存在へ話を振ってみた。
「長門、お前はどう思う?」

黒魔術師の衣装のまま、それまで一言も発することのなかった長門が静かに答えた。
「涼宮ハルヒが情報の改変を行ったのは事実。
 その結果として短時間で朝比奈みくると古泉一樹の演奏技術が向上した。」
参ったねこりゃ。これは本気でハルヒの仕業ということで確定の赤ランプが灯ってしまった。

しかし、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。
そう、朝比奈さんや古泉とは対照的に俺のドラムの腕は全く向上していない。
今日も曲のテンポを乱す度何度ハルヒに睨まれたことやら、というほどだ。
ハルヒは俺達の楽器の腕に不満だったんだろ?バンド全体のレベルを上げようと思ったんだろ?
そしたらなぜ俺だけヘタクソなままなんだ?
その疑問は予想していましたとばかりに張り切って古泉が答える。
「それはですね、あなたが涼宮さんにとって重要な存在だからですよ」
は?重要な存在だと?
「そうです。涼宮さんはあなたのことを誰よりも信頼している。
 だからこそ、どんな無理なことを自分が言い出してもあなただけは自分についてきてくれると思っている。
 つまり、あなたならば自分が手を下さずとも、きっと努力の末上達して素晴らしい演奏をしてくれると思っているのです」
いくらなんでもそれは買い被りだろう。
「それでも涼宮さんにとってはそうなんです。
 これからの涼宮さんの機嫌如何によっては例の閉鎖空間も発生しかねません。
 今後の世界の命運は、あなたにかかっていると言っても過言ではありません。」
文化祭の出し物ごときで世界の危機かよ。情けないな、世界。
「それだけ涼宮さんは今回の文化祭のステージを楽しみにしているということでしょう。
 実際、練習初日は我々の演奏の余りの酷さに、その夜小規模ながらも閉鎖空間が発生したのですよ?」
そうだったのか・・・。
「とにかくあなたが涼宮さんの期待に応えることが必須なんです」

古泉の説は正直トンデモ過ぎて俄かには信じられないものだった。
しかし長門も朝比奈さんもどうやら古泉の説に信憑性を感じているらしい・・・。
俺も随分重い責任を背負ってしまったものだ。ああ、頭が痛くなってきた・・・。

ハルヒの力によって楽器の腕がいつの間にかプロ並みになってしまった朝比奈さんと古泉のおかげで
我がSOSバンドの演奏も当初に比べればかなり聴けるものになってきた。
しかし毎日のように続く映画撮影とバンド練習。
前者では雑用係としてこき使われ、後者では一向に上達しないドラムの腕にハルヒからお怒りを受ける。
そんな日々に俺は体力的にも精神的にも限界に来ていた。正直かなりしんどい・・・。

そしてついに決定的な事件が起きてしまった。

文化祭本番もあと2週間程に迫ったある日、SOS団の面々は軽音楽部から強奪した空き教室で
バンド練習に励んでいた。今演奏している曲はLost My Music――
ハルヒが去年の文化祭で熱唱した曲のうちの1つである。
あまりにも壮絶な4人の演奏に俺も何とかついていっている。
一応俺だって教則本を読んでみたりとドラムの腕を向上させようと努力をしている。
しかし、やはり限界がある。今だって段々と他の楽器と合わなくなってきている。
まだ両手両足も一緒に動いてしまうし・・・。
もしSOSバンドがメジャーデビューするとしたら俺はアルバム一枚で解雇だろうな。
独裁的なボーカリストとギタリストの兄弟に4文字言葉でこき下ろされて・・・。
って長門はそんなことは言わんだろうし、ハルヒと長門が兄弟なんて事実は無いが。
なんとなくふと思っただけさ。
すると、突然ハルヒがギターをかき鳴らしていた手を止め、腕を上げ、大きく振っている
どうやら演奏を中止しろ、という合図らしい。
バンドの音がピタッと鳴り止むとハルヒは俺の方に振り向いた。おお、怒ってる怒ってる。

「ちょっと!キョン!また遅れてるじゃない!」
そう怒鳴るな。唾が顔にかかるだろ。
「そんなのどうでもいいわよ!全く、コレで今日あんたのせいでやり直しは何度目だと思ってるの!?」
俺だって努力してるんだがな。

「結果の伴わない努力に意味は無いわ!
 有希やみくるちゃんや古泉君はあんなにいい演奏をしてくれるのに!」
今日のお前はいつに無く攻撃的だな。一体どうしたんだ?
「全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!」

いつもだったらコレぐらいのハルヒの暴言は心の中でツッコミを入れるだけで流すことが出来ただろう。
しかし、何度も言うが今の俺は体力的にも精神的にもヘトヘトだ。
そんな状況で俺も少し気が立っていたのかもしれない。
『全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!』
この言葉を聞いた途端、急に視界が紅く染まったそうな錯覚に陥り、溜まりに溜まった鬱憤が爆発してしまった。

「じゃあどうしろっていうんだよ!!俺はドラムなんかやったことはないんだ!!
 いきなり一丁前の演奏をしろだなんて無理があるんだよ!!」
俺の怒鳴り声に場は静まり返る。
古泉と朝比奈さんは呆気に取られた表情だ。長門の無表情さもいつもより機械的になっているようにさえ感じる。
「大体な、俺は普通の人間なんだよ!!
 お前や長門や朝比奈さんや古泉とも違う一般人なんだよ!!才能に恵まれている奴等とは違うんだ!!
 そんな俺に1ヶ月でドラムをマスターするなんて無理に決まってるだろうが!!
 お前の我侭には付き合いきれん!不満だって言うなら解雇にでも何でもしやがれ!!」
朝比奈さんは「けんかはだめなのです~・・・」と震えながら小声でつぶやいている。
古泉は今にもハルヒに殴りかかってしまいそうな俺をいつでも止められるよう、身構えている。
長門は相変わらず静観してことの成り行きをよりいっそう機械的な目で見守っている。
そんな状況が視界に入っていながらも俺の怒りはまだ収まらない。
沸騰したマグマが煮えくり返っているかのように身体の奥が熱い。
そして俺が続けざまに次の怒りの言葉を吐き捨てようとした時・・・

ズンガラガシャーン!!

思わず目を閉じてしまうほどけたたましい音が俺の耳に入った。
目を開けるとそこは天井だ・・・って天井?
どうやら俺は仰向けにひっくり返っているらしい。
視点を戻すと、そこには俺の前に仁王立ちしているハルヒ、そしてその後ろにはグチャグチャに崩れたドラムセット。
そしてヒリヒリと痛い俺の顔面。鼻血も出ているかもしれない。
ここまでの状況から推理するにどうやら俺はハルヒにドロップキックをお見舞いされたらしい。
ドラムセット越しにか。どうやらさっきの音はハルヒがドラムセットに突っ込んだ音だったようだ。
ってハルヒよ、痛くないのか・・・?
何だか急に冷静になってしまった俺と対照的に、尻餅をついたまま見上げるハルヒはワナワナと震えている。そして・・・
「このバカキョン!!!!」
耳をつんざくような怒鳴り声。俺はもう一撃ドロップキックを食らうこと覚悟した――が
ハルヒはそのまま背を向けるとスタスタと歩いていき、乱暴にドアを開閉する音のみを残し、教室から出て行ってしまった。
シーンと静まり返る教室。
どうやら事態は最悪の展開を迎えてしまったようだと、俺は急激にクールダウンしていく脳ミソで考えていた。
 
 「やってしまいましたね」
その静寂を破ったのは古泉だった。
「これでは去年の映画の時と全く同じ展開ですよ。あなたはもっと冷静な人だと思っていましたが。
 おっと、この台詞も2度目ですね」
ああ、そういえば去年も同じようなことがあったな。
「状況もあの時とまさしく一緒です。閉鎖空間を生みかねない行動は慎んでほしかったのですが・・・」
五月蝿い。俺だって我慢の限界だったんだ。
「それでもです。前にも申したようにあなたは涼宮さんにこの上なく信頼されているんです。
 その信頼を裏切るような真似をしてもらっては困るのですよ」
ドロップキックが信頼の現われってことか?
「まあ確かにあなたの気持ちもわかります。今日の涼宮さんの怒り具合は少々異常でしたし・・・。
 とりあえず現段階では閉鎖空間の発生は確認されてないようですが・・・安穏とはしていられません。
 去年と同様になるべく早いうちに仲直りしてください」
俺の意志は無関係なのか?お前はハルヒが良ければ俺のことなどどうでもいいって言うのか?


せっかく収まりかけた怒りが古泉の発言のせいで再燃してしまった。
俺は古泉にまたもや感情的な言葉を吐き捨てる。
「とにかく無理なものは無理だ。俺は解雇されたってことでいいだろう。
 ハルヒのドロップキックもそれを肯定したってことで俺は理解した。
 アイツの我侭に付き合うのも限界だ。後は勝手にやってくれ。
 ドラマーも軽音楽部の部員から適当に代役を立てればいいだろう。
 お前はせいぜい灰色空間で巨人相手にハルヒのご機嫌取りでもしてろ」
再燃した怒りは止まらない。
「そういう訳だ、俺は抜けさせてもら・・・」
 
 パシンッ!!!

乾いた音が静まり返った教室に響く。
その音が朝比奈さんが俺の頬を叩いた音だと気付くまで数秒かかった。
その細腕で平手打ちを食らったところでさっきのドロップキックに比べれば蚊が止まったくらいの痛みしか感じないはずである。
そのはずなのに、何故だろう、叩かれた頬がどんな屈強なレスラーの平手打ちを食らうよりもヒリヒリと痛いように感じるのは・・・。
見れば朝比奈さんは目に涙を溜めている。
「そんな言い方はあんまりです!!涼宮さん、泣いてましたよ!?」
そうなのか・・・気がつかなかった。
「涼宮さんは決してキョン君に悪気があった訳じゃありません!私にはわかります!
 涼宮さんは本当にキョン君のことを信頼しているんです!絶対です!
 確かにちょっと言い方は酷かったかもしれないけど・・・。
 それでもキョン君だけは涼宮さんの気持ちをわかってあげなきゃいけないんです!」
朝比奈さんがここまでストレートに己の感情を吐露するのは初めて見る。
その驚きに俺の怒りは再度クールダウンしかけてきている。我ながら単純な精神構造をしていると思う。
「キョン君はそんな投げやりなことは言いません!言わないんです!」
そう言い終えると、朝比奈さんも駆け足で教室を出て行ってしまった。

俺と古泉と長門。3人だけになった教室は朝比奈さんが出て行ってしまったことでまた静寂さを取り戻した。
「すいません。僕も少々言い過ぎました」
その静寂を破ったのはまたしても古泉だった。幾分申し訳なそうな口調である。
「結局のところ、これはあなた自身の問題なのかもしれません。
 僕がいくら口を挟んだところで肝心なのはあなた自身の意思。
 今日、家に帰ったらもう一度よく考えてみるといいかもしれませんね・・・」
そんな言葉を残し、古泉も出て行ってしまった。

残されたのは俺と長門。
それまでずっと機械的な目をしてことの成り行きを見守っていた長門に
冷静になった俺は急に質問を投げかけたい気分になった。
「なあ、俺の言ったこと。お前も間違ってたと思うか?」
数秒の無言の後、長門は静かに答える。
「わからない。
 でもあなたが涼宮ハルヒに信頼されていること、そして涼宮ハルヒに
 とって重要な人物であるということは確か」
「ということは、お前も俺がハルヒの信頼に応えるべきだと思っているということか?」
「情報統合思念体の方針からすれば、それが望ましい。
 現在の涼宮ハルヒの精神状態では危険な情報爆発を生む可能性がある」
やはり、お前もそうなのか。
「ただ――」
長門は言葉を続けている。
「ただ?」

「一個体としての私は、あなたを信頼している。
 あなたならこの状況を打破できると、信じている」

そう言い残すと長門も教室から出て行ってしまった。
教室に残されたのは俺1人。ドロップキックと平手打ちを食らった顔面がヒリヒリと痛む。
それ以上に胸の奥がヒリヒリと痛む、そんな錯覚にするにはリアル過ぎる感覚を俺は感じていた。

