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涼宮ハルヒの追憶 chapter.6

――age 16


ハルヒは気付いていた。
でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。
そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。
ハルヒはそれにも気付いていた。
そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。
長門は知っていたのだろうか。
朝比奈さんも知っていたのかもしれない。
古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。
そう、俺だけが気付いていなかった。
のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。
それの繰り返し。
俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は?
傍観者でいていいんだよな?
その夜、そんなことをベッドに入り考えた。
あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。

学校へと向かう上り坂。
最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。
俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。
いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。
だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。
それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。
でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。
俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。
今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。
そんな俺が唯一できること。
それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。
そして、思いを馳せればいい。
みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。

その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。
夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。
後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。
デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、
野球に出たときのナース服。
どれもすでに必要の無いものとなっていた。
その気持ちはあの時の公園に似ていた。
長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。
団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。
でも、俺は待たないといけないんだ。
そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。

少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。
ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。

「ハルヒ……」

そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。
春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。

「キョン! 古泉君が……」

そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。
古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ?

「ハルヒ!」

俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。

「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」

「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」

予想が当たってしまった。

「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」

「前にキョンが入院してた病院よ」

ハルヒはやけに小声で話した。

「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」

「行きたくない」

「え?」

「行きたくない」

「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」

「じゃあ、手つないで?」

ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。

「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。
 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」

「うん」

「ほら、手を貸せよ」

そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。
ハルヒの手はとても冷たかった。

「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」

ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。

「まったく、キョンのくせに生意気よ!
 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」

と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。

「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」

そう言うとハルヒは突然走り出した。
そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。

「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」

「どうでもいいでしょそんなこと!」

そうして俺達は学校を出た。

俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。
ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。
どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、
俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。
ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。
長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。
それを自分のせいだと思っている。
そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。
不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。
でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか?
俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。
俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。

「ねえ、キョン?」

ハルヒは俺を見つめてきた。

「なんだ?」

「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」

「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」

「そうよね」

そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。
どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ?

「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」

「暗くなんかないわよ!」

ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。
痛い。苦しい。
ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。

「大丈夫だ」

俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。
ハルヒは俺の手を強く握った。

病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。
怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、
高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい
(らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。
その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。
運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。
骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、
この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。
まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。

「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」

ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。

「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。
 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」

「バカキョンに言われたくないわ!」

ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。

「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」

「まったく、お前は調子がいいな」

よかったよ。ハルヒが笑顔になって。

「やれやれ」

俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。

「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」

そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。

「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに!
 こっちの気持ちも考えて欲しいものね」

ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。
逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。
看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。
無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。
ノックしてドアを開けた。

「古泉入るぞー」

俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。
古泉はベットに横たわっていた。
いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。
病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。
階は最上階で、風の通りもよかった。
部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。

「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」

古泉はこちらを見ると、

「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」

と言って、困ったような笑みを見せた。

「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」

「そうでしたね。当分動けそうにはありません」

「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」

これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。

「それはありがたいことです」

古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。
だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。

「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。
 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。
 都市伝説かと思っていたんだが」

重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。

「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。
 純粋に女性のことが好きです」

「古泉の女性の趣味って気になるな」

と俺は気にもならないことを言った。
でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。

「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」

「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」

「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」

古泉は少し困ったような表情を浮かべた。

「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」

ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。
というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか?
そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。

「ん、どうした?」

「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。
 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか?
 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」

「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。
 雑用係はキョンって決まってるのよ?」

古泉は俺と二人で話したがってる。
おそらくハルヒには話せないことなんだろう。
古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、
それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。

「お願いします」

古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。

「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ!
 古泉君が怪我してるからだからね!」

「すまん、ポカリ頼む」

「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」

「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」

「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」

「もう!」

俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。
ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。

「行ってくるわよ!」

「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」

「まったくです」

古泉はデフォルトの笑顔を見せた。

「時間がありません、始めましょうか。
 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」

「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」

「やはり分かりましたか。
 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」

「そうだろうな」

そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。

「まず、あなたには謝らなければなりませんね。
 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。
 あの時は僕も精神的に限界だったんです」

