このドアを叩くのも何度目だろう。ちゃんと朝比奈さんが鍵を閉めていてくれればノックする必要などないのだが。
「は~い。」
中から聞こえた可愛らしい声を確認し、俺はドアを開けた。
・・・古泉とハルヒはまだか。ハルヒは担任の岡部に呼び出されてたな、そういえば。また俺が知らないところで馬鹿やったのだろうか。
「古泉くんはなんか、バイトとか言ってましたよ。」
「そうなんですか。」
最近は安定してきたとか言ってたのに。さぞかし岡部にキツいことを言われているのだろう。そんなことを思いつつ、俺は長テーブルの前のパイプ椅子に腰掛ける。
「お茶、いれますね。」
部専用、いや俺専用癒しキャラである朝比奈さんは可愛らしいメイド姿でぱたぱたとポットの前に走っていった。
しかし、前々から疑問に思っていたが、なぜこの人は上級生なのに下級生に敬語なんだ・・・?
それがハルヒの言う"萌え要素"のひとつなのだろうか。敬語属性か?そんなの俺にはないからよくわからないが。
「お待たせしました。」
俺の前の長テーブルに朝比奈印の極上茶が置かれる。これを毎日飲める俺はなんて幸せ者なのだろう。
もしこのお茶が飲めない日が1週間ほど続いたなら、俺は道路に放り出されて干からびたミミズのように蒸発してしまうかもしれない。
朝比奈さんに感謝の念を込めつつ、お茶を口にする。ああ、うまい。
ふと、窓辺を見ると、長門はいつものようにハードカバーを読み耽っている。毎日毎日本ばかり読んで飽きないのか。
「飽きない」
そうかい。
俺なら読書など3日と続かないところだがな。

ふぅ、と一息つき、俺はブレザーの胸ポケットに入れていた生徒手帳を取り出す。
生徒手帳の裏表紙の部分には一枚の写真が入っている。そこに写っているのは、校門の前の制服を着た二人の少年。
「何ですか、それ?」
横を見ると、朝比奈さんが俺の生徒手帳を除きこんていた。
「ああ。この右側のは俺の友達です。」
「友達・・・。というと、じゃあ、こっちの左側のはキョンくんですか?」
「ええ。中学校1年生のね。」
そう言うと、朝比奈さんは手を口に当て、驚いたような表情をみせ、
「えー!これがキョンくんですか。カワイー!!」
カワイーって、なんか嬉しいような恥ずかしいような。
「へぇー。見たところ私と同じぐらいの身長しかありませんね。」
「まぁ中学一年生ですからね。」
ん?長門が何かこっち見てる。興味あるのか?
「少しだけ。」
「見たいのか?」
長門は首を1ミクロンだけ下に動かす。
「ほらよ。」
俺が席を立ち、生徒手帳を差し出してやると、長門は本をパイプ椅子に置いて立ち上がり、それを受け取った。裏表紙を見て、
「左があなた?」
「そうだ」
長門は写真を受け取ったときの態勢で1ミクロンも動かずにその写真を30秒ぐらい凝視し、そのあと無言で手帳を俺に返した。
何かコメントが欲しいものだ。可愛いとか。長門に言われても悪い気はしない。
しかし長門は何ひとつコメントすることなく、再びパイプ椅子に座りハードカバーを読み始めた。

俺もまた元のパイプ椅子に座る。
「ところで、どうしてその写真を眺めていたんですか?」
「今日がこいつの誕生日なんです。」
「へぇー。誕生パーティとかしないんですか?」
「えぇ。というかできないんです。こいつ、交通事故で死んでしまいましたから」
俺がそう言うと、朝比奈さんは先程とは違う種類の驚いた顔をした。
「あ・・・えと・・・すいません・・・。」
「何で朝比奈さんが謝るんですか。」
俺が笑って言うと、朝比奈さんは、少しだけ声を震わせて
「えと・・・変なこと聞いてしまって・・・」
「気にしてませんよ。だから、朝比奈さんも気にしないでください。」
ちょっと申し訳なさそうにしている朝比奈さんも可愛いな、と思いつつ俺は笑って言った。
「こいつと一緒に撮った写真、実はこれ一枚しかないんです。
一番仲の良い友達だったんですけどね。
ずっと一緒にいれるから、写真なんて必要ない、とか思ってたんです。
だから、持ってるのは中学入学したときの写真だけ。
今思えばもう少し写真とか、後に残るものをつくっておけばよかったんですけどね。」
「じゃあ、宝物みたいなものですね。」
「ええ。いつも生徒手帳に入れて、肌身離さず持ち歩いているんです。
そしたらいつもこいつと一緒にいれる気がして・・・なんて変ですよね。」
朝比奈さんは顔と両手をぶんぶんと振る。
「いえ、変じゃありませんよ。私はとてもいいと思いますよ、そういうの。」
「私もそう思う」
長門がぼそりといった。長門から話に入ってくるとは珍しい・・・。