1人教室に残された俺。
朝比奈さんの、古泉の、長門の言葉が頭から離れない。
そしてハルヒ。朝比奈さんはアイツが泣いていたと言っていた。
もしそれが本当なら、俺がハルヒを泣かしたことになるのだろうか・・・。
そんな自問自答をしてみても、熱くなってみたり冷めてみたりとさっきから忙しすぎる程
グルグルと回っている俺の思考回路じゃ考えもまとまらない。
とりあえず俺も帰ろう。それで古泉の言うようにもう一度良く考えてみよう。
そう思い、俺はドアに向かってトボトボと歩き出した。
ふと視線を落とすと、床に何かが落ちている。
ほとほと疲れきっている今の俺の洞察力では本当ならそんな落し物には気付かないはずだった。
しかし何故だろう。自分でも不思議なのだがなぜかその落し物はまるで俺の視界の範囲内に
急に現れたのかのように、それでいて最初からそこにあったかのように床に転がっていた。

それは1枚のMDだった。MDにはラベルが貼られている。
『文化祭 新曲』
とシンプルに、それでいて勢いに任せて書きなぐったような字で書いてある。
そこまで確認して、俺はこのMDの落とし主が誰であるかすぐに思い当たった。
このMDはハルヒのものだ。

あいつはバンド結成&文化祭出演に際し、オリジナル曲の作成を宣言していた。
これはきっとそのオリジナル曲のデモテープか何かなのであろう。
これまた自分でも不思議なのだが、俺は無意識の内に当たり前のようにそのMDを拾い上げ、鞄の奥に滑り込ませていた。

家に帰り、トボトボと自分の部屋への階段を上がる。
途中、俺の帰ってきたことに気付いた妹に声をかけられたようだが、正直返答する気力もない。
そんな憔悴しきった俺を見かねたのか、
「キョンくんどうしたの、何だか元気がないよ~?」
妹は妹なりに心配してくれているらしい。
すまんな。俺にも色々と事情があったんだ。それでも心配してくれるのは兄としてちょっと嬉しいぞ。
俺は妹の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「キョンくん、くすぐったいよ~」
どこぞのマンチェスターの不良兄弟にもコレぐらいの兄弟愛を見せてほしいものだ。

部屋に入り、バネの壊れたブリキのおもちゃのごとくベッドに座り込んだ俺は鞄の中からさっきのMDを取り出す。
この中にはハルヒが作曲したオリジナル曲が入っているに違いない。
よく見ると、ラベルには『文化祭 新曲』という文字以外にも小さな字で何やら書いてある。
どうやらそれはハルヒが考えた曲のタイトルのようだった。

1.パラレルDAYS
2.冒険でしょでしょ?
3.ハレ晴レユカイ

・・・何ともハルヒらしいぶっ飛んだタイトルばかりである。
そして俺はまたもや無意識の内に自分のポータブルプレイヤーにそのMDをセットしていた。

――結論から言うと、ハルヒの才能には感服するしかない。
俺が聴いた3曲はどれもまだあくまでもデモテープの段階であり、
内容としてはハルヒがギターやピアノの弾き語りでメロディーを口ずさんでいるものだった。
歌詞も殆ど出来上がっていない未完成な演奏ながらも、その3曲をバンドで演奏した時のイメージもありありと浮かぶほどだ。
そんな俺の脳内イメージ基準では、どの曲もオリコン10位以内になら入ってしまいそうな程、そのクオリティは高い。

しかしハルヒはこの短期間に3曲も仕上げてしまったのだろうか?アイツの突発的な性格は俺もよくわかっているし、
バンド結成宣言をブチ上げるまでに書き溜めていた曲ということはないだろう。
この2、3週間映画の撮影とバンドの練習に追われていたのはハルヒも似たようなものだ。
(勿論、体力的・精神的な疲弊の度合いは俺の方が上ではあるが)

そんな短い、しかも多忙を極めたこの期間にこれだけクオリティの高い曲を書いたハルヒ。
一体お前をそこまで突き動かしているものは何なんだ?
それともお前にとって、このただの思いつきの産物としか思えないバンド活動はそこまで大切なものなのか?

俺は完全に冷静さを取り戻した思考回路をフル活用してこの青春の悶々とした悩みについて思索を巡らせている。
すると少しずつ、ハルヒに対する罪悪感が生まれてきたような気がする。あくまで少し、だがな。

「しかし全部で5曲か・・・。
 いくらなんでも未だ初心者レベルの俺にはやはりちとキツイのではないか?ハルヒよ」

そんな独り言を嘆いたところで答えは返ってこない。
悶々とした夜は更けてゆく・・・。

明くる朝、そんな悶々とした気分は晴れることもなく学校へと着いた俺はクラスの教室の前で立ちすくんでいた。
俺の懸案事項はただ2つ、ハルヒは学校に来ているのか?
もし来ているならばどう接したものか?ということである。

考えていても仕方ないと思い切ってドアを開けると・・・
なんのことはない。ハルヒはいつもの席に座っていた。
ちなみに予想はついているかもしれないが一応補足しておく。
俺とハルヒは2年時も同じクラスであり、そしてなぜか席の配置も1年時と全く同じなのである。
古泉が言うには
「涼宮さんがまたあなたと一緒のクラスに、そしてまたあなたの真後ろの席になることを望んだからですよ」
とのことらしい。
その割には国木田や阪中といった面々、
そしてハルヒ自身もあんなにウザがっていた谷口も同じクラスなのは一体どういう訳だか。

ハルヒは頬杖をついて窓の外を眺めている。
その行動自体はいつものことだが、やはり今日は不機嫌なオーラがどことなく出ている。
その証拠に俺が前の席に腰掛けてもハルヒは何のリアクションも示さない。
これは触らぬ神に祟りなし、だな・・・。

その後4時間目の途中まで、ハルヒは窓の外を見つめたままであったようだ。
ようだ、というのは俺は前の席なもんだから後ろの様子がよくわからないからである。
やはりハルヒはまだ怒っているのか・・・そう確信を強めた時、
バイブレータの振動が俺の携帯にメールの着信を告げた。
送信者は古泉。
「昼休みに中庭まで来ていただけませんか?」
だとさ。

昼休みである。俺は古泉の呼び出しに応じ、中庭へと歩を進めている。
ちなみにハルヒは昼休みになるや否やどこかへ行ってしまった。
しかし古泉には昨日散々叱責を受けたはずだが。まだ何か言い足りないことでもあるのだろうか。

中庭が見えてくる。おお、居た居た。相変わらずのムカツク程の爽やかな笑みで古泉は俺を待っている。
ただいつもと違うことがあった。
古泉と一緒に、なぜか我が愛しのエンジェル朝比奈さんもセットでついてきている。
昨日俺は朝比奈さんにも涙ながらのご叱責を受けている。しかも平手打ちのオマケつきだ。
正直いってかなり気まずいな・・・更に歩を進めながらそう考えていると
「お待ちしていましたよ。わざわざご足労頂きまして恐縮の極みです」
お前の社交辞令じみた挨拶などどうでもいい。それよりなぜ朝比奈さんもいるんだ?
「それは、私が無理行って古泉くんについてきたからです。
 昨日はキョンくんの気持ちも知らずひどいこと言って・・・しかも叩いたりまでして・・・ごめんなさい」
朝比奈さんは申し訳なさそうに小さな身体を折り曲げる。
「いえ、俺の方こそ申し訳ありません」
俺も素直に謝罪の意を示す。
「あと今日こういう場を設けたのは謝るためだけじゃないんです・・・」
朝比奈さんは言葉を続けようとするが・・・。
 
「実はですね――」
急に話に割り込んできた古泉がその笑みを途端真剣な表情に変え、語り出す。
「昨夜、閉鎖空間の発生が確認されなかったのです」
そうだった・・・アレだけハルヒを怒らせたんだ。灰色空間の1つや2つ発生してもおかしくない状況だったろう。
そんなことまで失念していたなんて本気で昨日の俺はどうかしてたらしい。

「まあ、そのこと自体は我々機関にとっては喜ぶべき事実です。
 しかし、この事実は違う意味を持ってもいるのですよ」
何だって言うんだ。もったいぶらずさっさと言え。
「涼宮さんはあなたを信頼していた、そしてあなただけは何があってもついてきてくれていると信じていた。
 しかし、昨日のあなたはその期待を裏切ってしまった。その時の涼宮さんの怒り、悲しみ、絶望は
 いかほどのものだったでしょう?想像も及びません」
俺だって少しは反省している。説教なら聞き飽きたんだがな。
「まあ、聞いてください。
 とにかく涼宮さんのあの時の感情の起伏は凄まじいものでした。
 正直あの後、僕はすぐにアルバイトに駆けつけなくてはいけないことも覚悟しました。
 しかし、閉鎖空間は発生しなかった。このことが何を意味するかお分かりですか?」
全くわからん。
「つまり、涼宮さんは『力』を失ってしまったのかもしれないということです。
 普通、あれだけの感情の起伏や不満が観測されれば閉鎖空間どころか世界の崩壊だって
 ありえますからね。しかしそのような自体にはならなかった。涼宮さんの『力』が消失したためだ、
 と考えるのは当然の帰結というものです。僕にも俄かに信じられませんでしたが・・・。
 機関の上層部はこの『何も起こらない』という不気味さに戦々恐々としていますよ」
俺は呆然としていた。ハルヒが『力』を失っただと?
今まで俺達、いや特に俺をアレだけ何度となく騒動に巻き込んでくれたあの『力』を?
そんな話、信じろと言われて「はいそうですか」と信じられるもんか。
しかしあの灰色空間が発生しなかったのは何よりの証明のなんじゃないのか・・・?
いや・・・しかし・・・そんなまさか・・・。


「と、まあそんな話は嘘なんですけれどもね」
おい、古泉一発殴らせろ。というか黙って殴られろ。直立不動で歯を食いしばれっ!
「ここから先は朝比奈さんに説明していただきましょう」


今にも古泉に殴りかからんか、という俺を尻目に朝比奈さんはおずおずと前に出てきて
戸惑った表情を見せつつも、ポツポツと静かに語りだした。
「キョンくんに涼宮さんの本当の気持ちを知ってもらおうと思ったんです・・・。
 昨日は私もどうかしちゃってて・・・落ち着いて話せなかったから・・・」
ハルヒの本心ですか・・・。俺も考えてはみたんですがね・・・。
「涼宮さんがまだバンド結成すると言い出す少し前、部室で偶然2人きりだった時、私に話してくれたんです・・・」

『涼宮さ~ん・・・今度の撮影でもまたあの衣装を着て外に出なくちゃいけないんですか~?』
『当たり前じゃないのよ、みくるちゃんは2作連続での主演女優よ?光栄に思いなさい!』
『ふえ~ん、恥ずかしいですよ~』
『泣き言言わないの。それに今回の文化祭は映画だけじゃない、取って置きのサプライズプランを考えてあるんだから!』
『・・・さぷらいずぷらん、ですか?』
『今はまだ言えないけど、きっと成功すればあたし達SOS団が文化祭での主役になること間違いなしよ!
 皆の驚く顔が目に浮かぶわ、特にバカキョンなんて余りの驚きにアゴが外れるんじゃないかしら?』
『それは、私もやらなきゃいけないことなんですか・・・?』
『勿論よ!今回のプランはあくまでもSOS団団員全員が揃って初めて意味があるんだから!』
『映画の撮影は・・・』
『勿論、同時進行よ。まあちょっと時間的にきついかも知れないけど高校生活のたった3年間、2度と訪れない青春の
 1ページなんだからそれくらいの無茶はなんてことないわ!』

朝比奈さんの回想をまとめると、大体こんな感じの会話が交わされたそうだ。
「きっとそのサプライズプランがこのバンドのことだったと思うんです。
 あの時の涼宮さんは、本当に楽しそうな笑顔でした。この1年半、涼宮さんの色んな表情を見てきましたけど
 その中でも1番って言えるくらいでした」
俺は朝比奈さんの話に黙って耳を傾けていた。

