それは二年の進級を一ヵ月後に控えたまだ少しばかり肌寒い日のこと

いったい何日間この状態が続いたのだろうか
散らかった部屋、割れた窓ガラス
手首のリストカットの後
だが俺は死ななかった
いや、死ぬのが恐いだけなのだ


学校にはかれこれ一週間行ってない
なぜかって?
行く必要がなくなったからだ
あいつがいない学校なんて俺には意味のないものだ


そう、涼宮ハルヒはもうこの世にはいないのだ

あいつを殺した犯人はハルヒと中学生のころ付き合っていた男らしい
度々ハルヒに連絡していたらしいが、相手にされずにいた

それに腹を立てたのか、そいつはハルヒの家の周辺に身を潜め、待ち伏せし、持っていたナイフでハルヒを突き刺した
その切っ先は心臓まで届いていたらしく、刺されて数分後、その場でハルヒは息をひきとった

皮肉にもハルヒの死体を発見したのはハルヒの母親だった

後に犯人の身元が警察の手によって判明し、数日後にそいつは逮捕された

俺がハルヒが殺されたことを知ったのは殺害があった次の日、学校で知らされた

岡部が泣きながら喋っていたのを覚えてる
谷口や国木田も愕然といった様子だった
俺の席の後ろにはもちろん誰もいない

信じられなかった
あいつが死ぬなんてことは

この現実を受けとめたとき、俺は精神的に大ダメージを受けていた
リストカットや部屋で暴れることだけが俺が俺自身を保つ術だった

そして、俺は自ら外部との連絡を断ち切った

「くそ・・!なんで・・・!」
その言葉がスイッチになったように俺は突然暴れだす

そこら辺に転がってるものを手当たりしだいに投げ、窓ガラスを割る

扉越しに「何してるの!?」と親の声が聞こえるが俺は構わず、怪獣の如く暴れ続ける
お袋、これをやめたら俺は壊れてしまうんだよ

いや、もう俺は壊れていたのだ
俺がこの状態になってから妹は俺に近づかなくなった

一通り暴れた後、俺はまるで電池が切れたかのようにその場に座り込んだ
そこからはまた放心状態が続く

「もう・・やめて・・・う・・・」

母の泣きながら喋る声がドア越しに俺の耳の中に入ってくる
俺は返事をせず、ひたすら放心状態を続ける

しばらくすると母は泣きやみ、母の歩く足音が俺の部屋のドアから遠ざかっていった
その重い足取りは部屋の扉を越えて俺まで伝ってくる

母が去った後も俺の放心状態は続く
そういえばSOS団のみんなは今頃何をやっているのだろう
観察対象がいなくなった今、あいつらがここにいる意味はあるのか

携帯もどっかに投げちまったからな
俺から連絡する手段がない
するつもりもないがな
自宅の電話に俺宛ての電話がきても俺は受話器に耳をあてることはなかった

やがて何もしない時間が続き、夜がやってきた

眠気はまだない
生きてる実感もない

そう思い、俺は机の上の剃刀に手を伸ばした
これでまた生きてることを実感できる

そして、俺は剃刀を腕に当てようとしたとき、剃刀を持つ右手が不意に止まった
誰かに捕まれたようだった

「バカなことやってんじゃないわよ。あんた」

俺の右手を握っていたのは一週間前に死んだはずのハルヒだった

いつも学校で見ていた制服姿で、口をへの字にして、俺の右手首を掴んでいた

俺は呆然とした
幻を見ているのだろうか
しかし俺の手首を握っているこの感触は確かにはっきりとしている
間違いなくハルヒがそこにいた

「ハルヒ・・・!」
リストカットのことを当たり前のように忘れ、俺は涙を目に浮かべながらハルヒを思いっきり抱きしめた

「バカねぇあんた。あたしが死んだくらいで泣くんじゃないわよ」
ハルヒは笑っていた

「あたし、死んでから学校に行ってみたの。SOS団の部室に。そしたら、有希がいて私に気付いてくれたのよ。みんなには見えないのに」

俺は抱きしめながらハルヒの話しを聞いていた

「それでね、有希の家に行って、あの子の力であたしを実体化させてもらったの。そこで聞いたわ。有希とみくるちゃんと古泉君のこと」

ハルヒの感触を確かに感じながら俺は問い掛けた

「どういうことだ?」

