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あの人になってみたい、という経験は、誰でも1回はあると思う。
相手の容姿や身体能力、頭脳はもちろん自分にはない特技を持っていたり、
「この人のことをもっと知りたい」という恋愛感情からくるものもあるだろう。
確かに夢見がちではあるが、決して変なことではない。
これで変というなら我が団長は変態を通り越して
とっくに天然記念精神異常者として博物館に鎖で繋がれているところであろう。
俺だって無責任かつ非常識な横暴を受けて、幾度となくロープの向こう側の奴にハイタッチをかましたいと思ったさ。
だが俺は、重要視するところは"他人と替わりたいか"ということではなく"誰が誰と替わりたいか"だと思っている。

そりゃクラスメイトAがクラスメイトBに替わりたい、と言うだけならば俺は何も言わないが、
物静かで上品なお嬢様がオタクに憧れてたら誰だって目を丸くするし、
某奇妙な冒険漫画家が「あぁ、○×Hの○樫になりてえ」
とか言いだしたら日本漫画会に衝撃を与えるだろう。
それくらい、"誰"が"誰"になりたいかというのは重要だと自信を持っていえる。

とまあ、ここまで長々と語ったのは
今この学校で繰り広げられる状況の説明をしているからであって、
決して現実逃避をしているわけではない、多分。
が、偉大なる逃避世界の住人となるかもしれん前に、
この状況に至るまでの経緯をお伝えしよう。
それに気づいたのは今日の朝だが、事の始まりは昨日の放課後かららしい。

春らしさに磨きがかかってきたある日のことである。
俺はいつもの部室でもはや後光が見えつつあるメイド女神様の出される聖水を飲んでいたところだった。
ああっ女神さま!もはやお茶だけで国内紛争を止められそうな域にまで達しております。
と、そんな感想を漏らしながら、いつもの古泉と俺による白星生産ゲームをしている最中に、
PCの画面とにらみ合っていたハルヒが急に顔を上げて、こう言い出した。

「ちょっと皆、もし1度だけ他人と替わることができたら誰になってみたい?」

……どこのWebページを見てたのかしらんが、今度は何に影響されたんだ。
大方、「オレがアイツでアイツがオレで」といった人格入れ替わりSSでも見てたんだろう。

「みくるちゃんっ!あなたならどうする?誰になってみたい?」
「ふぇっ? え、ええと………その、先生になってみたいです。
 人に何かを教えるのって素晴らしいじゃないですか。」

朝比奈さんが眼鏡をかけチョークを持って黒板にまるっこい字を書いている場面を想像した。
貴方ならそのスカートからチラホラ見えている足と胸元の谷間のおかげで
保険の授業ではないのにも関わらず下半身がやばいことになりそうです。

「そういう希望職業を聞いてるんじゃないのよ! 有希は?誰になりたい?」
「……私は現状のままで満足している、不満はない」
「……まあいいわ、ところでキョン!アンタは一体誰に───」

と、俺に話を振る前に、ドアから一人の闖入者によってセリフを遮られた。

「おいーっす、キョンいるか?」

無論、俺をこのあだ名で呼び、なおかつ成功しないナンパ道を突き進んでいる男と言えば、当然谷口しかいない。

「ちょっと、今大事な会議中なのよ、何か用があるなら部活が終わったあとにしなさい」
大事か?これ。
「そう言うなって、すぐ終わる。 ……キョン、お前あの新作RPG買ったんだってな、
国木田から聞いたぞ。
もうどうせヘビーゲーマーのお前の事だから終わってるだろ?俺を優先的に貸してくれ」

新作RPGというのは俺が先月SOS団の財布となりつつある財布から
なんとか捻り出してその日にもらった小遣いを足し、ようやく買った今話題のゲームである。
あの独自の世界観と斬新なストーリーが多くのユーザーの心を惹きつけている、
というか俺もその一人である。
いえいえ、決してヘビーゲーマーではありませんよ、
偉大なる16連射の達人の戒めを守ってゲームは1日5,6時間までにしております。

どちらも無視してよかったが、俺は別に独占欲が極端に強いわけでもないし、
理由もなく貸さないというのはこいつはともかく
他の奴らのイメージを悪化させることになってしまうので

「仕方ねえ、明日持ってきてやるよ」

と、まあ友達らしい返事をしてやった。

「流石キョン、男の友情ってもんを分かってる!持つべきものは心の友だ!」

どこの年中横暴小学生だお前は、おい肩組むな、暑苦しい。

「んじゃ、邪魔したなキョン。その大事な会議とやらを続けてくれ。 WAWAWAワンダフル~」

と、谷口が出て行くまでのやりとりを見届けた団長は、
何故か少し不機嫌になりながらこちらを睨んでいた。
そして、俺に向かって口を開く──
パタンッ。
──前に部活動が終了した。
何か言いたげだったハルヒは、やがて「ふんっ」と鼻を鳴らしさっさと下校してしまった。

「おやおや、聞かれなかったようですね。 
……ところで僕も気になります、貴方は誰に──」

ニヤケ仮面の貴公子を無視し、さっさと部室から出た。


……と、まあこれが今回の事件の発端らしい。
確実に俺のせいではないことは確かだ、いやマジで。
だが、ハルヒの変態パワーに”何か”が引っかかったことは紛れもない事実である。
繰り返す、俺のせいではない。