朝比奈さんは更に続ける。
「それに涼宮さんは『SOS団の団員全員でやらないと意味がない』って言っていました。
 私達皆でやらないと意味がないって・・・。
 私、それでわかりました。涼宮さんはどうしてもSOS団の全員で文化祭のステージに立ちたいんだなって。
 そしてそれが実現することを何よりも楽しみにしているんだなって」
朝比奈さんは語りは止まらない。
「確かに昨日の涼宮さんは凄い怒っていたかもしれません。古泉くんの言うように世界が崩壊してしまっても
 おかしくないくらいだったかも知れません。それでもそうしなかったのは涼宮さん自身のどんな大きな不満や
 怒りなんかよりも全員でステージに立ちたいっていう気持ちの方がずっと強かったからなんじゃないかって思うんです・・・」
朝比奈さんはそこまで語り終えると小さく息をつき、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「つまり今の話を要約しますとですね、涼宮さんは閉鎖空間を発生・拡大させ、この世界を崩壊させてしまうことより
 SOSバンドとして文化祭に出場するためにこの世界を守ることを選んだ、という訳ですね。
 まあ、僕も朝比奈さんからこの話を聞くまでは、正直本気で『力』の消失を疑っていたのですが。
 そういう訳ならば僕も納得がいきます。実際その『力』のせいで僕のベースの腕前は未だプロ級を保ったままですしね」
古泉がすかさず解説を入れる。

朝比奈さんの熱弁を受け、俺はなんとも複雑な気持ちだった。
「俺はどうすればいいんでしょうかね・・・」
「涼宮さんに謝ってあげてください。きっと涼宮さんもキョンくんには悪いと思っているはずで・・・
 素直になれないだけなんだと思います。それで『また一緒に練習頑張ろう』って。
 そう言ってあげてください」

俺は、ハルヒがなぜアレだけバンドにこだわったのか、どうしてあんな短期間の内に3曲も書くほどの熱意を見せたのか、
その理由がわかった気がした。

「わかりました、俺、ハルヒと話をしてみます」
俺がそう答えると、朝比奈さんの真剣だった表情が天使かと見紛う程の嬉しそうな顔になった。
「本当ですか?」
「ええ、昨日は俺もどうかしてました、何とかハルヒと話をして、謝ってみます」
「よかった~。キョンくんならきっとわかってもらえると思いました」
朝比奈さんは本当に嬉しそうだ。

そして古泉はやれやれといった表情を浮かべ、
「話もまとまったようですね。いやはや良かったです。
 実は僕もですね、演奏しているのが何だか楽しくなってきてしまってですね、
 こんなことでバンドが解散、なんてことになるのはいささか悲しかったんですよ」
よく言うぜ、お前はハルヒのご機嫌取りが最優先だろうに。
「そんなことはありません。機関の思惑やその一員としての使命感を抜きにして・・・
 いちSOS団の団員として、僕は文化祭でのバンド演奏を成功させたいと思っていますよ
 それにベースを弾くのも楽しくなってきましたしね。何と言っても重低音がいいですね。
 下半身にこう、グッと響きます。なんとも気持ちのいいものですよ」
古泉のその台詞が何とも変態的に聞こえたのは気のせいだろう。
「私もです。最初はキーボードなんか弾けないって思ったけど、
 皆で演奏してたら、何だか楽しくなってきちゃいました。
 本番のために、鍵盤に突き刺す用のナイフも買ったんですよ?」
本気にしてたんですか・・・朝比奈さん・・・。
「冗談です♪」
「僕も涼宮さんの言うとおりにステージ用の靴下を新調しましたよ。
 ただ困ったのが、なかなかサイズに見合うものがなかったことですね。
 こうなったら着けないで出演しようかと考えたくらいですよ」
五月蝿い古泉。お前は黙っていろ。大体何だサイズって。そんなにデカイのかよ。


とにもかくにも、俺がハルヒに謝るということで話は何とかまとまった。
「そういえば――」
俺には1つ疑問に思っていることがあった。
「長門がこの場に来ていないのはなぜだ?」
そうである。今後の世界の行く末にも関るかも知れないという非常に重要なこの昼休み会合だったはずだが、
なぜかそういった事情に一番精通しているはずの長門の姿が見えない。

「長門さんは一応お誘いはしたんですがね・・・」
古泉は溜息をつき、答える。
「行く必要はない、と断られてしまいましたよ。理由を聞いたんですがね、
 『彼を信じている』と、ただ一言。それだけですよ。
 あなたを信頼しているのは涼宮さんだけじゃない、ってことです」
昨日、教室で呆然としている俺に同じ台詞を言った長門の姿が思い出される。
そうか、ありがとな長門よ。お前の信頼にも応えてやらなきゃな。

教室戻った俺はハルヒを探した。
しかしその姿を見つけることは出来ない。
結局、その日は放課後までハルヒは教室には戻ってこなかった。
もしかして帰ってしまったのか?
タイミングを逃したのかもしれない・・・。
そう考えながら、廊下を歩いていた俺の視界に見覚えのある人影がうつった。

「長門・・・」
その人影とは誰あろう長門であった。
長門はいつもの液体ヘリウムのような目で俺をみつめ、静かに言葉を吐き出した。
「涼宮ハルヒは軽音楽部の部室にいる」
「ほんとか!?」
どうやら帰ったって訳じゃなかったみたいだ。
「涼宮ハルヒはあなたを必要としている。行ってあげて」
俺はその一言で完全に決心がついた。

「重ね重ね済まないな。長門よ」
「いい」
ふと気付くと長門は手に筒状の何かを持っている。
「ところでそれは何だ?」
長門は表情1つ変えず答える。
「ダイナマイト。ステージでアンプを爆破するために調達した」
オイオイ・・・。長門もハルヒに言われたことを本気にしていたのか・・・。
それにしても・・・。
「お前も文化祭の本番を楽しみにしているのか?」
俺は何気なくそんなことを聞いてみたい気分になった。

「それなりに」

俺はそんな言葉を呟いた長門の表情の中に少しの期待を見出すことが出来た。

そして俺は今、軽音楽部の部室兼SOSバンドの練習室の前に立っている。
長門の言うことが正しければ、ハルヒはこの中にいるはずだ。
ふと気付くと、教室の中から何かが聞こえてくる。
それは聞き覚えのあるメロディー、昨日俺が聴いたハルヒのオリジナル曲に相違なかった。

意を決して中に入る。
するといた。ハルヒである。
ハルヒは背を向け、アンプに腰掛けてギターをつま弾いている。
そのメロディーは、昨夜俺が聴いた3曲の中の1曲、
確か『ハレ晴レユカイ』とかいうタイトルの曲だ。
俺はしばらくハルヒの弾くギターの音色に聴き惚れてその場に立ち竦んでいた。

しばらくして、演奏がピタッと止んだ。どうやら俺が入ってきたのに気付いたらしい。
ハルヒは首だけ振り返り、俺の姿を認めるとすぐにまた背を向けてしまった。
気まずい沈黙が流れる。俺は再度意を決して言葉を発する。
「今の良かったぞ。何て曲だ?」
知ってるくせにな。我ながら白々しい。
ハルヒは背を向けたままだ。無視されているのかと思いきや、静かに口を開いた。
「何よ、あんた脱退したんじゃなかったっけ?」
何とも厳しいお言葉だ。しかし俺はめげない。
「その筈だったんだがな。どうもこのままだと寝覚めが悪い――」
ハルヒは黙って俺の言葉を聞いている。
「そりゃあ俺は音楽的な才能もないし、いつまで経ってもまともに演奏できてない。
 だから、お前の要求はいくらなんでも無理だろうって思う時もある。
 でも・・・それでも俺はこのSOSバンドでの文化祭を成功させたいと思ってる。
 朝比奈さんや長門や古泉と一緒に・・・、
 そしてハルヒ、お前と一緒に・・・文化祭のステージに立ちたいと思ってる。
 だから・・・昨日は済まなかった。俺にもう一度ドラムを叩かせてくれ」

俺がそこまで言い終えると、相変わらず背を向けたままのハルヒが口を開く。
「何よ、そんなこと言って、あんだけ取り乱したあたしが何だかバカみたいじゃない・・・」
抱えていたギターをアンプに立てかけ、ハルヒはこちらを向く。
「でもまあ、あんたがどうししてもって言うなら・・・許してあげないこともないわ!」
「ほんとか?」
「た・だ・し!団長に逆らった罪は重いわよ!
 これからあんたには罰として寝る暇も惜しんでドラムの練習に励んでもらうわ!
 勿論映画の撮影に力を抜くことも絶対許さないだからね!」

かなり重い罰を課されてしまったようだがそれでも俺は心底安心していた・・・。
その安心感が俺に不用意で思い出すだけでも恥ずかしい一言を言わせてしまった。

「よかった。これでまたお前の歌が聴けるんだな・・・」

言った瞬間顔から火が出そうな恥ずかしさに襲われた。
手元にショットガンがあったなら、すぐにそれを口にくわえて引金を引きたいぐらいだね。
そうして涅槃の境地に到りたいくらいさ。

「ふ、ふんっ!SOS団団長の神聖なる歌声をタダで聴けるのよ!
 少しはありがたく思いなさいよねっ!」
ハルヒも心なしか顔を赤らめているように見えるし・・・。

俺は気を取り直し、ハルヒに話しかける。
「実はな、さっきお前が弾いてた曲は既に知っていたんだ。
 昨日お前が落としてったMDでな」
ハルヒは特に驚いたこともなく答える。
「何よ、無い無いと思ってたらあんたが持ってたってわけ?」
「別に悪気があったわけじゃないんだがな。まあとにかく曲聴いたぞ」
「ふん、せいぜい私の作った曲のクオリティの高さに驚いたでしょうね」
ハルヒは吐き捨てるように言う。
「ああ、凄かったよ。アレならオリコン10位以内だって狙える」
これは俺の本音だ。
しかし、ハルヒは一層顔を赤らめる。茹で上がったエビみたいだ。
「あ、当たり前じゃないっ!今の日本の音楽業界は腐ってるわ!
 あんな有象無象のクオリティの低い曲が売れるぐらいならそれくらい当然よ!
 むしろ1位を取って然るべきね!」
それは流石に無理だろうが、ハルヒの機嫌も何とか少しは上向きになってくれたようだ。

「とにかく! あたし達SOSバンドが文化祭のステージをジャックするにはまだまだ練習が足りないわ!
 今からすぐに練習よ!キョン!そうとなったら今すぐに他の団員達を招集しなさい!」

こうしてSOSバンドの活動再開が高らかに宣言されたというわけだ。

そこからの数日はこれまで以上の多忙を極めた。
まずは映画の撮影。文化祭本番3日前に何とかクランクアップしたものの、
超監督の理解不能な撮影方針によって取り溜められた映像の殆どが訳のわからないものであり、
ギリギリのウェイトレス衣装で未来人的なナゾのビームを目から発射させられている朝比奈さんや
スターリングインフェルノとかいうショボイ棒切れをくるくる振っている黒ずくめの悪い宇宙人長門、
やっとのことで自分の持つ超能力を自覚したはいいものの、ニヤニヤ笑ってるだけで存在感のない古泉、
その他、再度脇役で登場した鶴屋さんのぶっ飛んだアドリブ、国木田や谷口のビミョーな演技、
今回は人語を話すという暴挙は犯さなかったものの、
それではタダの猫であり劇中に登場する意図が全くわからないシャミセンのあくび、
訳もわからずはしゃぎまわるだけの俺の妹、といったようなものであった。
こんなものを編集させられる俺は一体どうすりゃいいんだ?
本当にこれなら朝比奈さんのプロモーションビデオを作った方がマシってもんだ。
まあ、そのくらいにヒドイ出来だったわけである。

そんな状況に頭を抱えていた俺ではあったが、ハルヒも何だかんだいっては手伝ってくれた。
しかしそれでも映画としての体裁を整えるにはほど遠い。
これはもう本気で今年こそ朝比奈プロモーションクリップにするしかないと思っていた俺に救いの手が差し伸べられた。
それは誰あろう長門である。何か長門に頼ってばかりだよな・・・俺。
長門は大量のビデオテープを目の前にし、ウンウン唸っている俺を見かねたのか
「貸して」
と言うと全てのテープを家に持って帰ってしまった。
するとびっくり、次の日には長門は全ての映像編集を完成させてしまっていた。
朝比奈さんの目から出るビームのCGや効果音、BGMまでばっちりだ。
「完成した」
そう言ってマスターテープを俺に手渡す長門、これまた去年も同じようなことがあった気がするな・・・。