「有希が宇宙人、みくるちゃんが未来人、古泉君が超能力者って話し。なんかバカみたい。あたしだけが知らなかったなんて。あんたの言った通りだったわ」

ハルヒは少し怒っているような口調だった
とても死人には見えない、感情豊かなハルヒだ

俺はハルヒを離し、肩を掴みながらこう問い掛けた

「俺はどうすればいい?お前がいない学校なんて俺にはなんの意味も持たないんだ」
俺は俯いていた
するとハルヒが俺の顔を覗き込み真剣な眼差しで俺を見据えながら言った

「あたしがいなくても、あんたにはSOS団のみんながいるでしょ?」

でも俺は―――

と言い掛けたところで、俺の唇に柔らかい感触がはしった
俺の唇がハルヒの唇によってふさがれていた
俺は驚いて目を見開いたが、ハルヒは目を閉じていた

数秒経過したのち、ハルヒは唇を離した
ハルヒは頬に朱の色を差しながら腕に付けている腕章を外し、それを俺に手渡した

「今日からあんたが団長よ。これからはあんたがみんなを引っ張っていくの」

まるで当然のことをするような態度でハルヒは喋った

俺が・・・団長

「もうすぐ二年なんだからしっかりしないさいよ?団長としての自覚を持ちなさい」
ハルヒは俺に人差し指を突き付けた

その様はいつもSOS団の部室で俺に見せてきたハルヒの姿そのものだった

死人でさえこんな元気ハツラツとしているのに、俺は一人で勝手に落ち込んでいったい何をやっているのだろう

しばらく俯いたのち、俺はこう言う

「分かった。SOS団は俺に任せろ。それどころかお前がいたとき以上にでかい組織にしてやる。
ハルヒ、今まで団長の勤め、ご苦労だった。後のことは俺に任せてお前はもう休んどけ」
そして俺は剃刀を窓からとおくへ投げ捨てた
部屋も片付けなきゃならないな

するとハルヒは今まで俺に見せたことのない、優しい微笑みを顔に浮かべた
朝比奈さんでさえ遠く及ばない、まるで生まれたての子供を母親が笑いながらあやしてるような
そんな笑顔だった

「うん・・ありがと・・・キョン・・」
この瞬間ハルヒの体から眩しい光が放たれた
たまらず俺は目を閉じる

次に目をあけたとき、部屋には誰もいなかった
だが、俺の手の中にある腕章だけが涼宮ハルヒが確かにここに居たことを物語っていた

あれから一ヵ月がたち、俺は無事に二年に進級できた

朝比奈さんは卒業まで学校に残るらしい
「涼宮さんがいなくなっても、私はまだみんなといたいから・・・上の人に申請書を出してなんとかOKをもらいました。長門さんと古泉君が残る理由も気になるし・・」
と、少しばかり悲しそうな表情で言っていた

「わたしのすべきことはまだ残っている」
長門はそれだけ言って、いつものように読書にいそしんでいた

「次は長門さんと協力をしあって、朝比奈さんをサポートしなければなりません。前に彼女を拉致した輩がまた襲ってこないとも限りませんから。
僕達は彼女のボディガードといったところでしょう」
と、これが古泉の理由だ
なるほどね

二年の新クラスには、谷口と国木田も一緒になった

また三人でつるむ事にできるな
正直かなり嬉しかった
いいのか、悪いのか、古泉とはまた別クラスだ

まぁあの爽やかな超能力者のことなどは置いといて、今は新クラス恒例の自己紹介の時間である

谷口が調子よく、いつもの間抜け面で挨拶をし
国木田はいたってナチュラルに事を終えた
初めましての奴らが多い中、やがて俺の番が回ってきた

「SOS団団長、あだ名はキョン」
俺は両手を腰に当てて胸を張り、いつしかあいつが言ったように、真っすぐ前を見据え、こう発言した



「ただの人間に興味はない。この中で宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら俺のところにきてほしい。以上」

クラス中の痛々しい視線が俺を襲ったが、俺は何とも思わなかった
このとき、俺の左腕には団長という文字が記された腕章が着けてあった






~ハルヒが残した希望~


FIN

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