「先日の閉鎖空間で、大変興味深い現象が観察されました」
「ほう、どうしたんだ一体」
「一度に2体の神人が出現し、しばらくは周囲を破壊していたのですが…」
古泉はそこで言葉を切り、うつむいた。
「その後、その2体で生殖行為類似の行動に出たのです」
「神人にも性別があるのか」
俺は軽く驚いた。
「いえ、少なくとも外部から観察した限りでは性器のような器官はないようですが」
「ハルヒが欲求不満になっているということなのか」
「…わかりません。わかったとして、それをあなたに伝えることがどんなことを意味するか、
あなたもおわかりですよね?」
あまり考えたくはないがな…

その日は一日、なんだか意識してしまってハルヒの顔を正面から見られなかった。
「なによ」
「いや、なんでもない」
「…あっそ」
こんな調子で、ハルヒが…その、なんだ。俺を求めているとは到底思えないのだが。
まったく女心というのはよく分からない。それは俺だって健康な男なんだし、性欲がないと
言えば嘘になる。しかし俺にだって選択権はあってもいいじゃないか。第三者に決められた
相手と恋愛するのはしゃくだ。それは相手にとっても失礼になるようにも思う。
…いや、これらすべてがハルヒを避けたいがための理屈なのかもしれないし、逆にハルヒを
好いていることの照れ隠しなのかもしれない。女心だけでなく自分の心もよく分からない…

あまり深く考えすぎていつの間にか朝比奈さんの胸を揉んでいたことに、俺は気づいて
いなかった。
「キョ、キョンくん…あ、だめぇ」
「ちょっとキョン? なにやってんの!」
柔らかく温かな朝比奈さんの乳房は、しかし何の解答も示してくれなかった。

結局、疲れすぎて朝比奈さんの胸がボールに見えた、という理屈でどうにかその日はしのいだ。
まあハルヒは納得しなかったので頬に2、3発張り手を食らったのだが…朝比奈さんは顔を真っ赤に
していたが、特に泣いてしまったりということはなかったので安心した。帰り際に
「あんなこと、涼宮さんの前じゃダメですよ、ね?」
と耳打ちされたのにどきっとしたことは、絶対にハルヒにばれちゃまずいよな…
古泉もあきれていたようだが、
「あなたにも恋愛の自由はある、というのが僕の考えです。しかし今回の件はさすがにもう少し
考えていただかないと」
と、いつもよりは多少真剣な面持ちで言われただけだった。
長門は終始無言だった。ハルヒがどんな反応をするか、それだけが観測できればいいのだろうか。

次の日、ハルヒはちょっと不機嫌だった。やっぱり昨日のことが尾を引いていると見るべきだろう。
俺はハルヒを刺激しないように、昼休みになるとすぐ弁当を持って部室へ向かった。
「長門だけか」
案の定昼休みの文芸部室には読書する長門しかいなかった。こいつ、昼飯はいつ食べてるんだろう…
気を遣う相手でもないので、自分でお茶を淹れて弁当にする。長門にもお茶を淹れてやる。
しばらく無言で弁当を食べていたが、ちらりと長門を見やると目があった。
「どうした、一口食べるか?」
煮物のしいたけを持ち上げてみたが、長門は首を横に振る。
「何か、言いたいことでもあるのか」
「あなたは自分の気持ちがわからないで困っている。そのために大きな間違いを犯しかねない。
行動する前にはよく考慮すべき」
「昨日のことか」
「あなたの性欲の増大が単なる好意や好奇心を恋愛感情と誤解させるレベルにまで達している。
あなたは朝比奈みくるに好意を寄せているが、それは恋愛感情ではないことを認識すべき」

そう言われると確かにそうかも知れない。朝比奈さんは素敵なかわいい先輩で、何者にも代え難い
存在だとは思うが、彼女と一緒にいて楽しいのは長門や古泉、そしてハルヒも一緒であることが
前提になっているような気もする。
「それは否定しないとしても、じゃあ俺は誰のことを好きなんだ? お前か、長門」
冗談のつもりで切り返す。しかし長門は意外な反応を見せた。…顔が赤くなってるぞ。
「…それは…」
俺ははしを置いて席を立ち、長門に近づく。
「お前は俺のことをどう思っているんだ」
「…嫌いではない。でも…」
自分でも大胆な言動に出ていると思う。長門を好きだという気持ちよりも、むしろ長門の反応を
見たくて言っていることが自分でもわかった。これは恋愛感情ではない。
「や、やめて」
長門の正面から手を回し、パイプ椅子の背を両側からつかむ。長門を抱きかかえるような格好に
なるわけだ。至近距離で長門を見つめる…ちょっと胸がどきどきしているのがわかる。あくまで
均一な、エラーの一切ない白いきめの細かい肌。びっくりしたように見開いた澄んだ瞳を縁取る
長い、だけど自然なまつげ。頬の赤さが整った顔立ちに映えている。
「かわいいな、長門…」
俺はなんだかよくわからないまま、我慢できなくなって長門に口づけした。長門は口は閉じている
ものの、目をつぶって無抵抗のままだ。少し荒くなった鼻息が俺の頬をくすぐる。