そして問題のバンドである。
ハルヒの作ったオリジナルの3曲が既存の2曲と共にセットリストに加わり、
SOSバンドは殆どのメンバーが初心者にも関らず、5曲も演奏しなければならないという重荷を課せられた。
いや、初心者といってもハルヒのトンデモパワーでプロ並みの腕前になってしまった古泉と朝比奈さんはまだいい。
結局初心者のままの俺は、毎日ヘトヘトになるまでドラムを叩き続けていた。
God Knows...とLost My Musicの2曲に関しては何とか形になってきたものの、更に3曲を覚えるのは相当にキツイ。

しかしハルヒにアレだけの見得を切ってしまった以上、俺も諦めるわけにはいかない。
とにかく毎日、暇を見つけては軽音部の部室に出向き、寝食を忘れてといっていいほど練習を繰り返した。
そのおかげかこれまでペンダコすら出来たことのない俺の指には立派なマメが出来てしまったりもした。
更に、ドラムのことは同じドラマーに聞けばよいと考えた俺は週末、映画の撮影の後、独りで駅前のライブハウスに足を運んだ。
そう、あのENOZのライブを見に行ったのである。

率直に言って彼女達の演奏は相変わらず素晴らしかった。
狭いライブハウスではあったがその分観客の熱気も凄まじく、演奏中はあちらこちらでモッシュ&ダイブまで起こっていた。
そしてGod Knows...とLost My Musicに関しては彼女らが本家であり、岡島さんのドラム演奏は非常に参考になった。

俺はライブ終了後、挨拶も兼ねて彼女達の楽屋を訪ねた。

ENOZの面々は初め俺を見たときは誰だかわからなかったようだったが、ハルヒの名前を出すや否や、合点がいったらしい。
俺はSOS団がバンドとして文化祭に出演すること、彼女達が本家である2曲をカバーさせてもらうこと、
ハルヒが作ったオリジナル曲のこと(勿論デモテープも聴いてもらった。すこぶる好評だった)等をつらつらと話した。

「そうかー、あの涼宮さんがねー」
ドラムの岡島さんが感慨深げに呟く。
「涼宮さんならきっとまたスゴイ演奏をしてくれると思うよ」

「私達、ほんと涼宮さんには感謝してるんだ。
 あのステージが無かったら私達の曲を皆に知ってもらうこともなかった思うし・・・。
 きっと卒業してメンバーも皆バラバラになって、バンドも自然消滅してたかも知れない・・・」
ベースの財前さんは遠い目をして語る。
「今私達が4人で活動を続けられるのもあのステージがあったからだと思う。
 本当、涼宮さんには足を向けて寝れないわ。勿論ギターを弾いてくれた長門さんもね」

ひとしきりの会話を終え、俺は本題でもあるドラム演奏についてのアドバイスを求めてみた。
するとドラムの岡島さんはひとしきり考えた後・・・
「口で言ってもわからないところがあるし・・・。そうだ!
 実際に叩いてみるのが手っ取り早いと思うよ?」
と言うと、客のいなくなったステージに俺を上げてくれ、実演を交えた指導を行ってくれた。
時々、「ここの叩き方はこう!」とか言ってスティックを持つ俺の手を握られたりしてしまうなど、
何とも気恥ずかしいば場面もあったりもしたが、岡島さんは流石本家だけあり、非常に的を得た指導だった。

「本当にありがとうございました」
俺は懇切丁寧なアドバイスをくれた岡島さんはじめとするENOZの面々に頭を下げた。
「いいのよ、このくらい。私達が涼宮さんに受けた恩に比べればなんてことないわ」
岡島さんが恐縮する。なんて腰の低い良い人達なんだろう。少しはハルヒに見習わせたいね。

「最後に1つだけアドバイスさせてほしいんだけど・・・」
「何でしょう?」
「バンドっていうのは、メンバーが誰ひとり欠けても成り立たないものだと思うの。
 私達も今でもこの4人でやれてることに凄い喜びを感じてるしね。
 だから君もバンドのメンバーを・・・SOS団のメンバーを大切にしてあげてね。
 そうすれば技術とか関係なく、きっといい演奏が出来ると思うよ」
朝比奈さんや古泉が同じようなことを言っていたのが思い出される。
SOS団のメンバー全員で・・・か。俺にもやっとハルヒの気持ちがわかってきたのかもしれない。

俺はもう1度彼女達に謝辞を述べ、帰途につこうとした。
すると財前さんがニヤニヤとした表情で近寄ってきて、俺に耳打ちをしてきた。
これまたちょっと恥ずかしいな・・・。
「そういえば・・・その後涼宮さんとはどうなのかな?『オトモダチ』の関係から進展した?」
「はぁ?」
俺は何とも間の抜けた声をあげてしまった。正直彼女の質問の意図するところが掴めない。
そんな俺の間抜けな表情を見て、彼女達は意外そうな表情を浮かべたかと思うと、
一様にやれやれと両手を挙げ首を振るジェスチャーをしている。「だめだこりゃ・・・」なんて言葉も聞こえたりする。
まだ状況を良く掴めないまま呆けてる俺に財前さんは更に言葉を続ける。
「まあ、君のペースでやればいいんじゃないかな?
 そんな所も君の味だと思うし・・・。
 でも女の子を余り長く待たせるのは感心しないよ~?」
「はあ・・・??」

最後まで彼女達の言わんとするところはわからぬまま、その日は終わった。

そしてとうとう文化祭の当日になるわけだが、実はこの前日ちょっとした問題が発生していた。
というのも文化祭のステージにおいて何らかの出し物をする際は文化祭の実行委員と生徒会の許可を取らなくてはならないのだ。
俺達はバンド練習と映画撮影に夢中でそんな当たり前のことも忘れていた・・・。
出し物の申請期限はどうやら一昨日だったらしい・・・。あの時は映画の編集で忙殺されていたからな・・・。
さて、この事実をハルヒが知ったらそれこそ世界崩壊一直線だ・・・。
しかし、この件に関しては生徒会長と「太いパイプ」とやらを持つ古泉の口利きによって何とかなり、
特別に申請抜きでも文化祭のステージに出演できる運びとなった。
古泉には感謝したいところだが、そもそもそんな基本的なミスをお前が犯すとはな・・・。
俺達がどれだけバンドと映画だけに集中していたかが伺えるというものだ。

ちなみにあの毒舌生徒会長は、
「フン、またあのおめでたい女のご機嫌取りの為に使われるのはいい気はしないが、
 今度はバンドだろ?せいぜいマトモな演奏になるように願うぜ。
 まあ、あの女にはマジで音楽の才能はあるみたいだしな――」
と、相変わらずハルヒのご機嫌取りに利用されるのに不満げながらも
「そうそう、古泉。お前ステージで全裸になるんだって?
 あの女の歌を聴いているのも癪だし、お前がぶら下げている方の『ベース』でも見に行ってやるよ」
と、煙草をくゆらせながらのたまってくれた。
というか生徒会としては文化祭のステージでストリーキング行為を行うことにはお咎め無しなのか?
古泉も古泉だ。「是非楽しみにしていてください」なんて言ってんじゃねえ。

さて、本当の問題はこのことではない。
実は、俺の腕が限界に来ているということだ。
端的に言うと、凄く痛い。
この1ヶ月、慣れないドラムという楽器を叩きに叩きまくり、
特にこの数日間は寝食も忘れて練習に没頭していたこともあり、とうとう腕が悲鳴をあげたというわけだ。
「何も前日にこんなことになる必要はないじゃないか・・・」
風呂の中で腕をマッサージしながらひとりごちた。
果たして、明日のステージを無事こなせるだろうか・・・。

文化祭当日である。結局腕の痛みは取れないままだ。
勿論、このことはハルヒはじめ他の団員には話していない。
後で考えれば、長門あたりに頼めば一瞬で治療してくれたりしたのではないかとも思うが、
残念なことにその日の俺はそこまで頭が回らなかった。

ステージでの出し物が行われるのは午後からである。
それまで俺は去年と同じように谷口と国木田と共に校内をグルグル回っていた。
視聴覚室では俺達が制作した映画が上映されているはずだが、
あんなわけのわからない映画を、しかも編集段階でイヤというほど見たものを、
改めて見に行くほど俺はヒマではない。

「まあとりあえずはナンパだろ。今年は結構他校からも女の子が来てるからな」
相変わらず谷口はナンパにしか興味がないらしい。成功率ゼロのくせによく懲りないもんだ。
「それより僕はお腹が空いたな。なんか食べに行こうよ」
とは国木田の弁である。
「そういえばキョン、今年は朝比奈さんのクラスの出し物の割引券とか貰ってないの?」
そうだった。去年と同様、朝比奈さんのクラスは焼きそば喫茶をやるらしく、その割引券をしっかり今年も貰っていたのだ。
ついこの間朝比奈さんが鶴屋さんと共に俺のクラスまでわざわざ足を運んでまでくれたのに失念していた。
「おお!マジか!今年も朝比奈さんのあの衣装が見れるっていうならこりゃナンパどころじゃないな!」
谷口も飢えた魚のような食いつきを見せる。

うむ。確かに朝比奈さんと鶴屋さんのあの麗しいウェイトレス姿を見れるというのならば行って損はない。
もしかしたら余りの麗しさに俺の腕も癒されたりしてな。

結論から言うと、今年も朝比奈さんのクラスの焼きそば喫茶は素晴らしかった。
何が素晴らしいって、ウェイトレス姿の朝比奈さんと鶴屋さん以外にない。
基本的に去年の衣装と似たものだったが、それをベースに更なるバージョンアップを施したものらしい。
しかし、本当に朝比奈さんのクラスにはプロ並みのデザイナーか何かがいるに違いない。
これがSSなのが残念だね。是非皆にお見せしたいくらいさ。

ちなみに、食券のもぎり役である朝比奈さんは少し恥ずかしそうな面持ちであったが、
それとは対照的に今年も廊下にまで出て客引きをしていた鶴屋さんは何とも元気であった。
「お、キョンくんとそのオトモダチ!いらっしゃいっ!」
「今年も盛況ですね」
「去年があんだけ大繁盛だったからねっ!味を占めて今年もまったく同じ出し物にしたのさっ!
 いやぁほんとにボロ儲けだよっ!笑いが止まらないねっ!」
「鶴屋さんや朝比奈さんがいますからね」
「ありゃー、キョンくんも上手いこというねっ!おねえさん感激にょろよっ!」
いやいや、本心ですよ。

「そういえばキョンくん、今年はバンドやるんだってねっ!みくるから聞いたよっ!
 めがっさ頑張るにょろよっ!あたしも見に行くよっ!」
「ありがとうございます」
鶴屋さんは台風が過ぎた後の晴れ渡った青空のような笑みでそう言うと、俺の腕をバンバンと叩いた。
正直、痛めていた腕にはかなりの衝撃だったが俺は何とか表情を崩さずにいた。

その後、ナンパをしに行ってしまった谷口と他のクラスの出し物を見に行ってしまった国木田と別れ、
俺は独りで校内をブラブラとしていた。午後のステージまではまだ時間がある。
ちなみに、朝比奈さん以外の団員達のクラスの出し物についてもここで紹介しておこう。

長門のクラスは今年も占いの館とやらをやっている。
どうやらこちらも去年好評だったのに味を占めたようだ。
黒ずくめの悪い魔法使いの衣装に身を包んだ長門が相変わらず、一歩間違ったら未来予知とも言えるような
具体的過ぎる占いをして、客を引かせてしまっているのではないかとの心配もしたが、
チラッと覗いてみた感じ、何とかしっかりやっているようだ。

古泉のクラスは今年は演劇ではないようだ。
「映画にバンドに演劇、いくら僕でもちょっとこれは厳しいですしよかったですよ」
なんて古泉は前に言っていたが、果たしてアイツのクラスでは何をやっているのかというと――
何と、『執事喫茶』であった・・・。これはアレか、所謂メイド喫茶の男版みたいなもんか・・・。
パリッとしたタキシードに身を包んで接客をしている古泉、ムカツクが似合っている。
「お帰りなさい、お嬢様」とか白々しい台詞まで吐いてやがる。
客層も女の子が殆どで、他校からきたと思しき子も見受けられる。
その殆どが古泉のタキシード姿に見とれているようだ。やっぱりムカツクな。
というかよく執事喫茶なんてやろうと思ったな。それだけ古泉のクラスにはイイ男が多いってことか。
古泉は俺の姿を見つけるや否や気味の悪い笑みを浮かべ、こう言った。
「バンドの出番までにはまだ時間がありますからね。
 今までそちらの活動で忙しく、クラスの出し物の準備に貢献できなかった分、
 こうして午前中だけでもクラスのために奉仕している、というわけです。
 せっかく来たんですし、お茶でも飲んでいきませんか?」
断る。野郎に「お帰りなさい、ご主人様」とか言われて喜ぶような特異な性癖は持ちあわせちゃいない。
「それは残念です。
 実のところ、今回の出し物は当初は執事喫茶ではなく『自動車修理工喫茶』に僕はしたかったんですけどね。
 ウェイトレスの衣装はタキシードでなく全員ツナギでね。勿論ターゲットとする客層は男性です。
 でもその意見はクラス会議で却下されてしまったんですよね・・・」
当たり前だ、変態め。大体何だツナギって。そんなもん喫茶店じゃねえ。ハッテン場になっちまう。