「死んだヤツの歳をかぞえるものじゃないって、よくいいますけどね。
誕生日になると、どうしても思い出すんです。こいつのこと。」
生徒手帳の旧友を眺めながら、お茶を飲む。お前にもこのお茶飲ませてやりたいぜ。めっちゃうまいぞ。
しんとした静けさが部室に響く。
しかし、この静けさは毎度のごとくアイツによって破られた。
「ヤッホーー!!皆元気ー!?」
ハルヒがドアを蹴り破るように部室に入ってきた。やれやれ、もうすこし静かに登場してほしいものだ。お前には長門ぐらいの繊細さが必要だな。
「なに言ってんの。無口キャラは団に一人で充分でしょ」
俺は無口になれと言っているんじゃないのだが。
「そんなことより、アンタ何見てるのよ。」
ハルヒが俺の生徒手帳に気付く。やべ。隠しておくべきだった。こいつに俺の中学生姿見られたら何かと厄介だ。
「別に何でもねぇよ。」
俺は自然にブレザーの胸ポケットに生徒手帳を収める。

「何でもないってことは無いでしょう?眺めていたんだから。」
子供が新しく発売されたおもちゃを見るような目をしてやがる。
「何でもない。」
「見せなさい!!」
ハルヒはチーターが獲物を捕らえるときのような素早さで俺に飛びついてきた。
そしてブレザーの胸ポケットに手を突っ込み、それを取り出そうとする。
そうはさせまい、と俺は片手でポケット、もう片方の手でハルヒの手首を掴み抵抗しようとするが、ハルヒの馬鹿力によってそれは阻止された。
ハルヒは俺の胸ポケットから手帳を引きずり出す。
「しまった!!」
バランスを崩し、宙に飛び出た生徒手帳。ハルヒより先にキャッチしなければ。
「うぉぉらぁぁぁぁ!!」
俺は野球の時に運よく成功したダイビングキャッチと並ぶぐらい我ながらすばらしいそれで生徒手帳をキャッチした。
安堵の息を吐くのも束の間、ハルヒが俺の背中にのしかかってきた。
「観念しなさぁ~い。」
ハルヒはそのまま俺が掴んでいる生徒手帳に手を伸ばす。
「朝比奈さん!!」
俺は生徒手帳を朝比奈さんに向かって放り投げる。
「ふ・・・ふぇ!?」
朝比奈さんは、おろおろしながら、宙に浮いたそれをキャッチした。
それを見たハルヒは、やっと俺の身体を開放し、今度は朝比奈さんにじりじりにじり寄っていく。
「みくるちゃ~ん?おとなしくそれを渡しなさ~い。」
ハルヒがニヤニヤ顔で言うと、朝比奈さんは思わず肩をびくりとさせる。

「朝比奈さん!!」
俺はなんとか立ち上がると、朝比奈さんに向かってまた先程と同じことを言った。
朝比奈さんは、3秒ほどきょとんとした顔をし、やっと意味が通じたらしく手帳を俺に向かって投げた。
俺はへろへろと力なく宙を舞うそれをキャッチする。
「こらぁ!!卑怯よキョン!!」
卑怯もクソもあるか。
「まぁいいわ。みくるちゃんはふさいだからねぇ。」
ハルヒは今度は朝比奈さんの手首を掴みながら近づいてきた。朝比奈さんがふさがれたなら、あとはもう一人しかいない。
俺はハルヒが残り1メートルぐらいまで近づいてきたところで、
「長門!!頼む!!」
名を呼び、手帳を無言で本を読んでいる長門の方に投げた。
長門は視線は本に落としたまま、本に添えていた左手だけを上げてそれをキャッチした。
ナイスだ長門!!しかしお前には死角というものが存在しないのか?