いつもの坂を上がり、教室のドアを開いた俺の目に飛び込んできたのは、

「……おい谷口、そこハルヒの席だぞ。
席ごと窓から放り投げられない内にさっさとどいたほうがいい」

俺の後ろの席に座って窓の外を眺めている谷口だった。
大方、ゲームを早く受け取りたいというアホな考えだろう。どうせ家に帰るまでできやしないのに。
だが、振り向いた谷口は、いつものバカ面ではなくどこか不機嫌な顔つきだった。

「はあ?谷口?まだアイツは来てないわよ」

……確か谷口の一人称は”オレ”だったはずだ、それに”アイツ”というのは第三者を指すべき言葉である。

「いや、お前何言ってんだ。 おふざけにしちゃ度が過ぎ──」
「おーぅおはよう我が心の友よ!ゲームは持ってきてくれたか!」

るぞ、と言おうとした俺の背後で、谷口らしい口調の声が聞こえた。

だが、この聞きなれた声は……。

「……ハルヒ?なんでお前がゲームを待望してんだ?あとそれ谷口の鞄じゃ……」
「はあ?オレがオレの鞄持ってちゃおかしいか? 
 それより約束忘れたわけじゃないだろうな」

何が何だかさっぱり分からんため、
とりあえず谷口よりは権限が高いであろうハルヒにそれを渡してみた。

「サンキュー!やっぱりお前は心の友だ!」

と、ゲームを受け取ったハルヒがオーパーツでも発見したかのような笑みで
昨日の谷口のように肩を組んできた。

おいっ、ちょっと待て!ハルヒお前はこんな事をするやつだったのかいやそれよ
りも今俺のわきのあたりに当たっているのは朝比奈さんサイズとまではいかないが結構ボ
リュームのあるそれで俺は健康な高校生であってそんなことをやられると───!!!

と、頭の中を駆け巡る脳内物質が列を崩された蟻みたいになっていると、

「アンタ達、朝から暑苦しいわよ。もうすぐ授業なんだからさっさと席に着きなさい」

何故か命令口調の谷口が俺たちにそう言った。

「チッ、相変わらず偉そうな奴だ。
 おいキョン、この礼はまた必ずしよう。それじゃな!」

と、ハルヒが谷口の席に着いた。

……そうか、ドッキリか。いやあおじさん見事に呆気に取られちゃったよアッハッハ。
と、ハルヒと谷口が手を組むなどチーターとヒポポタマスが
共同戦線を張るくらいありえないことなので、この考えを頭から放出した。

「なあ、谷口。これは一体どういう──」

ガラッ、というドアの開く音で、今から始まる授業に備えるため俺の会話は強制終了した。
だが

「起立、礼! ……よーし、それじゃあ今日は教科書53ページからだ。おい国木田、読んでくれ」

現れたのは、ハルヒ曰くハンドボールバカの岡部ではなく、

「あ、朝比奈さん……?」

そこには見つめているだけで何かを見出してしまいそうな可憐な上級生がいた。
その姿は、昨日のハルヒの発言により俺の脳内に自動作成されたまさに理想系の……

「ちょっと、何変なこと考えてるのよ。
斜めから後ろからちょっと見ただけで分かるような間抜け面よ」

おもっきり不機嫌そうな谷口に指摘された。

……こういう理解不能な現象が起きているときに有効なのは、
そう、現状維持で下手に手を出さず大人しく時が過ぎるのを待つことである。
放課後になれば、あの俺の悩み会話相談室の会長であらせられる万能宇宙人が説明してくれるさ。
時々チラホラ見えてしまう朝比奈先生の谷間や生足にニヤニヤしながら、
放課後まで待てばなんとかなると信じ待機状態を保っていた。
そして、昼飯だ。

「──んでよぉ、女ってのはやっぱり鎖骨だよな、鎖骨」
「……相変わらず谷口はマニアックなところをつくね」

と、どこの小学校の5年2組だと思うようなトークを繰り広げているのは、
俺の横に机を並べて弁当を食っているハルヒだ。
結局ずっと後ろの席に座っていた谷口は、チャイムがなるとさっさと教室を出て行ってしまった。
というかハルヒ、頼むからガニ股はやめてくれ。
京兄ちゃんでさえ守り続けてきた絶対領域神話が崩壊するぞ。

「だから、女ってのはそういう ──おっと」

コロコロと俺の足元あたりに箸が転がってきた、話に夢中で落としてしまったのだろう。

「あぁもう、しゃーねーなぁ」

と、少し舌打ちしながら俺の足元の落下物を拾おうとして

ガタッ
「のぁっ!?」

イスに座ったまま拾おうとしたのが災いしたのか、ハルヒはバランスを崩して……

「うおっ! ……いっつ、手捻っちまった。
 おお、すまん大丈夫かキョン」

俺に覆いかぶさるように倒れてきた。

当然受けようとした俺は仰向けになって、ちょうどハルヒが押し倒したような位置関係になっている。
で、当然ハルヒの胸元の強調部分が俺の胸板と……
うん、柔らかいな。まあ朝比奈さんには劣るがそれなりの盛りはある。
俺の触覚は胸板にかかる微弱な圧力を捕らえ、
俺の嗅覚は眼下にあるハルヒの髪から漂う少しいい匂いを……いいにお……

「──ってうおぁあああああっ!!! ははははっ、早くどけぇっ!」

俺は半ば突き飛ばすようにハルヒの体を遠ざけた。

「いてっ、な、何慌ててんだ?」
「どうしたのキョン。卵焼きでも潰しちゃった?」

谷口と国木田が、不思議そうに俺の顔を覗き込む様子が声の調子で分かる。
だが今の俺はそんなことに応答している余裕はなかった。
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