そんな変態古泉を無視し、更に俺は校内をブラブラしていた。
しかし特に目につくような出し物はない。
正直、それでもこうしてブラブラしていないと午後のステージのことが気にかかってしまう。
そして腕の痛み。コイツはとうとう最後までどうにもならなかったみたいだ。

そして午後、俺はステージに出演する生徒の控え室である舞台裏の楽屋に足を運んだ。
そこには俺以外の面子が既に顔をそろえていた。
「ちょっと遅いわよ!キョン!」
そう言うハルヒは何とバニーガール姿でギターを抱えている。どうやら去年と同じ衣装でステージに上がるらしい。
ちなみに長門は相変わらずあの黒ずくめの魔法使いの衣装。
当初はハルヒとお揃いでバニーガール服のはずだった朝比奈さんは、映画で着ていた戦うウェイトレスの衣装である。
ハルヒいわく映画の宣伝の一環らしい。
そして全裸での出演を宣言していた変態古泉はなぜかさっきの執事の衣装である。
「本当は全裸のはずだったんですが・・・急遽文化祭実行委員の方からクレームが入りましてね。
 土壇場での衣装変更ですよ。靴下を着けても駄目だそうです・・・」
残念そうに語る変態。実行委員の皆さん、グッジョブです。
しかし、俺だけ普通に制服か。逆に浮くんじゃないか、コレ?


「いよいよ本番ね!あたし達SOSバンドが文化祭を牛耳る日がとうとうやってきたのよ!
 みんな、気合入れていくわよ!」
張り切って叫ぶハルヒ。
「練習の成果を見せるときです~!」
意気込む朝比奈さん。
「全裸でないのは物足りないですが、やるだけのことはやりましょう」
ニヒルに微笑む変態古泉。
「・・・」
無言ながらその瞳の奥には燃える意気込みが感じられる、ように思える長門。
「みんな準備はいいわね!さあSOSバンドの華々しいデビューの瞬間よ!」
最後にハルヒが俺達に再度気合を入れる。
準備は整った。こうなったら俺も覚悟を決めるしかない。
腕の痛みを忘れるくらい叩いて、叩いて、叩きまくってやるさ。
俺達、SOS団のためにも。
そして、何よりもこの日を楽しみにしていたハルヒのためにもな。

舞台の袖、俺達は出番を待っている。
さっきまで興奮気味だったハルヒも黙っているし、朝比奈さんも幾らか緊張したような面持ちだ。
ニヤニヤ笑っていた古泉も真剣な表情になっている。
長門は・・・相変わらずだろう。生憎、トンガリ帽子と舞台袖の暗さによって表情は伺えないが。
舞台では俺達の前の出番である軽音楽部のバンドが演奏している。
メンバー皆がデーモン小暮みたいなケバケバしい衣装を着込んで、グロテスクなフェイスペイントを施し、
騒音とも思えるような大きな音にのせて「SATSUGAIせよ!」とか「下半身さえあればいい!」とか連呼している。
オイオイ、物騒なバンドだな。というか、コイツら去年も出てなかったけ?
サクラと思しき一部の男達は盛り上がっているが、正直それ以外の観客はドン引きだ。
会場の空気も薄ら寒いものになっている。
オイオイ・・・俺達の出番の前になんてことしてくれるんだよ・・・。

「テンキュウ!」
曲が終わり、ボーカリストが吐き捨てる。
やっと終わってくれたみたいだ・・・。
次が俺達SOSバンドの出番である。緊張が高まる
ステージではいったん幕が閉められ、楽器やアンプ、音響のセッティングが行われているようだ。
朝比奈さんも古泉も長門も誰一人言葉を発しようとしない。
そんな中、ハルヒは緊張した面持ちを更にグッと引き締め、ウサミミのヘアバンドを揺らしながら
じっと舞台の床に視線を向けたり、虚空を見つめたりしている。
こいつがここまで緊張するのははじめて見るんじゃないか?

「ハルヒ、緊張しているのか?」
俺は思わず聞いてしまった。ハルヒは俺の方へ振り返ると――
「そんなわけないでしょ、それよりキョン!今日こそはショボイ演奏は許されないんだから、
 しっかり叩きなさいよねっ!」
ああ、わかってるさ。その為に一度は脱退したこのバンドに戻ってきたわけだし、今日まで練習してきたんだからな。
今日こそはハルヒ、お前の信頼とやらに応えてやろうじゃないか。

「続いては、一般参加の『SOSバンド』の演奏です」
放送部の女子部員によるアナウンスが流れる。いよいよ出番だ。
観客は『SOSバンド』という珍妙な名に反応しているようで、少しザワザワしている。
クスクスという失笑もあちらこちらから聞こえたりして・・・まあ予想はついたがな。

そんな会場の雰囲気もどこ吹く風、ハルヒはギターを抱えて颯爽とステージへと歩いていく。
それに続いて朝比奈さん、同じくギターを抱えた長門、ベースを抱えた古泉、
最後に俺、がステージへと上がっていく。
観客が意外に多い・・・。それにステージってこんなに高かったのか?
俺は今更ながら、多くの観客の前に立ち、演奏をするという行為にどうしようもない緊張を感じていた。
チクショウ、足が微妙に震えてやがる。

ハルヒや長門、古泉といったギター組はシールドをアンプに接続し、チューニングを行っている。
朝比奈さんはキーボードの前に立ち、念入りに鍵盤の感触を確かめている。
俺は、ドラムセットに座ると、1つ息をつき、前を見た。
観客席となっている体育館のフロアにはいつのまにか大勢の人が集まっている。
この全ての人間の視線が自分に向くんだ。これで緊張しない方が嘘ってもんだぜ。
そしてこの位置だと、俺の真正面にはギター&ボーカルのハルヒが立つことになる。
正直言って、ハルヒはバニーガール服を着込んでいるわけであり、ここからだとお尻のラインや
露出しているキレイな肩などが丸見えであり、目のやり場に困るところである・・・。

メンバーの配置は観客から見て左から――
キーボードの朝比奈さん、ギターの長門、ギター&ボーカルのハルヒ、ベースの古泉
そしてハルヒの真後ろにドラムの俺、という形である。
と、そんなこんなしている内にギター組のチューニングも完了したようだ。

相変わらず観客はざわついている。そりゃそうだろう。
『SOSバンド』なんて変な名前の集団が出てきたと思ったら、
見た目だけは文句のないバニーガールに妖精のように可憐なウェイトレス、
置物のように静かに佇む黒い魔法使いにタキシードの変態執事がいるんだもんな。
去年の文化祭でハルヒと長門のステージを目撃している人間なら少しは驚きが少ないかもしれないが・・・。

ふと気付くと、メンバー全員が俺へ視線を向けている。
朝比奈さんは女神のような微笑を浮かべ、長門は相変わらず無表情ながらも真摯な瞳で、
古泉はコレまでにないくらい気持ち悪いニヤケ顔で・・・。
それぞれがこのステージに立てたことに言いようのない満足感を覚えていることがそこから伺えた。

そして、ハルヒ。客席に背を向け、俺を見つめるその顔は――
おそらく一生忘れることも出来ないだろうというくらいに、優しい、優しい笑顔だった。

ハルヒが俺に向かって頷く。ウサミミが揺れている。
その仕草をみた朝比奈さん、長門、古泉は途端に真剣な表情になる。
どうやら演奏開始の合図らしい。

俺はハルヒに向かい、黙ったまま頷き返し、スティックを振り上げた。

さあ、SOSバンドのライブの始まりだ。
1曲目は――『パラレルDAYS』
ハルヒ書下ろしの新曲だぜ。

『パラレルDAYS』は1曲目に相応しい疾走感のあるロックナンバーだ。
しかしこの曲、ドラムの難易度は半端じゃない。
なんせ曲の入りが俺のドラムからなのだ・・・!
しかし、思い切って叩き出したビートは、自分でもびっくりするくらい、素晴らしい出来だった。
ドラムをしばき倒す打撃音が体育館の壁に反響し、俺の鼓膜にまで返ってくる。
よし!イントロ成功だ。
即座にキーボードが、ギターが、ベースが、俺のビートに一気に覆いかぶさってくる。
長門のギターが流れるようなメロディラインを、ハルヒのギターが正確なリズムカッティングを刻み、
古泉の弾き出す重低音がそれを支え、そして朝比奈さんのキーボードが色とりどりの彩色を加える。
今まさに、バンドが走り出したんだ。

そしてハルヒがスタンドマイクの前に歩み寄り、歌い出す。
体育館の天井を突き破って、空の先まで、月まで、届きそうな程の伸びやかで美しい輪郭を持った声。
今日のハルヒはどうやら絶好調らしい。

ああ――この歌声を聴くために俺はドラムを叩いているんだ――
いつか思わずハルヒにこぼしてしまった失言も、この歌声を聴いた今は本音だって胸を張って言えるね。

観客はハルヒの歌声、長門の超絶ギター、朝比奈さんと古泉のプロ並みの演奏に驚いている。
俺のドラムも何とか4人についていけている。
そして曲はサビへと展開する。

『おいで忘れちゃダメ 忘れちゃダメ 未来はパラレル――
 どーんとやってみなけりゃ 正しい? いけない? わからない!』

まさにハルヒを象徴するような歌詞だ。
俺は夢中にドラムを叩きながらも、最初は驚きに静まり返っていた観客が
曲に合わせ手拍子を鳴らし、拳を振り上げ、声をあげる様子を視界の端に認めることが出来た。
そして俺の真正面に立って、マイクに向かい、天上の美声を紡ぎだすハルヒが普段よりずっと大きく見えた。

そして曲は間奏の長門のギターソロパートへと進む。
ココは『パラレルDAYS』における最難関とも言えるパートである。勿論長門はどんなに難しいソロであろうと
完璧に弾きこなしてしまうだろう。問題は俺である。
ドラムのソロパート(しかも叩きまくり)がある上に、長門のソロのバックではツーバスという高等技術を披露せねばならない。
ツーバスとは、ドラムセットの中で最も大きく、足でペダルを蹴って低い音を出すドラムのことだが、
通常は1つのこのドラムを2つセットし、両足でドカドカ連打するのである。
(※こんなの http://www.cozypowell.com/images/kit1981.jpg)
要するにムチャクチャ高度なテクと体力が必要って訳だ。
正直、あのENOZの岡島さんですら「このパートはちょっと難しいね~」とおっしゃっていた。
つまるところ、1曲目から初心者ドラマーであるこの俺に最大の山場が訪れてしまったというわけだ。

ハルヒの歌が止み、古泉が軽やかなフレーズをベースで刻む。そしてドラムソロ――
「うおりゃーっっ!!!!」
思わず声に出てしまう程の力を込めてドラムをしばき倒す。スムーズさはイマイチだったが何とか成功!
するとハルヒが流れるようなピックスクラッチ(※弦に対してピックを垂直に当てて滑らせることにより独特の効果を得る奏法)
を決め、それに呼応するかのように長門がスッと前に出てソロを取り始める。
さあ、こっから俺はツーバス連打だ。動け!俺の両足よ!