「キョーンー!!有希まで使って!!卑怯にもほどがあるわ!!」
ハルヒは眉を吊り上げて俺を睨む。いや、だから卑怯とかねぇから。
「まぁいいわ。有希、あなたはいい子だからおとなしく渡してくれるわよね。」
長門は手帳をキャッチした時の体制のまま固まっている。
ハルヒは朝比奈さんの手首を握ったまま、長門の傍まで歩いていった。やばい。
「長門!!」
しかし反応しない。
「長門!!こっちに投げろ!!」
そう言うと、長門は野球の時のように、手首のスナップだけで手帳をこっちに投げた。
しかし、あまりにも猛スピードで飛んできたため、手帳は俺の掌に弾かれてしまった。
その衝撃で、手帳の中から写真が滑り落ちる。
写真はひらひらと宙を舞い、床に落ちた。不幸中の幸いかそれは裏返って写真が見えなくなっている。
「しまった!!」
「チャンスだわ!!」
俺とハルヒは同時に床に落ちた写真に向かってスライディングした。
そしてそれに触れるのも同時だった。

ハルヒが写真を掴む。俺も反対側から写真を掴んだ。
「離しなさい!!」
「なんで俺が離さなければならんのだ!!」
俺とハルヒは写真をめぐってそれをぐいぐいひっぱる。
「・・・あのー・・・。」
ハルヒから開放された朝比奈さんは小動物のような小さな声で言った。
「何よっ!」
ハルヒは写真をぐいぐい引きながら荒っぽく答える。
「そんなに引っ張ったら破れるんじゃ・・・」
ビリッ
朝比奈さんが言った直後だった。
その音を聞き、手元を見ると、あるはずの写真の上部が無くなっていた。

俺は何が起こったかわからずそれを10秒ぐらいじっと眺めていた。
やっと俺のフリーズしていた思考回路が「写真が破れた」と伝えた。
と、同時に。目の前が真っ黒になっていく気がした。

「ぁ・・・・・・」
前を見ると、ハルヒが教室の花瓶を割ってしまった小学生のような顔で裂かれたもう一方の写真を握って立っていた。
そして次第に顔が青ざめていく。
「ぁ・・・あの・・・えっと・・・キョン・・・・・・。」
「うるさい。」
勝手に口が動いた。自分でも信じられないくらいの冷たい声だった。
「・・・・・・・・・え」
ハルヒが思わず口をぽっかり開く。
「うるさい!! なんてことをしてくれたんだ!!!!」
また勝手に動いた。今度は震えた大きな声で。

俺はハルヒの胸倉を掴むと、ドアを開け、ハルヒを廊下に放り出した。
「・・・いっっっ!!」
ハルヒの後頭部が壁にぶつかる。知ったことか。
いつものハルヒにこんなことをすれば「何するのよ!!」って飛び掛ってくるだろうか、
今のハルヒは青ざめた顔に混乱の表情を浮かべている。
「帰れ。」
俺はハルヒのバッグをハルヒに投げつけると、そう吐き捨て、部室のドアを閉めた。

再び部室を見渡すと、朝比奈さんは泣きそうな顔で、長門は相変わらずの無表情でこちらをみていた。
…空気がおもい。
そう感じたのは俺だけじゃないだろう。
鉛のように重い沈黙が部室を満たしていく。
がちゃり
ハルヒが性懲りもなく戻ってきたのか、と思って振り返るとそこに立っていたのはハルヒではなく、ニコニコ顔の優男だった。
「こんにちは・・・っと。おやおや、何かあったのですか?」
「何もねぇよ。」
俺はとぼけてみせる。
「本当ですか?たった今涼宮さんが泣きそうな顔で帰っていったのですが。
『今日は休む』とか言ってましたよ。」
「さぁな。何か悪いものでも食ったんじゃねぇか?」
「そうでしょうか。」
古泉は普段のニコニコ顔とは違う、刃のように鋭い笑みを浮かべる。

居心地が悪い。
「俺も帰ることにする。」
俺は床に置いていたバッグを持ち上げる。
「おや、あなたもですか。じゃあ僕も今日は早めに帰ることにしますよ。
でも、もう少しくつろいでいきますかね。」
「勝手にしろ。」
俺は部屋を出て、古泉が開きっぱなしにしていたドアを閉めた。
文芸室から「朝比奈さん、どういうことか説明してもらいましょう」という古泉の声が聞こえたが、
気にとめずにその場を立ち去った。