「ちょっとあんたたち、何やってるのよ!」
大きな足音と共に突然ドアを開けて飛び込んできたのは…ハルヒだった。俺は弾かれたように
長門から離れ、軽く口をぬぐった。
「べ、別に…長門のほっぺたについていたごはんつぶをとってやってただけだ」
我ながら非常に苦しい言い訳だ。
「…口で?」
ハルヒが疑惑の目で俺たちをにらむ。
「彼の言うことは真実」
長門が助け船を出してくれる。ハルヒはまだ納得がいっていないようだったが、キスしているところを
直接見られたわけではなかったらしく、長門が否定するならこれ以上追及できないと諦めたようだった。
「はん、最近のエロキョンを見てれば、勘ぐりたくもなるわよ。昼休みに逃げるように出て行ったかと
思えば部室で有希と二人っきりなんだから…」
何とかごまかせた。ほっと胸をなで下ろす。
「いや、昨日は混乱のあまりひどいことをしてしまったから、いたたまれなくて」
「そんなこと、あたしじゃなくてみくるちゃんに遠慮しなさいよ」
確かにそうだ。なぜ俺はハルヒを避けたんだろう…
「とにかく、そろそろ昼休みも終わるし、教室に戻りましょ」
ハルヒに促されて俺と長門は部室をあとにした。教室に入るとき、ふと後ろを振り返ると長門が自分の
教室の前でずっとこちらを見ているのと目があった。長門はハルヒを見ていたのだろうか、それとも…

「最近、神人の性行為の回数が増加しています」
古泉が多少苦々しげな顔で漏らす。
「そして、神人の性行為と涼宮さんの欲求不満が相関関係にあることもわかってきました」
やはりそうか…
あれ以来、俺は部室で朝比奈さんや長門と情事に耽るようになっていた。とは言っても絶対に
ハルヒに見つかってはいけないから、キスをしたり体に触ったりということばかりなのだが。
それでもハルヒは察知しているのだろう。そして…欲求不満を募らせている…?
「では、バイトがあるのでこれで失礼します」
すっかりやつれきった古泉は、俺の方を一にらみして帰って行った。長門も本を閉じて席を立つ。
今日はハルヒが早々に帰ったので、部活はこれでお開きだ。
「じゃあ、着替えるから先に帰ってて」
朝比奈さんが笑顔で言う。
「待ってますよ」
朝比奈さんがうなずいたのを確認して、俺は部室の外でしばらく待った。
「キョンくん、もういいですよ」
部室に入ると、制服に着替えた朝比奈さんがちょっとはにかみながら立っていた。俺は彼女の
肩を抱き寄せ、腰に手を回した。
「…キョンくん」
しばらくお互いの体温を交換し合うと、朝比奈さんが言った。
「キョンくん、私のこと、好きじゃないでしょ」
「…そんなこと、ないですよ」
顔を見ずに答える。
「でも、長門さんとも…」
「今は、何も言わないでください」
「私も、こんなことをしていて許されるとは思っていません。長門さんに対しても、涼宮さんに
対しても…でも、キョンくんと一緒にいると安心するんです」
「俺も、そうです。朝比奈さんと一緒だと落ち着きます。だから、もう少しだけこうさせて
ください」
俺は朝比奈さんを抱く手に力を入れた。朝比奈さんも応えるように俺の背中に手を回す。
これで、いいんだろうか…

俺は安心だけを追い求めて、それからも長門や朝比奈さんとの逢瀬を止めることはなかった。
あるときは昼休み、あるときは放課後の部室で…しかし部室の外では二人きりで会うということは
しなかったし、キスや抱擁以上の行為に及ぶこともなかった。俺は、迷っているんだと思う。
何をかって? もちろん、涼宮ハルヒのことだ。ハルヒは最近常に不機嫌で、あまり部活にも
来ない。教室で話す回数もめっきり減った。しかし休み時間には何となく彼女のことを目で追って
しまうのだ。長門や朝比奈さんと会っているときも、ハルヒが脳裏をよぎるのだ…
しかし、現在の状況を壊すだけの勇気は俺にはなかった。もしかすると俺はハルヒのことが
好きなのかも知れない。ハルヒも…そうかもしれない。かもしれない、かもしれない…
それよりも決して俺を拒絶しない長門や朝比奈さんと、甘い、温かい一時を共有する方がずっと
楽で、心地いいじゃないか。

古泉がまったく部室に顔を出さなくなって一月ほどたった。最後に会ったとき、彼は機関でも
悲観論が大勢を占めるようになったとか言っていたが、もうこの世の終わりが近いのかもしれない。
だがそんなことは俺の知ったことではない。俺は世界を破滅させる神に背を向け続けるのだ。

BAD END

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