「いや、それはいい。俺も悪かったからな。
 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」

「荒川さんが亡くなられました」

古泉はそう、事務的に伝えた。

「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」

「理由は僕と同じです。高所からの転落です。
 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」

「で、本当の理由はなんなんだ?」

「少し長くなりますが」

「かまわん。続けてくれ」

古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、
ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。

「閉鎖空間でのことです。
 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。
 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。
 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。
 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。
 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、
 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。
 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。
 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。
 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。
 でも、そうはいかなかったんです。
 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。
 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。
 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。
 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。
 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、
 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。
 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。
 そういえば分かってもらえますか?」

古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。
俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。

「ああ、分かるよ」

古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。

「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 
 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。
 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。
 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。
 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。
 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。
 そして目覚めると、この病院だったわけです」

「そうか」

「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。
 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。
 閉鎖空間は拡大する一方でした。
 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。
 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。
 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」

古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。

「それは怖かったですよ」

古泉は俺を見て笑顔を見せた。

「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。
 『神人』は暴走を続けていました。
 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。
 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、
 空間自体を破壊しようとしていました。
 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。
 どうしようもありませんでした。
 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。
 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。
 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。
 あれはなんだったんでしょう。
 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」
 
「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」

「そうか」

「また気がついたら病院にいました。
 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」

「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。
 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」

そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。
俺は何をしていた?
長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、
ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。

「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」

古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる?

「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」

「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」

と言って、古泉はまた笑った。

「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。
 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」

「頼む、俺は知りたいんだ」

「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。
 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。
 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。
 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、
 空間は指数関数的に拡大し続けています。
 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。
 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。
 これらから分かることは何でしょう?」

「何も分からん」

実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって?

「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。
 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。
 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。
 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。
 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」

こんなの俺でも知ってる。

「質量保存の法則かな」

「そうです。この世界にあるものは保存されるという、
 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。
 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。
 昔から『機関』内では論争が続いていました。
 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、
 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。
 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。
 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。
 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。
 
 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、
 パラレルワールドから引き出されたものではないか?

 『機関』内では無視されましたが、
 僕はこの意見がとても気に入りました。
 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、
 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」

「俺にはまったく分からないが」

古泉は俺を無視して続けた。

「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。
 この世界とは時間も空間も違う存在。
 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」

古泉は少し興奮しながら言った。
俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。
それ以外は全く理解できなかったが。

「どう辻褄が合うんだ?」

「まず、これを裏付ける証拠として、
 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。
 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、
 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか?
 次に、朝比奈さんもそうです。
 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう?
 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。
 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。
 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、
 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。
 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。
 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。
 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。
 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。
 つまり、異世界での出来事なのではないかと」

「理屈は分からんが、
 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」

「そうです。それが第三の証拠です。
 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。
 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」

「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」

「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。
 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」

「なんでいるんだろうな?」

「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」

「ハルヒに会うためか?」

「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。
 涼宮さんが能力を発するたびに、
 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。
 これは何を意味するでしょう?」

「なんだろうな」

「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。
 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。
 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。
 こう考えてみてはどうでしょう。
 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。
 それは、閉鎖空間なのではないかと。
 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。
 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、
 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」

「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」

そう、俺は全く分からなかった。
だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、
俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。

「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、
 僕は彼女を非常に憎んでいます。
 それも殺してやりたいぐらいにね。
 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。
 閉鎖空間は彼女の心そのものです。
 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。
 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」

古泉は俺をじっと見つめながら笑った。
俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。

静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。

「あの、中入っても大丈夫ですよ?」

ガランッ。
何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。
もしかして。

「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」

「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」

「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」

「早く追いかけないんですか?
 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」

古泉は嫌な笑みを浮かべた。

「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」

病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。
みんなで飲むつもりだったんだろう。
俺はその一つを病室のテーブルに置き、
古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。

病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。
一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。
顔を両手で覆っていた。
近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。