今日は日曜日だからSOS団で不思議探索パトロールをしなければならない日だったが、
俺は待ち合わせ場所には行かず、ずっと家にいた。行きたくなかったのだ。そんな気分だったのだ。
携帯のメールボックスにメールがたまっている。
携帯を開いて見てみると、全ての新着メールの差出人の欄は"涼宮ハルヒ"と書いてあった。
俺はそれらを全て削除した。ひとつも開くことなく。
ベッドを部屋に置いてある小さいテーブルの上に置き、俺はベッドに横たわって天井を見た。

たった一枚の写真だろう何を意地張ってるんだ?―あれは大事な写真だった。
大事な写真だとしても、そこまで怒ることはないだろう?―いや、あいつのやった事は許せない。
何故?―許せないからだ。
答えになっていないぞ、俺。ちゃんと答えろ。―腹が立つ。許せないものは許せない。
そうやってずっと許さない気か?―・・・うるさい。
ずっと意地を張っている気か?―うるさい。
ずっとハルヒと気まずいまま過ごすのか?この高校生活を?ずっと?―うるさい。
そもそも最初からハルヒ写真を見せていれば破れることはなかった―うるさい!
お前が廊下に投げた時、ハルヒは頭を打った。謝らなければいけないのはお前だろう?―うるさい!!
仲直りがしたいのだろう。何いつまでも意地を・・・―黙れ!!!!!

――カチコチと小さく鳴る時計の音で目が覚めた。どうやら寝てしまっていたらしい。
時計の針は7時を差している。窓の外が暗いから朝の7時じゃなく夜の方の7時のようだ。
うるさい妹も、俺の雰囲気がいつもと違うことぐらいは感じ取れたのだろう、今日は部屋に来ていない。
部屋の中はしんと静まり返っている。
…………。
ヴーム ヴーム ヴーム
突然鈍い音が発せられる。
何事かと、音がした方を見ると、テーブルの上で携帯電話が震えていた。なんだバイブ音か。驚かすなよ。
携帯を開いてみると、そこには"朝日奈みくる"と表示されていた。
朝日奈さんを待たせてはならないと、俺は急いで電話に出た。
「もしもし、何ですか朝比奈さん」
「あ・・・キョンくん、今から時間とれますか?」

朝比奈さんに急遽呼び出された先は、光陽園駅前公園。
自転車を飛ばしながら、いつの日か長門にそこに呼び出されたことを思い出す。
公園につくと、また前と同じベンチに少女が座っていた。ただ、その座っていたのは今度は朝比奈さんだったのだが。
「あ・・・キョンくん。」
朝比奈さんは俺の姿を見て、小さく白い息を吐いた。
「どうしたんですか、急に。」
「まぁ、お座りください。」
朝比奈さんは右手で自分の隣に座るように促す。
俺は言われるままにベンチに座り、再び切り出した。
「どうしたんですか。」
「キョンくん・・・。」
朝比奈さんは、その子犬のような愛らしい目でじっと俺の目を数秒見つめて、言った。
「涼宮さんのことを許してあげてください。」

俺は朝比奈さんが言うことを黙ってじっと聞いていた。
「今日も不思議探索パトロールがあったんです。あったんですが、涼宮さんの様子がいつもと随分違ったんです。
大声で叫ぶこともなかったですし、少し俯き気味でしたし。
キョンくん、今日来ませんでしたよね。実は涼宮さん、今日は誰よりも早くきてたんです。聞けば1時間前から来てたとか。
集合時間になってもキョンくんがこなかったので、私達に先に喫茶店にいくように言って、それからまた2時間もまっていたんですよ。」
「・・・・・・」
「その後私とペアになって探索したんですが、涼宮さんずっと俯いて歩いているだけで全然話しかけてこなかったんです。
わたしが少し声をかけても「そう・・・」って答えるだけで、全然話をしてくれませんでした。それはもう、涼宮さんと長門さんが入れ替わったのかと錯覚するぐらい。」
「・・・・・・」
「キョンくん。写真の事は、なんといいますか、残念でしたが、涼宮さんはそのことについて反省しているようです。
涼宮さんを許してあげてください。私からもお願いします。どうか。」
まだ、ハルヒを許さないとかいうのか?俺よ?― ・・・。