『ドカドカドカドカドカ・・・・・・』
自分でも不思議なくらい両足が動く!そんな俺に触発されたのか、長門のソロにも一層熱がこもる。
古泉も朝比奈さんもノリノリで身体を揺らしながら演奏している。
ハルヒは最大の難所を越えて見せた俺の方にちらりと顔を向けると満足そうな笑みを浮かべた。
そして、再びマイクに向かい、サビを熱唱する。

観客の熱気も1曲目にして最高潮だ。アウトロの『ラララ~』のパートもハルヒと共に合唱までしてくれている。
所謂シングアロングってやつだ。そしてそんな熱狂を保ったまま、長門の再びの超絶ギターソロと共に曲は終了する。
湧き上がる拍手と歓声。当初はその珍妙な名と衣装から好奇の目を向けられていた俺達SOSバンドは、
1曲目にして完全に観客に受け入れられたようだ。

間髪置かず、ハルヒの合図と俺のスティックのカウントから2曲目が始まる。
2曲目はこれまたハルヒ書下ろしの新曲『冒険でしょでしょ?』だ。
1曲目とは打って変わってのポップなミディアムナンバーである。
『パラレルDAYS』の主役が俺のドラムだとするならば、この曲の主役は朝比奈さんの表情豊かなキーボードプレイと
ハルヒの情感のこもったボーカルが主役だ。

俺や古泉は黒子に徹し、堅実にリズムキープに勤める。長門は朝比奈さんのキーボードにあわせコードを鳴らす。
その朝比奈さんは何と左右2台!のキーボードを両手を使い、引き倒す。まさに神業だ。
(※こんな感じ http://www.messyoptics.com/bird/ELP-1.jpg
しかもキーボードを弾きながらバックコーラスまで付けている。ただし、歌声は相変わらずポンコツだがな。
そしてハルヒはあの閉鎖空間の神人でさえ、聞き惚れて破壊活動を止めてしまいそうな程の歌声を体育館中に響かせる。

『冒険でしょでしょ! ホントが嘘に変わる世界で――
 夢があるから強くなるのよ 誰の為じゃない』

とうとうあの長門までも、曲のリズムに合わせて微妙に身体を揺すり始めた。
俺にしかわからないぐらいに微妙な、小さな揺れではあるが。
あの長門をもノらせてしまうとは、音楽の力とは何と恐ろしいものだろう。

観客はハルヒの歌にあわせ、手拍子を叩く。大勢の人間が一度に手を叩くとこんなにも大きな音になるモノなのか。
正直、その微妙にズレた手拍子に何度かリズムを狂わせかけられた俺ではあったが、
その度毎に古泉が気味の悪いアイコンタクトを俺に送ってリズムを修正してくれる。
そういえばヤツは「バンドにおいてはベースとドラムのコンビネーションが大事」なんて言ってたが、こういうことだったのか。
まあ、さすがに一心同体にまでなる気はないがな。
そして、曲はエンディングを迎える。一層に大きくなる観客の歓声と拍手。
歌い終えたハルヒは肩で息をしている。2曲続けてあれだけの熱唱をしたんだ。疲労も当然だろう。
それと同じくらい疲労している俺も備え付けのペットボトルの水に口をつける。
そういえば懸念されていた腕の痛みは今のところ感じない。何とか持ったみたいだな。
ハルヒは息を整えると、再びマイクに向かって歩み寄る。事前の段取りではここで一旦MCが入るはずだが・・・。

「えー、こんばんは。SOSバンドです――」
ハルヒが観客に向かって語り出す。
「もしかするとあたしとこっちの有希は去年の文化祭の時に見たことあるっていう人がいるかも知れないけど、
 そう、去年ENOZのステージに急遽出演させてもらいました。あの時はホントに急の出演で・・・
 あまり準備する時間も無かったんだけど・・・今回は自分達のバンドでこうして出演しています」
ハルヒはウサミミを揺らしながら一言一言搾り出すように話す。何というか緊張しているみたいだ。
アイツでも緊張するなんてことがあるんだな。

「私達SOSバンドは殆どのメンバーが楽器初心者で・・・さっきの演奏も上手く出来たかどうか自信ないけど、
 練習だけはしっかりしてきたからそんなに恥ずかしくない出来だったんじゃないかしら」
いや、あの観客の盛り上がりを見れば恥ずかしくない出来どころか、とんでもなく素晴らしい出来だったと言えるだろう。
「ああ、ちなみに今演奏した2曲、『パラレルDAYS』と『冒険でしょでしょ?』は・・・
 実は今回の文化祭のためにあたしが作ったオリジナルの曲です。
 作曲なんて今回が殆どはじめてみたいなものだし・・・イマイチだったかもしれないけど、
 皆凄い盛り上がってくれて・・・ホントにありがとう」
先の2曲が実はハルヒの作詞作曲だったことが判明し、観客は一様に驚いているようだ。
そりゃそうだろう。ハルヒ自身は珍しく謙遜しているが、
2曲共オリコンランキングに入ってもおかしくないくらいのクオリティであり、
そんな曲を一介の女子高生が作ってしまったことには驚きを隠せないってのが普通だ。

「えっと、それじゃあバンドのメンバーを紹介したいと思います!」
さて、文化祭バンドの定番、メンバー紹介である。
事前の打ち合わせでは、ハルヒにコールされたメンバーは各自自分の楽器で短いソロを披露しなければならない、
ということになっている。

「キーボードはあたし達SOS団の萌え萌えマスコット!未来からやってきた戦うウェイトレスにして
 狂気のキーボードプレイヤー、みくるちゃん!」

「ふええ~!?いきなり私ですか~!?」
いきなりハルヒに振られた朝比奈さんはまさか最初に自分がコールされるとは思っていなかったらしく、酷く狼狽している。
観客席からは「ウオーッッ!!!」という主に朝比奈ファンクラブの男子連中が構成すると思われる野太い歓声が沸く。
その歓声の中には谷口の声なんかも聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。
朝比奈さんは戸惑いながらもキーボードの鍵盤に両手を添えると流麗なフレーズを弾いてみせた。
その音色はまさに天使の歌声のような甘さを持って、体育館中に響いた。
まあ、弾いているのが天使のようなお方だからな。

「みくる~っ!!めがっさかっこいいにょろよ~っ!!」
この歓声は鶴屋さんに相違ない。あの人もしっかり見に来てくれているようだ。
「ちなみにみくるちゃんは私達が制作した映画『朝比奈ミクルの冒険 EPISODE01』にも主演しているわ。
 みんな是非是非見に行ってね!みくるちゃんの歌う『恋のミクル伝説~第2章~』も聴けるわよ!」
そしてちゃっかり映画の宣伝までしているハルヒであった。

「ベースはSOS団のクールな副団長!古泉君!」
朝比奈さんに続き、ハルヒのコールを受けた古泉は相変わらずのニヤケ顔でベースを構えると、
目にも留まらぬスピードでファンキーなフレーズを次から次に弾き出した。
いつかアイツが披露して見せたスラップ奏法というヤツである。
弦が古泉の指に弾かれる『バチン バチン』という音が響く。
そしてそれを受けて上がる歓声。その殆どが女子の黄色い歓声である。
やっぱりムカツクな。古泉ファンの皆さん、騙されないでくれ。
ソイツは全裸でステージに上がろうとした真性の変態だぞ。

「ギターはSOS団が誇る最強のオールラウンダーにして無口キャラ!有希っ!」
長門はコールを受けはしたものの、ピクリとも反応しない。
オイオイ長門よ、そこは何でもいいからギュイーンといつもの超絶ギターソロをかます所だぞ。
まあ、何と言うかその無反応は予想通りではあるが。そもそも黒魔術にご執心の不気味なギタリストって設定だし、
コレくらいの不気味さやナゾを抱えていた方がちょうどよいのかも知れない。

「ドラムはSOS団のヒラ団員にして雑用係!キョン!」
そして俺の名前がコールされるが・・・なんか随分他の3人と差があるな。
一応そのコールに呼応する形で、適当にドラムソロを叩く。
おお、それでも観客は沸いてくれているみたいだ。その歓声の中に国木田や谷口の声も聞こえる。
アイツらも見に来てくれていたのか・・・。

「そしてボーカルとギターはあたし。去年はギターは殆ど担いでるだけだったけど、今年は少し練習しました。
 なので、去年よりはギターの方も少しはマシになっていると思うわ」
そして最後に自分の紹介をするハルヒ。いつもの傲慢な態度はおくびも見せず、
至極恐縮しきった自己紹介である。何かハルヒらしくないな。アイツもやはり緊張していたのだろうか。
そんなことを考えている内に、ハルヒは更にMCを続ける。
どうやら次に演奏する曲の紹介をするようだ。

「それじゃあまた曲をやります!次は・・・皆も知っていると思うお馴染の曲をやるわ。
 今回の文化祭出演にあたり、オリジナルのENOZ本人達にも演奏の許可をもらいました。
 あたしにとっても去年の文化祭ではじめて歌った思い出の曲です。
 『God Knows...』と『Lost My Music』――
 2曲続けていくわよっ!!!」

『God Knows...』と『Lost My Music』――
今回の文化祭で最もみっちり練習してきた曲だし、ENOZのドラムである岡島さんから
アドバイスまで受けた曲だ。いくら俺でもこの2曲を失敗するわけにはいかない。
「シャンシャン」という俺のシンバルによるカウント。
それに反応した長門のギターが火を噴く――まさに神業と形容するに相応しいソロである。
去年より正確に、そして更に速くなっている。まさにギターの鬼だ。
そんな長門のフレーズにハルヒの刻むリズム、朝比奈さんの紡ぐメロディ、古泉の重いベースが覆い被さり、
まるで音が鉄の塊のような質量を持って体育館を揺さぶる。
俺はそんな音の洪水に流されぬよう、必死にビートを叩き出す。

『私ついていくよ どんな辛い世界の闇の中でさえ きっとあなたは輝いて――
 超える未来の果て 弱さ故に魂こわされぬように my way 重なるよ いまふたりにGod Bless...』

サビを熱唱するハルヒ。
観客のボルテージも最高潮に達している。地鳴りのような歓声が響く。
俺達5人の演奏に人々がこんなにも熱くなっている。
――なんて快感なんだろう。音楽ってこんなにもキモチイイものだったのか。
そして、SOS団の5人で演奏することは――こんなにも楽しいものだったのか。

『あなたがいて 私がいて ほかの人は消えてしまった――
 淡い夢の美しさを描きながら 傷跡なぞる』

搾り出すように歌詞を吐き出すハルヒ。
もはや熱唱というより、絶唱という表現が相応しいかも知れない。
ドラムセットから見るその後姿には冗談じゃなく後光がさしているように感じられた。
そんなハルヒに引っ張られるように長門はギターを加速させ、朝比奈さんは鍵盤を叩き壊さんかという勢いで掻き毟る、
古泉はとうとうヘッドバンキングまで始めやがった。
俺も飛び散る汗を気にもせず、無我夢中で両手両足を動かす。
そして曲は再度長門の超絶ギターソロに導かれ、終わりを迎える。

俺は言葉に出来ない快感が体中を電撃のように走り抜けていくように感じていた。
俺の今までの十何年間のどちらかと言えば無難だった人生で、ここまで『自分が今何かを成し遂げている』、
という感覚を味わったことはない。
そんなこれまでの俺の人生の体たらくぶりが恥ずかしくなるような体験を、こうしてステージの上で、
長門や朝比奈さんや古泉、そしてハルヒと共有しているのだ。
こんな体験が出来るなら今までの苦労もどうってことはない、本気でそう考えていた。

次の曲は『Lost My Music』である。
『God Knows...』と同じく曲は俺のシンバルでのカウントから始まる。
長門の流れるようなフレーズで曲の開幕を告げる。まるで戦いの始まりを告げるファンファーレのようだ。
ハルヒが腕を回すようなストロークでコードをかき鳴らす。その動きに合わせてウサミミも揺れる。
古泉はそれまでの指弾きからピックに持ち替え、弦を力いっぱい叩く。
朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、彩りを添える。

『星空見上げ 私だけのヒカリ教えて――
 あなたはいまどこで 何をしているのでしょう?』

ハルヒの歌声に導かれ、バンドは更に加速する――と、その時、

俺は急に自分の腕に違和感を感じた。収まっていたはずの痛みがここにきて再発したのだ。
まるで腕が千切れそうな、熱い、苦しい痛みが俺を襲う。
なんてんたってこんな時に・・・。さっきまでは何ともなかったハズだぞ?
それともこれまで練習でも4曲ぶっ続けで演奏したことがなかったことが災いして、
とうとう限界が来てしまったのだろうか?
とにかく痛い。腕の感覚がなくなりそうだ。
曲の方は今にもサビに入ろうかというその瞬間――
自分でも全くその感覚がわからなくなってしまっていたが――気付けば俺はスティックを落としてしまっていた。