「聞いてたのか?」

「……うん」

ハルヒはひどく詰まった声で答えた。

「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」

「そうかもな」

俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。

「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。
 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。
 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。
 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。
 大切なものはいつか別れる時来るの」

いつか別れる時が来る。
俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。

「だから、あたしは友達なんて作らなかった。
 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。
 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。
 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。
 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ?
 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。
 あたしはまた手に入れて、また失った」

ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。
でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。

「あたし、古泉君に殺されるのかな?
 あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」

ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。
ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。
ハルヒ。

「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」

「キョンが言ったって、意味が無いわ」

確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、
ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。

「分かった。何も言わない。
 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。
 時間が経って冷えるとまずくなるからな」

俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。
俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。
そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。
ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。

二十分ぐらいたっただろうか、
突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。

「ぷはっー!」

お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、

「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」

「おい、突然どうしたんだ?」

「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの?
 もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」

「あ、ああ。じゃあ、帰るか」

戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、
俺の手を引っ張った。

病院を出ると、空には月だけが輝いていた。
俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。
隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。
SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう?

もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。
無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。
春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。
もうすこしでさよならだ。
虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。
突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。

それは一瞬のことだ。
突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、
そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。

「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」

訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。

「危ない! ハルヒ!」

「え? なに?」

俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。
なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ?
避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。
かなり大きい男?

「※※※※※?」

訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。
とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん!

「※※※!」

またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん!
しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、
ナイフを吹き飛ばした。
そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。

「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」

ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。
だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ?
いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、
ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。
まずい、近すぎる。避けきれない!
ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。

目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、
手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。

「長門、だよなお前?」

そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。

「有希なの?」

「そう」

暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。

「今は時間が無い。事情の説明は後」

「情報連結解除開始」

そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。

「※※※!※※※※※※!」

そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。
長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。

「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。
 当該対象の有機情報連結を解除する」

「※※※※※※※※※※※※!」

「んっ!」

目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。
長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。
が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。

「逃げられた」

長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。
右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。
よく見ると、少し悔しそうにも見えた。

「有希!」

突然ハルヒは長門に抱きついた。

「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの?
 大丈夫なのその右手」

そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。

「これで、少しは血が止まると思うわ」

ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。

「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」

「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」

長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。

「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」

ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。
そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。
って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ!

「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。
 記憶も何もかも全てそのままで」

「有希!」

ハルヒはまた長門に抱きついた。

「よかった。有希が戻ってきてくれて。
 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」

「そう」

「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ!
 あたし達を守ってくれたお礼よ!」

「分かった」

ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。

「なんだ?」

「そろそろ」

「なに―――」

「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」

遠くから愛らしい声が聞こえた。
やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ!
俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。
ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。
朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、

「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」

と言って、可憐な涙を拭った。

「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」

ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。
顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。

「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ?
 長門さんが遅かったらって思うと……」

「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」

いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。

「みくるちゃんは未来人なのよね?」

「そうです」

って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ!
古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。

「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」

まあ、俺もすぐに気付いたがな。
それより聞いておかなきゃならないことがあるな。

「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ?
 ここの国の人ではなさそうだったが」

俺は平然と立っている長門に尋ねた。

「この宇宙ではない宇宙から来たもの。
 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。
 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。
 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」

「明らか意思か」

「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」

ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。

「そうなんです」

朝比奈さんは唐突に割り込んだ。

「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。
 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。
 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」

そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。
ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。
あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから!
ハルヒは銃を下げると、

「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。
 そいつらは危険なの?」

長門はハルヒをじっと見つめると、

「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。
 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。
 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」

長門は俺の方を向くと、

「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」

俺もか。

「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。
 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」

「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」

「大丈夫、情報操作は得意」

確かにお得意だろうがな。
はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。

「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった!
 もっといろんなもの持ち込まないと!」

ハルヒは乗り気だがな。

「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」

朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。
そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、
実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ?

「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」

「はぁーい」

朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。
やれやれ、好きにしろよ。 もう。

「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」

仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。

chapter.6 おわり。
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