次の日、俺はいつもより1時間も早く家を出た。そんな気分だったんだ。
自転車のペダルをいつもの2倍ぐらい必死にこいで心臓破りの坂を上り、学校についたとき、自転車置き場にはまだ誰の自転車も置かれていなかった。
靴箱で上履きを履き、ハルヒの靴箱をチェックした。まだ学校に来ていないらしい。当たり前か。
ハルヒがいないのを確認し、ゆっくり階段を上り教室に行く。誰もいない。
ふと、窓のそとを眺めてみると、グラウンドでは熱心な部活が朝練をしている。その中にハルヒはいない。もう仮入部することもないだろうから当たり前か。
気がつくと、俺の足は文芸部室に向かっていた。日々の条件反射か、無意識にドアをノックしてしまった。誰もいないとはわかってい―
「どうぞ」
いた。この声は・・・。ドアを開けると、窓辺でぽつんとハードカバーを読む少女がいた。こいつはいつも何時に登校しているんだ。
「長門・・・。いつもこれぐらいか。」
「そう」
俺は無言でパイプ椅子に座る。朝比奈さんがいないから、お茶は自分でいれた。
…まずい。やっぱりお茶は朝比奈印がいい。これは俺のこだわりのブランドだ。
部室は沈黙で包まれている。しかし、これで違和感を感じないのは、長門の効果であろう。
俺がこの心地よい静けさを楽しんでいると、
「涼宮ハルヒのこと」
長門が口を開いた。

ハルヒがどうしたって?
「彼女は反省している」
わかっているさ、そんなもの。
「古泉一樹に聞いた。連日で閉鎖空間は発生していない。」
どういうことだ?
「彼女はあなたのしたことに関して怒っていない。むしろ反省している。」
…。
「許してあげて。」
長門の無表情な顔がどこか悲しげに見えた。

しばらく文芸部室で時間を潰して―といっても延々と沈黙を続けているだけなのだが―教室に戻ると、
いつもと同じ面々が揃っていた。ただし、ハルヒを除いて。
「谷口、ハルヒは?」
「ん、いやまだ見てねぇけど。なぁ国木田。」
「うん。それより谷口、チャック開いてるよ。」
「うわっマジかよ。」
谷口の失敗を気にとめることもなく、俺はいつもの席に着席した。
「どうしたキョン。涼宮になにか用事でもあるのか?」
「いーや。何も。」
嘘だけどな。

今日の授業はいつもの3倍ぐらい長い気がするのは気のせいなのだろうが。
俺は授業中、ずっとハルヒが学校に来るのを願っていた。
「何やってんだ、キョン。当てられてるって。」
谷口の言葉で、前の教師がチョークをトントンさせながら苛立っているのに気付く。
黒板には意味不明な記号の羅列が記されてる。数学は俺にとって最大の敵だね。
「わかりません。」
正直に答えた。わからないものは仕方が無い。
教師が何か俺に向かってごちゃごちゃ言っているが、気にせずまた窓の外を眺めた。
まだ校門は誰も通っていない。
ぽつぽつと雨が降ってきた。

4時間目、前で教師が必死に短歌の素晴らしさを説明するころになると、もう雨はぽつぽつではなく、ザーザーと降るようになっていた。
「それでは今日はここまで。終わりましょう。」
「起立。」
俺は窓の外をみたまま静止した状態になっていた。"起立"の声が耳に届かなかったのだ。
「おい、キョン。」
谷口の声で、周りの生徒が立っていることに気付く。あと、数人のクラスメートのクスクス笑う声も。
すまんな谷口。今日はお前に助けられてばっかりだ。
俺は急いで立ち上がり、授業終了の挨拶をする。

「なぁ、キョン。お前ちょっと今日変だぞ。」
谷口が箸に突き刺したウインナーを口に運びながらいった。
「何がだ。」
「何かぼーっとしてるしよ。いや、いつもぼーっとしてるが、今日はしすぎだぞ。」
「普通にしているつもりだが。」
そう言うと、国木田も話に入ってきた。
「いや、キョン。やっぱキョン今日変だよ。授業中ずっと窓の外眺めてたでしょ?何見てたの?」
「何にも?ただ眺めてただけだ。」
嘘だがな。本当は校門を眺めていた。
「ふーん、まぁいいや。」