急に刻まれるのを止めてしまったビート。
最初にその異常に気付いたのは長門だった。ギターを引く手を止め、俺の方に振り返る。
ヤバイ・・・!!早く替えのスティックを取って演奏を再開させねば・・・!!
焦る俺であったが・・・全く持って腕が動かない。どうやら痛みで神経もマヒしてしいるようだ。
他の3人もドラムとリードギターの演奏が急に止まるという異常事態に気付いたようだ。
ビートを失ったバンドは失速し、とうとう演奏自体が止まってしまった。

急に静まり返るステージ。俺の落としたスティックはころころと転がっていき、
ハルヒのマイクスタンドにこつんと当たってその動きを止める。
観客もその異常事態を察知したのか、さっきまでの熱狂はどこへやら急に静まり返ってしまった。

腕の痛みに顔を歪める俺に最初に声をかけたのは古泉だった。
「大丈夫ですか!?」
いつもニヤニヤしている古泉の顔に恐々とした緊迫感が見て取れる。
「ふええ~!?キョンくん、一体どうしたんですか~!?」
そういって駆け寄ってきたのは朝比奈さん。
さっきまであんなに威厳たっぷりに演奏していた彼女も当惑している。
「ちょっとキョン!いきなり演奏止めるなんてどうしたのよ!?
 って、もしかしてアンタ腕を・・・」
その先は言うなハルヒよ。今まで隠していた俺が馬鹿みたいじゃないか。
長門は液体ヘリウムのような目で事の成り行きを見守っている。しかしその瞳の中には心配の色も見て取れる。
相変わらず静まり返ったままの観客。
そして、ハルヒ達は一様に当惑した表情を浮かべている。最悪の展開だ・・・。

チクショウ・・・俺のせいで・・・演奏が止まっちまいやがった。
しかもこんな最悪の形で・・・。
俺は胸の中を掻き毟られるような憤怒に駆られていた。
それは大事なところでスティックを落としてしまう不甲斐ない自分への憤怒であった。
それでも・・・俺は諦めきれない。こんな形でステージを・・・SOSバンドを終わらせてたまるか!
クソッ!動け!俺の腕よ!あと2曲だ、それぐらい何とかなるだろう!
それに俺はもう火がついちまってるんだ!腕がぶっ壊れたって構いやしない!最後までドラムをブッ叩いてやるんだ!
必死に俺は腕を動かそうと力を入れる。

「キョンッ!あんた腕を怪我してたんでしょ!?何でもっと早くそのことを言わなかったのよ!?」
と、俺を見つめ、怒鳴るハルヒ。俺はそんなハルヒを見つめ返し、言い放った。
「ハルヒ、演奏を続けるぞ。早くマイクに戻れ。他の3人もだ、早く演奏再開の準備をしてくれ」
そんな俺の発言を聞き、驚いたように目をひん剥いたハルヒは
「あんた馬鹿!?自分の状態をわかって言ってるの!?そんな腕じゃ演奏なんて無理に決まってるじゃない!」
しかし俺は止まらない。
「わかってるさ。俺の腕は限界だ。さっきから痛くて痛くて仕方ない。
 でもあと2曲ぐらいなら何とかなる。だから演奏を続けるぞ、ハルヒ」
「何とかなるって・・・」
「そうですよ~キョンくん・・・これ以上演奏するのはムリですよ~・・・」
「僕もそう思います。これ以上は本当に危険です。早く病院に行くべきかと・・・」
朝比奈さんや古泉も俺を説得しようと言葉を投げかける。しかし俺の気持ちは揺らがない。

「俺が大丈夫と言ったら大丈夫だ。それにだ、ここでやめちまったら一生後悔が残る。そんなのは耐えられん」
俺の決意がよほど固いとみたのか、その言葉を聞くや否や長門はスッと黒装束を翻し、自分の立ち位置に戻る。
「アンタ・・・どうしてそこまで・・・」
「それはお前のほうがよくわかってるだろ、ハルヒよ。俺は今このバンドで、このメンバーで演奏するのが
 楽しくて楽しくて仕方ないんだ。この瞬間の1分1秒たりとも無駄にしたくないんだ。本当だ。
 その気持ちはハルヒ――お前も同じだろ?」

「・・・・・・」
ハルヒも俺の真剣さに気付いたのか、神妙な顔つきをして黙り込んでいる。
朝比奈さんと古泉は互いを見合わせて「どうしたものか」といった表情を浮かべている。

その時、静まり返っていた観客席から声が上がった。

「キョンくんっ!頑張れっ!!」
この声は・・・ENOZの岡島さんの声だ・・・!
見れば岡島さんはじめ、財前さん、榎本さん、中西さんのENOZ全員の姿が客席の最前列にある。
皆今日のステージを見に来てくれていたのか・・・。
「キョンくん負けるな~!頑張るにょろよ~っ!!」
この声は鶴屋さんだ・・・。
「キョン!頑張れーっ!」
この声は国木田・・・。
「立て!立つんだ!キョン!」
谷口まで・・・。

そしてその歓声はやがて観客全体へと広がっていく。
気付けば体育館中に響き渡る「頑張れ!頑張れ!」の大合唱だ・・・。

「ほら見ろ、ハルヒ。観客は俺達の演奏を聴きたがってるぞ。
 ここまで来て止めるなんて選択肢は俺には存在しないが」
相変わらずダンマリのハルヒ。俺は更に続ける。

「それにハルヒ、お前の歌、やっぱりスゴかったよ。正直鳥肌が立ったくらいさ。
 だからこそ俺はあと2曲、お前の歌が聴きたい。
 そしてそんなお前の後ろで俺もドラムを叩きたいんだ。
 ヘタクソな演奏だけど・・・それでもこのドラムでバンドを、お前を支えたいんだ。」 
そう言いながら俺は痛みに震える腕を何とか動かし、替えのスティックを手に取り、握りしめた。

後から冷静に考えれば、自分で言っていて余りのクサさに卒倒するような台詞だったかも知れない・・・。
しかし、恥ずかしい話、言っていた俺は真剣そのものだった。
ハルヒは一瞬顔を赤らめたものの、頭をブンブンと振ってすぐに表情を戻した。
そしてこれまで以上に真剣な眼差しで俺を見つめ、一言、

「わかった」

とだけ答えた。
そして朝比奈さんと古泉に目配せをする。2人も状況を察したのか、ひとつ頷くとそれぞれの演奏位置に戻った。
長門は既にスタンバイしている。
最後にハルヒがもう一度マイクスタンドの前に歩み寄り、態勢は整った。
観客もその様子を見届けると再び熱狂を取り戻し始めた。
さあ、仕切りなおしだ!
再びビートを刻みだす俺。腕はヒリヒリと痛み続ける。
力が入らないためか、音も随分弱々しくなっている。テンポも遅れている。
しかしそれでも長門のギターが、朝比奈さんのキーボードが、古泉のベースが、
そしてハルヒの歌声が、そんな俺を盛り立てる。

『大好きな人が遠い 遠すぎて泣きたくなるの――
 あした目が覚めたら ほら希望が生まれるかも Good night!』

ああ、ハルヒよ。本当に希望が生まれてるぞ。
今にも腕が引き千切れそうな俺だが、それでも何とか叩けているのはこの歌声に引っ張られてるからなのかも知れない。

『I still I still I love you! I'm waiting waiting forever――
 I still I still I love you! とまらないのよ Hi!』

ああ、本当に止まらないね。例え本当に腕が千切れてもな。

やがて曲は再度の熱狂に包まれながら終了した。
俺は放心状態だった。腕の感覚は正直言って、無いに等しい。
途中から自分がどんなフレーズを叩いていたのかも記憶に無い。
ただ、熱唱するハルヒと必死に楽器をかき鳴らす長門、朝比奈さん、古泉の後姿が見え、
熱狂する観客の歓声が耳に届いていただけだ。
ああ、今すぐにでも大の字になってぶっ倒れたいくらいだぜ・・・。

ハルヒは曲が終わるや否や俺のほうに振り返り、心配そうな視線を向けている。
意識も飛んでいってしまいそうなぐらいに疲弊していた俺だったが、
何とかハルヒの目を見据え、言葉を発することが出来た。

「さあ、最後の曲だ。思い切ってかましてやろうぜ、ハルヒ」

ハルヒは小さく頷き、振り返ってマイクに向かい、語りだした。

「演奏を止めてしまってごめんね、ちょっとトラブルがあったけどもう大丈夫!
 気を取り直して・・・次が最後の曲です。今回SOSバンドで文化祭への出演を決めてから最初に作った曲で・・・
 この曲をこのSOSバンドのメンバーで演奏することを本当に楽しみにしていました・・・。
 歌詞もこのSOS団のことを思い浮かべて書きました・・・」
切々と語られるハルヒのMCに観客は静かに聞き入っている。
「今回こうしてこの曲を皆で演奏できることを本当に嬉しく思っています・・・。
 それにこんな大勢の人の歓声まで受けて・・・本当にありがとう!
 そんな感謝の気持ちも込めて、一生懸命演奏します!
 それでは聴いてください!『ハレ晴レユカイ』!」

ハルヒがそう叫ぶや否や、沸き上がる観客。
ギターを構える長門、鍵盤に指を置く朝比奈さん、俺の方を見てタイミングを伺う古泉、
そして、メンバーを見渡し、ひとつ大きく頷いたハルヒ。
さあ、本当に最後の曲だ――思いっきりブチかましてやろうぜ!!

ハルヒの合図に従い、感覚の無い腕で思い切り俺はドラムを叩く。
唸りを上げる長門のピックスクラッチ。朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、イントロのメロディを紡ぐ。
古泉のベースがステージの床を振動させる。

『ナゾナゾみたいに地球儀を解き明かしたら みんなでどこまでも行けるね』
ハルヒのパート、とうとう5曲通してこの伸びやかで張りのある歌声は輝きを失わなかった。

『ワクワクしたいと願いながら過ごしてたよ かなえてくれたのは誰なの?』
何と驚くことなかれ、ここは長門のパートだ。というかあの長門が歌えることは意外の極みだが、
もともとこの『ハレ晴レユカイ』はハルヒ、長門、朝比奈さんの女性メンバーが交互にボーカルを取るという
異色の一曲である。練習では殆ど歌ってくれなかった長門だったがここにきてやっとその神秘的な歌声を披露してくれた。
何と言うか・・・こんな歌声だったのか。地声と全然違うな・・・。

『時間の果てまでBoooon!! ワープでループなこの想いは――』
朝比奈さんのパート、正直言ってポンコツな歌声だが俺としては萌えるから別に良いのだ。
しかも2台のキーボードで主旋律を奏でながら歌うんだから、まさに神業である。

『何もかもを巻き込んだ想像で遊ぼう!!』
そして3人のユニゾンだ。観客の盛り上がりも最高潮。最前列ではとうとうモッシュの波まで起こっている。
ハルヒと長門のギター、朝比奈さんのキーボード、古泉のベース、俺のドラム、全ての楽器の音がひとつになりステージを揺さぶる。
まさに窓ガラスを割らんばかりの音圧だ。というかマジで割れてるし・・・。

『アル晴レタ日ノ事 魔法以上のユカイが――
 限りなく降り注ぐ 不可能じゃないわ――』
まさに魔法以上のサウンドだ。腕の痛みより先にこの高揚感でぶっ倒れてしまいそうだ。

『明日また会うとき 笑いながらハミング――
 嬉しさを集めよう カンタンなんだよ こ・ん・な・の――』

3人の歌声が体育館に響く。
後姿に汗が飛び散るハルヒ、意外に楽しそうに身体を揺らす長門、身体と一緒に胸も揺れる朝比奈さん。
俺と古泉は必死に3人の歌と演奏を盛り立てる。
古泉は何か変な境地に達したようで、光悦とした顔になってやがる。
ムチャクチャ気持ち悪いぞ。まあその気持ちはわかるがな。

『追いかけてね つかまえてみて――』
俺は感覚の無い腕で必死にドラムを叩く。感覚が無いから叩いたときの感触も手ごたえもわからない。
それでも俺は、今叩き出しているビートが、ハルヒ達の歌声に、そして演奏にジャストフィットしているという不思議な確信があった。