弁当を早く食べ終わり、俺の足は靴箱に向かっていた。
靴箱から校門の方をじっと眺める。
………早く来い、ハルヒ・・・・・・。
「やはり気になりますか?」
突然耳元で発せられた声に驚き横を見ると、そこには古泉の顔があった。
「こ、古泉。」
と、いうか顔近いぞ古泉。
「すみません」
古泉は少し顔を離すと、ゆっくり語り始めた。
「前、僕にも小学生の頃、同じような体験がありましてね。仲の良い友達がいたんです。
その人と喧嘩をしてしまいまして、次の日の学校で謝ろうと思っていたのですが、
担任の言葉を聞いて愕然としましたね。なんとその友達が急に転校することになったらしく。
いえ、前々から担任には知らされていたのですが、クラスメートには話さないでくれって口止めされていたんです。
なんでも、別れはつらいから、だとか。僕は教室を飛び出て、必死にその人の家にかけていったのですが、
着いた頃にはもう部屋の中は空っぽになっていました。」
古泉は肩をすくめてみせる。
「涼宮さんはどうでしょう。加えてあの力を持っているのですから、涼宮さんがあなたと会いたくないと思ったが最後、
涼宮さんが急に転校になったり、もしくはあなたが転校させられたり、などということもありえます。」
古泉の言葉を聞いて、俺の身体は勝手に雨の中に走り出していた。

俺は必死になって坂を駆け下りた。雨が俺の身体を打つ。知るか。
何故走っている?何処へ走っている?お前はハルヒの家を知らないだろう?
知らないとも。だけど走らなければ。走って、ハルヒを捕まえなければ。
この両手から俺の中の"ハルヒ"が零れ落ちてしまうような気がして。
待ってくれ、ハルヒ。俺を置いていかないでくれ、ハルヒ。
謝らせてくれ。まだお前とやりたいことは山ほどある。お前もやりたいことがあるはずだろう?
もう一度、俺の前に現れてくれ!!!!

ふと、前に北高の制服で、俯き気味でとぼとぼ歩いてくる人影が見えた。
傘を差しているから見えづらいが、頭の髪にはしっかりと見慣れた黄色リボンが結ばれている。

――見つけた――

泣きたくなった。しかし、俺は涙をこらえ、更に足を早く動かして、ハルヒの傍に近づいた。
「ハルヒ!!」
俺が叫ぶと、ハルヒは俯いていた顔をあげ、俺に気付くと、目を見開いた。

「え・・・あ・・・キョン・・・あたし・・・・・・。」
ハルヒが何かもごもごと言おうとしていたが、俺はハルヒより先に言った。
「すまなかったハルヒ!!この通りだ、許してくれ!!」
俺は深々と腰を折った。なんなら土下座してもいい。
顔を上げると、ハルヒは戸惑ったような顔をしていた。
「キョ・・・キョン・・・なんで・・・。」
「たった1枚の写真でムキになっていた俺が馬鹿だった!
そのせいで、お前をこんなに悩ませてしまったようだ。すまなかった。」
俺がそう言うと、ハルヒは傘を投げ出して、俺の胸に飛び込んできた。
「キョン・・・ごめん・・・ごめんなさい。謝らなければいけないのは私なのに・・・。
もうキョンにずっと・・・ひっぐ・・・許してもらえないかと・・・ひっぐ・・・。」
雨に交じって、ハルヒの眼から涙が頬を伝っていた。
「・・・ごめん・・・ごめんね。これからは・・・ひっぐ・・・調子に乗った行動は・・・ひっぐ・・・ひかえるようにするから・・・。」
ハルヒの声は、いつもとは全然違う、弱弱しい声だ。
「気にするな。俺も悪かった。」
俺は、俺の胸に顔をうずめるハルヒの頭を撫でてやった。

そのまま数十秒が経過しただろう。
俺はハルヒの肩を持って、言った。
「なぁ、ハルヒ。」
ハルヒはきょとんとした顔をする。
「お前、やっぱ泣き顔より笑ってる顔の方がいいぞ。」
俺は、いつかの閉鎖空間の時のようにハルヒの身体を引き寄せて唇を重ねた。
俺は目を閉じていた。これはマナーのようなものである。
唇を離して、目を開けると、ハルヒは顔を赤くして、目を見開いていた。
そして、落ち着いたかと思うと、すぐにいつものような顔をつくり言った。
「ばか」

雨はいつの間にか止んでいた。
雨降って地固まる、とはこのことだろう。
地が固まりすぎてアスファルトぐらいの強度になったのは気にしないでおこう。得したと思えばいい。
「ねぇ、キョン。」
「なんだ。」
「何か今から学校に行く気失せちゃった。」
「奇遇だな。俺もだ。」
「今から二人で不思議探索パトロールしない、キョン?」
「いい考えだな。俺もそう提案しようと思っていた。」
「じゃあ、出発ね!不思議があたし達を待ってるわ!」

俺達は、手を握り合って、歩き始めた。

「ねぇキョン!見て!虹よ!!」


fin

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