『おおきな夢&夢 スキでしょう?』
ああ、大好きだね。やっと認める気になったよ。
まさにこの瞬間、俺達の夢そしてハルヒの夢が叶ったんだ。
この5人で、バンドとして、ステージに立って演奏して、観客を沸かせる、という夢がな――。

とどまることを知らない大歓声。タカが外れたかのように腕を振り上げる観客。

俺達の演奏は止まることを忘れたかのように体育館に響き渡り続けた・・・。



後日談

あの文化祭の後、即刻病院へと担ぎ込まれた俺は、見事に腱鞘炎との診断を受け、
しばらくの間、ドラム演奏は禁止との旨を医者に宣告された。
まあ、俺としても限界だということはわかっていたんだがな。
しばらくはサポーターをつけて、腕に負担がかかることは避けて生活せねばならなくなってしまったわけだ。

あの後、俺達SOSバンドの評判は凄まじく、全校あらゆる所から演奏のデモテープを求める声がどこからともなく上がってきた。
それに気を良くしたハルヒは当初、
「こうなったらCDを作りましょう!そしてゆくゆくはメジャーデビューよ!」
なんて息巻いていたが、俺の怪我であえなくその案は立ち消えになってしまった。

俺としてはホッとしたのと少し残念なのが半々というところだ。
そんなこんなで今日も今日とて、放課後にSOS団の部室に出向き、
今こうして朝比奈さん特製のお茶を美味しく頂いているところだ。
うーん、やはりこうした何も起こらない安穏とした日常が一番落ち着くのかもしれないな。

「キョンくんがスティックを落としちゃったときは本当にびっくりしました」
いつものメイド服に身を包んだ朝比奈さんが俺に語りかける。

「ほんと、もうダメかと思ったんですよ?」
いやいや、あなたに心配をかけるくらいなら俺は何度でもゾンビのように生き返って見せますよ。

「でも、やっぱり楽しかったな~。
 私、歌もあんまり上手くないし、昔から音楽の授業も苦手だったけど、文化祭での演奏は本当に楽しかったです。
 それにあの時のキョンくん、凄くカッコ良かったです」
あなたにそう言ってもらえるのならば、腱鞘炎にまでなった甲斐があったというものです。
むしろいくらでもなってやりますよ。

「涼宮さんも凄く満足してたみたいですし。これも皆キョンくんのおかげですね。
 やっぱりキョンくんは、涼宮さんの期待を裏切りませんでした」
いやいや、買い被りですよ。

「あと・・・実は鍵盤にナイフを突き刺すタイミングをずっと伺ってたんですけど・・・結局出来なかったですね」
やっぱり本気だったんですか・・・朝比奈さん。

「実はですね、僕達のあのパート配置は偶然ではなく必然だったのかもしれません」
ニヤケ顔で古泉が話しかけてくる。必然って何がだよ。

「僕達のパート配置はそのままSOS団での僕らの役割とリンクしてしていた、ということです。
 団長の涼宮さんが花形のボーカル、天才型のオールラウンダーである長門さんがリードギター、
 団に彩りを添える朝比奈さんがキーボード、そして彼女達を影から支える僕とあなたががベースとドラムです」
まあ、たしかに考え方によってはそうかも知れんな。

「特に、涼宮さんがあなたをドラムに抜擢したのはまさに必然ですよ。ドラムはバンドにおける根幹、
 縁の下の力持ちです。あなたはまさにSOS団を支えるキープレイヤーであり、その認識が涼宮さんにも勿論あります。
 だからこそ、あなたはドラムを担当したのですよ」
偶然だろ、偶然。

「良いですか?バンドというものはいかにボーカルが上手かろうと、ギターが超絶テクニックだろうと、
 ドラムがしっかりしていないと全く魅力のないものになってしまう、と言われています。
 だからこそ、あなたがいかにこのSOS団にとって大切な存在か、ということです。
 言い換えれば涼宮さんにとって大切、ということでもありますけどね」
いい加減、お前の薀蓄は聞き飽きたぜ。

「まあ、何にせよ、あなたのおかげで僕にしましても非常に有意義な文化祭になりましたよ。
 前も言いましたけど、機関の思惑は抜きにして、楽しみたいと思っていましたからね。
 涼宮さんの精神状態も安定していますし、言うことなしですよ。これ以上のハッピーエンドは望めません」
そうかい、そりゃあ良かったな。

「ただ、ひとつだけ後悔しているのは、やはり何としても全裸でステージにあが(ry」
五月蝿いぞ、変態。

「・・・マッガーレ・・・」

長門は今日も相変わらず、部室専用の漬物石のようにパイプ椅子に鎮座し、静かに本を読んでいる。
俺は何となしに文化祭の話題をふってみることにした。

「長門、文化祭のステージで演奏した感想は?」
俺の急な質問に、本に向けていた視線を上げる長門。
しかしじっと答えを待つが、沈黙が流れるのみ。俺は質問を変えてみた。

「楽しかったか?」
長門は本に視線を戻ってしまったものの、ポツリとした声で、
「それなりに」
と答えた。

俺は更に続ける。
「というかお前歌えたんだな、なかなか良かったぞ。お前の歌」
長門は表情を変えず、コクンと小さく頷いた。その頷きがどういう意図かはわからん・・・。

「また、来年も出てみたいと思うか?」
その質問に対する答えは返ってこなかった。
しかし俺は、長門の手が時折本から離れ、その指がステージで見せたように――
目にも留まらぬ速さで動いているのを見逃さなかった。

その日、SOS団の部室にはいつになってもハルヒがやってこなかった。
今日は掃除当番でもなんでもないはずだし、一体どうしたのだろう?
いつものアイツならいの一番にこの部室にやってきて、朝比奈さんをオモチャにしたり、
ネットサーフィンに励んでいるというのに・・・。

「涼宮さん、今日は遅いですね・・・」
心配そうな朝比奈さん。
「俺、ちょっと探してきますよ」
そう言い残し、俺はハルヒ探索の校内行脚へと向かった。

結論から言うと、ハルヒは中庭の芝生にゴロンと寝転がって空を見つめていた。
こんな光景は確か去年も見たような気がする。

「よう。こんな所で何してるんだ?団長ともあろうものが活動に顔を見せなくてもいいのか?」
そう声をかける俺にハルヒは空をボーっと見つめたまま答える。
「何よ、あたしの勝手でしょ。
 それよりキョン、あんた腕の具合はどうなのよ」
「どうもこうもない。前に言ったとおり腱鞘炎で絶対安静だ。ドラムなんかしばらく叩けんぞ」
俺は苦笑しながら答える。
「あっそ」
そう呟くとハルヒはまた空をボーっと見つめ始めた。

俺はふとハルヒにこんな質問を投げかけてみた
「なんでバンドなんかやろうって言い出したんだ?」
ハルヒは少しムッとして、
「何よ、あんたまだ不満でもあるの?」
「いや、別に。何となくだ」

それからしばらく黙って空を見つめ続けていたハルヒだったが、
急に思い立ったように語りだした。

「去年、あたしと有希が飛び入りでライブをやったでしょ――」
ああ、そんなこともあったな。
「あの時、ろくな準備も出来てなくて、本物のENOZに比べたら全然稚拙な演奏だったかもしれないけど――」
そんなこともなかったと思うけどな。
「凄い楽しかったのよ。それで『自分が今何かをしてる』って、心底そういう気分になれたの――」
「お前はいつも何らかの騒動を巻き起こしているし、十分何かをしてる気分を味わってるんじゃないのか?」
「そうだけど・・・っていちいち揚げ足取るんじゃないわよ!」
スマンスマン。

「とにかく、あんなに楽しくて充実感を味わった経験はこれまでになかったのよ」
ハルヒは一層遠い目をして空を見上げる。

「それで単純に、あの楽しさと充実感をあたしと有希だけじゃなくてSOS団の皆で味わいたいなって。
 そう思っただけよ」

なるほどな。
俺はやっとなぜここまでハルヒがバンドに熱意を注いだのか、俺にドロップキックを食らわせるまでに夢中だったのか、
その理由が完全に理解できた気がした。だからこそその後の台詞もすんなりと吐き出せた。

「俺は楽しかったぜ。腱鞘炎も気にならなかったくらいに、な。
 長門も朝比奈さんも古泉もきっと俺と同意見さ」

ハルヒはフンと鼻を鳴らし、
「当たり前でしょっ!この私の完璧な計画に狂いはないのっ!」
と言い放つ。

起き上がるハルヒ。俺は続けざまに言葉を投げた。

「それでお前は――楽しかったか?」

「当たり前でしょ!!」

満面の笑みである。
ぶっ倒れそうなくらいの疲労と腱鞘炎の代償がこの笑顔だって言うなら――
きっとお釣りが来るぐらいだね。
立ち上がり、急に俺に顔を近づけるハルヒ。
オイオイ、顔が近すぎる!息がかかるって!

「今回の文化祭であたし達SOSバンドの評判はうなぎ上りだわ!
 キョン!あんたの腕が治ったら早速デビューアルバムのレコーディングよ!」
マジかよ・・・。
「そうすると、スタジオを借りなきゃいけないし、レコーディングの仕方も学ばなきゃね。
 早速軽音楽部に言って色々聞いてきましょ」
オイオイ、いくらなんでも気が早いんじゃないのか?
「何よ、今度はあたし達SOSバンドが日本の音楽シーンを変革させるときが来たのよ!
 あんたもドラムが叩けないならその間機材の使い方でも勉強しなさい!」
んな無茶な。

「さあ、SOSバンドの活動はまだまだこれからよ!!」
ハルヒが俺の手首を掴み、引きずっていく。コレも去年と同じ光景だ。
ただ去年と違うのは、俺の手首を握るハルヒの力が少し強かったことと、
俺がどうしようもなく気恥ずかしかったことだがな。

この後、SOSバンドのデビューアルバムがレコーディングされることは無かった。
別に、ドラマーが一生ドラムを叩けないほど腱鞘炎が悪化したからとか、
ベーシストがワイセツ物陳列罪で逮捕されたからとか、
そんな理由からではない。
要はハルヒの興味が完全に別のことに移ってしまったからなのである。
俺達がステージで最後に演奏した『ハレ晴レユカイ』は、
5曲の演奏曲の中でも最もその反響が大きかった。
それに目をつけたハルヒがこの曲のPVを作成してDVDに焼いて売り出そうとか言い出したのだ。
そもそも音源が無いじゃないかという俺の主張は、後に演奏を別取りして被せるということで却下されてしまった。

まあ、別にPVを作るのはよい。ドラムを叩くよりはラクだしな。
ただ・・・なぜに俺達がPVで珍妙なダンスを踊ることになってしまったのであろう!?
ハルヒ考案の振り付けは正直無茶苦茶恥ずかしい・・・。

そして今日も今日とて、部室では振り付けの特訓が行われている。

「ちょっとみくるちゃん!今のタイミング遅れてたわよ!」
「ふええ~、振り付けなんてムリですよ~、身体が動きませ~ん・・・」

「古泉君!最後のジャンプは画面のフレームから首から上が外れるくらい高く跳躍しなさい!」
「団長の仰せのままに」

「有希!あんた振り付けは完璧だけどその無表情をもうちょっと何とかしなさい!画面栄えしないわよ?」
「・・・・・・」

こんな感じである・・・。

「ちょっと、キョン!また間違ったわよ!やる気あるの!?」
ハイハイ、真面目にやってますよ・・・。

この珍妙なダンスを収めたPVがどういった形で世に出るのか・・・。
そしてそれが出てしまったら最後、本格的に俺達は変人の烙印を押されてしまうのではないか・・・。
そんなことを考えながら、今日も元気な団長様の声に耳を傾けている。

古泉は俺が、『SOS団の縁の下の力持ち』だと言った。
ああ、そうさ。俺はこのSOS団を、ドラマーのように、後ろからしっかり支えていく運命にあるんだよ。
だからな、ハルヒ。お前がどんな無理難題を言い出そうと俺は後ろから支え続けるぞ?
無論、腕がぶっ壊れようとな。覚悟しとけよ?

そして、まあそんな日が万が一、億が一にも来るかはわからんが、

いつの日か、お前の後ろじゃなくて――

お前の隣に立って――

どこまでも支えていってやりたいなんて――

そんな柄にもない恥ずかしいことを考えたりして、な。


―――END―――


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